ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第3話

次が来る。

来た。

 

梁を伝っていた雷が、途中で跳ねた。

 

一本ではない。

金網へ。

外壁のフレームへ。

保守足場の端へ。

 

散っているように見えて、全部が通路を奪うための線だった。

 

ヴォルフは踏みかけた足を止め、真横へ跳んだ。

 

直後、さっきまで足を置くつもりだった梁が白く弾ける。

 

遅れて、クロヴがその上を横切った。

 

五脚。

壁面。

梁。

足場の裏。

 

跳ねるたびに支点が変わる。

 

速い。

それだけではない。

 

この街の構造そのものが、あいつの軌道になっていた。

 

低い声が反響した。

 

処理音声みたいに、感情がない。

 

次の瞬間、死角から血刃が飛んだ。

 

一本。

二本。

 

三本目は、ヴァーレンの雷槍が弾いた。

 

四本目はヴォルフの頬を掠め、後方の金網へ突き刺さる。

 

金属が裂けた。

刃として飛んでいる。

牽制ではない。

 

当たれば終わる重さだった。

 

ヴァーレンが梁の上に着地した。

 

槍を水平に構える。

 

目はクロヴを見ている。

 

だが、ヴォルフも同じ視界に入れていた。

 

「異形も、お前も、ここで落とす」

 

それだけだった。

 

言い終える前に、もう雷が走る。

 

槍先から放たれた閃きが梁と梁の間を舐め、金網を伝い、通路を面で殺しにくる。

 

クロヴは正面から受けない。

 

壁を蹴る。

搬送路の裏へ。

 

そのまま脈打つ肉塊へ飛びついた。

 

噛みついたように見えた。

 

一瞬だけ、腕の射出口の脈動が強くなる。

 

すぐ離れる。

また別の梁へ跳ぶ。

消耗が途切れない。

 

追いついたと思った瞬間には、もう別の位置にいる。

 

それでも、一度だけ軌道が見えた。

 

クロヴが梁の端を蹴る。

 

次の支点へ移る、その一拍。

 

ヴォルフは銃を抜いた。

 

撃つ。

火花。

弾いた。

 

血刃の発射の起点を、横から叩いた。

 

クロヴの姿勢がぶれる。

 

五脚のうち一本が、空を掻いた。

 

崩せる。

 

ヴォルフはアイゼン・ラピッドを射出した。

 

梁に噛ませる。

巻き取る。

身体を振る。

 

別角度から食らいつく。

 

距離が遠い。

間に合わない。

 

その空白へ、ヴァーレンの雷が差し込んだ。

 

梁と金網をまとめて焼く、広い線だ。

 

アイゼン・ラピッドの先端を梁から外して、落ちるように避ける。

 

ヴォルフは落ちる。

クロヴも退く。

わずかに焼けた。

だが浅い。

 

結果として、誰も仕留められない。

 

共闘ではなかった。

 

互いの攻撃が、互いの計算を少しずつ狂わせているだけだった。

 

━━━━━━━━━━━

 

クロヴが外壁を走った。

 

あり得ない角度で。

 

五脚が壁を掴み、次の瞬間には天井裏めいた梁の影に潜る。

 

見失う。

 

その直後、真下から血刃が来た。

 

ヴォルフは鉈で流し、反動のまま梁の下面へぶら下がる。

 

その頭上を、今度はヴァーレンが雷光みたいに横切った。

 

直線。

速い。

 

クロヴとは違う速さだ。

 

読む前に抜けるための速さ。

 

だがこの空間では、直線だけでは足りない。

 

クロヴは曲がる。

跳ねる。

潜る。

 

寄生した街そのものを巣として使い、死角ごと位置を変える。

 

ヴァーレンの雷は強い。

 

広い。

 

だが広いぶん、クロヴみたいな相手には決め切れない。

 

ヴォルフも同じだった。

 

一点へ届けば斬れる。

 

届く前に軌道をずらされる。

 

外殻が開いた。

 

腕の射出口が大きく膨らむ。

 

五連。

放射。

 

安地をずらすみたいに、血刃が散った。

 

ヴォルフは梁の下へ。

次に金網の裏へ。

更に足場の影へ。

 

逃げるたびに、別の危険地帯へ押し出される。

 

押し込まれるだけでは終わらない。

 

金網の裏から身を返す。

 

ワイヤーを巻き取り、そのまま速度を乗せる。

 

ノコギリ鉈。

横薙ぎ。

届く。

そう見えた。

 

クロヴの五脚が一本、割り込んだ。

 

金属と外殻が噛み合う。

 

止められた。

浅い。

 

そのまま押し切る前に、横から雷が来る。

 

ヴァーレン。

 

ヴォルフは舌打ちした。

 

「邪魔をするな!」

 

吠えるのと同時に銃を抜く。

 

雷槍の軌道へ一発。

わずかに逸らす。

 

