ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

30 / 47
第7話

ヴァーレンの口が、ゆっくり開いた。

 

「思うところはあるが」

 

声は静かだった。

荒れていない。

 

怒りに任せてもいない。

 

その整い方のまま、むしろはっきりしていた。

 

「パストル様のために、死んでくれ」

 

言い終える前に、ヴァーレンが踏み込む。

 

速い。

一直線。

クロヴとは違う。

 

読むより先に、正面を壊しにくる速さだ。

 

ヴォルフは横へ跳ぶ。

 

直後、いた場所を雷槍が貫いた。

 

梁が弾ける。

 

遅れて、反撃として雷が周囲へ散る。

 

金網。

外壁のフレーム。

足場の端。

 

立てる場所ごと、白く焼かれていく。

 

逃げ道が狭い。

 

それでもヴォルフは止まらない。

 

ワイヤーを撃つ。

巻き取る。

次の梁へ。

 

だが、そこにももう雷が来ていた。

 

ヴァーレンの方が早い。

 

踏み込むたび、槍の線だけでは終わらない。

 

加護で押し込み、障壁で弾き、雷撃で面を殺す。

 

真正面から付き合うほど、不利になる。

 

ヴォルフはブラッド・アンド・リヴェンジを振るう。

 

横薙ぎ。

 

ヴァーレンは避けない。

 

白い膜みたいなものが、槍の周囲へ一瞬だけ立ち上がった。

 

攻勢障壁。

刃が触れる。

通り切らない。

 

その瞬間、障壁が返した。

 

雷。

腕へ走る。

 

痺れが肘まで噛み上がる。

 

ヴォルフは舌打ちした。

 

知っている。

一度見た。

一度食らった。

だから、分かる。

 

こいつは正面から斬り合う相手じゃない。

 

ヴァーレンがまた前へ出る。

 

槍。

短い突き。

浅い。

だが十分速い。

 

ヴォルフはノコギリ鉈を抜いて受けた。

 

金属音。

重い。

押される。

 

そこへ更に雷が重なる。

 

防いでも削られる。

 

ヴォルフは受け切らず、脚場を蹴って後ろへ流れた。

 

距離が空く。

すぐ埋まる。

 

ヴァーレンが加護で詰める。

 

槍先が白い。

嫌な光り方だった。

収束。

 

雷が一点へ寄っていく気配。

 

ヴォルフの身体が、先に危険を読む。

 

思い出すのではない。

傷が覚えている。

 

あれをもう一度まともに食らえば死ぬ。

 

ヴァーレンは止まらない。

 

「異物は、排除する」

短い。

それだけだった。

 

ヴォルフは短銃を抜いた。

 

撃つ。

一発。

装填して、二発。

同様に三発。

狙いは甘い。

急所でもない。

 

ヴァーレンが目を細めた。

 

障壁が弾く。

火花。

白い反応。

雷が返る。

それでいい。

ヴォルフは更に撃つ。

 

浅い手だと、あいつにも見えるはずだった。

 

決定打にはならない。

だが違う。

 

欲しいのは傷ではない。

 

反応だ。

 

障壁が返す、その瞬間の光。

 

ヴァーレンが踏み込みの深さを変えた。

 

読む。

来る。

「収束雷槍」

低い声。

白が、弾けた。

視界が焼ける。

正面だけではない。

槍の雷光。

 

そこへ、銃撃へ反応した障壁の閃光が重なった。

 

二重。

 

ヴァーレンの側でも、残像が走る。

 

ヴォルフの側でも同じだ。

 

見えない。

 

だが最初から、そのつもりだった。

 

ヴォルフは銀燐重装爆裂弾を叩き込む。

 

撃つ、ではない。

 

押しつけるように放った。

 

爆ぜる。

轟音。

爆炎。

衝撃。

 

ヴァーレンの障壁が乱れる。

 

貫けない。

だが揺れる。

 

槍先の芯が、ほんのわずかにずれた。

 

ヴォルフの脇腹を槍が掠める。

 

浅い。

死なない。

それで十分だった。

 

ヴァーレンの体勢が、一歩だけ浮く。

 

攻勢障壁が、完全ではない形で明滅する。

 

通る。

今だけ。

 

