ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第10話

封鎖壁は、前に見た時と同じ場所にあった。

 

石。

鉄。

 

何かの力で固められた、後付けの塞ぎ。

 

だが見え方は違う。

 

前はただの障害物だった。

 

今は違う。

奥へ通じる境界だ。

意味を知っている。

 

それだけで、壁は少しだけ薄くなった。

 

ヴォルフは止まらない。

 

断重の鉄塊斧を抜いた。

 

一撃目。

鈍い音が返る。

石ではない。

 

ただ硬いだけでもない。

 

封じるために固めた感触だった。

 

二撃目。

ひびが走る。

 

三撃目で、継ぎ目が大きく割れた。

 

奥から、冷えた空気が漏れる。

 

ヴォルフは更に叩き込んだ。

 

砕く。

押し広げる。

 

人ひとりが通れるだけの穴を、無理やりこじ開ける。

 

露骨な監視はない。

その方が自然だった。

 

こんな場所を守れば、それだけで奥に何かあると教えることになる。

 

痕跡も、ほとんど残っていない。

 

それでも分かる。

 

ここは捨てられたのではなく、隠されていた。

 

隠していた。

守るより先に。

そんな場所だ。

 

しかも今は、組織そのものが噛み合っていない。

 

命令も遅い。

共有も遅い。

 

アイビスで何が起きたか、まだ全部は回っていない。

 

だから間に合わない。

 

ヴォルフは封鎖壁を越えた。

 

向こうは遺跡だった。

 

前に一度だけ見た場所だ。

 

あの時は流した。

今は違う。

 

ここが導線だと知っている。

 

地下へ入る。

石の通路。

ひび割れた床。

古い刻印。

宗教のものではない。

もっと前のものだ。

 

カルドレクが後から寄りかかっただけの場所だと、見れば分かる。

 

道中は静かだった。

露骨に守れば怪しい。

 

置いても止められない。

 

今は組織も麻痺している。

 

その全部が重なった結果だった。

 

ヴォルフは迷わない。

枝道を切る。

下る。

また下る。

空気が変わる。

冷たい。

湿っている。

 

遺跡の奥というより、もっと深い臓腑へ入っていく感触だった。

 

やがて通路が開けた。

広い。

だが壮麗ではない。

 

神殿じみた作りをしているくせに、どこか家畜小屋の拡大版みたいな気配があった。

 

柱。

配線。

管。

 

血に似たものを通していた痕跡。

 

祈りのための空間ではない。

 

維持と制御のための空間だ。

 

その中心に、いた。

思っていたより近い。

隠れていない。

 

あるいは隠れる必要がないと思っていたのかもしれない。

 

高座めいた台の上に、獣が伏せていた。

 

巨大だ。

動物めいている。

 

だが、見慣れた獣ではない。

 

痩身の牧羊犬を、そのまま神話の側へ引き伸ばしたような形だった。

 

長い四肢。

深い胸郭。

 

首も胴も、人の感覚から少しだけ外れた長さをしている。

 

毛並みは白と灰を基調としていた。

 

だが喉のあたりと口元には、血を吸ったような赤が滲んでいる。

 

聖獣にも見える。

処刑獣にも見える。

 

その曖昧さごと、最初から作られているかのようだった。

 

頭部は牧羊犬に近い。

だが瞳が多い。

ひとつではない。

 

群れを見張るための多重の目が、静かにこちらを捉えていた。

 

口も長い。

顎が深い。

 

人を噛み留めるためだけに発達したような形だった。

 

額には、角にも見える細長い結晶が一本、前へ突き出していた。

 

白い。

半透明。

 

骨の延長にも、聖性だけを結晶化させた杭にも見える。

 

信徒を見る目ではない。

 

群れを見る目だ。

「来たか」

 

パストルは静かに言った。

 

驚きはない。

 

ヴォルフは歩みを止めない。

 

「お前が元か」

短い。

それだけで足りた。

 

パストルは少しだけ首を傾ける。

 

「元凶、とでも呼ぶか」

 

「君たちはそういう言葉を好む」

 

ヴォルフは答えない。

パストルが続ける。

 

「だが、私は守っていた」

 

「群れを」

 

その言葉だけで、もう匂いがした。

 

救済ではない。

保護でもない。

飼育だ。

「逸れるものを戻し」

「弱るものを選り」

 

「暴れるものを牙で追い」

 

「足りないものを補ってきた」

 

「それがどれほど長く、どれほど危うい均衡だったか、君には分からないだろう」

 

ヴォルフは聞く。

必要なところだけ。

「使徒は」

 

パストルの目が、わずかに細くなる。

 

「牙だ」

「群れを戻すための」

 

「外へ向ける刃であり、内を削る刃でもある」

 

「あれらは従者ではない」

 

「愛弟子でもない」

「必要だから置いた」

 

ヴォルフの中で、ヴァーレンの最後が少しだけ冷える。

 

あれは、最後までただの部品だった。

 

パストルはそこに何も感じていない。

 

