ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第6話

アイビスはまだ生きていた。

 

高所の梁。

外壁のフレーム。

金網の継ぎ目。

どこも脈打っている。

 

血と鉄と保守機構が、一つの巣のように絡み合っていた。

 

その中腹で、ヴォルフは身を伏せていた。

 

前とは違う。見つけた瞬間へ飛び込んだりはしない。

 

今は見る。

 

まず、それだけをやる。

 

下では雷が走っていた。

 

白い線が、梁から梁へ跳ぶ。

 

金網を伝う。

 

外壁の補強材へ流れる。

 

通路を殺すための配置だった。

 

ヴァーレンだ。

 

中層に足場を作っている。

 

焼いた梁の残骸。

打ち込まれた槍の跡。

 

雷を通すために置かれた金属片。

 

あいつなりに、この巣を攻略するための線を積み上げていた。

 

クロヴは奥へ引いている。

 

だが逃げ切れてはいない。

 

ヴァーレンも押し切れてはいない。

 

だから止まらない。

 

消耗戦だけが続いていた。

 

数日。

 

あるいは、それに近い時間。

 

どちらも削れている。

 

それでも、まだどちらも落ちていない。

 

ヴォルフは視線を上へ滑らせた。

 

いた。

クロヴ。

高所の外壁寄り。

 

一戦目で器官を引きちぎった側は、やはり目に見えて薄い。

 

左右の均衡が崩れている。

 

補給器官へ喰らいつく回数も、前より多い。

 

埋め合わせている。

 

足りなくなったぶんを。

 

だがそれで終わりではない。

 

五脚はまだ速い。

 

壁も梁も足場の裏も、変わらず軌道にしている。

 

血刃も来る。

本数は減った。

 

しかし、通る線だけを選ぶみたいに鋭くなっていた。

 

弱った獣ではない。

 

一つ削られた守備機構。

 

その感じが、前より強い。

 

ヴァーレンが踏み込む。

 

雷槍が伸びる。

 

クロヴは正面から受けず、梁の束を蹴って軸をずらした。

 

遅れて、金網の向こうから血刃が返る。

 

ヴァーレンの肩が半歩だけ引かれる。

 

深追いしない。

だが引きもしない。

 

また一帯へ雷を流し、逃げ道を削る。

 

それの繰り返しだ。

 

ヴォルフは黙って見ていた。

 

前回と同じ場ではない。

 

三つ巴ではない。

 

もう、読む相手は二つでいい。

 

クロヴの軌道。

ヴァーレンの圧。

その噛み合い方。

 

ヴォルフは背から、新しい刃を抜いた。

 

血と復讐の刃。

 

ブラッド・アンド・リヴェンジ。

 

柄を握る。

重みはある。

だが暴れない。

 

前に工房で見た時より、ずっと静かだった。

 

殺すための形に、もう落ち着いている。

 

ヴォルフは目の前の金網へ視線を落とした。

 

編み目。

細い。

普通の刃なら止まる。

 

銃弾でも、角度が悪ければ弾かれる。

 

だが、これは違う。

 

ほんの少しだけ、圧を送る。

 

低負荷。

 

刀身の輪郭が、わずかにほどけた。

 

赤い。

薄い。

 

刃でありながら、まだ定まり切っていない液体めいた線へ変わる。

 

金網へ触れる。

止まらない。

 

編み目の隙間へ、するりと抜けた。

 

向こう側で、また刃に戻る。

 

音も小さい。

派手さはない。

だが十分だった。

届く。

 

本来なら届かない場所へ。

 

ヴォルフは刃を戻した。

 

今ので分かった。

通る。

梁の隙間も。

金網越しも。

 

ヴァーレンの障壁でも、薄い場所なら通るかもしれない。

 

この武器は、単純に真正面から叩き割るためのものではない。

 

ルールの外から刺すための刃でもある。

 

下で雷が爆ぜた。

 

ヴァーレンがまた一歩、前へ出る。

 

クロヴは高く跳ぶ。

壁面へ接続。

補給。

 

直後、三本の血刃が扇状に走った。

 

ヴァーレンの正面。

足場の端。

退路。

狙いは深い。

 

だが器官を一つ失ったせいか、射線の厚みは前ほどではない。

 

ヴァーレンが焼く。

クロヴは退く。

そこへまた雷が追う。

押し切れない。

 

だが押されてもいない。

 

その均衡だけが続く。

 

ヴォルフは位置を変えた。

 

一歩ではない。

ワイヤーを撃つ。

巻き取る。

梁の上を滑る。

次の金網の陰へ。

更に上。

 

見つからない角度だけを選ぶ。

 

クロヴの視線は前。

 

ヴァーレンの視線も前。

 

どちらも、まだヴォルフを見ていない。

 

あるいは気配には気づいていても、優先順位が違う。

 

それでいい。

今はまだ。

ヴォルフは止まる。

射線を探す。

クロヴの外殻。

腕部。

脚の開き。

 

補給器官から離れた瞬間。

 

中枢へ近い線。

 

一戦目の感触を、身体が覚えていた。

 

どこを壊せば大きくぶれるか。

 

