三度目の大規模戦争から八年。大戦を乗り越えた我々人類に、再び未曾有の危機が迫ったことは、読者諸君も周知の事実であろう。
西暦2098年。太平洋ハワイ沖を中心に、後に軍内部で『深海棲艦』と呼ばれることになる、大規模な艦状未確認生命体が出現した。それらによる軍事行動に対し、各国は平和的解決を模索することさえ叶わず、あらゆる沿海国が侵略を受ける事態となった。
圧倒的少数の深海棲艦に対し、各国は軍事的に極めて不利な状況に置かれることとなる。
指揮系統の混乱は統一行動を不可能にし、弾薬や兵力は著しく消耗。切り札となる核兵器も、終戦時に結ばれた条約によって使用は禁じられていた。戦争は、各国の軍再建にも深刻な影響を及ぼしていたのだ。
日本もその例に外れない。深海棲艦により、海上領土はかつての半分以下にまで減少した。彼らの持つ特殊な防壁により既存兵器による攻撃は無効化され、敗北を重ねるしか無かったのだ。
しかし西暦2103年、日本はついに秘密兵器を実戦投入する。当該兵器は深海棲艦の空母打撃艦隊を撃破。それをきっかけに、日本海軍は反攻へと転ずることとなる。
兵器の正式名称は、女性型小型特殊機動艦。十五メートルの気高き戦乙女たち。
人々は、彼女たちを「艦娘」と呼んだ。
――西暦2183年 斬雲恭也『黒鳥部隊全記録』序章より
――― ――― ―――
黒に朱が交わる。夜空に爆発音が響くたび、煙を上げ、魚とも人ともつかぬ物体が海中に没した。一つ、また一つ。闇夜に閃光が光る。12.7cm連装砲。主に対空用に用いられる駆逐艦のそれをあろうことか零距離で放つ。硝煙の臭いを添え、その光は海が放つ怒りのごとく敵の船体を舐めた。
「2時方向に敵イ級2隻確認。続けて撃破する」
声の主、白露型駆逐艦二番艦、時雨。彼女は鬼面の様な険しい顔をしながら敵を撃破すると共に次の獲物を目指し突撃。発砲音。迫りくる敵弾を彼女はワルツを踊るように回避。
「砲、てぇっ!」
敵の動きを見切り徹甲弾の至近射撃。一時的に動きを止めた敵に対し、本命の魚雷を叩き込む。回避と牽制、そして撃破まで含めた、お手本の様な戦い方だ。問題は、彼女が__。
「時雨、前に出過ぎだ!早く陣形に戻れ!」
阿賀野型軽巡洋艦、矢矧が叫ぶ。彼女もただ規則を守らせようとしているのではない。陣形の崩壊は死の招待状、と古来より言われている通り、現在の輪形陣の穴が生まれ、全体が崩壊することを防ぐためだ。もちろんそんなことは基礎の基礎であり、知らない者は魚雷発射管に詰められるべき、という風潮を時雨自身も理解している。しかし、状況はそれを許さない。敵は練度の低い艦めがけ魚雷を集中しようとしていたので仕方なく対応した次第である。何しろ時雨と教導隊の矢矧以外の4 隻は今月養成課程から出たばかりの新米だらけだ。ガタガタ震えてない分だけ上出来だが役には立たない。
敵は駆逐艦型が6、軽巡型2 、重巡型が1。小規模艦隊の時雨達が苦戦するのは必至だった。
「こんな編成で基地に行くのは無茶だね、やっぱ」
ぼやきながらも踊る回避、砲撃。また一隻のイ級が火を吹く。
――― ――― ―――
「接敵まであと0245。マニュアルでコンバットモードに移行」
男は1人コクピットの中で呟く。通常兵器の優位性の低さから現在は使う者はほとんどいない、可変戦闘機。軍の制式採用から外れてもなお独自のバージョンアップを重ねた古参の相棒の操縦桿を撫で、彼は機体を戦闘態勢に移行させていた。
珍しく機体は快調。ただただ高出力と高い反応性のみを追求したことでペダルを踏み込みすぎただけで暴走しかねなくなったエンジン。可変するとは言え、戦闘機で狂気の格闘戦を行うためのブレード。「彼」以外でその機体を扱える人間はいない。
「防衛対象確認。全武装安全装置を解除。側面から食い破る」
特殊機体『黒鳥』。高出力エンジンが不幸を告げる夜鳴鶯の鳴き声の如き音を立て突き進む。
――― ――― ―――
この状況になった経緯は単純だ。配属転換された鎮守府に向かい、指定航路を通っていたら急に敵が現れた。 ただ、それだけ。深海棲艦は通常兵器が通用しないのと同様、単なるレーダーでは捉えにくい。人類が制海権を失う理由の一つは確実にこいつだ、と専門家気取りのアマチュアでさえそういう。
それはともかく深海棲艦に初めて攻撃を受けた新兵の集まりである。長時間陣形が持つはずもなく、戦闘開始から15分ほど後_。
「うわあ!!」
遂に左翼を担う夕雲型の清霜が大破。そこから次々に敵艦に突撃され、艦隊陣形は崩壊した。
「クソッ!間に合わない!」
叫んでいるだけでも隙は生まれる。緊張が切れた瞬間、イ級が放った魚雷が時雨に向かう。
(避けられない!)
爆発が彼女を__。
ドォン!
