ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第6話

眼が、一斉にこちらを向いた。

 

もう隠れない。

走る。

 

梁の上を蹴りながらアイゼン・ラピッドを射出する。刃片が鳴った。うるさい。構わない。速度が要る。

 

フックが柱に食い込む。巻き取られる。体が斜めに引き絞られるように加速する。

 

下で異形が動く気配がした。左右から挟もうとしている。

 

着地点を変える。狙っていた梁を捨てて、さらに奥の手すりへ。刺さった。引く。眼が追いつく前に、次の射点を決める。

 

通路に下りた。正面から三体。

 

止まらない。

 

右の一体へ向けてフックを射出——刺さった肩を引き寄せながら、すれ違いざまに鉈を叩き込む。

 

頭蓋が割れた。

 

残り二体が向きを変えるより速く駆け抜ける。背中で金属がぶつかる音がした。追いつけていない。

 

突き当たりの壁が見えた。壁へ向けてフックを射出。刺さる——巻き取り——足が壁を蹴る——天井方向へ跳んだ。

 

着地の瞬間、下から爪が来た。鉈で叩き落とす。感触が重い。腕ではなく、頭部だった。

 

そのまま走る。

 

奥から、低い音が響いた。足音ではない。配管が震えている。壁の継ぎ目から、何かが脈打っていた。

 

赤い光が、増えた。さっきまでとは違う。眼球の密度が違う。壁面のあちこちに、視線が張りついている。

 

向こうは、もう把握している。

 

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上層区画、熱源ひとつ。

 

動きが速い。

 

量産個体の反応が三つ、消えた。続いて二つ。

 

……また消えた。

 

報告が間に合っていない。それだけ速い。

 

シレは壁に張りついたまま、神経束を絞って情報を手繰り寄せた。

 

照明弾の使い方、ワイヤーによる高速移動、囮の展開——これは単独行動ではない。

 

連携だ。

外から来た。

 

……ラサンが落とされたという断片情報は、受け取っていた。フェルノスの工区から届いた、途切れ途切れの残響。信じていなかった。

 

信じるべきだったか。

 

感情を持つ必要はない。

 

ただ、評価を改める必要がある。

 

密度を上げる。通路を詰める。出口を塞いでから処理する。——それだけでいい。

 

シレは神経束を伸ばして、区画封鎖の命令を流した。

 

配管の振動が、変わった。

 

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通路が、狭くなっている。壁が近い。天井も低い。さっきまでと構造が違う。

 

奥へ行くほど、生き物の中へ入っていくような感触がある。配管の振動が足の裏に来る。脈動だ。

 

赤い光が両壁に並んだ。眼だ。小さい。量産型の眼とは違う。密度だけがある。びっしりと壁を埋めて、こちらだけを向いていた。

 

止まるな。

 

後ろで爆発音がした。照明弾じゃない。振り向かない。カイトたちが、切り替えた。囮は終わりだ。

 

通路の先に、扉が見えた。

 

金属製。分厚い。蝶番がない。

 

——壁そのものが扉になっている。

 

配管が集中していた。

止まらない。

 

アイゼン・ラピッドを扉の上部へ射出した。

 

刺さった。

 

巻き取られる。身体が引き絞られるように加速する——空中へ。

 

その一拍で、背中に手を伸ばした。

 

断重の鉄塊斧を引き抜く。

 

ガシャン。

 

柄が伸びる。重心が先端へ移る。

 

落下しながら、全速のまま叩きつけた。

 

扉が内側へ吹き飛んだ。

 

脈動が、むき出しになっていた。

 

部屋の中央で、太い神経束と配管が絡み合い、ひとつの巨大な塊を形作っている。

 

壁一面に埋め込まれた無数の眼が、いっせいにこちらを向いた。

 

ここが、守護者の心臓部だ。

 

その奥。

 

神経束と配管に吊られるように、巨大な蜘蛛の形をした異形が張りついていた。

 

黒い脚が壁と天井に食い込み、その巨体には質感の異なる神経束が、ばらばらになりそうな肉を繋ぎ止める縫合糸のように食い込んでいた。

 

そして甲殻の背で、ひとつの大きな目が脈打っていた。

 

着いた。

熱がある。

湿っている。

 

空気そのものが、脈を打っていた。

 

太い配管が壁を這い、床を貫き、天井へと絡み合っている。

 

その隙間を、神経束が走る。

 

白い。

いや、白すぎる。

 

肉とも、金属とも違う質感で、束になって脈動していた。

 

部屋の中央。

守護者の心臓部。

 

都市じゅうから吸い上げた何かが、ここに集められている。

 

壁一面の眼が、ヴォルフを見ていた。

 

その奥で。

 

巨大な蜘蛛の形をした異形が、壁と天井の境目に張りついている。

 

黒い脚。

割れた甲殻。

 

崩れそうな肉を、質感の異なる神経束が縫い止めていた。

 

そして背中。

 

甲殻の裂け目の中で、大きな目がひとつ、脈打っていた。

 

ギョロリ、と。

その目が開く。

声がした。

「来たか……」

静か。

低い。

 

だが、部屋全体が喋ったように響いた。

 

「あんな無茶な方法で私の監視網を突破するとはな。驚いたぞ」

 

「だが、それもここまでだ」

 

ヴォルフは答えない。

 

断重の鉄塊斧を背負い、ノコギリ鉈を抜いた。

 

左手にアイゼン・ラピッド。

 

右手に鉈。

踏み込む。

蜘蛛の巨体が動いた。

速い。

 

重そうな見た目のくせに、壁を滑るように走る。

 

頭上へ。

横へ。

背眼が、先に来る。

 

視線が走った瞬間、何かが飛んできた。

 

ヴォルフは転がるように避ける。

 

