金属は、まだ熱い。
炉が息をするように赤い火花を散らす。
刃は輪切りにされ、指二本分の長さに揃えられていく。
薄い。
だが、刃だ。
ワイヤーの上に置いてみる。
重さが偏る。
「等間隔に配置する」
エリスが言った。
「音が鳴ったら負け」
刃片は、重なればそれだけで音を出す。
鳴らさない配置。
鳴らさない固定。
針金。と革。そして布。
留めて、締める。
確かめる。
その途中で指が切れる。
血がでた。作業中にはよくあることだ。
エリスは舌打ちもせず、布で巻いた。
手を止めない。
まずは鞘。
そこに巻取り部を入れる。
回転。張り。
調整をかけていく。
「強すぎると鳴る」
「でも、弱いと暴れる」
次に柄。
射出機構とレバー。引き金を組み合わせていく。
誤射防止のロックもつける。動かしてみた。
カチリ。音が大きい。
エリスが眉を寄せる。
「削る必要があるわね」
金属を削る音。
静かになる。
ヴォルフは黙って見ている。
工具台の上で、武器が形になる。
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完成した。
となれば試運転をしなければならない。
低い梁と柱のあるワイヤーフックの練習場。
エリスが言う。
「まず、フック」
柄を握ってスイッチに指をかけ、引いた。
ワイヤーが射出される。
刺さった。
「巻いて」
鞘にワイヤーが収納されていく。
身体が浮いた。
刃片が揺れる。
——刃の擦れる音がした。
エリスが止めた。
「テンションが強い」
巻取りを調整しもう一回。
油と布を、噛ませていく。
もう一度。
刺さった。浮いた。
だが今度はほぼ無音だ。
「よし」
だが、まだ次がある。
巻取りで一本に戻す。
刃片が一つ、噛んで止まった。
「……っ」
止まった。
エリスが即座に外す。
「角度ね」
「……刃の縁が立ちすぎてる」
研ぐ。面を作って滑らかに形成し直す。
もう一度、巻き取る。
刃片が吸い寄せられ、列になる。
一本。
ショートソードの形。
ヴォルフが言った。
「戻った」
エリスが息を吐く。
「戻ったわね」
「……これで、使える」
エリスが安心したように、言った。
「完成したなら、名前を付けなきゃね」
「『アイゼン・ラピッド』っていうのはどう? 」
ヴォルフは元の形に戻った剣──アイゼン・ラピッドを鞘に戻して、言った。
「悪くない」
「だが、振り回すには少し短い」
エリスが笑う。
「贅沢言うな!」
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出発前。
サイトレスが装備を整える。
照明弾。発光筒。
カイトが一本ずつ確認する。
エリスは、自分の剣だった金属を見ない。
手だけが少し震えている。
ヴォルフは見ていない。
カイトが言った。
「行くぞ。時間だ」
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外にでる。暗い。
霧が、さっきより重い。
肌に張りつく湿りが増している。ただの夜気じゃない。
頬に、冷たいものがひとつ当たった。
雨――と呼ぶには、まだ早い。
だが、上で何かが軋み、街のどこかで水の走る音がした。
空中に閃光が走った。
カイトが最初の照明弾を撃つ。
空が白く割れる。視線が赤く、輝き始める。
次。
最初の照明弾を追うように、各員が光の弾丸を打ち上げる。
光が増える。
見られた。
眼が、ギョロギョロとあちこちを向く。
続いて、金属音。
量産型の異形が射出される音が遠くで響いた。
異形の気配が降り注いでくる。
散る。
カイトが小さく。
「……そろそろ、頃合いか」
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ヴォルフはアイゼン・ラピッドを使って死角を渡り歩いていた。
見つかる寸前ギリギリまで、近づいて。待つ。
息を殺して待ち構える。そのタイミングが来るその瞬間まで。
ノコギリ鉈と、アイゼン・ラピッドの、柄を握りしめて。
待つ。
照明弾が、上がった。
動く。
アイゼン・ラピッドの柄を引き金ごと握り、引いた。
ワイヤーが走る。
梁に刺さる音——しない。布を噛ませた先端が、音を殺した。
巻取りが駆動する。
身体が浮いた。
刃片が揺れない。揺れない。
外壁を蹴って軌道を変える。次の梁へ。さらに上へ。
光が増えるたびに、影が増える。
眼が走った。赤い光が複数の方向を向く。だが、向いているのは下だ。
囮が、仕事をしている。
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上層の外壁は、予想より腐っていた。
足を置くたびに、石がわずかに沈む。
重心を分散させて渡る。
音を出すな。
出すな。
左手でアイゼン・ラピッドを構え直す。次の射点を見る。柱。届く。引く。
飛んだ。
着地の瞬間、石の欠片が一つ落ちた。
下で、なにかが反応した。
止まる。
息を止めて、壁に張りつく。
眼が、ゆっくりと動く。
——通過した。
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下で、叫び声がした。
カイトじゃない。
女の声だ。
シスターズの誰かが、追いつかれた。
視線を落とす。
路地の角で、サイトレスの一人が躓いて膝をついている。異形が一体、距離を詰めていた。
柄を向ける。
引く。
ワイヤーが斜めに射出される。
走った先は——異形の肩口。
巻取りを逆に送る。張力をかける。
異形が引き寄せられる形で横に流れた。
ほんの一瞬。それで十分だった。
サイトレスが立ち上がり、路地の暗がりへ消える。
異形は壁に叩きつけられて止まった。
フックを引き抜く。
刃片が、鞘の中でかすかに鳴った。
許容範囲だ。
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眼が、増えた。
ひとつ。またひとつ。
壁の染みのように、暗がりに赤い光が滲む。
照明弾の効果が薄れてきた。
囮が引きつけた視線が、少しずつこちらへ戻ってくる。
梁の上で動きを止める。
静止した。
それでも赤い光のひとつが、こちらへ向いた。
止まっていても、捕捉される。
密度が、もう限界だ。
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押すしかない。
眼が、こちらを向いた。
柄を引いた。
ワイヤーが走る。
梁を蹴る。
空中で、左手がノコギリ鉈の柄を掴んだ。
抜いた。
落下しながら鉈を振り下ろす。
最初の一体、頭から割る。
着地の衝撃を脚で殺して、そのまま押し込む。
二体目が横から来た。
アイゼン・ラピッドで受けて、そのまま斬り上げる。
腕が飛んだ。
三体目。
距離がある。
ワイヤーを射出する。
刺さった。
巻き取る。
引き寄せながら鉈を振った。
正面から頭蓋が砕ける。
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上層の奥で、何かが蠢いた。
ギョロリ、と。
梁と配管の隙間、その暗がりの奥で、大きな目がひとつ、蠢いた。
量産型の眼とは違う。
ひとつなのに、視線の密度だけが異様だった。
反応が広がっていく。
階上で足音が増える。
引き返す道は、もうない。