ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第7話

配管の裂け目へ、ヴォルフの身体が吸い込まれる。

 

アイゼン・ラピッドのワイヤーが張る。

 

巻き取る。

身体が前へ引かれる。

足場はない。

 

あるのは割れた配管と、崩れた壁と、都市そのものの脈動だけだ。

 

背後で、心臓部の警報がなおも鳴っている。

 

その音が、街じゅうへ広がっていく。

 

崩壊が始まった。

 

壁の内側を走る配管が裂け、赤い液が噴く。

 

路地の下では、生体部品が連鎖的に痙攣し、潰れ、爆ぜていた。

 

上から落ちてくる。

下からも割れる。

 

止まっていれば、街ごと喰われる。

 

だが前には、シレがいる。

 

制御装置を抱えたまま、細い配管の列を滑るように逃げていく。

 

眼球。

神経節。

 

それだけの塊なのに、妙に速い。

 

背眼だったころより小さい。

 

だがそのぶん、狭い隙間へ平然と入り込んでいく。

 

大きな目玉が一瞬だけこちらを向き、すぐに前を向いた。

 

「振り切れないか……!」

 

初めて、はっきり叫んだ。

 

声がひび割れている。

ヴォルフは答えない。

 

梁の残骸へフックを射出。

 

刺さる。

巻き取る。

距離を詰める。

 

シレが配管の曲がり角を折れた。

 

その瞬間、足場が崩れた。

 

ヴォルフは落ちる。

 

いや、落ちる前に撃つ。

 

アイゼン・ラピッド。

壁へ。

刺さる。

巻き取る。

 

落下が横滑りに変わる。

 

そのまま外壁を蹴る。

また前へ。

 

警報が大きく響いている。

 

街の奥で、何かが倒れる重い音。

 

それでもシレは止まらない。

 

「まだ着いてくるのか……!」

 

制御装置を抱える神経節が、さらに締まる。

 

「死にたくない!」

 

その抱え方に執着がある。

 

ただ持っているだけではない。

 

あれが、止めるべきものだ。

 

ヴォルフは追う。

 

頬に、冷たいものが当たった。

 

ひとつ。

ふたつ。

すぐに数が増える。

雨だ。

 

外壁を伝い、剥き出しの配管を叩き、砕けた石を濡らしていく。

 

ハウリングアサルトの銃身にも、水滴が散った。

 

白い熱が、そこで短く鳴いた。

 

崩れた橋の上。

割れた回廊。

潰れた塔の外壁。

 

足場が崩れるたびに、アイゼン・ラピッドで次を掴む。

 

短く。

速く。

 

近づくたびに、刃片が鳴る。

 

だが構わない。

 

もう隠れる段階は終わった。

 

シレが背後へ何かをばら撒いた。

 

小さい。

赤い。

脈動する肉片。

配管へ当たる。

張りつく。

次の瞬間、爆ぜた。

爆風。

破片。

熱。

 

ヴォルフは腕で顔を庇い、壁へ身を預ける。

 

その隙に、シレがまた距離を取る。

 

「なんで私がこんな目に!」

 

叫びが、もう監視者のものではない。

 

ただの悲鳴に近い。

━━━

前方の高所。

 

細いワイヤーが走った。

 

壁へ刺さる。

巻き取られる。

跳んだ人影がひとつ。

エリスだ。

着地と同時に叫ぶ。

「見つけた!」

 

「あいつが持ってるの! このルナール全体の制御キー!」

 

「信号を出してる!多分情報秘匿用の崩壊信号!動いてる限り、崩壊が進む!」

 

ヴォルフは短く。

「まとめて壊す!」

 

「そう! ……ああもう!あたしじゃ追いつけない!」

 

エリスも走る。

 

だがすでに遅れ始めている。

 

ヴォルフと比べて、身体能力が違いすぎる。

 

一方で、シレ本体は軽い。

 

細い。

そして必死だ。

 

死にたくないものの速さで、文字通り必死に逃げている。

 

「こっちにくるなぁ!」

 

シレが振り返らずに叫ぶ。

 

その声と同時に、制御装置から赤い光が脈打った。

 

街のあちこちで、また爆発。

 

崩壊の速度が上がる。

 

エリスが歯を食いしばる。

 

「……私は避難を回す!」

 

「あんたはあれを止めて!」

 

ヴォルフは頷きもしない。

 

もう前しか見ていない。

 

シレは高架の残骸を抜け、外壁沿いの長い逃走路へ出た。

 

遮るものがない。

だが足場も悪い。

 

崩れた石と、剥き出しの配管が斜めに走っている。

 

逃走経路が見えた。

一直線。

その先へ。

 

ヴォルフの耳に、違う音が混じった。

 

カシュン。

圧力弁の開く音。

 

ハウリングアサルトの側面から、白い蒸気が短く噴く。

 

冷却が終わった。

二発目。

 

ヴォルフは走りながら銃口を上げる。

 

狙うのは背中ではない。

 

少し先。

シレが次に通る場所。

引き金を絞る。

轟音。

 

銀燐重装爆裂弾が、逃走路の先で炸裂した。

 

直撃ではない。

だが十分だ。

 

爆炎が配管を吹き飛ばす。

 

石が裂ける。

 

衝撃でシレの身体が跳ねた。

 

制御装置を抱えたまま、空中で姿勢を崩す。

 

「ぁ——」

言葉にならない声。

そこへ。

アイゼン・ラピッド。

射出。

巻き取る。

 

ヴォルフの身体が、爆炎の中へ突っ込む。

 

右手に鉈はない。

 

持ち替える時間が惜しい。

 

左手のワイヤーを巻き戻す。

 

刃片が列をなし、一本へ戻る。

 

エリスの、元は最高級品のショートソード。

 

アイゼン・ラピッド。

 

爆炎を抜けた先で、シレが振り向いた。

 

恐怖だけが、その眼球にあった。

 

ヴォルフは踏み込む。

振り抜く。

一閃。

 

制御装置ごと、断った。

 

神経節が裂ける。

眼球が弾ける。

 

制御装置の赤い光が、途中で途切れた。

 

シレの身体が、遅れて崩れる。

 

配管の上へ。

ずるりと。

落ちる。

 

それでも街は止まらない。

 

遠くでまだ崩れる音がする。

 

爆発も続く。

 

慣性で進み始めた破壊までは、止めきれない。

 

だが。

警報の質が変わった。

 

さっきまでの切迫した連続音ではない。

 

途切れ途切れだ。

失速している。

 

ヴォルフは、真っ二つになったシレを見た。

 

脈動は弱い。

まだ生きている。

 

だが、もう逃げることはできない。

 

長くない。直に死ぬだろう。

 

終わりだ。

 

破壊した制御装置が、小さく火花を上げていた。

 

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