ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第2話

 昇降機の先に広がっていたのは、街だった。

 

 地下だというのに、最初の印象は遺跡ではない。

 首都だ。

 道幅がある。

 建物の並びにも統一感がある。

 広場へ流れ込むように街路が伸び、通りごとに役割まで分けられていた気配が残っている。

 今の地上の都市より、むしろ整って見えるくらいだった。

 

 だからこそ、おかしい。

 

 静かすぎた。

 人の気配がない。

 敵の気配もない。

 生活の残り香すら、ほとんど消えきっている。

 

 整っているのに、死んでいる。

 

 ヴォルフは昇降機を降りた。

 足音が石畳へ落ちる。

 その音だけが、この空間では妙に大きく響いた。

 

 空気は冷たい。

 ただ冷えるだけではない。

 長いあいだ閉じられていた巨大な屋内の底で、じっと澱んでいたものをそのまま吸わされる感じがある。

 

 見上げても天井は遠く、闇に溶けていた。

 地下であることは分かる。

 だが圧迫感より先に、空虚さの方が来る。

 

 広すぎるのだ。

 

 ヴォルフは一度だけ後ろを見た。

 昇降機の入口は、今のところまだ開いている。

 戻ろうと思えば戻れる。

 だが、そういう話ではない。

 

 前へ視線を戻す。

 

 街はどこまでも整っている。

 割れた柱一本、崩れた外壁一枚でさえ、ただ朽ちたというより、配置された舞台装置みたいに見えた。

 壊れ方にまで秩序がある。

 

 そこで初めて、光に気づく。

 

 街そのものは暗い。

 まともな街灯も、自然光もない。

 なのに完全な闇ではないのは、各所で古い映像記録機械がまだ動いているからだった。

 

 壁面に埋め込まれた板。

 広場の片隅に立つ細い柱。

 通りの角に据えられた箱状の装置。

 

 形はまちまちだが、どれも映像を流している。

 

 意味は分からない。

 だが流れているものの傾向だけは、はっきりしていた。

 

 終幕。

 喝采。

 処刑。

 別れ。

 

 誰かが頭を垂れる場面。

 誰かが手を差し伸べる場面。

 人波が何かへ熱狂している場面。

 幕が落ちるように、視界が暗く切り替わる場面。

 

 どれも断片だ。

 繋がった物語ではない。

 しかも装置ごとに別の映像が流れている。

 

 音量も揃っていなかった。

 

 あるものはほとんど無音で、画面だけが明滅する。

 あるものは遠くの拍手だけを延々と流す。

 またあるものは、意味の取れない台詞の最後だけを何度も切り返す。

 

 街を歩くにつれて、それらが重なった。

 

 遠くの音楽。

 近くの拍手。

 誰かの笑い声。

 泣き声に似た長い息。

 全部が断片だ。

 なのに一つの方向へ揃っている。

 

 誰かが用意した舞台。

 

 そんな言葉が、自然に浮かぶ。

 

 ヴォルフは立ち止まらずに歩いた。

 

 こういう仕掛けを好む相手なら、隠れる気は薄い。

 むしろ見せたがる。

 なら、探すまでもなく一番目立つ場所にいるはずだ。

 

 最悪、手当たり次第に潰していけばいい。

 だがその必要はなさそうだった。

 

 街路の先に、大通りがある。

 

 広い。

 まっすぐだ。

 首都の中心へ人を流し込むための道だったのだろうと、一目で分かる。

 

 そしてその終点だけが、露骨に明るかった。

 

 劇場だ。

 

 そう呼ぶのが一番近い。

 

 巨大な建築が、大通りの果てに座っている。

 左右へ広がる裾。

 高くせり上がった正面。

 階段。

 列柱。

 見る者の視線を正面へ集めるためだけに組まれたような輪郭。

 

 街のほかの場所は映像機械の明滅に頼っているのに、そこだけは別だった。

 建物そのものが、自前の光を持っている。

 

 分かりやすすぎる。

 

 だからこそ、そこ以外へ隠れる気もないと分かる。

 

 ヴォルフは大通りへ踏み込んだ。

 

 進むほどに、街の印象が変わっていく。

 

 建物は街並みであると同時に、客席の外縁にも見える。

 左右の通りは舞台袖へ続く廊下のようでもある。

 流れ込む街路すべてが、大通りの先の建物へ人を運ぶために設計されていた気配があった。

 

 都市というより、前室だ。

 

 開演前の、巨大すぎる前室。

 

 映像記録機械の断片も、それに拍車をかける。

 通りの途中で見かけた装置は、観客席を映していた。

 別の一台は、誰もいない舞台を。

 また別の一台では、花束を抱えた誰かが頭を下げる直前で映像が途切れた。

 

 歓声。

 拍手。

 幕。

 

 この街全体が、そういう言葉へ寄っている。

 

 ヴォルフは鼻を鳴らした。

 

 悪趣味だ。

 だが嫌いではない、という顔をしながら準備しているのが見えるのは、なお悪い。

 

 劇場の正面へ着く。

 

 入口は隠されてもいなかった。

 閉ざされてもいない。

 拒絶よりずっと露骨に、どうぞ入れと言っている。

 

 待っている。

 

 それだけは確かだった。

 

 ヴォルフは扉を押した。

 

 重いはずの扉は、拍子抜けするほど素直に開いた。

 

 中もまた、空だった。

 客席に人はいない。

 舞台の上にもいない。

 広い空間のどこにも、生きた気配が見当たらない。

 

 スポットライトもまだ点いていなかった。

 代わりに、壁面の各所へ街中と同じ映像が流れている。

 

 終幕。

 喝采。

 処刑。

 別れ。

 

 外で見たものと同種の断片が、今度は劇場そのものの内壁に投影されていた。

 映像の明滅だけが、客席の列と舞台の輪郭を浮かび上がらせる。

 

 古い劇の残響の中へ迷い込んだみたいだった。

 

 ヴォルフは通路を進む。

 客席の段差を横目でなぞり、舞台との距離を測る。

 隠しや伏兵の気配はない。

 あるのは、空間そのものが待ち受けている感じだけだ。

 

 数歩、さらに進んだところで、ようやく空ではないものが見えた。

 

 客席の最前列近く。

 椅子が一つ。

 その脇に、古い映像記録機械が一台。

 

 そして、その椅子に腰かけた背中。

 

 舞台の方を向き、壁に流れる映像を眺めている。

 

 人影は動かない。

 だが、最初からそこにいたことだけは分かる。

 

 ヴォルフは足を止めた。

 

 首都の中心ではなく、劇の中心へ入ったのだと、その時はっきり理解した。

 

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