カルドレクは、前に来た時より静かだった。
人が少ないわけではない。
音がないわけでもない。
祈りはある。
足音もある。
巡回も見える。
それでも静かだった。
張りつめている。
余計なものを全部削いで、硬さだけ残したみたいな静けさだった。
ヴォルフは路地の影から通りを見ていた。
正面の広場。
白い外套。
槍。
加護持ちの巡回。
数が前より多い。
しかも止まっていない。
守るための配置ではなく、外へ出るための並びだった。
門側へ寄る。
外周へ散る。
討ちに行く形だ。
セルヴァンが退いたから空いた、ではない。
むしろ逆。
余裕を失ったせいで、強く張っている。
面倒な匂いしかしない。
ヴォルフは壁を離れた。
今のカルドレクを長く眺める意味はない。
見るべきものは、もう一つあった。
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カルドレクへ入る直前、鳥が来た。
見覚えがある。
前にも使われた連絡手段だ。
ヴォルフは脚についた筒を外した。
紙には場所ではなく、文章だけが書かれていた。
聞いてるよ。大変だったみたいだね。
その関係で、ちょっとこちらもごたついていてね。
しばらく連絡が途絶えていたのも、そのせいさ。
君は気にしてないか、もしかしたら気づいてさえいなかったかもしれないけれど。
ある程度は風の噂で聞いてるよ。
また色々と掴んできたんじゃないかい?
そのうちまた会いに行くよ。
それだけだった。
場所はない。
時刻もない。
合図すらない。
ふざけているようで、これで通ってしまうのがあいつだった。
ヴォルフは紙を畳んだ。
宿を取る。
どこでもよかった。
目立たない場所で、少し休めればそれでいい。
選んだのは通りから一本入った、小さな宿だった。
階段を上がる。
廊下は静かだった。
部屋の前で一度だけ立ち止まる。
気配は薄い。
だが、ないわけではない。
扉を開ける。
リヴィルはすでに中にいた。
机の上に紙を広げている。
灯りは小さい。
だが目だけは妙に冴えていた。
「早かったね」
ヴォルフは答えない。
代わりに、アイビスで回収した書き起こしと、エリスたちの解析結果を置いた。
「元凶のいる場所を見つけたい」
短く言う。
「わかりそうか」
リヴィルは一枚だけ拾う。
ざっと目を走らせる。
次に、少しだけ息を吐いた。
「なるほど」
ヴォルフは壁へ寄った。
「どうだ?」
「すぐには無理」
リヴィルはすぐ答えた。
「でも、大体は理解した」
「アイビスは単独の都市じゃない。末端制御の一つ」
「クロヴはそこに巣を作ってた支配個体」
「起動役じゃない」
「維持と迎撃。占拠地の安定化」
「そこまでわかっているなら、ほかにどういう情報が必要かもわかる」
エリスと似た結論だった。
別口の情報でも同じなら、外してはいない。
リヴィルは別の紙を引き寄せる。
カルドレク側で掴んでいた記録らしい。
「問題はこっち」
「ヴァーレンが前線で象徴になってたのは知ってるでしょ」
「処刑装置としても便利だった」
「命令を疑わないし、加護も強い」
「ああいうのは上にとって使いやすい」
ヴォルフは黙って聞く。
「でも、セルヴァンが退いてから噛み合わせが悪い」
「中枢は硬くなる。現場は急ぐ。前線はもっと強くやれって空気だけ渡される」
「で、その極端な形がヴァーレンだった」
リヴィルはそこで初めて顔を上げた。
「あれは個人の狂い方でもあるけど、体制が狂わせた、っていう面もある」
ヴォルフは短く息を吐く。
興味はない。
だが意味は分かる。
一人を落として終わる相手ではない。
似たものはまた出る。
リヴィルが紙を畳む。
「まだアイビスの件はこちらにはほとんど伝わってない」
「でも方針だけは先に強くなってる」
「外へ討って出る」
「疑わしいものは早めに潰す」
「今のカルドレク、かなり雑に強いよ」
それは外から見た印象と同じだった。
ヴォルフは聞く。
「次は」
リヴィルは少しだけ笑った。
「短いね」
「助かるけど」
机の端から、別の書類を取り出す。
「誰が次の実働権限を握るか、まだ揺れてる」
「でも重要なのはそこじゃない」
「上が残る限り、誰が前に出ても似たようなことになる」
加護。
教義。
命令。
それを流している根元がある。
ヴォルフの中では、もう答えに近かった。
末端を折っても足りない。
供給を止める。
それが一番早い。
