ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

44 / 47
第4話

 舞台の上に、二人が揃う。

 

 ヴォルフは着地の勢いを殺しきる前に、ノコギリ鉈を構えた。

 カエサルは動かない。

 スポットライトの真下で、ただ立っている。

 

 それだけなのに、もう舞台そのものがあちら側へ寄っていた。

 

 カエサルが片手を上げる。

 

 「では、始めましょう」

 

 声は穏やかだ。

 だが次の瞬間、劇場の空気が一枚裏返った。

 

 「幕引きのヴェール」

 

 派手な斬撃ではなかった。

 光でも、炎でも、刃でもない。

 

 薄い布のような。

 帳のような。

 境界だけが曖昧に波打つ層が、ヴォルフの前を撫でるように通り抜ける。

 

 反射で身をずらす。

 避けた、はずだった。

 

 なのに冷たいものが胸を横切った。

 

 傷は浅い。

 だが感触が悪い。

 皮膚の上だけではなく、傷口の周囲そのものがじわりと死んでいく。

 熱が引き、再生の感触が鈍る。

 

 ヴェール由来の汚染。

 

 ただ切るための技ではない。

 終わりへ向けた処理を始める技だ。

 

 ヴォルフが舌打ちするより先に、劇場の奥で何かが噛み合った。

 

 舞台袖。

 客席の上。

 暗闇の縁。

 見えない場所が、一斉に起きる。

 

 カエサルは微笑んだままだ。

 

 「最初は、あの子」

 

 その瞬間、空気が裂けた。

 

 弾丸。

 

 ヴォルフはほとんど反射で横へ飛ぶ。

 頬のすぐ横を何かが貫き、背後の舞台床へ小さな穴を穿った。

 遅れて二発目。

 三発目。

 

 セヴェル。

 

 本人の姿はない。

 だが圧だけは一瞬で分かる。

 

 常にどこかから撃ってくる。

 起こりを読んでから避けるのでは遅い。

 避けた先を先に潰される。

 攻めに移る気配そのものを試され続ける。

 

 ヴォルフは前へ出た。

 止まれば撃ち抜かれる。

 段差を蹴り、舞台の端を使って角度を変える。

 それでも弾道は追ってくる。

 

 「セヴェル」

 

 カエサルの講評は、まるで演目の紹介みたいだった。

 

 「あの子は、観ることしか知らなかった」

 

 弾丸が舞台床を裂く。

 ヴォルフは転がり、すぐ立つ。

 

 「理解することと壊すことを、同じ手つきでやる子だったわ」

 

 さらに一発。

 肩を掠める。

 

 「舞台なんて要らなかったの。あの子自身が、完成した劇場だった」

 

 その言葉が終わる頃には、ヴォルフの呼吸はもう一段速くなっていた。

 セヴェルだけで終わらない。

 これは一幕ではない。

 この圧は薄く残ったまま、次へ重なる。

 

 舞台床が脈打つ。

 

 次に来たのは下からだった。

 

 床。

 壁。

 舞台袖の影。

 あらゆるところから、手の口が現れる。

 

 ラサン。

 

 噛みつく。

 食う。

 取り込む。

 

 ヴォルフは足場を切り替えながら、その顎をノコギリ鉈で払った。

 噛み合う前に断ち切る。

 だが切った端から、別の場所でまた口が開く。

 

 蒸気が噴く。

 視界の横を、クレーンめいた鈍い打撃が薙いだ。

 舞台全体が工業的な捕食装置へ変わっていく。

 

 「ラサン」

 

 カエサルはやはり穏やかだ。

 

 「あの子は、触れたものを全部、自分のものだと思っていた」

 

 ヴォルフは段差を蹴り、蒸気の柱を越える。

 その着地先を、まだ残っていたセヴェルの弾道が狙ってくる。

 完全には切れていない。

 

 「喰べることと支配することを、区別できない子だった」

 

 ラサンの再演は長くない。

 だが短い分だけ、他の圧へ自然に溶ける。

 

 次は視線だった。

 

 どこから見られているのか分からない。

 なのに、着地先だけが先に死ぬ。

 

 シレ。

 

 頭上から、いくつもの小型の影が落ちてくる。

 避ける。だが爆発する。

 避けた先へ、さらに落ちる。

 その先には、セヴェルの弾が待っている。

 

 見られている。

 

 その事実そのものが、攻撃へ直結していた。

 

 ヴォルフは舞台の端から客席側へ跳ね、椅子の背を足場にして軌道を捻じ曲げる。

 爆発が連なる。

 熱と破片が服を裂く。

 

 「シレ」

 

 カエサルが名を置く。

 

 「あの子は、見ている限り負けないと信じていた」

 