どこを断てば終わりに近づくか。

 

探すまでもなく、知っている部分がある。

 

ヴァーレンの雷が、今度は広く走った。

 

金網ごと。

梁ごと。

 

その一帯を立てなくする線だ。

 

クロヴは脚を開く。

迎撃の向きを寄せる。

血刃が二本。

一方は雷へ。

 

もう一方は、回り込もうとする角度へ。

 

前を見ている。

完全に。

ヴァーレンへ。

その瞬間だった。

 

ヴォルフはブラッド・アンド・リヴェンジを振るった。

 

大振りではない。

低く。

短く。

 

刃を飛ばすというより、通す。

 

赤い線が伸びる。

手前の金網へ触れる。

編み目を抜ける。

向こう側で再構成。

 

細いまま、しかし刃になる。

 

クロヴの死角。

器官を失った側と逆。

 

まだ守りが厚いはずの方。

 

そこへ、真横から入った。

 

遅れて、クロヴの外殻が裂ける。

 

一拍。

 

処理が追いつかないというような空白があった。

 

クロヴの脚が止まる。

 

動きが、ほんの一瞬だけ空白になる。

 

その次の瞬間、血が噴いた。

 

赤い。

だが射出ではない。

中から漏れている。

 

ヴァーレンが目を細めた。

 

クロヴがようやく反応する。

 

遅い。

 

そっちから来るはずがない一撃だった。

 

よろめく。

 

脚の一本が梁を踏み外す。

 

外殻の継ぎ目が大きく開く。

 

中枢が見えた。

 

ヴォルフはもう一度ワイヤーを撃っていた。

 

巻き取る。

身体が飛ぶ。

 

クロヴは迎撃に腕部を開こうとした。

 

間に合わない。

 

さっき入れた刃が、その処理ごと乱している。

 

血の流れがぶれている。

 

射出口の開きが遅れる。

 

ヴォルフはそのまま懐へ入った。

 

近い。

臭う。

 

血と、熱と、腐った機械みたいな臭いがした。

 

ブラッド・アンド・リヴェンジを握り直す。

 

今度は通すのではない。

 

斬る。

横薙ぎ。

一閃。

外殻。

肉。

骨めいた芯。

まとめて断つ。

クロヴの声が鳴った。

 

機械音声みたいな処理音。

 

だが最後まで感情はない。

 

「――」

途切れる。

そこで終わった。

 

ヴォルフは止まらない。

 

着地より先に、もう一歩踏み込む。

 

返す刃で、縦に断った。

 

中枢を抜ける。

支えが消える。

巨体が二つに割れた。

 

少し遅れて、脚がばらばらに外れる。

 

梁へ。

金網へ。

外壁へ。

 

ぶつかりながら、落ちていく。

 

クロヴの上半身が、高所の外へ傾いた。

 

そのまま、何にも引っかからずに落ちる。

 

下は遠い。

 

夜より暗い底へ、異形の残骸が吸い込まれていく。

 

遅れて、ずっと下の方から重い音が来た。

 

鈍い。

遠い。

それだけだった。

 

ヴォルフは見送らない。

 

見る意味がない。

もう死んだ。

それで終わりだ。

着地。

梁が軋む。

 

膝に少しだけ重さが返る。

 

前回とは違う。

 

今度は、逃げるために立っているのではない。

 

真正面から、もう一つを殺すために立っている。

 

白い光が、向こうで静かに弾けた。

 

ヴァーレン。

槍を下ろしている。

 

どんな状況にも対応するための構えだ。

 

追撃の構えではない。

 

もう必要がなくなったからだ。

 

第三者が消えた。

 

巣の高所に残っているのは、二人だけ。

 

ヴァーレンの視線が、まっすぐヴォルフへ向く。

 

冷たい。

だが荒れてはいない。

怒鳴りもしない。

 

その静かさの方が、よほどはっきりしていた。

 

排除対象。

 

今、あいつの中でヴォルフはそれに定まった。

 

ヴォルフも刃を下ろさない。

 

ブラッド・アンド・リヴェンジの刀身には、まだ赤い名残が残っていた。

 

細く。

静かに。

 

さっきまでクロヴの中枢を断っていた熱だ。

 

それもすぐ消える。

 

場に残るのは、次の戦いだけになる。

 

風が抜けた。

高所の金網が鳴る。

 

遠くで補給器官の脈動がまだ続いている。

 

だがクロヴはもういない。

 

その音だけが、逆に空白を広くした。

 

ヴァーレンが一歩、前へ出る。

 

雷が槍へ集まる。

 

足場の金属が白く軋む。

 

ヴォルフは背中にある、斧の位置を確かめた。

 

だが抜かない。

 

今はまだ新しい刃だけでいい。

 

この場へ持ってきた理由は、終わらせるためだ。

 

クロヴは終わった。

残りも同じだ。

 

二人の間に、もう何もない。

 

梁。

金網。

外壁のフレーム。

 

前と同じ戦場のはずなのに、今は妙に広かった。

 

邪魔がない。

紛れもない。

 

ここからは、互いしか見なくていい。

 

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