何のために戦ってきたのだろう。何のために生きてきたのだろう。何のために死んだのだろう。俺は、仲間は。
…分からない。分からない。
混乱。今の俺に合う言葉はまさにそれだ。自らの存在意義を、生きる意味を奪われた俺に、どんな価値があるのだろう。どうして俺は、死にたくないと思ったのだろう。神に救われる唯一の道なのに。
メシどころか水も喉を通らない。俺は数日飲まず食わずで部屋に籠もっていた。
だから。あの男は、斬雲は、俺を病院に連れて行ってくれた。
…もちろん俺を精神科やら何やらにぶち込むためではない。ここには彼女が、桜木橘が入院しているのだ。
あの時、彼女は胸を拳銃弾が貫通。偶然にも肺のみを一部傷付けて飛び出したため、一時は死の際に立ちながら、その命を永らえたのだ。何はともあれ、命が助かったなら良いことだろう。
そして、俺は今、彼女のベッドの横でリンゴの皮を剥く練習をさせられていた。
「…何で俺が今これをやらされているんだ…」
「何でって、あの人が見舞いついでに練習させておけって言ったからよ。実際君はそういうスキル、持ってないでしょ」
ぼやく俺に桜木が答える。あのずぼらな男は仕事があるからと言って早々に出ていった。託児所か何かと勘違いしてやいないだろうか。
「あの人も料理は適当にやるからね。将来のことを考えるなら、そのスキルは必須だよ」
将来。わからない。今まで俺にはそんなもの無かったから。生きる意味も…。
視界が床と自分の足で埋め尽くされる。彼女の前だから隠そうとしたけど、隠せなかった。視界が黒く染まっていく。視界を狭め、暗闇に降りた。
「…玲くん?どうしたの?」
彼女の声が聞こえたが、耳を貫通し抜けていく。息をするのさえ苦しい。
「玲くん?君!?大丈夫!?」
なんで俺は生きているんだ。何で。なんで。何で。なんで。なんデ。ナんデ。
……不意に柔らかい感触が顔を包んだ。暖かい。太陽のような優しい匂い。安堵の安寧を呼び起こしたそれは、今の俺を落ち着けるには十分だった。頭に触れた優しい感触に、身を委ねる。
目を開けた。目の前にある病院服の青白い色。俺の頭を慈しむように撫でる手。
彼女は俺を抱きしめていた。小さな子供をあやすように頭を撫でられる。気恥ずかしいと思わなくも無かったが、俺はそれに甘んじることにした。どうしてそうしたかは分からないが。
「…落ち着いた?」
彼女の優しい声が聞こえる。静かだけど、優しい声。俺は頷いた。頷くことしか出来なかった。
俺を解放した後、彼女はこちらをじっと見つめる。
「私には、弟がいてね。あなたぐらいの年で病気で死んじゃったけど」
さらに続ける。その目はこちらの向こう側を見つめているようであり、俺自身を見つめているようだった。
「あの子はいつも元気に笑ってた。死ぬ寸前も。私はあなたにあの子に重ねているのかもしれない。あの子の代わりにしたいと思っているかもしれない。私にもそれは分からない。だけどね」
彼女は俺を抱きしめ直した。太陽の温もりが、濡れた頬を包む。
「あなたにも、いつか笑って生きてほしい。」
_待っている人が、ここにいるんだから。
頬が濡れる。熱いものが胸のあたりに迫ってきた。
俺は、生きていていいのだろうか?
俺は、笑っていいのだろうか?
俺は、ここにいていいのだろうか?
俺は、何のために…
ああ、そうか、俺は…
俺も守りたい。この人の笑顔を。
姉のように思う人の前で、俺は決めた。
初めて、自分の意思で決めた。
俺は、戦う。
俺は、それしか出来ないから。
――― ――― ―――
「本任務は後の第二挺身隊の生死を分ける!貴官らの奮闘ぶりに人類の運命がかかっていると言っても過言ではない!」
唾を飛ばしながら揚羽大佐が演説している。作戦前のブリーフィングにしてはパフォーマンスが過剰すぎではあるが、仕方のないことではあった。
何せ、現在の軍では艦娘を実戦に投入して以降、本格的な大規模作戦を行っていなかったからだ。まだ演説できる程度の余裕があるのがマシな部類である。
…実戦未経験の文官だからという点もあるのだろうが。
「ありがたい演説をいただいて眠くなった奴もいると思うが、こっからが本題だ」
だから斬雲はそれに半分皮肉りながら作戦を説明する。作戦室のモニター。光が、星のように瞬いた。
「今言われたように、今回の任務は挺身隊の運命を分ける。無茶はするなよ…とは今回は言えないな」
第二ブリーフィングルーム。この神浜では一番大きなブリーフィングルームではあるが、そこは艦娘や作戦スタッフですし詰め状態だった。
「一応今回の任務に参加しない作戦要員にも参加してもらっているが、そいつらも取り敢えず把握しておけ。自分達の華々しい戦果の上にある泥臭い下積み役をな」
しんと静まり返る室内。それを感じ取りながら斬雲は話を続けた。
「今回の任務は偵察だ。前回の敵さんの襲撃ルートから割り出した本拠地を絞り込んだ結果、この島が奴らの前線基地であることが分かった。この島をガ島と呼称。こいつを潰し、こちらの前線基地にする。その本作戦に向けて敵の配置、数、種類の確認を少数精鋭によって組織された部隊で行う。もちろん、隠れてな」
時雨は険しい顔でその作戦概要を聞いていた。
(犠牲をあらかじめ考えてある…。仕方ないとは言え…)
そう、この作戦はある程度の犠牲の上に成り立つことを前提としている。斬雲は隠れてと言ったが、見つかることは必至だろう。敵のレーダー網はきっと強固で、緻密だ。
「この作戦は任務要員が犠牲になることを前提としたものだ。一応、こちらで注意を引きつけておくが、長くは持たないだろう」
険しい顔で斬雲は続ける。
「だから、参加する者は必死にもがけ。一瞬でも早く、敵の懐に入り込み、潜れ!この任務が失敗すれば、もっと多くの奴らが代わりに死ぬ。だか、任務が始まったら、次に帰るのは任務を達成した時だけだ!分かっているな!」
決意を持って、彼は叫ぶ。悲壮な決意。誰かの死を強いる作戦を行うことを拒否する本能を押し留め、苦しみながら、血反吐とともに吐いた言葉だった。
「最後に…貴様らには待っている人間がいることを忘れるなよ。作戦参加艦娘および部隊は配布した作戦用紙を頭に叩き込んでおけ。解散!」
任務の開始は明日。全員が既に用意を済ませていた。もちろん時雨も。彼女は今回の偵察隊に編入されている。だから、後必要なのは覚悟だけだった。
(提督に聞きたいことも、皆と一緒にやりたいこともまだたくさんあるんだ…。皆で生き残る!)
ブリーフィングルームから出た時雨は、艤装の最終調整のために工廠に走った。