 観測。

 先読み。

 怯え。

 その全部が、ここでは最悪の落下点として返ってくる。

 

 「誰より怯えていたからこそ、誰より先に見たがったの」

 

 ヴォルフはノコギリ鉈を振り、飛び込んできた一体を叩き落とす。

 爆発しないよう、切るというよりすくい上げるように。

 だが叩いた隙を、また別の弾道が狙う。

 

 一つずつなら、まだ読める。

 

 そう思った矢先、空気がまた変わった。

 

 今度は血の刃だ。

 

 正面からだけではない。

 客席の死角。

 列柱の陰。

 舞台袖の裂け目。

 あらゆるところから、血の刃が不快な角度で飛ぶ。

 

 クロヴ。

 

 ヴォルフは身を沈め、斜めに入ってきた一閃を紙一重で外した。

 次は足場そのものを捨てる。

 今立っている場所が、もう安全ではない。

 

 舞台は奪われ、作り替えられる。

 守備圏ごと噛まれる。

 

 「クロヴ」

 

 カエサルが笑う。

 

 「あの子は、新しい舞台を見つけるのが上手だった」

 

 血刃が椅子列を裂く。

 残骸の飛び方まで、こちらの進行方向を狭めるために計算されているようだった。

 

 「奪った街をもり立てて、それが終わればまた次の街を作りに行く子だった」

 

 クロヴの圧は短い。

 だが短いからこそ、舞台全体の支配感だけを濃く残す。

 

 そこへ最後の一撃が来る。

 

 水の音。

 

 直前に戦ったばかりの重さだ。

 舞台の上空で、一気に水が収束する。

 形を結ぶ時間は短い。

 だが密度だけで十分だった。

 

 ガベル。

 

 本人の姿はない。

 ただ、門番だった一撃だけが抽出される。

 

 重い。

 正面から殺し切るためだけの水砲弾。

 

 ヴォルフは横へ飛ぶと同時に、斧で受け流しの角度を作った。

 完全には逸らせない。

 衝撃が肩口まで食い込み、身体ごと持っていかれる。

 舞台床へ叩きつけられる前に、姿勢を戻してなんとか着地する。

 

 「ガベル」

 

 カエサルの声が落ちる。

 

 「私のことを一番案じてくれた子だった」

 

 ヴォルフは床を削りながら立ち直る。

 正面に立つカエサルは、今もまだほとんど動いていない。

 

 「少しばかりやんちゃだったけれど、最後まで番犬に徹していた」

 

 再演はこれで一巡した。

 

 だが終わりではない。

 

 ヴォルフは荒い息を吐き、口の中の血を吐き捨てる。

 どの再演にも、本人の姿は出ていない。

 姿ではなく、その幹部を象徴する圧と舞台性だけが抜き出されている。

 

 能力模倣ではない。

 演目だ。

 

 ここまでの戦い全部を、カエサルの劇場の中で再構成している。

 

 「気づいた?」

 

 カエサルが問う。

 

 「私はちゃんと見ていたのよ」

 

 視線がヴォルフの武器へ向く。

 

 「それも、あの子をみて作ったのね」

 

 何を指しているのか、曖昧にはしない。

 敵の技術を奪い、削り、繋ぎ合わせてきた道程そのものを見通している声だった。

 

 「面白いわ」

 

 「あなた自身も、もう立派にこの劇の一部だもの」

 

 ヴォルフは答えない。

 代わりに一歩、前へ出た。

 

 押し込まれている。

 だが下がってはいない。

 ここで足を止めれば、その瞬間に舞台の都合へ閉じられる。

 

 だから進む。

 

 セヴェルの弾丸がまた来る。

 ラサンの口が床から噛み上がる。

 シレの落下点が着地先を殺す。

 クロヴの射角が視界の外から差し込む。

 ガベルの重い一撃が、正面から殺意だけを押しつける。

 

 一つずつならまだ読める。

 

 その前提が、ゆっくり崩れ始めた。

 

 再演の残滓同士が、噛み合い始める。

 

 セヴェルの弾丸が避け先を作る。

 その先をシレが見ている。

 足場を変えればラサンが口を開き、退路をクロヴが削り、最後にガベルの重みが真ん中から押し潰す。

 

 もう個別ではない。

 

 カエサルがそこで、初めてほんの少しだけ両手を広げた。

 

 「では」

 

 劇場全体の空気が、さらに一段深く沈む。

 

 「終幕のアブソリューション」

 

 名前が落ちた瞬間、再演の圧が一つへ寄り始めた。

 

 まだ全部同時ではない。

 だが一つずつ読んでいた戦い方が、もう通じなくなるのは分かる。

 

 再演は終わった。

 

 次は、それ全部が一つになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。