ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

32 / 47
第9話

カルドレクは、前に来た時より静かだった。

 

人が少ないわけではない。

 

音がないわけでもない。

 

祈りはある。

足音もある。

巡回も見える。

それでも静かだった。

張りつめている。

 

余計なものを全部削いで、硬さだけ残したみたいな静けさだった。

 

ヴォルフは路地の影から通りを見ていた。

 

正面の広場。

白い外套。

槍。

加護持ちの巡回。

数が前より多い。

 

しかも止まっていない。

 

守るための配置ではなく、外へ出るための並びだった。

 

門側へ寄る。

外周へ散る。

討ちに行く形だ。

 

セルヴァンが退いたから空いた、ではない。

 

むしろ逆。

 

余裕を失ったせいで、強く張っている。

 

面倒な匂いしかしない。

 

ヴォルフは壁を離れた。

 

今のカルドレクを長く眺める意味はない。

 

見るべきものは、もう一つあった。

 

━━━━━━━━━━━

 

カルドレクへ入る直前、鳥が来た。

 

見覚えがある。

 

前にも使われた連絡手段だ。

 

ヴォルフは脚についた筒を外した。

 

紙には場所ではなく、文章だけが書かれていた。

 

聞いてるよ。大変だったみたいだね。

 

その関係で、ちょっとこちらもごたついていてね。

 

しばらく連絡が途絶えていたのも、そのせいさ。

 

君は気にしてないか、もしかしたら気づいてさえいなかったかもしれないけれど。

 

ある程度は風の噂で聞いてるよ。

 

また色々と掴んできたんじゃないかい?

 

そのうちまた会いに行くよ。

 

それだけだった。

場所はない。

時刻もない。

合図すらない。

 

ふざけているようで、これで通ってしまうのがあいつだった。

 

ヴォルフは紙を畳んだ。

 

宿を取る。

どこでもよかった。

 

目立たない場所で、少し休めればそれでいい。

 

選んだのは通りから一本入った、小さな宿だった。

 

階段を上がる。

廊下は静かだった。

 

部屋の前で一度だけ立ち止まる。

 

気配は薄い。

 

だが、ないわけではない。

 

扉を開ける。

 

リヴィルはすでに中にいた。

 

机の上に紙を広げている。

 

灯りは小さい。

 

だが目だけは妙に冴えていた。

 

「早かったね」

ヴォルフは答えない。

 

代わりに、アイビスで回収した書き起こしと、エリスたちの解析結果を置いた。

 

「元凶のいる場所を見つけたい」

 

短く言う。

「わかりそうか」

 

リヴィルは一枚だけ拾う。

 

ざっと目を走らせる。

 

次に、少しだけ息を吐いた。

 

「なるほど」

 

ヴォルフは壁へ寄った。

 

「どうだ?」

「すぐには無理」

 

リヴィルはすぐ答えた。

 

「でも、大体は理解した」

 

「アイビスは単独の都市じゃない。末端制御の一つ」

 

「クロヴはそこに巣を作ってた支配個体」

 

「起動役じゃない」

 

「維持と迎撃。占拠地の安定化」

 

「そこまでわかっているなら、ほかにどういう情報が必要かもわかる」

 

エリスと似た結論だった。

 

別口の情報でも同じなら、外してはいない。

 

リヴィルは別の紙を引き寄せる。

 

カルドレク側で掴んでいた記録らしい。

 

「問題はこっち」

 

「ヴァーレンが前線で象徴になってたのは知ってるでしょ」

 

「処刑装置としても便利だった」

 

「命令を疑わないし、加護も強い」

 

「ああいうのは上にとって使いやすい」

 

ヴォルフは黙って聞く。

 

「でも、セルヴァンが退いてから噛み合わせが悪い」

 

「中枢は硬くなる。現場は急ぐ。前線はもっと強くやれって空気だけ渡される」

 

「で、その極端な形がヴァーレンだった」

 

リヴィルはそこで初めて顔を上げた。

 

「あれは個人の狂い方でもあるけど、体制が狂わせた、っていう面もある」

 

ヴォルフは短く息を吐く。

 

興味はない。

だが意味は分かる。

 

一人を落として終わる相手ではない。

 

似たものはまた出る。

リヴィルが紙を畳む。

 

「まだアイビスの件はこちらにはほとんど伝わってない」

 

「でも方針だけは先に強くなってる」

 

「外へ討って出る」

 

「疑わしいものは早めに潰す」

 

「今のカルドレク、かなり雑に強いよ」

 

それは外から見た印象と同じだった。

 

ヴォルフは聞く。

「次は」

 

リヴィルは少しだけ笑った。

 

「短いね」

「助かるけど」

 

机の端から、別の書類を取り出す。

 

「誰が次の実働権限を握るか、まだ揺れてる」

 

「でも重要なのはそこじゃない」

 

「上が残る限り、誰が前に出ても似たようなことになる」

 

加護。

教義。

命令。

 

それを流している根元がある。

 

ヴォルフの中では、もう答えに近かった。

 

末端を折っても足りない。

 

供給を止める。

それが一番早い。

 

