ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

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第5話

 「終幕のアブソリューション」

 

 名が落ちた瞬間、劇場の圧が変わった。

 

 今までの再演は一つずつ読めた。

 セヴェルなら弾道。

 ラサンなら捕食の起点。

 シレなら落下点。

 クロヴなら射角。

 ガベルなら正面からの重み。

 

 だが今は違う。

 区切りが消えた。

 

 セヴェルの弾丸が逃げ道を作り、その先へシレの爆撃が落ちる。

 着地を変えればラサンの口が足場を食い、退路をクロヴの刃が狭め、最後にガベルの重みが真ん中から叩き潰しにくる。

 

 複数の演目が、一つの濁流になっていた。

 

 ヴォルフは反撃を差し込めない。

 ただ防ぐ。

 避ける。

 受け流す。

 致命傷だけを外し続ける。

 

 ノコギリ鉈が、飛び込んできたラサンの顎を払う。

 その返しに肩を沈め、セヴェルの弾丸を紙一重で外す。

 椅子列を蹴って軌道をずらした先へ、シレの影が落ちる。

 爆発の前に身を捻る。

 そこへクロヴの血刃。

 斧で受ける。

 火花のように血が散る。

 受けた拍で、ガベルの一撃が舞台床ごと押し込んでくる。

 

 重い。

 

 だが重いから危険なのではない。

 そこへ至る流れそのものが、もう閉じている。

 

 逃げ道があるように見えて、全部同じ場所へ繋がる。

 

 構造だ。

 

 これは高火力で押されている戦いではない。

 逃げる先、受ける形、立て直す拍。

 その全部が最初から狭められている。

 

 ヴォルフは舞台端まで押し込まれた。

 そこで飛ぶ。

 客席へ。

 だが飛んだ先にすでにシレの爆撃が落ちる。

 空中で身体を折り、爆風を肩から滑らせる。

 その着地をセヴェルが撃つ。

 撃たれる直前に椅子の背を盾代わりにし、破片ごと抜ける。

 

 間に合っている。

 だが間に合っているだけだ。

 

 攻めるための余白が、どこにもない。

 

 舞台へ戻る踏み込みを、今度はラサンの手が食いにくる。

 斧で叩き潰す。

 潰したその下から蒸気が噴き、視界が白む。

 その白を裂いてクロヴの刃。

 防いだ瞬間、横合いからガベルの重み。

 

 衝撃が胸まで抜ける。

 

 息が詰まった。

 

 同時に、最初のヴェールで刻まれた傷がまた冷たく疼く。

 

 汚染が進んでいる。

 

 ただ殴られ、裂かれ、焼かれているだけではない。

 傷口ごと、終わりへ向けた処理が重ねられていく。

 再生が鈍い。

 熱が戻らない。

 無理やり繋いでいる身体のどこかが、じわじわ死んでいく感触がある。

 

 幕引きのヴェールは前触れではなかった。

 あれ自体が、ずっと続く処刑だった。

 

 アブソリューションの圧はさらに増す。

 

 ヴォルフは一歩、二歩と押し戻され、それでも前に出た。

 舞台中央へ戻る。

 引けば完全に閉じられる。

 なら、せめて中心で噛みつくしかない。

 

 セヴェルが撃つ。

 シレが落とす。

 クロヴが裂く。

 ラサンが食う。

 ガベルが潰す。

 

 連なった死の手つきだけが、淀みなく完成されている。

 

 どれほど続いたのか分からない。

 数瞬だったのかもしれない。

 だが体感としては、長かった。

 

 不意に、全部が止んだ。

 

 弾丸も。

 爆撃も。

 血刃も。

 水も。

 

 劇場に、ありえない静けさが落ちる。

 

 ヴォルフは膝をつきかけた身体を、斧で支えて立て直した。

 荒い息を吐く。

 視界の端が少し暗い。

 

 スポットライトの下で、カエサルが感嘆したように拍手した。

 

 「素晴らしい」

 

 本当に嬉しそうだった。

 皮肉ではない。

 怒りでもない。

 

 「ここまで耐えるなんて見事だわ」

 

 「やはりあなたは、舞台を完成へ導く役者なのね」

 

 称賛。

 

 そのまま処刑宣告になる声音だった。

 