爆発が海上に轟いた。時雨は目をつぶり、冷たい水と、その後に来る痛みに身構えた。
……が、何も感じない。ただ戦闘と、叫び声のような音がするだけだ。時雨は恐る恐る目を開ける。
事実だけを言うと、彼女は無傷だった。戦域に突如現れた未確認機体により魚雷は破壊されていたからだ。闇を纏った様な漆黒の塗装。泣き女の叫び声のような甲高いエンジン音。艦娘と同程度の大きさ。
唐突に外部スピーカーで呼びかけてきた機体は深海棲艦と同じ禍々しさを感じさせる。
「何だ、あいつは!?」
矢矧の叫びを、時雨はそれをどこか上の空で聞いていた。
(息が荒いな…。心臓が破裂しそう…痛い。いや、怖い。)
「こちら神浜基地所属、特務機体。これより貴艦らを援護する」
その声にはっとし、時雨は砲を構え直した。IFFは友軍の物だが油断は禁物だ。なにせ戦争の相手は深海棲艦だ。味方識別コード書き換えも行ってくる可能性がある。
(奴らの、下手な嘘に騙されるのはまっぴらだ…)
「こちら神浜基地の斬雲玲中佐だ。勘繰りはあとにして目の前の敵を倒せ。できないなら基地に急げ。援護する」
深海棲艦を翼のブレードらしき装備で切り裂きながら機体に装備されたらしいスピーカーを通しパイロットが言う。何を当たり前のことを、と時雨は敵弾を回避しながら不明機、いや゛特務機゛を睨む。
(なんで…艦娘でもないコイツが…)
深海棲艦に既存兵器は効果を持たない。それは魚雷一発、銃弾一発にしても同様だ。奴らの特殊な動力炉の生み出す防壁は、艦娘の兵装でしか破壊できないはずだ。それを知らない通常機体が破壊したのである。その意味を考えるとひどく動揺し、疑うのも無理は無い。
「矢矧!」
「全艦、陣形を整えろ!非常時に備え所属不明機との交戦も視野に入れる!深海棲艦に攻撃を加えつつ転身!不明機の攻撃にも備えよ!!!」
矢矧の命令通りに艦隊は陣形を再編成。清霜を中心として戦域の離脱ルートに入る。その間にも゛特務機゛は敵重巡に突撃。対空砲火を紙一重で避けながら急速上昇。空中で人形に変形。
そう、変形。胴体と腕が分離、エンジン部が脚部に変わる。翼の一部がシールドとなり腕に接続される。゛頭部゛が生えカメラアイが光る。生まれたのは人型の機体。赤い眼を光らせ、蝙蝠の如き禍々しい姿に一瞬で変化、そのまま重巡に突撃する。敵艦を腕部ブレードで袈裟斬りにし、その勢いのまま海上を滑りイ級の弾薬庫に直撃のレーザーを当てる。爆散。機体が動くたびに敵が消える。まるでそう感じるほどの無駄の無い動きで゛特務機゛は敵を殲滅し、こちらにカメラアイを向ける。鮮血よりもまっかな、あか。
「化け物…」
その声の主は隊の誰かか、はたまた時雨自身か。つぶやきは消えることなく彼女の意識と共に胸中に沈んでいった。
――― ―――― ―――
鳥の声が聞こえる。朝の光が差し込む中、時雨は目を覚ました。医務室と思しき白壁の部屋。柔らかいマットレスに寝そべる、2mも無い小さな体を薄いシーツが包んでいる。
「ここは…?僕、どうしてここに…」
呟いた途端、唐突に思い出す。あかい光。黒い機体。
「別に怖くて倒れたわけじゃないと思うけどね…。まあ、人が来るまで待とうかな…」
そう言った矢先、部屋の扉が開き、矢矧が入ってきた。彼女は時雨を見つめ、あの後の状況を説明した。
どうやら時雨は直前の戦闘と艤装の整備不足による過負荷で気絶。直後、神浜基地からの通信により、黒い機体は友軍であると知った艦隊は機体の先導のもと時雨の艤装を解除。人間サイズまで小さくなった彼女を連れ基地に移動し、緊急入渠させたという次第らしい。
「あの機体…一体何?」
時雨は尋ねる。知りたかった。通常兵器の通用しない深海棲艦を葬り去ったあの漆黒の戦闘機を。友軍機と確認されたからこそ、知りたい。あれが新しく開発されたならば、自分達の存在意義がなくなると。怖かった。
「それは操縦していた本人から聞いて頂戴。…ちょうどいらっしゃったようだしね」
急いで部屋の扉を見ると、一人の男が立っていた。飾り気の無い白い特一種軍服。肩の階級章は中佐を示す。この神浜基レベル基地の司令官は中佐である。要は目の前にいるのは基地司令であるということだ。
(…基地司令?)
「は?」
時雨の一瞬思考は固まってしまい、口からは変な声が出た。当たり前だ。指揮官は指揮することが仕事であり、戦闘するなどは本当のエースか馬鹿のどっちかだ。まさか司令官が直々に戦場に出る馬鹿野郎だとは思えないのだが…。
「まさかね…。司令官、わざわざご足労いただきありがとうございます。で、件のパイロットはいつ来るのですか」
彼は時雨をじっと見つめた。まるで彼女との距離感を測りかねているようだ。見つめること数秒、口を開いた。
「…件のパイロットは俺だ。駆逐艦、時雨だったか。ちょっと後で第三格納庫前に来てくれ。どうせ信じないだろうから現物を見せよう」
どうやら本気で言っているらしい。
(まさか本当にこの人がパイロットなの?)
「どうした?問題があるか?」
「急すぎますよ…。了解です。駆逐艦時雨、手続き終了後に第三格納庫前に向かいます」
男、いや基地司令はそれだけ告げると去っていった。
「そっけないというか、気遣いが無いと言うか…」
時雨は終始混乱したまま、白い後ろ姿を見つめていた。
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