ヴォルフは爆炎の中へ踏み込んだ。

 

避けない。

一直線。

 

ブラッド・アンド・リヴェンジを強く握る。

 

低負荷ではない。

もっと奥。

危険な方を解く。

 

柄の内側で、圧が跳ねた。

 

骨が軋む。

 

血が持っていかれる感覚がある。

 

店主の警告が一瞬だけ頭をよぎった。

 

使い手が死ぬ。

知ったことか。

刃が鳴る。

細い音ではない。

 

腹の底まで響くような、嫌な高音だった。

 

刀身へ一気に圧が集まる。

 

赤い。

濃い。

 

刃というより、圧そのものが形を取っている。

 

ヴァーレンの目が、初めてわずかに変わった。

 

危険を見た目だ。

だが遅い。

 

ヴォルフはそのまま間合いを踏み潰す。

 

障壁が返る。

雷が腕を焼く。

止まらない。

 

高負荷のブラッド・アンド・リヴェンジが、障壁へ触れた。

 

今度は弾かれない。

 

白い膜が、赤を止めきれない。

 

障壁を、刃がするりと通り抜ける。

 

割ったのではない。

すり抜けた。

 

ヴァーレンが槍を引き戻す。

 

間に合わない。

 

ヴォルフは更に踏み込み、刃を振り抜いた。

 

ヴァーレンの胸から脇腹へ、赤い線が走る。

 

直撃した。

だがまだ死なない。

加護が残っている。

一拍、何も起きない。

次の瞬間。

 

傷口に残った赤が、遅れて脈打った。

 

高負荷モードのブラッド・アンド・リヴェンジが置いていった血だ。

 

代償によって作られた血だ。当たれば、その代償の分のダメージが入る

 

名付けるなら、受難の刻印、といったところか。

 

ヴァーレンの身体の内側で、何かが返った。

 

電撃ではない。

熱でもない。

 

食らったはずの斬撃そのものが、傷の内側からもう一度噛みつくみたいな返り方だった。

 

ヴァーレンの膝が揺れる。

 

障壁が消える。

槍が、初めて落ちた。

金属音が高所へ響く。

 

ヴァーレンは倒れない。

 

だが片膝をついた。

息が乱れる。

血が溢れる。

止まらない。

 

さっきの一撃でぎりぎり繋いでいたものが、追加で断ち切られた。

 

血が落ちる。

 

白い雷の残滓に、赤が混ざった。

 

ヴァーレンが顔を上げる。

 

怒号はない。

恨み言もない。

 

ただ、理解だけが残っていた。

 

防いだはずだった。

 

間に合ったはずだった。

 

それでも届かなかった。

 

その種類の敗北だった。

 

「……そうか」

 

声が、かすかに漏れる。

 

ヴォルフは答えない。

 

ブラッド・アンド・リヴェンジの高負荷が、まだ腕の中で暴れていた。

 

このまま長く持てば、自分の方も持っていかれる。

 

だが、もう十分だった。

 

ヴァーレンは槍を拾わない。

 

拾えない。

 

胸元を押さえた手が、わずかに震えていた。

 

加護が残っていても、防壁が戻らない。

 

内側から崩れている。

立てる状態ではない。

 

それでもヴァーレンは、最後までヴォルフから目を逸らさなかった。

 

「認めない」

短い息の合間に言う。

 

「……認め、られない」

 

ヴァーレンが崩れ落ち、血があたりに広がっていく。

 

ヴォルフは刃を下ろした。

 

振り返らない。

言葉も返さない。

もう必要がない。

 

ヴァーレンとの間に残っていたものは、さっきの一撃で全部切れた。

 

風が吹く。

 

高所の金網が、かすかに鳴る。

 

クロヴの脈動はもうない。

 

ヴァーレンの雷も、今は広がらない。

 

戦場が、ようやく静かになる。

 

ヴァーレンがゆっくりと視線を落とした。

 

槍。

届かない。

もう拾えない。

 

そこで初めて、終わりが形になった。

 

ヴォルフは背を向ける。

 

勝った、とは思わない。

 

終わった。

ただ、それだけだ。

 

アイビスの高所には、まだ血と鉄の匂いが残っていた。

 

だが、もう二度と並び立たないものが一つ、確かにあった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。