ワールドエンダー 終末の物語   作:ニカン

46 / 47
第6話

 全てをこの一撃に賭ける。

 

 ならば、やることは一つしかなかった。

 

 出力を上げる。

 

 オーバードラフト。

 

 〈ブラッドボーン〉、力の前借り。

 残高を超えて力を引き出し、清算は後へ回す。

 後で殺した敵の死の重さで踏み倒す。

 歪んだ理屈。

 だがここまで来れば、むしろそれしかない。

 

 熱が走る。

 

 皮膚の下で何かが軋み、視界が鋭くなる。

 皮膚が獣のそれになる。

 音が増える。

 スポットライトの唸り。

 布の擦れる音。

 カエサルの呼吸。

 劇場のどこかで待ち構える再演の起こり。

 

 痛みも増した。

 汚染の冷たさと、オーバードラフトの熱が身体の中で噛み合わない。

 まともに考えれば自殺行為そのものだ。

 だがまともにやっても勝てないことは、もう分かっている。

 

 カエサルはその変化を見て、愉快そうに目を細めた。

 

 「終わりにしましょう。美しく、劇的に」

 

 「ワールドエンド・カーテンコール」

 

 

 オーバードラフトを全力で展開し、ヴォルフは前へ出た。

 

 次の瞬間、五演目が同時に解き放たれる。

 

 もう順番ではない。

 同時だ。

 

 セヴェルの弾丸。

 ラサンの捕食。

 シレの爆破。

 クロヴの血刃。

 ガベルの水弾。

 

 全部が同時に噛み合い、どこにも逃げ場がない。

 

 だからヴォルフは、一撃ごとに最適解をぶつけるしかなかった。

 

 

 ガベルの水弾。

 

 水弾に雷光の楔を叩きつける。

 

 巨大な水弾と、真正面から撃ち合った。

 

 水が弾けて雷が叫ぶ。

 

 基部が砕け、杭が何処かへ飛んでいく。

 

 雷光の楔がまず砕けた。

 

 

 クロヴの血刃。

 

 収束した血の刃に、血の刃をぶつけて砕く。

 

 いくつもの血刃をまとめて散らす。

 

 血で血を砕き、切り裂いた。

 

 相殺しきれず、刃が折れた。

 

 血と復讐の刃も砕けて折れた。

 

 

 シレの爆破。

 

 いくつもの異形が、爆撃のように落ちてくる。

 

 剣を伸ばして薙ぎ払う。

 

 切り裂かれた異形が、宙を焼く。

 

 千切れて散って、刃の群れが空に散る。

 

 アイゼン・ラピッドが砕けて散った。

 

 

 ラサンの捕食。

 

 大きな腕と、捕食の口を叩いて砕く。

 

 柄を伸ばして、大上段から叩きつけた。

 

 割られた手のひらから、侵食液が滲み出す。

 

 重い刃が溶けて行く。

 

 断重の鉄塊斧が、噛み砕かれた。

 

 

 残るは、ひとつ。

 

 セヴェルの弾丸が逃げ場を潰す。

 

 躱して、かすめて、すり抜けて。

 

 それでも一発、避けられない。

 

 刃で受けた。

 

 砕かれた。

 

 ノコギリ鉈が、砕け散る。

 

 

 すべての武器が砕け散った。

 

 いや。

 まだだ。

 

 もう一つだけ残っている。

 

 だが、その頃には劇場全体が再び終わりを演じ始めていた。

 

 スポットライトが強くなる。

 白い光がヴォルフを照らし、主役の終わりを演出しようとする。

 終演前の静けさが。

 観客の息を呑む空気だけを、誰もいない劇場が勝手に再現している。

 

 カエサルの周囲に、影が立ち上がる。

 

 セヴェル。

 ラサン。

 シレ。

 クロヴ。

 ガベル。

 

 姿ではない。

 残滓だ。

 再演の余熱が、終幕の構えへ集束していく。

 

 もうどうやっても次はない。

 

 力は破産寸前まで引き出した。

 

 武器は砕けた。

 

 終わりがそこまで迫っている。

 

 あと一歩。

 あと一瞬。

 

 それだけあれば殺しに行ける。

 

 

 だから。

 

 

 銃を抜いた。

 引き金を引いた。

 

 銀燐重装爆裂弾(シルバーバレット)が、唸りを上げて炸裂した。

 

 肌が焼ける。視界が燃える。

 自分が燃えてもそれでも進む。

 再演の空気が炎で散った。

 

 たどり着いた。

 右腕の、すべてを賭けた爪が光る。

 

 獣の、荒々しい、力任せの一撃が。

 

 

 カエサルの体に突き刺さった。

 

 

 静寂。

 

 

 誰も、何も、動かない。

 

 まるで劇が終わった直後のような静けさが、辺り一帯に満ちていた。

 

 

 笑い声が、聞こえた。

 

「……ふふ」

 

 まず小さく。

 

「ふふ、ふふふふふ……」

 

 次に、堪えきれないように。

 

「あは、あはははははははは!」

 

 最後に、舞台へ響くように。

 

 

 笑い疲れたかのように、一息ついてカエサルが言った。

 

 「ブラボー!」

 

 喝采。

 

 「最高の演目だったわ!」

 

 称賛。

 

 

 「あなたの勝ちよ。おめでとう」

 

 勝利。

 

 

 カエサルはそのまま、静かに倒れた。

 

 

 ヴォルフはしばらく舞台の上に立ち尽くしていた。

 

 理由はうまく説明できない。

 ただ、すぐには動けなかった。

 ランサムウェア。

 敵の死による精算。

 負傷も、オーバードラフトの負債も、カエサルの死で精算した。

 傷はない。

 だが……疲れた。

 

 

 舞台を降りた。

 

 客席側へ歩く。

 

 カエサルが最初に座っていた椅子の横を通り過ぎようとして……足を止めた。

 やはり、疲れていたのだろうか。わからない。

 だが、気づくとその椅子に腰を下ろしていた。

 

 ふと気づくと、すぐ近くの映像記録機械がいつの間にか点いていた。

 

 劇場の壁に、白い文字が流れていく。

 

 

 古い文字。

 

 おそらくは、人名であろう文字が大量に。

 たまに、役職名と思われる単語も見えた。

 これは──制作者たちの名前だ。

 

 スタッフロール、とでも呼べば良いのだろうか。

 

 そうして、いくつもの文字が流れていき、最後に一つの単語が流れてきて……止まった。

 

 

 意味はすぐに分かった。

 

 よく見る単語で、意味も明快だ。

 

 

 The End

 

 

 映像記録機械が、止まった。

 

 劇場に、暗闇が満ちた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。