次が来る。
来た。
梁を伝っていた雷が、途中で跳ねた。
一本ではない。
金網へ。
外壁のフレームへ。
保守足場の端へ。
散っているように見えて、全部が通路を奪うための線だった。
ヴォルフは踏みかけた足を止め、真横へ跳んだ。
直後、さっきまで足を置くつもりだった梁が白く弾ける。
遅れて、クロヴがその上を横切った。
五脚。
壁面。
梁。
足場の裏。
跳ねるたびに支点が変わる。
速い。
それだけではない。
この街の構造そのものが、あいつの軌道になっていた。
低い声が反響した。
処理音声みたいに、感情がない。
次の瞬間、死角から血刃が飛んだ。
一本。
二本。
三本目は、ヴァーレンの雷槍が弾いた。
四本目はヴォルフの頬を掠め、後方の金網へ突き刺さる。
金属が裂けた。
刃として飛んでいる。
牽制ではない。
当たれば終わる重さだった。
ヴァーレンが梁の上に着地した。
槍を水平に構える。
目はクロヴを見ている。
だが、ヴォルフも同じ視界に入れていた。
「異形も、お前も、ここで落とす」
それだけだった。
言い終える前に、もう雷が走る。
槍先から放たれた閃きが梁と梁の間を舐め、金網を伝い、通路を面で殺しにくる。
クロヴは正面から受けない。
壁を蹴る。
搬送路の裏へ。
そのまま脈打つ肉塊へ飛びついた。
噛みついたように見えた。
一瞬だけ、腕の射出口の脈動が強くなる。
すぐ離れる。
また別の梁へ跳ぶ。
消耗が途切れない。
追いついたと思った瞬間には、もう別の位置にいる。
それでも、一度だけ軌道が見えた。
クロヴが梁の端を蹴る。
次の支点へ移る、その一拍。
ヴォルフは銃を抜いた。
撃つ。
火花。
弾いた。
血刃の発射の起点を、横から叩いた。
クロヴの姿勢がぶれる。
五脚のうち一本が、空を掻いた。
崩せる。
ヴォルフはアイゼン・ラピッドを射出した。
梁に噛ませる。
巻き取る。
身体を振る。
別角度から食らいつく。
距離が遠い。
間に合わない。
その空白へ、ヴァーレンの雷が差し込んだ。
梁と金網をまとめて焼く、広い線だ。
アイゼン・ラピッドの先端を梁から外して、落ちるように避ける。
ヴォルフは落ちる。
クロヴも退く。
わずかに焼けた。
だが浅い。
結果として、誰も仕留められない。
共闘ではなかった。
互いの攻撃が、互いの計算を少しずつ狂わせているだけだった。
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クロヴが外壁を走った。
あり得ない角度で。
五脚が壁を掴み、次の瞬間には天井裏めいた梁の影に潜る。
見失う。
その直後、真下から血刃が来た。
ヴォルフは鉈で流し、反動のまま梁の下面へぶら下がる。
その頭上を、今度はヴァーレンが雷光みたいに横切った。
直線。
速い。
クロヴとは違う速さだ。
読む前に抜けるための速さ。
だがこの空間では、直線だけでは足りない。
クロヴは曲がる。
跳ねる。
潜る。
寄生した街そのものを巣として使い、死角ごと位置を変える。
ヴァーレンの雷は強い。
広い。
だが広いぶん、クロヴみたいな相手には決め切れない。
ヴォルフも同じだった。
一点へ届けば斬れる。
届く前に軌道をずらされる。
外殻が開いた。
腕の射出口が大きく膨らむ。
五連。
放射。
安地をずらすみたいに、血刃が散った。
ヴォルフは梁の下へ。
次に金網の裏へ。
更に足場の影へ。
逃げるたびに、別の危険地帯へ押し出される。
押し込まれるだけでは終わらない。
金網の裏から身を返す。
ワイヤーを巻き取り、そのまま速度を乗せる。
ノコギリ鉈。
横薙ぎ。
届く。
そう見えた。
クロヴの五脚が一本、割り込んだ。
金属と外殻が噛み合う。
止められた。
浅い。
そのまま押し切る前に、横から雷が来る。
ヴァーレン。
ヴォルフは舌打ちした。
「邪魔をするな!」
吠えるのと同時に銃を抜く。
雷槍の軌道へ一発。
