ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第4話

火は、まだ生きていた。

 

炉の奥で、赤が呼吸している。

 

油の匂いと、鉄の匂い。

 

布の湿り。

人の体温。

「作戦会議を始める」

 

カイトの声が、空間を締めた。

 

集まる。

視線が一点に寄る。

 

まず、言葉が揃えられた。

 

「……あれの名を、共有しなければならない」

 

カイトが言う。

女のひとりが答えた。

 

「ルナールを、この都市の守護者を乗っ取った時に、一回だけ名乗った」

 

短い記憶。

それでも、重い。

「背眼のシレ」

 

口にしただけで、喉が乾く音がする。

 

ヴォルフは眉も動かさない。

 

名に興味はない。

 

だが、合図と共有には要る。

 

カイトが言った。

 

「以後、あれはシレと呼ぶ」

 

頷きがいくつか。

次。

 

カイトが床に地図を広げた。

 

紙じゃない。

布。

 

油で汚れた、繰り返しの跡。

 

簡易の模型が置かれる。

 

針金。

石。

木片。

 

「心臓部は上層の塔だ」

 

「近づくほど眼が増える」

 

カイトの指が上へ滑る。

 

「密度が高すぎる。なので一定以上の距離からは、どうやっても見つかる。回避はできない。異形が無限に呼び出される……ように、見える。」

 

「実際はそうではない。呼び出される異形の数が無限に見えるのは、そう見えるだけだ」

 

ヴォルフが言った。

「限度がある?」

カイトが頷く。

 

「ある。投射口にも、反応にも、回転に上限がある」

 

「だから一人でまとめて追われると無限に見える」

 

「だから、散らす」

エリスが口を挟む。

 

「分散させれば、密度が落ちる」

 

カイトが言う。

 

「この段階の目的は殲滅じゃない。囮だ」

 

「密度を下げて、本命で刺す」

 

模型の石が二つ、指で離される。

 

針金が引かれる。

 

「聞いていたな? 囮は俺たちがやる」

 

カイトの言葉は短い。

 

だが、そこに決定がある。

 

「囮を始める合図は照明弾を使う」

 

「ただの火薬玉じゃない」

 

エリスが横から言った。

 

「発光を魔法で増して、音も少しだけ盛る。反応を引っ張るのが目的なら、その方が早い」

 

「火力はない」

カイトが続ける。

 

「眩ませて、鳴らして、位置を誤認させるだけだ。だが囮にはそれで十分だ」

 

誰かが笑って言った。

「派手だな」

カイトが返す。

 

「派手でいい。囮が目的だ」

 

「反応を最大化できる」

 

エリスが肩をすくめた。

 

「走る方も、最初だけは軽く底上げする」

 

「強化魔法か」

 

「初歩のやつだよ。脚が少し軽くなる程度。長くは持たないし、殴り合いの役には立たない。でも最初に散るには十分」

 

カイトがヴォルフを見る。

 

「お前は、心臓部ギリギリまで近づけ」

 

「だが、見つかる寸前で止まれ」

 

ヴォルフは短く。

「分かった」

 

「合図から、ほんの少し遅れて動けば良いんだな?」

 

カイトは頷いた。

 

「そうだ。俺たちが散らす。その間に、お前が刺す」

 

ヴォルフの喉が鳴る。

 

「力の使い方は決まった」

 

——それを他人に預ける。

 

多少の不安。

だが、必要。

カイトが言った。

 

「合図は照明弾。俺が最初の一つを上げる。上がったのを見たら全員で上げろ。それが突入開始の合図になる」

 

「迷う余地はない」

 

エリスが小さく笑った。

 

「迷ったら死ぬね」

会議は長くない。

 

必要な線だけ引いて、終わる。

 

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小休止。

 

作戦のための準備が静かに、しかし確実に始まった。

 

まずは照明弾が配られた。

 

続いて、照明弾が不発したときのための発光筒。

 

ワイヤーの予備。

金具に、巻取りの油。

 

準備が着々と、あるいは粛々と進んでいく。

 

エリスはその間も、視線だけを工具台に向けていた。

 

並んだ工具と金具。

 

指先が空中で線を引く。

 

製図でもしているかのように。

 

今すぐ形にしたいというのが、指の動きだけで分かる。

 

ヴォルフが言った。

「剣はどうする」

 

「そのあたりに転がってないか」

 

エリスが顔を上げた。

 

「試作なら、それでいい。でも本番はだめ」

 

「できれば……用意できる最高の素材を使いたい」

 

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「まず、やってみる」

 

手近な刃とワイヤーフックを並べる。

 

くっつけるだけ。簡単だ。

 

だが持ってみると、重心が狂う。

 

「……扱いづらい」

ヴォルフが言う。

エリスが頷いた。

 

「剣も、フックも、両方使いづらい」

 

そう言いながら、エリスは試作品のワイヤーを射出した。

 

突き刺さる。

 

「でもワイヤーの射出は安定してる」

 

次。

 

「先端に剣を付けて、フック代わりに射出してみる」

 

剣の柄。そこに射出の機構を仮で噛ませる。

 

刀身が飛んだ。

だが、回る。

狙いがずれる。

刺さらない。

壁を削って、跳ねる。

「……ダメね」

エリスが吐く。

 

「重量バランスが崩れちゃう」

 

「飛翔が不安定。回転して狙いが狂う」

 

「これじゃ、フックの役割を果たせない」

 

だが。

 

エリスの目が変わった。

 

「でも、剣としてのバランスは、むしろ整ってる」

 

「つまり、一点で付けるのが悪いのね」

 

「じゃあ、重さを散らせばいい」

 

エリスの指が空中で線を引く。

 

「巻取りは鞘に入れる」

 

「射出機も柄に入れる」

 

「そうすれば、剣の中に入るのはワイヤーだけになる」

 

「それなら、剣のバランスは崩れない」

 

「問題は伸ばしたワイヤー全体のバランス」

 

「ってことは——」

工具が鳴る。

 

「剣をバラせばいい。輪切りね」

 

細い指を立ててみせた。

 

指二本。その長さの刃片にする。

 

「それを、ワイヤーに分散して付ける」

 

「そうすれば、全体の重量バランスが取れる」

 

ヴォルフが言った。

「戻るのか」

エリスが頷いた。

 

「巻き取れば、一本に再構成できる」

 

「……たぶん」

できる。

たぶん。

 

ヴォルフは眉を寄せた。

 

エリスが息を吐く。

 

「決定ね。細かい部分は実際に図面に起こさないとわからないけど」

 

エリスの声が震えている。言いたくないことでもあるかのように。

 

「……さてと。さっきも言ったけど、本番には最高の素材を使わなきゃ」

 

腰から、震える手でショートソードを抜いた。

 

女たちが息を呑む。

 

「アイゼンガル製の最高級品」

 

「叔父さんからの贈り物。だけど……」

 

エリスは笑って言った。

 

「これが今用意できる最高の素材。なら、使わなきゃ」

 

「それが、最高の職人ってものなの」

 

鞘ごと工具台へ置いた。

 

金属が、低く鳴った。

炉が火花を散らす。

 

ワイヤーが引き出される。

 

刃が、輪切りにされていく。

 

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