 カエサルが両腕を軽く広げる。

 舞台の上だけではない。

 客席。

 天井。

 劇場そのものが、その仕草に応じるみたいに微かに震えた。

 

 「喝采のオベーション」

 

 拍手はない。

 観客もいない。

 なのに、場そのものが喝采した。

 

 照明が変わる。

 幕の影が伸びる。

 背景の暗さが深くなり、同時にカエサルの輪郭だけが異様にはっきりする。

 視線誘導まで含めて、劇場全体がより高精度に敵対化していく。

 

 強化だ。

 

 直接殴る技ではない。

 だが最悪だと、一目で分かる。

 

 カエサル自身と、この劇場空間の完成度が一段上がった。

 さっきまでですら詰んでいた構造が、さらに研ぎ澄まされる。

 

 ヴォルフは奥歯を噛みしめた。

 

 次に来る。

 

 そう思った瞬間、カエサルが何気ない調子で片手を払う。

 

 「幕引きのヴェール」

 

 同じ名。

 だが同じ技ではなかった。

 

 速い。

 

 軽技の域を逸脱している。

 

 ヴォルフはほとんど獣じみた反射で半歩だけずれた。

 完全回避は無理だと、見た瞬間に分かった。

 だから致命だけを外す。

 

 ヴェールが脇腹を裂く。

 

 深い。

 

 さっきまでの汚染とは比べものにならない。

 肉が開き、冷たい終幕の処理がそこから一気に流れ込む。

 体勢が大きく崩れた。

 

 普通の人間なら即死している。

 

 ヴォルフは倒れながらも、舞台床へ肩から流し、衝撃を殺す。

 それでも視界が飛びかける。

 立たなければ終わる。

 

 立ち上がりかけたところで、カエサルは追撃しなかった。

 

 「なぜここででとどめを刺さなかったのか、わからない?」

 

 穏やかに言う。

 

 「そんなところで死なれたら、つまらないもの」

 

 ヴォルフは荒い呼吸のまま顔を上げた。

 

 カエサルは本気だった。

 戦術的な油断ではない。

 思想として、そこで殺すのが気に入らないのだ。

 

 「主役が、そんなモブみたいに落ちたら興が冷めるわ」

 

 「最後はもっと劇的に、もっと美しく散ってもらわないと」

 

 ふざけた話だった。

 だがこいつにとっては、勝敗よりそちらが上にある。

 

 その隙を、ヴォルフは見逃さない。

 

 右手が血と復讐の刃へ伸びる。

 そこに仕込んでいた少量の予備血を切る。

 

 前払いしていた代償を、逆に回収する。

 

 熱が戻る。

 

 全快ではない。

 傷は深いまま。

 汚染も消えない。

 だが戦闘続行に必要な線までは、無理やり引き戻せる。

 

 ヴォルフは息を吐き、膝を立て、立ち上がった。

 

 カエサルはそれを見て、満足そうに微笑む。

 

 「そう。そうでなくてはいけないわ」

 

 気に食わない。

 だが同時に、分かることもあった。

 

 武器はまだ失っていない。

 手はある。

 身体も、まだ動く。

 

 それでも。

 

 強化後の通常技ですら、この威力だ。

 幕引きのヴェール一つで、まともに当たればそれで終わる。

 ならば、再演の威力もまともな火力ではありえないだろう。

 ここから普通に削り合って勝つ道はない。

 

 どうやっても、普通には攻略できない。

 

 その結論へとたどり着くのは必然だった。。

 

 なら戦い方を変えるしかない。

 

 消耗戦ではない。

 じわじわ詰める戦いでもない。

 一度きりで通す。

 そのために、全部を切る。

 

 ヴォルフは武器の重さを順に確かめた。

 ノコギリ鉈。

 断重の鉄塊斧。

 アイゼン・ラピッド。

 血と復讐の刃。

 雷光の楔。

 強襲の遠吠え。

 

 まだ残っている。

 だが残っているからこそ、順番に死ぬことも分かる。

 

 カエサルはスポットライトの中で、楽しそうにこちらを見ている。

 次に何をしてくるかではない。

 次に何を捨てるか。

 

 戦いはそこまで来ていた。

 

 ヴォルフは深く息を吸い、前へ出る。

 

 負けないためではない。

 殺すために。

 

 ここから先は、そういう戦いだった。

 

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