ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第4話

支持部は四本あった。

監督台を支える鉄骨の柱。太い。だが溶接の継ぎ目がある。叩くならそこだ。

 

最も近い一本へ走った。

ラサンが即座に反応した。

 

「おいおい、どこ行くんだよ!」

 

クレーンのアームが旋回した。鋼材を吊ったまま、ヴォルフの頭上を横薙ぎに振ってくる。

 

支持部の根元に立った。

アームが来る。

 

直前で、横へ跳んだ。

鋼材が支持部を直撃した。

 

金属の悲鳴が工場に響いた。支持部が歪む。溶接の継ぎ目に亀裂が走った。

ラサンの声が止まった。

 

一拍。

 

「……てめえ」

 

気づかれた。

 

ヴォルフは亀裂の入った支持部へ踏み込んだ。長柄。断重の鉄塊斧(アイアン・ブレイカー)振り上げ、亀裂へ向けて全力で叩き込んだ。

 

一撃。支持部が折れた。

監督台が軋んだ。四本のうち一本が消えた。残り三本で傾きながら持ちこたえている。

 

「ふざけやがって! わざとか!!」

 

ラサンの声から余裕が消えた。

 

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二本目。

 

同じ手は通じない——はずだった。

 

だがラサンは怒っている。怒ると攻撃が大きくなる。大きくなれば、制御が雑になる。

 

二本目の支持部に走った。排熱弁が開いた。蒸気がヴォルフの進路を塞ぐ——が、蒸気は支持部にも当たる。金属が急激に加熱され、継ぎ目の表面が脆くなる。

 

手斧に切り替えた。ガシャン。蒸気が切れた瞬間に踏み込み、加熱された継ぎ目を叩いた。

 

二回で折れた。

監督台が大きく傾いた。二本で支えている。ラサンの足元が不安定になった。

 

「ふざけんなよ……!」

 

三本目。ラサンは学んだ。クレーンを支持部の近くには振らない。排熱も支持部から遠い方向へ噴かす。

 

「出てこい下っ端ども!」

 

代わりに、装甲兵を三体まとめて送り込んできた。

 

装甲兵を捌きながら三本目に近づいた。手斧で一体の肩を潰し、長柄に切り替えて二体目を吹き飛ばし、三体目の腕を避けながら支持部の継ぎ目を叩いた。

 

三回。折れた。

 

残り一本。

監督台が斜めに傾いている。ラサンは搬送路の手すりを摑み、辛うじて立っていた。

 

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最後の一本。

 

ラサンは完全に警戒していた。

 

工場のすべての攻撃が支持部を避けて飛んでくる。クレーンは支持部から離れた場所だけを狙い、排熱は反対方向へ噴く。装甲兵がヴォルフと支持部の間に壁を作っている。

 

正面からは行けない。

 

ヴォルフは装甲兵の壁を避けるように動きながら、ラサンを見上げ、懐から銃を抜いた。

 

監督台の上。傾いた足場にしがみつきながら、ラサンの目がヴォルフを追っている。すべての攻撃はあの目が指揮している。

 

撃った。

ラサンは掌を、反射的に顔の前に出した。

 

弾丸が掌の口に吸い込まれた。食われた。

 

だが——巨大な掌が視界を遮った。

一瞬、ラサンの視界が途切れた。

 

工場が止まった。

 

クレーンのアームが途中で方向を失い、空を切った。排熱弁が閉じた。装甲兵の動きが鈍くなった。指揮する目が、一拍だけ塞がれた。

 

その一拍で十分だった。

 

ヴォルフは装甲兵の隙間を抜け、最後の支持部へ走った。長柄。全体重を乗せて、継ぎ目に叩き込んだ。

 

折れた。

 

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支えを失った監督台が、搬送路ごと崩れ落ちた。

 

轟音。鉄骨と鋼板が地面を叩く音が工場全体を揺らした。煤煙が巻き上がり、視界が灰色に染まった。

 

煙の中から、声が聞こえた。

低い。怒りで震えている。

 

「……ぶっ壊しやがったな」

 

瓦礫が動いた。鉄骨が押しのけられ、巨体が立ち上がった。

初めて地上で見るラサンの姿。

 

大きい。人間の倍近い体格。腕は太く、膨れた腹の表面に侵食液の黒い筋が走っている。両掌の口が開いていた。歯の並んだ裂け目が、呼吸するように開閉している。

 

顔はまだ人間の形に似ていた。だが目だけが違う。支配者の余裕が剥がれ、剥き出しの怒りが燃えている。

 

「俺の監督台を……俺の工場を……!」

 

クレーンがまた動いた。だが動きが遅い。方向が定まらない。高所から見ていたときの精密さがない。地上では視野が狭い。工場全体を見渡せない。

 

連動が崩れている。

ラサンは舌打ちし、クレーンを諦めた。代わりに、自分の脚で踏み込んできた。

 

「ぶち殺す!」

 

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重い。

 

ラサンの腕が振り下ろされるたびに、地面の金属格子が陥没した。速くはない。だが質量が違う。装甲兵よりもさらに重い。

 

ヴォルフは手斧を叩き込みながら距離をとった。斧を肩に叩き込んだ。食い込んだ。だが浅い——ラサンの体表は装甲兵よりも厚い侵食層で覆われている。

 