━━━━━━━━━━━

 

その日の夜、更に一つ照合が増えた。

 

セルヴァンだった。

 

現れるところだけ見ると、前と何も変わっていない。

 

服も崩れていない。

口調も軽い。

 

だが立場だけが消えていた。

 

教主だった頃の、人の流れがない。

 

守りも薄い。

一人だ。

 

「私は止めようとはしたのですが」

 

開口一番、それだった。

 

ヴォルフは無言。

リヴィルが先に笑う。

 

「その言い方すると、余計に信用なくなるよ」

 

セルヴァンは肩をすくめた。

 

「事実ですので」

完全な嘘ではない。

完全な真でもない。

そういう顔だった。

ヴォルフは聞く。

「何を持ってきた」

「直球ですね」

 

セルヴァンは懐から細い記録片を出した。

 

机へ置く。

 

「パストル様の居場所です」

 

リヴィルの目が細くなる。

 

セルヴァンは続けた。

 

「正確には、その候補です」

 

「とはいえ、まず間違いなくここにいるはずです」

 

「封鎖壁の向こう。遺跡群。地下深部へ降りる古い系統」

 

「あなたがあの時の依頼で発見した、遺跡の中です」

 

ヴォルフは記録片を見た。

 

すぐわかった。

 

セヴェルがいた、あの遺跡だ。

 

リヴィルが引き取る。

ざっと確認する。

 

「……完全な出任せではないね」

 

セルヴァンは微笑んだ。

 

「もちろんです」

 

リヴィルはその笑いを無視した。

 

「でも善意ではない」

「だろうな」

ヴォルフが言う。

 

セルヴァンは否定しない。

 

「加護供給が途絶えれば、現体制は大きく乱れます」

 

「その混乱の中で、立て直しは必要になる」

 

「誰かが」

飄々としている。

だが腹は見えていた。

返り咲くつもりだ。

 

パストルが落ち、供給が止まり、使徒化しかけた連中も既存の加護持ちも不安定になる。

 

その混乱を利用する。

 

自分に都合のいい形で。

 

リヴィルが先に言う。

「そういうタイプ」

 

「裏で集めた話でも、だいたい一致してる」

 

ヴォルフは頷かない。

だが十分だった。

 

結局は、全て自分のためだ。

 

それでも、今は利害が一致している。

 

セルヴァンが勝手に組織を再編しようが、邪魔さえしなければどうでもいい。

 

むしろ無秩序に崩れて、補給や休息の場所まで消える方が面倒だ。

 

使えるなら使う。

 

ヴォルフの判断は、それだけだった。

 

━━━━━━━━━━━

 

軽い接触は、その帰りにあった。

 

路地の奥。

白い外套が二人。

更に屋根の上に一人。

監視だ。

 

まだヴァーレン死亡までは掴んでいない。

 

だが、何かを探している動きだけは強い。

 

一人が踏み込む。

槍。

速さはある。

 

だがヴァーレンほどではない。

 

ヴォルフは横へずれる。

 

ノコギリ鉈で手首を払う。

 

落ちた。

 

もう一人は躊躇なく雷を流した。

 

路地の壁へ。

 

逃げ場を焼くためのやり方だった。

 

前より雑だ。

前より強硬だ。

 

ヴォルフは短銃で一発だけ返した。

 

肩。

十分だった。

 

屋根の上の一人が退く。

 

下の二人も無理をしない。

 

深追いではなく、探知のための当たり方だ。

 

それでも分かる。

 

放っておけばまた増える。

 

現場をいくら潰しても、供給がある限り補充される。

 

カルドレクを削る、では足りない。

 

根元を止める。

パストル本体を殺す。

 

方針はそこで完全に固まった。

 

━━━━━━━━━━━

 

戻ると、リヴィルが地図を広げていた。

 

封鎖壁。

遺跡群。

 

地下へ落ちる古い導線。

 

アイビスの記録。

セルヴァンの断片。

 

カルドレク側の強硬化。

 

全部が一本の線に重なり始めている。

 

「最終本体へ直行、とはまだ言えない」

 

リヴィルが言う。

 

「でも、パストル本体へ向かう線としては十分」

 

ヴォルフは地図を見た。

 

これでいい。

 

異形たちの元締めの場所そのものは、まだ断定できない。

 

だが今はそこへ直行する段階じゃない。

 

先に、横から殴ってくる手を根元から落とす。

 

パストル本体を殺す。

加護供給を止める。

 

宗教組織ごと機能不全にする。

 

それが一番早い。

 

それが一番面倒が少ない。

 

ヴォルフは地図から目を上げた。

 

「次は」

短い。

 

だが、もう十分だった。

 

リヴィルが答える。

「封鎖壁」

「その先」

 

セルヴァンが薄く笑う。

 

「良い旅路を」

ヴォルフは返さない。

必要がない。

 

次にやることは、もう決まっていた。

 

パストル本体を叩く。

 

そのために、封鎖壁の向こうへ行く。

 

カルドレクの街は、外ではまだ静かに張りつめていた。

 

だが次は、その静けさごと根元から断つ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。