「ヴァーレンも」

ヴォルフが言う。

パストルは即答した。

「役に立たなかった」

 

「最後まで群れを戻せなかった牙だ」

 

何の揺れもない。

 

切り捨てることに慣れすぎた声だった。

 

「加護も同じだ」

 

パストルが手を広げる。

 

白い光が、薄くその周囲へ滲んだ。

 

「君たちは祝福だと思いたがる」

 

「守護だと思いたがる」

 

「だが実際には、群れを制御し、選別し、必要な量だけ消費させるための機構にすぎない」

 

「私だけではない」

 

「ルナールの蜘蛛も同じことをしていた」

 

「守っていたのではない。囲い、見張り、使っていただけだ」

 

「そうでなければ終わってしまう」

 

「飢えすぎても終わる」

 

「増えすぎても終わる」

 

「完全に勝っても終わる」

 

ヴォルフはそこで初めて目を上げた。

 

「勝つ気がないのか?」

 

パストルは笑わない。

 

だがどこか満足に似た温度があった。

 

「終わらせたくなかった」

 

「それが最も安定していた」

 

「滅びず、溢れず、絶えず捧げられ続ける」

 

「ようやく維持できていた均衡だった」

 

「君はそれを壊した」

恨みはある。

だが熱くない。

 

冷えた管理者の苛立ちだった。

 

ヴォルフにとっては、それで十分だった。

 

聞くべきことは終わった。

 

相手が何を守っていたのか。

 

何を捧げさせていたのか。

 

何を続けたがっていたのか。

 

全部、もう出た。

 

その瞬間、額の結晶が白く灼けた。

 

来る。

 

ヴォルフの身体が先に動く。

 

横へずれる。

直後、雷が走った。

槍のように細い。

だが速い。

 

額の結晶から、まっすぐ撃ち出されていた。

 

背後の柱が貫かれる。

石が白く爆ぜる。

威力は高い。

だが直線だ。

一発で十分だった。

 

ヴォルフはブラッド・アンド・リヴェンジを抜いた。

 

パストルの周囲に、白い膜が立ち上がる。

 

電撃障壁。

 

ヴァーレンと同じ系統だ。

 

劣化ではない。

本流だ。

パストルは動かない。

 

守られている前提で立っている。

 

「無意味だ」

上から言う。

 

「あらゆる攻撃は、ここへ届かない」

 

ヴォルフは短銃を抜いた。

 

一発。

撃つ。

障壁が弾く。

白い反応。

雷が走る。

やはり同じだ。

返す。

弾く。

性質は読める。

 

パストルは避けもしない。

 

見下ろしている。

 

本気で、自分は届かないところにいると思っている。

 

ヴォルフは高負荷を解いた。

 

刃が鳴る。

赤が濃くなる。

 

骨の奥まで嫌な圧が響く。

 

使えば削れる。

それでも十分だ。

ヴォルフは踏み込む。

一直線。

 

「無意味だというのが解ら──」

 

言い終わる前に、ブラッド・アンド・リヴェンジが障壁をすり抜けた。

 

今度は深い。

胸から胴へ。

まっすぐ、深く。

斬り抜ける。

 

パストルの身体が止まる。

 

遅れて、傷口に赤が残る。

 

受難の刻印が体を削る。

 

「は──?」

パストルが後ずさる。

そこで、返る。

内側から。

 

食らったはずの一撃が、もう一度噛みつく。

 

白い光が乱れる。

障壁が消える。

加護が切れる。

 

パストルの身体が、その場でずれた。

 

遅れて、二つに分かれる。

 

高座から落ちる。

 

石の床へ叩きつけられる。

 

それで終わった。

 

広い遺跡の奥に、音が一つだけ響く。

 

白い残滓が、ゆっくりと消えていく。

 

加護供給が切れた。

 

どこまで波及するかは、まだ分からない。

 

だが止まった。

確かに。

宗教でもない。

守護でもない。

 

終わらない戦争を飼うための仕組み。

 

その核は、今ここで切れた。

 

ヴォルフは死骸の頭部へ近づいた。

 

額の結晶は、まだ弱く光っている。

 

力の結晶体。

 

放っておいてもいいが、それで問題が起きても面倒だ。

 

特に必要性は感じないが、パストルを殺したという証拠にもなるだろう。

 

指をかける。

硬い。

だが骨ではない。

引く。

抜けない。

 

もう一度、強く引いた。

 

ずるりと音がした。

思っていたより長い。

 

見えていた先端だけではない。

 

頭蓋の奥まで、細長い杭のように深く通っていた。

 

引き抜かれた瞬間、結晶の内側で雷が一度だけ走る。

 

白い筋が、細く弾けて消えた。

 

ヴォルフはそれを見た。

 

使える。

 

そういう形をしていた。

 

ヴォルフは刃を払う。

消費した血は少ない。

 

思っていたより、ずっと少なかった。

 

奴の中身が薄かったからかもしれない。

 

 

どうでもいい。

やることは終わった。

 

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