ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第8話

アイビスは、ようやく静かになっていた。

 

完全ではない。

 

高所のどこかで、まだ保守機構めいた音が鳴る。

 

補給器官の残滓も脈打っている。

 

だが、クロヴはいない。

 

ヴァーレンも死んだ。

 

それだけで、この街の殺意は目に見えて薄くなっていた。

 

ヴォルフは振り返らない。

 

倒れたものを見ても、もう意味はない。

 

やることは別にあった。

 

ここに来る前に、エリスたちから聞いていた。

 

全部は持ち帰れない。

 

だから当たりだけ拾え、と。

 

中枢に近い制御盤。

保守記録の断片。

 

扉系統へ繋がっていそうな媒体。

 

読むのは後でいい。

今は抜く。

それだけだ。

 

ヴォルフはアイビスの上層を移動した。

 

前みたいに隠れる必要はない。

 

それでも長居はしない。

 

壊れた梁を渡る。

焼けた金網を踏む。

 

外壁側へ回り込み、クロヴが根を張っていた中継塔の脇へ降りた。

 

脈打つ肉塊は、まだいくつか残っている。

 

だが統率はない。

 

切られた手足が、まだ勝手に痙攣しているみたいな残り方だった。

 

制御盤は半ばまで血に埋もれていた。

 

金属。

骨。

肉。

 

それぞれ別のものだったはずなのに、もう境目が曖昧だ。

 

ヴォルフは斧の柄で叩き割った。

 

外殻が開く。

 

中から板状の部品と、薄い記録片らしきものがいくつか落ちた。

 

拾う。

布へ包む。

次。

別の足場。

別の中継塔。

別の保守箱。

 

ひとつずつ当たりを抜く。

 

末端迎撃体が二、三体だけ近づいてきた。

 

遅い。

薄い。

もう群れではない。

 

ヴォルフはノコギリ鉈でまとめて断った。

 

それで終わる。

 

アイビス戦は、クロヴが落ちた時点で終わっていた。

 

ヴァーレンとの決着は、そのあとに残っていた別の問題を片づけただけだ。

 

その実感が、今は逆にはっきりしていた。

 

拾うものだけ拾う。

長く見ない。

長く考えない。

 

十分な量になったところで、ヴォルフは外縁へ向かった。

 

高所の風が抜ける。

金網が鳴る。

 

下ではまだ都市の深い方が脈打っている。

 

それでも、ここはもう空になった巣だった。

 

━━━━━━━━━━━

 

アイゼンガルへ戻った頃には、空がまた鉄色に濁っていた。

 

熱。煤。油。

 

生きた工房街の匂いがする。

 

黒鉄の顎へ入ると、エリスが最初に顔を上げた。

 

ヴォルフの手元を見る。

 

次に、その包みを見る。

 

「拾ってきたんだ」

 

ヴォルフは黙って、布包みを作業台へ置いた。

 

重い音がする。

 

エリスの叔父も顔をしかめた。

 

「またろくでもねえもん持ち込んだな」

 

「読むものだ」

ヴォルフが短く言う。

店主は鼻を鳴らした。

 

「お前が読むわけじゃねえだろ」

 

その通りだった。

ヴォルフは答えない。

 

エリスがもう包みを開いている。

 

薄い板片。

削れた記録媒体。

 

制御盤の芯らしき部材。

 

血と煤で汚れている。

欠けてもいる。

 

完全な形のものは一つもない。

 

「最低限って感じ」

「最低限でいい」

 

ヴォルフは壁へ寄りかかった。

 

戦闘が終わっても、疲労までは消えない。

 

高負荷のブラッド・アンド・リヴェンジを使ったぶん、むしろ内側は前より重い。

 

だが今は動かないだけでいい。

 

解析は別の仕事だ。

 

エリスが板片を光へかざす。

 

角度を変える。

 

叔父が横から別の器具を寄せる。

 

さっきまで文句を言っていたくせに、手はもう止まっていない。

 

「これ、アイビスの中枢寄りの制御系だね」

 

