全てをこの一撃に賭ける。
ならば、やることは一つしかなかった。
出力を上げる。
オーバードラフト。
〈ブラッドボーン〉、力の前借り。
残高を超えて力を引き出し、清算は後へ回す。
後で殺した敵の死の重さで踏み倒す。
歪んだ理屈。
だがここまで来れば、むしろそれしかない。
熱が走る。
皮膚の下で何かが軋み、視界が鋭くなる。
皮膚が獣のそれになる。
音が増える。
スポットライトの唸り。
布の擦れる音。
カエサルの呼吸。
劇場のどこかで待ち構える再演の起こり。
痛みも増した。
汚染の冷たさと、オーバードラフトの熱が身体の中で噛み合わない。
まともに考えれば自殺行為そのものだ。
だがまともにやっても勝てないことは、もう分かっている。
カエサルはその変化を見て、愉快そうに目を細めた。
「終わりにしましょう。美しく、劇的に」
「ワールドエンド・カーテンコール」
オーバードラフトを全力で展開し、ヴォルフは前へ出た。
次の瞬間、五演目が同時に解き放たれる。
もう順番ではない。
同時だ。
セヴェルの弾丸。
ラサンの捕食。
シレの爆破。
クロヴの血刃。
ガベルの水弾。
全部が同時に噛み合い、どこにも逃げ場がない。
だからヴォルフは、一撃ごとに最適解をぶつけるしかなかった。
ガベルの水弾。
水弾に雷光の楔を叩きつける。
巨大な水弾と、真正面から撃ち合った。
水が弾けて雷が叫ぶ。
基部が砕け、杭が何処かへ飛んでいく。
雷光の楔がまず砕けた。
クロヴの血刃。
収束した血の刃に、血の刃をぶつけて砕く。
いくつもの血刃をまとめて散らす。
血で血を砕き、切り裂いた。
相殺しきれず、刃が折れた。
血と復讐の刃も砕けて折れた。
シレの爆破。
いくつもの異形が、爆撃のように落ちてくる。
剣を伸ばして薙ぎ払う。
切り裂かれた異形が、宙を焼く。
千切れて散って、刃の群れが空に散る。
アイゼン・ラピッドが砕けて散った。
ラサンの捕食。
大きな腕と、捕食の口を叩いて砕く。
柄を伸ばして、大上段から叩きつけた。
割られた手のひらから、侵食液が滲み出す。
重い刃が溶けて行く。
断重の鉄塊斧が、噛み砕かれた。
残るは、ひとつ。
セヴェルの弾丸が逃げ場を潰す。
躱して、かすめて、すり抜けて。
それでも一発、避けられない。
刃で受けた。
砕かれた。
ノコギリ鉈が、砕け散る。
すべての武器が砕け散った。
いや。
まだだ。
もう一つだけ残っている。
だが、その頃には劇場全体が再び終わりを演じ始めていた。
スポットライトが強くなる。
白い光がヴォルフを照らし、主役の終わりを演出しようとする。
終演前の静けさが。
観客の息を呑む空気だけを、誰もいない劇場が勝手に再現している。
カエサルの周囲に、影が立ち上がる。
セヴェル。
ラサン。
シレ。
クロヴ。
ガベル。
姿ではない。
残滓だ。
再演の余熱が、終幕の構えへ集束していく。
もうどうやっても次はない。
力は破産寸前まで引き出した。
武器は砕けた。
終わりがそこまで迫っている。
あと一歩。
あと一瞬。
それだけあれば殺しに行ける。
だから。
銃を抜いた。
引き金を引いた。
銀燐重装爆裂弾(シルバーバレット)が、唸りを上げて炸裂した。
肌が焼ける。視界が燃える。
自分が燃えてもそれでも進む。
再演の空気が炎で散った。
たどり着いた。
右腕の、すべてを賭けた爪が光る。
獣の、荒々しい、力任せの一撃が。
カエサルの体に突き刺さった。
静寂。
誰も、何も、動かない。
まるで劇が終わった直後のような静けさが、辺り一帯に満ちていた。
笑い声が、聞こえた。
「……ふふ」
まず小さく。
「ふふ、ふふふふふ……」
次に、堪えきれないように。
「あは、あはははははははは!」
最後に、舞台へ響くように。
笑い疲れたかのように、一息ついてカエサルが言った。
「ブラボー!」
喝采。
「最高の演目だったわ!」
称賛。
「あなたの勝ちよ。おめでとう」
勝利。
カエサルはそのまま、静かに倒れた。
ヴォルフはしばらく舞台の上に立ち尽くしていた。
理由はうまく説明できない。
ただ、すぐには動けなかった。
ランサムウェア。
敵の死による精算。
負傷も、オーバードラフトの負債も、カエサルの死で精算した。
傷はない。
だが……疲れた。
舞台を降りた。
客席側へ歩く。
カエサルが最初に座っていた椅子の横を通り過ぎようとして……足を止めた。
やはり、疲れていたのだろうか。わからない。
だが、気づくとその椅子に腰を下ろしていた。
ふと気づくと、すぐ近くの映像記録機械がいつの間にか点いていた。
劇場の壁に、白い文字が流れていく。
古い文字。
おそらくは、人名であろう文字が大量に。
たまに、役職名と思われる単語も見えた。
これは──制作者たちの名前だ。
スタッフロール、とでも呼べば良いのだろうか。
そうして、いくつもの文字が流れていき、最後に一つの単語が流れてきて……止まった。
意味はすぐに分かった。
よく見る単語で、意味も明快だ。
The End
映像記録機械が、止まった。
劇場に、暗闇が満ちた。