ラサンが掌を突き出した。口が開いている。

触れたら終わる。あの口は弾丸を食った。人間の腕なら、肉ごと溶かして取り込むだろう。

 

横に躱した。掌が空を切った。

 

排熱弁が不意に開いた。足元から蒸気が噴く。地上でも断続的に設備を使ってくる。精度は落ちているが、消えてはいない。

 

蒸気を避けながら、長柄に切り替えた。ガシャン。間合いの外からラサンの膝を叩いた。よろめいた。

 

だが倒れない。脚も侵食層で覆われている。

 

「効かねえよ!」

 

ラサンが笑った。だがさっきの笑い方とは違う。追い詰められた獣が歯を剥くような笑いだ。

 

「この距離で俺に勝てるわけねえだろ!」

 

ラサンの顔が歪んだ。短気ゆえに、簡単に怒りが限界を超えた。

 

「クソが! テメーなんざ廃棄品だ!」

 

両掌を広げて突進してきた。口が二つ、大きく開いている。侵食液が掌から滴り落ちている。

 

ヴォルフの足が止まった。

 

「……違う」

 

吐き捨てるように言った。

 

「俺は廃棄物じゃない」

 

胸元に、金属が当たった。

外套の内側。服の中に隠してある薄い輪郭。

 

指輪。

 

一拍。

 

ヴォルフは下がった。クレーンの残骸の間を縫うように動く。ラサンが追う。大きい身体が残骸に引っかかる。だが力任せに押し通す。

 

距離が詰まる。

掌が来た。右手。口が開いている。食いに来ている。

 

ここだ。

 

掌は攻撃に使われている。防御には回せない。弾を食うのも間に合わない。もう片方の手も、同じように攻撃に回っている。

 

ヴォルフは左手で銃を抜いた。

 

ラサンの眼を撃ち抜いた。

 

至近距離。掌で受けられない角度。避けられないタイミング。

弾丸がラサンの左眼を貫いた。

 

初めて、食われなかった弾。

 

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ラサンの動きが止まった。

 

だが、眼の傷はすでに治り始めている。再生が速い。致命傷にはならない。だが視界を撃ち抜かれた衝撃が、一瞬だけ身体を硬直させた。

 

その一拍。

 

ヴォルフは踏み込んだ。

 

長柄。断重の鉄塊斧(アイアン・ブレイカー)を全力で振り上げ、ラサンの胸の中央に叩き込んだ。

 

侵食層が割れた。

 

中が見えた。膨張した内臓の奥に、黒い核がある。おそらくは、ラサンの心臓。

 

斧を捨てた。

 

右腕を、割れた胸の中へ突き込んだ。

侵食液が腕を焼いた。構わない。指が異物を掻き分け、核に触れた。

 

心臓を、内側から食い破る。握りつぶした。

 

 

ラサンの目が、大きく見開かれた。

 

「——は?」

 

核が砕けた。指の間で崩れた。

 

ラサンの身体から、黒い液が一斉に噴き出した。掌の口が痙攣するように開閉し、閉じ、動かなくなった。

 

工場が沈黙した。

 

クレーンが止まった。排熱弁が閉じた。遠くで、装甲兵が崩れ落ちる音がした。糸が切れたように。

 

ラサンは立ったまま、ヴォルフを見下ろしていた。まだ大きい。だが目から光が消えていく。

 

「廃棄品、なんぞに……!」

 

それが最後の声だった。

 

巨体が前のめりに倒れた。地面が揺れた。

 

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静かだった。

 

機械音が消えている。フェルノスに入ってから、初めて聞く静寂だった。

 

ヴォルフは胸元に指を差し入れた。

外套の内側で、指輪の輪郭だけが残っている。

 

「俺は廃棄物じゃない」

 

「……俺は、人間だ」

 

ヴォルフは息を吐いた。

 

脇腹が痛む。おまけに、ラサンの核を砕いた時に右腕が焼けている。

 

斧を見た。刃が欠けている。だが折れてはいない。柄のスライド機構は問題なく動く。

 

銃を確かめた。残弾を数えた。少ない。

 

ラサンの死体の傍に立った。巨体はすでに侵食液に沈みかけている。自壊が始まっている。

 

だが、崩れ切らない部分があった。腹の一部だけが不自然に膨らんだまま残っている。

 

違和感を覚えて、蹴った。

肉の奥から、鈍い金属音が返った。

 

斧を拾った。切り開いた。侵食液まみれで、噛み跡と腐食痕の残る重金庫が現れた。

 

継ぎ目がある。圧力弁も見える。だが開け方が分からない。そもそもラサンの侵食液に、どれだけ漬かっていたのかも分からないのに、形を保ったままの金庫だ。力でどうにかできるとは思えない。

 

しかし、異形を束ねる幹部のような奴がわざわざ腹に仕込んでいたなら、空ではない。それに、たとえ自分には不要なものでも、必要とする奴はいるだろう。

 

金庫を肩に担いだ。

 

重い。だが、精算で得た貯金は十分ある。このまま強化を維持しても、アイゼンガルまでは持つ。

 

ヴォルフはフェルノスを後にした。

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