ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第2話

フェルノスは、アイゼンガルから東へ半日だった。

 

空気はとうに変わっている。鍛冶場の煤とは違う——もっと重く、甘ったるい。地面を這うように流れる煙の中に、腐りかけた肉の匂いが混じっている。

 

正門はなかった。崩れた鉄柵の隙間から中へ入った。

 

暗い。

 

巨大な建物が両側から空を塞いでいる。精錬所か搬送施設か。壁は錆びた鉄板と配管で覆われ、ところどころから蒸気が噴いている。足元は金属の格子。その下から、重低音の機械音が絶えず這い上がってくる。

 

人間がいない。機械だけが動き続けている。

通路は狭い。鉈を横に振れば壁に当たる距離だ。蒸気と煤煙で、十歩先がぼやける。

 

前方。通路の奥に、何かが立っていた。

人間の形をしている。

 

だが人間ではなかった。

 

身体の表面を、鉄屑と機械部品が覆っている。腕、胸、肩、頭。元は人間だったものに、金属片が強引に接合されていた。継ぎ目から黒い液が滲んでいる。目は開いている。だがそこに意志はない。

 

壁みてえに立ってる。

 

店主は嘘を言っていなかったようだ。

 

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鉈を抜いた。

踏み込んだ。一歩で距離を詰め、横薙ぎに振った。

 

弾かれた。

鉈の刃が装甲の表面で止まり、通らない。金属の層が斬撃を跳ね返す。

 

もう一度。同じ箇所を縦に叩く。

 

火花が散った。浅い。表面を削っただけだ。装甲の下の肉まで届いていない。

 

三度目を振る前に、相手が動いた。

 

遅い。動き始めは人間の半分以下の速度。だが腕が横に振られただけで、壁の配管が千切れた。当たれば終わる種類の質量だった。

 

躱した。背中側へ回り、装甲が薄いはずの背面を狙った。

 

——浅い。

 

背面にも鉄屑が張り付いている。鉈が通るほどの隙間がない。

 

奥から、もう二体。

同じ姿。同じ装甲。狭い通路を塞ぐように近づいてくる。

 

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後退した。

 

三体を同時に相手にする通路ではない。狭すぎる。鉈が振れない。

 

角を曲がり、天井の高い搬送広場に出た。足元にレールが走っている。壁沿いに工具や廃材が積まれていた。

 

二体が追ってきた。

広い場所なら、まだ動ける。

 

一体目の横を抜け、首の付け根——装甲が途切れた隙間へ鉈を突き込んだ。

 

入った。刃先が肉に届いた。

だが浅い。肉の裏に硬いものが埋まっている。引き抜こうとした瞬間、腕が振り回された。

 

躱した。だが鉈が抜けない。装甲の内側で刃が噛み込んでいる。

 

力ずくで引き抜いた。刃こぼれ。先端が潰れている。

 

二体目が来た。

銃を抜いた。撃った。

 

弾は当たった。装甲の表面で火花が散り——弾かれた。

分かっていた。だが衝撃で相手が一瞬だけ止まった。その間に距離を取る。

 

刃こぼれした鉈。通らない銃弾。厚い装甲。数が多い。

 

一体目がまた来た。腕を振り下ろしてくる。横に跳んだ。背中が壁にぶつかった。

 

壁沿いの廃材の山。その中に——斧があった。

 

工業用の解体斧。施設の解体作業に使う道具だろう。柄は鉄製で長い。刃は分厚く、鈍い。斬るための道具ではない。壊すための道具だ。

 

掴んだ。

重い。鉈の倍以上ある。

 

振り下ろした。一体目の肩口へ、全体重を乗せて。

 

——通った。

 

斬れたのではない。装甲ごと、肩の構造が陥没した。金属片が弾け飛び、継ぎ目から黒い液が噴いた。腕が一本、千切れかけた。

 

これだ。斬るのではなく、壊す。

 

もう一撃。胸の中央へ叩き込んだ。装甲が割れた。中から、黒い液に浸かった胸腔が見えた。元は人間だったものの内側だ。

 

さらに一撃。

崩れた。

 

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二体目が迫った。

 

斧を振り上げ、肩を狙って叩きつけた。

当たった。陥没した。だが——倒れない。肩が潰れたまま、腕が来た。

 

避けきれなかった。

 

掠めただけだ。掠めただけで、脇腹の肋骨が軋んだ。身体が横に飛ばされ、レールの上を転がった。

 

立ち上がった。息が荒い。脇腹が熱い。罅が入ったかもしれない。

斧を構え直した。二体目に踏み込もうとして——

 

通路の奥から、足音。

三体目。さっき撒いたはずの一体が、別の通路を回ってきた。

 

その後ろに、さらにもう一体の影。

四体。

 

一秒だけ、間があった。

 

退く。

 

今の手札では足りない。鉈は通らない。斧は通るが重い。一体ずつ壊している間に囲まれる。

 

踵を返した。

その瞬間、声が降ってきた。

 

高い場所から。

 

「ハッ! 逃げんのかよ」

 

見上げた。

 

高炉の上。搬送路の継ぎ目に併設された監督台に、巨体のシルエットが立っていた。身体の輪郭が異様に大きい。肉と脂肪を溜め込んだ、梨のような体型。煙越しに、こちらを見下ろしている。

 

最初から見ていたのだ。

 

あの装甲兵どもは、勝手に動いていたのではない。上から差配されていた。

 

「せっかく下の連中がどんだけ使えるか、ちょうど試してたとこだったのによ。まあ、一体壊されたくらいで済んでんだから上出来だろ」

 

装甲兵を「下の連中」と呼び、「試してた」と言っている。製品を検品する現場監督の口ぶりだった。

 

「おい、その斧。うちの廃棄品だろ。廃品回収に来たのか?」

 

笑っている。声が太く、下品で、工場の鉄壁によく響く。

 

「次来るときはもうちょっとマシな得物持ってこいよ。じゃなきゃテメーも素材にしちまうぞ——うちは常に人手不足でなぁ!」

 

笑い声が工場全体に反響した。

 

ヴォルフは返さなかった。

 

声の主の位置。監督台の高さ。そこから工場全体が見渡せるという事実。装甲兵が指揮されていたこと。それだけを頭に入れた。

 

走った。脇腹を庇いながら来た道を戻り、崩れた鉄柵の隙間から外へ出た。背後の足音が止まった。追ってこない。施設の外は、あいつらの領域ではないらしい。

 

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フェルノスの外で、息を吐いた。

斧はまだ手にある。

 

鉈では足りない。それだけは分かった。斧は通る。だがこのままでは振りが遅すぎて、数を捌けない。

 

手を入れる必要がある。

 

ヴォルフはアイゼンガルの方角を見た。

あの男なら、何か思いつくだろう。

 

斧を肩に担ぎ、来た道を戻り始めた。

 

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