クロヴも、ヴォルフも、同時にそこから離れた。

 

ヴァーレンは前へ出た。

 

障壁めいた雷膜を一瞬だけ纏い、二本を受け流す。

 

残りがフレームを裂いた。

 

梁の一部が落ちる。

空間がまた狭くなる。

 

クロヴはそこへ突っ込んできた。

 

「クラスター・パイル、ロード」

 

重い。

血刃ではない。

本体ごと来る。

 

五脚で壁を蹴り、梁の束を踏み抜きながら、一直線に距離を潰してきた。

 

ヴォルフは咄嗟に横へ飛ぶ。

 

衝突。

 

五脚が地形を破壊する。

 

梁がまとめて折れる。

金網が千切れる。

破片が降る。

 

その隙間へ、ヴァーレンの雷槍が差し込んだ。

 

クロヴは半身を捻る。

雷が外殻を焼いた。

それでも止まらない。

埒が明かない。

 

お互いが、お互いを邪魔している。

 

決着が、つかない。

 

━━━━━━━━━━━

 

脈打つ肉塊が、同時に複数、膨らんだ。

 

ひとつではない。

壁面。

中継塔の側面。

搬送路の奥。

目に入るだけで三つ。

 

どれも急に脈が速くなっていた。

 

血が垂れる。

 

粘ついた糸を引いて落ちる。

 

クロヴが跳んだ。

ひとつに。

次にもうひとつへ。

更に三つ目へ。

 

食うように喰らいつき、すぐ離れる。

 

腕の射出口が飽和したように膨れ上がった。

 

脈動音が増える。

 

露骨すぎる危険信号だった。

 

ヴォルフもヴァーレンも、同じ瞬間にそれを見た。

 

目が合ったわけではない。

 

それでも、次に軽いものは来ないと分かった。

 

ヴァーレンが踏み込む。

 

ヴォルフもワイヤーを撃った。

 

別々の角度から、同時に前へ出る。

 

共闘ではない。

 

ただ、結果として圧力が重なった。

 

クロヴの脚が一瞬だけ迷う。

 

ほんの少し。

 

その配分の乱れを、ヴォルフは見逃さなかった。

 

「オーバー・チャージ、レディ」

 

クロヴの声が落ちた。

直後。

 

「イレギュラー・シークエンス、エグゼキュート」

 

最初に来たのは、血の刃だった。

 

梁の上。

足場の縁。

金網の陰。

 

逃げ足が触れそうな場所だけを、先回りして裂いてくる。

 

ヴォルフは踏み替える。

 

ワイヤーを射出する。

身体を振る。

 

その途中で、クロヴ本体が来た。

 

五脚を束ねる。

クラスター・パイル。

 

突撃の軸はヴァーレンへ向いていた。

 

雷槍を正面から崩しにいく、重い一直線だった。

 

ヴァーレンが踏み込む。

 

迎え撃つ。

 

ぶつかった瞬間、雷が爆ぜた。

 

ヴァーレンは弾かれ、しかし体勢は崩さずそのまま距離を取った。

 

クロヴの巨体がわずかに逸れる。

 

そのまま流れるように、最後の処理へ移る。

 

両腕の腕部が開いた。

血が散る。

 

白っぽい骨質の射出器官が、肉を引きずるようにせり出した。

 

次の瞬間、全方位へ血刃が放たれた。

 

上。

下。

横。

 

遅れていたら終わっていた。

 

ヴォルフは梁を蹴り、身体を落とす。

 

ヴァーレンもまた、雷を爆ぜさせるようにして一帯を焼き、直撃の芯だけを外していた。

 

単独で向けられていたら死んでいた。

 

今回は、二つに割れた。

 

だから、ぎりぎり残った。

 

その瞬間以後、警戒の比重が変わった。

 

クロヴを先に崩さなければ、この場では誰も勝ち切れない。

 

ヴァーレンが前へ出る。

 

真っ直ぐ。

 

槍を突き出し、クロヴの正面へ圧をかける。

 

クロヴはそちらを捌くために脚を開いた。

 

外側へ。

迎撃の角度を寄せる。

 

その一瞬、逆側が空いた。

 

ヴォルフは飛んだ。

鉈ではない。

断重の鉄塊斧。

重い方を選ぶ。

クロヴの腕部が開く。

射出口。

 

血を飛ばしていた器官が、まだ脈打っている。

 

白い骨の芯に、肉と血がこびりついていた。

 

その根本へ叩き込んだ。

 

鈍い音がした。

外殻が割れる。

基部が潰れる。

 

クロヴの動きが、初めて大きくぶれた。

 

ヴォルフは斧を捨てない。

 

だが、次に使ったのは手だった。

 

空いた片手を突っ込む。

 

肉を掴む。

熱い。

ぬるい。

滑る。

それでも握る。

引く。

 