わずかに逸らす。
クロヴも、ヴォルフも、同時にそこから離れた。
ヴァーレンは前へ出た。
障壁めいた雷膜を一瞬だけ纏い、二本を受け流す。
残りがフレームを裂いた。
梁の一部が落ちる。
空間がまた狭くなる。
クロヴはそこへ突っ込んできた。
「クラスター・パイル、ロード」
重い。
血刃ではない。
本体ごと来る。
五脚で壁を蹴り、梁の束を踏み抜きながら、一直線に距離を潰してきた。
ヴォルフは咄嗟に横へ飛ぶ。
衝突。
五脚が地形を破壊する。
梁がまとめて折れる。
金網が千切れる。
破片が降る。
その隙間へ、ヴァーレンの雷槍が差し込んだ。
クロヴは半身を捻る。
雷が外殻を焼いた。
それでも止まらない。
埒が明かない。
お互いが、お互いを邪魔している。
決着が、つかない。
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脈打つ肉塊が、同時に複数、膨らんだ。
ひとつではない。
壁面。
中継塔の側面。
搬送路の奥。
目に入るだけで三つ。
どれも急に脈が速くなっていた。
血が垂れる。
粘ついた糸を引いて落ちる。
クロヴが跳んだ。
ひとつに。
次にもうひとつへ。
更に三つ目へ。
食うように喰らいつき、すぐ離れる。
腕の射出口が飽和したように膨れ上がった。
脈動音が増える。
露骨すぎる危険信号だった。
ヴォルフもヴァーレンも、同じ瞬間にそれを見た。
目が合ったわけではない。
それでも、次に軽いものは来ないと分かった。
ヴァーレンが踏み込む。
ヴォルフもワイヤーを撃った。
別々の角度から、同時に前へ出る。
共闘ではない。
ただ、結果として圧力が重なった。
クロヴの脚が一瞬だけ迷う。
ほんの少し。
その配分の乱れを、ヴォルフは見逃さなかった。
「オーバー・チャージ、レディ」
クロヴの声が落ちた。
直後。
「イレギュラー・シークエンス、エグゼキュート」
最初に来たのは、血の刃だった。
梁の上。
足場の縁。
金網の陰。
逃げ足が触れそうな場所だけを、先回りして裂いてくる。
ヴォルフは踏み替える。
ワイヤーを射出する。
身体を振る。
その途中で、クロヴ本体が来た。
五脚を束ねる。
クラスター・パイル。
突撃の軸はヴァーレンへ向いていた。
雷槍を正面から崩しにいく、重い一直線だった。
ヴァーレンが踏み込む。
迎え撃つ。
ぶつかった瞬間、雷が爆ぜた。
ヴァーレンは弾かれ、しかし体勢は崩さずそのまま距離を取った。
クロヴの巨体がわずかに逸れる。
そのまま流れるように、最後の処理へ移る。
両腕の腕部が開いた。
血が散る。
白っぽい骨質の射出器官が、肉を引きずるようにせり出した。
次の瞬間、全方位へ血刃が放たれた。
上。
下。
横。
遅れていたら終わっていた。
ヴォルフは梁を蹴り、身体を落とす。
ヴァーレンもまた、雷を爆ぜさせるようにして一帯を焼き、直撃の芯だけを外していた。
単独で向けられていたら死んでいた。
今回は、二つに割れた。
だから、ぎりぎり残った。
その瞬間以後、警戒の比重が変わった。
クロヴを先に崩さなければ、この場では誰も勝ち切れない。
ヴァーレンが前へ出る。
真っ直ぐ。
槍を突き出し、クロヴの正面へ圧をかける。
クロヴはそちらを捌くために脚を開いた。
外側へ。
迎撃の角度を寄せる。
その一瞬、逆側が空いた。
ヴォルフは飛んだ。
鉈ではない。
断重の鉄塊斧。
重い方を選ぶ。
クロヴの腕部が開く。
射出口。
血を飛ばしていた器官が、まだ脈打っている。
白い骨の芯に、肉と血がこびりついていた。
その根本へ叩き込んだ。
鈍い音がした。
外殻が割れる。
基部が潰れる。
クロヴの動きが、初めて大きくぶれた。
ヴォルフは斧を捨てない。
だが、次に使ったのは手だった。
空いた片手を突っ込む。
肉を掴む。
熱い。
ぬるい。
滑る。
それでも握る。
引く。
クロヴの身体が抵抗した。