避けた先へ、次の攻撃が飛んでくる。

 

床が砕けた。

 

躱せる。だが次の動きを読まれている。

 

鉈で受ける。

重い。

腕が痺れる。

攻撃がいやらしい。

 

追いつこうとするたびに出がかりを潰すように何かが飛んでくる。

 

はっきりとは見えなかったが、糸の塊のようにみえた。

 

普通に追いかけていては埒が明かない。

 

だから普通でない方法で追いかけることにした。

 

アイゼン・ラピッドを射出。

 

壁に刺さる。

巻き取る。

 

身体が斜めに引き上がる。

 

追いついた。シレの眼の前へと着地する。

 

その瞬間、シレの背眼が白い光を放つ。

 

閃いた。

視界が焼ける。

一瞬だが見失った。

……見えない。

だが、脚音もない。

気配も散った。

「隠れたか」

 

口に出して、すぐに捨てる。

 

考えるより先に、動く。

 

━━━

 

背後で、何かが弾けた。

 

爆音。

振り向く。

 

通路の脇の肉塊が裂け、自分から爆ぜていた。

 

その奥から、量産型が二体、三体。

 

さらに、天井の投射口が開く。

 

赤い眼。

爪。

金属音。

 

同時に、砲弾のような塊が射出された。

 

床へ落ちる。

膨らむ。

ヴォルフは跳んだ。

爆発。

熱風が背を叩く。

壁へ。

また一発。

爆発。

 

逃げ場を面で潰してくる。

 

量産型が、その面の隙間を埋めるように走る。

 

鉈を振る。

一体の頭蓋が割れる。

二体目の腕を断つ。

だが足が止まる。

 

止まった瞬間に、次の爆破個体が落ちてきた。

 

「……ちっ」

 

アイゼン・ラピッドを振るう。

 

剣ではない。

射出。

巻き戻し。

 

刃片の連なりを、鞭のように振り回す。

 

バラバラの金属が空気を裂く。

 

壁を打つ。

配管を打つ。

床を打つ。

異形の肉を薙ぐ。

 

その手応えの中に、違うものが混じった。

 

硬い。

だが金属ではない。

 

妙にぬめっていて、その奥に張った張力がある。

 

神経束。

その先。

梁の陰。

見えない。

だが、いる。

 

爆破の余波で舞った粉塵が、そこで不自然に流れた。

 

ヴォルフは走る。

 

正面から量産型が来た。

 

踏み台にする。

肩を踏み潰し、跳ぶ。

 

アイゼン・ラピッドを射出。

 

梁へ。

巻き取る。

一気に距離を詰める。

その瞬間。

また白い。

二度目の閃光。

 

今度は、さっきより短い。

 

光で視界を焼き、隠れる。

 

それで足りると、シレは判断した。

 

ヴォルフは目を閉じていた。

 

最初の一度で、来ると分かっていた。

 

アイゼン・ラピッドを鞭のように振り回す。

 

ワイヤーから周囲の状況が伝わる。

 

視界の端に残った位置。

 

振り回したアイゼン・ラピッドに伝わった張力。

 

粉塵の流れ。

見つけた。そこだ。

 

ハウリングアサルトを構える。

 

銀燐重装爆裂弾。

たった一発。

引き金を絞る。

轟音。

 

銀の光が一直線に走った。

 

隠れたはずの暗がりに、何かがぶつかるような音が返ってくる。

 

次の瞬間、爆発。

 

蜘蛛の甲殻が内側から裂けた。

 

脚が千切れる。

神経束が焼ける。

 

縫い止められていた巨体が、ついに耐えきれず崩れた。

 

壁から。

天井から。

床へ。

落ちる。

轟音とともに。

 

守護者の死体が、崩れた。

 

━━━━

終わった。

 

そう思ったのは、一拍だけだった。

 

ヴォルフは銃口を下ろす。

 

呼吸をひとつ吐く。

 

視線が、崩れた巨体の全体から外れる。

 

その背で。

ぬるり、と。

背眼が剥がれた。

甲殻ごとではない。

 

目だと思っていたものの裏から、神経節がぞろりと伸びる。

 

眼球。

神経。

 

それだけでできた塊が、床を這った。

 

素早く。しかし静かに。

 

崩れた守護者の脇を抜け、部屋の中央へ。

 

制御装置。

 

心臓部の根元に埋まっていた、箱とも臓器ともつかない塊へ取りつく。

 

抱え込む。

次の瞬間。

警報が鳴った。

耳を刺すような高音。

 

部屋じゅうの眼が赤く明滅する。

 

配管が逆流したように脈打った。

 

ヴォルフが顔を上げる。

 

シレ本体が、制御装置を抱えたままこちらを見ていた。

 

チッ、と。

 

舌打ちに似た音が鳴る。

 

「気づかれたか……」

初めて、声が揺れた。

「死にたくない」

 

「だが、このまま逃げるだけというのは不愉快だ」

 

神経節が装置へ食い込む。

 

警報がさらに甲高くなる。

 

「リソースの回収も十分だろう」

 

「このまま、ルナールごと死ね」

 

床が割れた。

 

壁の眼がいくつも潰れ、青白い液を噴く。

 

都市全体に走った異常が、この部屋にも返ってきている。

 

シレが逃げた。

 

制御装置を抱えたまま、割れた配管の隙間へ飛び込む。

 

ヴォルフは即座にアイゼン・ラピッドを撃つ。

 

だが一歩遅い。

 

フックは壁を穿つだけで、シレには届かない。

 

「逃さん!」

 

ヴォルフが低く言った。

 

返事はない。

 

代わりに、遠くでまた警報が重なる。

 

赤。

白。

脈動。

 

その奥へ、シレの気配が伸びていく。

 

逃がさない。

 

アイゼン・ラピッドを射出した。

 

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