「読めるのか」

「全部は無理」

エリスは即答した。

「でも方角は見える」

 

店主が別の断片を持ち上げる。

 

「こっちは保守記録の規格だな。古いが、完全に別物ってほどでもねえ」

 

「繋がる?」

 

「繋がるように作ってある。だから余計に気持ち悪い」

 

エリスが小さく息を吐いた。

 

「今日中は無理」

「分かる」

 

「でも明日には何か出せると思う」

 

ヴォルフは頷きもしない。

 

ただ、その場を離れなかった。

 

解析の進み方を見ているわけではない。

 

結果が出るまで待つ。

それだけだ。

 

━━━━━━━━━━━

 

次の日、工房の空気は前より張っていた。

 

徹夜だったらしい。

エリスの目は赤い。

叔父の機嫌も悪い。

 

だが作業台の上には、前日より整理された板片と、書き起こしの紙が並んでいた。

 

ヴォルフが入ると、エリスはすぐ本題へ入った。

 

「アイビス、やっぱり単独の都市じゃない」

 

ヴォルフは黙って聞く。

 

「扉の……システム全体の末端寄り施設」

 

「多分、この扉って扉じゃないね。実際の用途はもっと別のもの」

 

「炉に近いのかな。他の何かを動かすための施設。もともとは」

 

「誰かが……っていうかあいつらが勝手に別の用途に使ってるみたい」

 

「で。ログ上の識別名からするとクロヴ……こいつは扉の起動者じゃない」

 

エリスが書き起こしの一枚を指で叩いた。

 

「ログからすると、セヴェルってやつが起動してたみたいだけど」

 

「クロヴは占拠してた」

 

「支配してた、の方が近いかも」

 

「侵入者排除と、領域の安定維持。完全に安定して放置できるようになるまで守るための個体」

 

ラサンやシレとは少し違う。

 

特定の一機能を担う拠点管理ではなく、もっと汎用的な領主型。

 

エリスの説明は短い。

だが十分だった。

 

クロヴが何だったのか。

 

それが、ようやく戦闘のあとで読める形になっていた。

 

店主が紙束の別の箇所を示す。

 

「こっちがもっと嫌な方だ」

 

「アイビスの防衛系、これ単独で閉じてねえ」

 

「深い方へ繋がってる」

 

「地下だな」

エリスが続ける。

 

「地下深部。古代首都」

 

「基幹装置、って呼んでいいと思う」

 

「正確な全貌までは出ない。でも接続がそこへ伸びてる」

 

ヴォルフは紙を見る。

読めるわけではない。

だが意味は分かる。

 

クロヴを倒しても終わりではない。

 

アイビスを抜いても終わりではない。

 

末端を一つ剥がしただけだ。

 

もっと深い場所に、まだ本体に近い何かがある。

 

「方角は?」

ヴォルフが短く聞く。

 

エリスが少しだけ肩をすくめた。

 

「わかんない」

 

「地下へ繋がってるのは見える。でも、どこからどう降りるのかはまだ曖昧」

 

「照合がいる」

店主が鼻を鳴らす。

 

「詳しいやつに聞くしかねえだろ」

 

リヴィル。

 

あいつなら、少なくとも次の当たりは出せる。

 

ヴォルフは作業台の上の紙束を見た。

 

クロヴは終わった。

 

ヴァーレンも終わった。

 

それでも、終わりの形は見えない。

 

むしろ戦いのあとになって、ようやく次の深さが見えた。

 

落胆はない。

次が残っている。

それだけだ。

 

 

ヴォルフは短く息を吐いた。

 

カルドレク。

 

情報のためだけではない。

 

ヴァーレンと殺し合った時点で、あの宗教組織とはもう切れている。

 

なら、放っておく理由も薄い。

 

また今回みたいに、肝心なところで横から殴られるのは面倒だ。

 

なら、その前に体制ごと見ておく。

 

必要なら潰せる形にしておく。

 

実務としては、それで十分だった。

 

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