五脚が梁を掻く。
血が散る。
更に引く。
引きちぎる。
裂けた。
腕部から、骨めいた器官が丸ごと外れる。
クロヴの声が歪んだ。
機械音声みたいだったものが、そこで初めて壊れた。
巨体が大きくよろめく。
落ちない。
だが、明らかに鈍った。
ヴォルフは奪い取ったそれを見た。
腕の中でまだ脈打っている。
血を飛ばすための器官。
厄介の芯が、今だけ手元にある。
ついでに、握り潰して代償として回収する。
そのつもりだった。
光が来た。
早すぎる。
思考の後では遅い。
ヴァーレンだ。
槍が、雷光を引いていた。
視界が焼ける。
白い。
見えない。
「収束雷槍」
低い声だけが、遅れて届いた。
刺突。
完全には入らない。
ヴァーレン自身の視界も焼けていたのか、芯はわずかに外れた。
それでも十分だった。
槍が食い込む。
直後、収束した雷が内側へ流れ込む。
身体の奥で爆ぜた。
「ガアア!」
獣めいた叫びが漏れる。
肺が痙攣する。
視界が揺れる。
落ちる。
ヴォルフは咄嗟にアイゼン・ラピッドを射出した。
梁に噛ませる。
巻き取る余裕はない。
ただ、完全な落下だけを止める。
ヴァーレンが追撃のために、姿勢を整えている。
だが、横から割り込むものがあった。
クロヴもまだ生きていた。
さっき器官ごともぎ取った側とは逆。
残った腕部が開く。
血刃が来る。
腕がもぎ取られた分だけ数は減っている。
それでも、変わらず速く、重い。
しかも「収束雷槍」の直後だ。
ヴァーレンは追撃より先に、そちらの回避を切った。
ヴァーレンの視線が、ほんの一瞬だけそちらへ割かれた。
その瞬間だけが残った。
血の刃はこちらへは飛んでこなかった。
自分が落ちた方向は、もぎ取った腕の側だった。
崩れた足場へ叩きつけるように降りた。
膝が折れる。
立てない。
立つ。
無理やり。
遠くで甲高い音がした。
末端の迎撃体。
巣から湧く雑魚が、こちらへ向かってくる。
普段なら鬱陶しいだけの数だった。
今は違う。
死にかけの身体には、それが延命の種になる。
ヴォルフは銃を抜いた。
撃つ。
近いものから怯ませる。
怯んだ雑魚を、ノコギリ鉈で叩き切る。
一体。
二体。
三体。
クリムゾンデューティ。
血の、代償の回収。
奪う。
代償を回収する。
焼けた内側を、無理やり繋ぎ止める。
治ってはいない。
まだ、死ぬ速度を少しだけ遅らせているだけだ。
もう少し狩れれば生き残ることはできるか。
ヴァーレンは上層で止まっていた。
追撃するにはもう遠すぎた。
クロヴもまだ奥にいる。
両方をこの場で仕留め切ることはできない。
その判断だけは、あいつもしていた。
視線が落ちてくる。
冷たい。
殺し損ねた相手を見る目だ。
ヴォルフも見返した。
言葉はない。
もう必要もない。
次に会えば、最初から殺し合いになる。
それだけは、十分に分かった。
ヴォルフは奪った器官に目を向けた。
まだ温かい。
だが、すでにクロヴから切り離されている。
代償にするにはすでに劣化しきっている。
まだ脈打っていても、もう血が死んでいる。
回収には使えない。
捨てるか。
そう思って、しかし、ふと頭によぎるものがあった。
クロヴから奪った骨めいた器官。
おそらくは、血を飛ばすためのもの。
骨ばっていて、やけに角ばっているシルエット。
何故かそれが、アイゼンガルで見たプレス機やクレーンを彷彿とさせた。
何なら、斧のスライドや、銃の排熱機関にも似ている気がした。
なんとなく、捨てるのをやめた。
足場の端へ。
アイゼン・ラピッドのワイヤーを射出する。
次の梁。
更に下。
逃げる。
追いつかれる前に、この巣の外へ出る。
背後で、アイビスの高所が鈍く脈打っていた。
クロヴは落とし切れない。
ヴァーレンも殺せない。
残ったのは、手元の骨めいた器官と、焼けた身体だけだった。
それでもヴォルフは落ちなかった。
落ちるわけにはいかなかった。