クロヴの身体が抵抗した。

 

五脚が梁を掻く。

血が散る。

更に引く。

引きちぎる。

裂けた。

 

腕部から、骨めいた器官が丸ごと外れる。

 

クロヴの声が歪んだ。

 

機械音声みたいだったものが、そこで初めて壊れた。

 

巨体が大きくよろめく。

 

落ちない。

 

だが、明らかに鈍った。

 

ヴォルフは奪い取ったそれを見た。

 

腕の中でまだ脈打っている。

 

血を飛ばすための器官。

 

厄介の芯が、今だけ手元にある。

 

ついでに、握り潰して代償として回収する。

 

そのつもりだった。

 

 

光が来た。

早すぎる。

思考の後では遅い。

ヴァーレンだ。

 

槍が、雷光を引いていた。

 

視界が焼ける。

白い。

見えない。

「収束雷槍」

 

低い声だけが、遅れて届いた。

 

刺突。

完全には入らない。

 

ヴァーレン自身の視界も焼けていたのか、芯はわずかに外れた。

 

それでも十分だった。

槍が食い込む。

 

直後、収束した雷が内側へ流れ込む。

 

身体の奥で爆ぜた。

「ガアア!」

 

獣めいた叫びが漏れる。

 

肺が痙攣する。

視界が揺れる。

落ちる。

 

ヴォルフは咄嗟にアイゼン・ラピッドを射出した。

 

梁に噛ませる。

巻き取る余裕はない。

 

ただ、完全な落下だけを止める。

 

ヴァーレンが追撃のために、姿勢を整えている。

 

だが、横から割り込むものがあった。

 

クロヴもまだ生きていた。

 

さっき器官ごともぎ取った側とは逆。

 

残った腕部が開く。

血刃が来る。

 

腕がもぎ取られた分だけ数は減っている。

 

それでも、変わらず速く、重い。

 

しかも「収束雷槍」の直後だ。

 

ヴァーレンは追撃より先に、そちらの回避を切った。

 

ヴァーレンの視線が、ほんの一瞬だけそちらへ割かれた。

 

その瞬間だけが残った。

 

血の刃はこちらへは飛んでこなかった。

 

自分が落ちた方向は、もぎ取った腕の側だった。

 

崩れた足場へ叩きつけるように降りた。

 

膝が折れる。

立てない。

立つ。

無理やり。

 

遠くで甲高い音がした。

 

末端の迎撃体。

 

巣から湧く雑魚が、こちらへ向かってくる。

 

普段なら鬱陶しいだけの数だった。

 

今は違う。

 

死にかけの身体には、それが延命の種になる。

 

ヴォルフは銃を抜いた。

 

撃つ。

 

近いものから怯ませる。

 

怯んだ雑魚を、ノコギリ鉈で叩き切る。

 

一体。

二体。

三体。

 

クリムゾンデューティ。

 

血の、代償の回収。

奪う。

代償を回収する。

 

焼けた内側を、無理やり繋ぎ止める。

 

治ってはいない。

 

まだ、死ぬ速度を少しだけ遅らせているだけだ。

 

もう少し狩れれば生き残ることはできるか。

 

ヴァーレンは上層で止まっていた。

 

追撃するにはもう遠すぎた。

 

クロヴもまだ奥にいる。

 

両方をこの場で仕留め切ることはできない。

 

その判断だけは、あいつもしていた。

 

視線が落ちてくる。

冷たい。

 

殺し損ねた相手を見る目だ。

 

ヴォルフも見返した。

言葉はない。

もう必要もない。

 

次に会えば、最初から殺し合いになる。

 

それだけは、十分に分かった。

 

ヴォルフは奪った器官に目を向けた。

 

まだ温かい。

 

だが、すでにクロヴから切り離されている。

 

代償にするにはすでに劣化しきっている。

 

まだ脈打っていても、もう血が死んでいる。

 

回収には使えない。

捨てるか。

 

そう思って、しかし、ふと頭によぎるものがあった。

 

クロヴから奪った骨めいた器官。

 

おそらくは、血を飛ばすためのもの。

 

骨ばっていて、やけに角ばっているシルエット。

 

何故かそれが、アイゼンガルで見たプレス機やクレーンを彷彿とさせた。

 

何なら、斧のスライドや、銃の排熱機関にも似ている気がした。

 

なんとなく、捨てるのをやめた。

 

足場の端へ。

 

アイゼン・ラピッドのワイヤーを射出する。

 

次の梁。

更に下。

逃げる。

 

追いつかれる前に、この巣の外へ出る。

 

背後で、アイビスの高所が鈍く脈打っていた。

 

クロヴは落とし切れない。

 

ヴァーレンも殺せない。

 

残ったのは、手元の骨めいた器官と、焼けた身体だけだった。

 

それでもヴォルフは落ちなかった。

 

落ちるわけにはいかなかった。

 

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