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その日の夜、更に一つ照合が増えた。
セルヴァンだった。
現れるところだけ見ると、前と何も変わっていない。
服も崩れていない。
口調も軽い。
だが立場だけが消えていた。
教主だった頃の、人の流れがない。
守りも薄い。
一人だ。
「私は止めようとはしたのですが」
開口一番、それだった。
ヴォルフは無言。
リヴィルが先に笑う。
「その言い方すると、余計に信用なくなるよ」
セルヴァンは肩をすくめた。
「事実ですので」
完全な嘘ではない。
完全な真でもない。
そういう顔だった。
ヴォルフは聞く。
「何を持ってきた」
「直球ですね」
セルヴァンは懐から細い記録片を出した。
机へ置く。
「パストル様の居場所です」
リヴィルの目が細くなる。
セルヴァンは続けた。
「正確には、その候補です」
「とはいえ、まず間違いなくここにいるはずです」
「封鎖壁の向こう。遺跡群。地下深部へ降りる古い系統」
「あなたがあの時の依頼で発見した、遺跡の中です」
ヴォルフは記録片を見た。
すぐわかった。
セヴェルがいた、あの遺跡だ。
リヴィルが引き取る。
ざっと確認する。
「……完全な出任せではないね」
セルヴァンは微笑んだ。
「もちろんです」
リヴィルはその笑いを無視した。
「でも善意ではない」
「だろうな」
ヴォルフが言う。
セルヴァンは否定しない。
「加護供給が途絶えれば、現体制は大きく乱れます」
「その混乱の中で、立て直しは必要になる」
「誰かが」
飄々としている。
だが腹は見えていた。
返り咲くつもりだ。
パストルが落ち、供給が止まり、使徒化しかけた連中も既存の加護持ちも不安定になる。
その混乱を利用する。
自分に都合のいい形で。
リヴィルが先に言う。
「そういうタイプ」
「裏で集めた話でも、だいたい一致してる」
ヴォルフは頷かない。
だが十分だった。
結局は、全て自分のためだ。
それでも、今は利害が一致している。
セルヴァンが勝手に組織を再編しようが、邪魔さえしなければどうでもいい。
むしろ無秩序に崩れて、補給や休息の場所まで消える方が面倒だ。
使えるなら使う。
ヴォルフの判断は、それだけだった。
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軽い接触は、その帰りにあった。
路地の奥。
白い外套が二人。
更に屋根の上に一人。
監視だ。
まだヴァーレン死亡までは掴んでいない。
だが、何かを探している動きだけは強い。
一人が踏み込む。
槍。
速さはある。
だがヴァーレンほどではない。
ヴォルフは横へずれる。
ノコギリ鉈で手首を払う。
落ちた。
もう一人は躊躇なく雷を流した。
路地の壁へ。
逃げ場を焼くためのやり方だった。
前より雑だ。
前より強硬だ。
ヴォルフは短銃で一発だけ返した。
肩。
十分だった。
屋根の上の一人が退く。
下の二人も無理をしない。
深追いではなく、探知のための当たり方だ。
それでも分かる。
放っておけばまた増える。
現場をいくら潰しても、供給がある限り補充される。
カルドレクを削る、では足りない。
根元を止める。
パストル本体を殺す。
方針はそこで完全に固まった。
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戻ると、リヴィルが地図を広げていた。
封鎖壁。
遺跡群。
地下へ落ちる古い導線。
アイビスの記録。
セルヴァンの断片。
カルドレク側の強硬化。
全部が一本の線に重なり始めている。
「最終本体へ直行、とはまだ言えない」
リヴィルが言う。
「でも、パストル本体へ向かう線としては十分」
ヴォルフは地図を見た。
これでいい。
異形たちの元締めの場所そのものは、まだ断定できない。
だが今はそこへ直行する段階じゃない。
先に、横から殴ってくる手を根元から落とす。
パストル本体を殺す。
加護供給を止める。
宗教組織ごと機能不全にする。
それが一番早い。
それが一番面倒が少ない。
ヴォルフは地図から目を上げた。
「次は」
短い。
だが、もう十分だった。
リヴィルが答える。
「封鎖壁」
「その先」
セルヴァンが薄く笑う。
「良い旅路を」
ヴォルフは返さない。
必要がない。
次にやることは、もう決まっていた。
パストル本体を叩く。
そのために、封鎖壁の向こうへ行く。
カルドレクの街は、外ではまだ静かに張りつめていた。
だが次は、その静けさごと根元から断つ。