「という訳で、お前ら明日から実戦な。」
基地副司令の榊小佐から急に言われた。訓練を行っている南鳥島基地の一角。兵士が食事に集まっている、食堂の中。
「知ってのとおり、今は何処も人不足なんだよ。どうせ後一ヶ月したら実戦経験することになるんだから、今のうちにやっとけ」
俺は目の前のこの女性少佐を睨んだ後、長屋の方を見た。彼は当然実戦は経験していない。しかし元来の性格からが何処か楽しそうであった。
俺の顔を見た少佐は続ける。男勝りの口調は軍内部でも特徴的だ。
「心配するな。今回に関しては後方部隊。奴…颯の後詰めとしてボーッと立ってりゃ終わる。そんな心配するんだったら、次の座学試験に当てるんだな」
それを実戦と言っていいのか…?
まあいいか。どちらかと言うならば…。
「玲、お前には申し訳ないことをさせちまうが、どうか許してくれ。上層部からの直々の命令で、どうしても撤回出来なかった」
と、斬雲がやって来て言う。申し訳なさそうな顔をしている。いや、これは怒っている顔だ。司令部か、はたまた自分自身か。俺には分からなかった。
今回の作戦目標は、クーデター派のテロリストが集まっている秘匿兵器生産開発工場の破壊である。俺が元々居た組織の襲撃に俺を駆り出すとは、司令部も意地が悪いようで。
今回は確かに、簡単に終わりそうだ。そうさ。敵を殺せば上手く収まる。そうだ。それでいい。
「クソッ…」
突然、記憶が蘇った。ただ神とやらを崇拝していたときの事を。神浜の地で、死んだ奴らの狂気の顔を。
…いや、無理だ。元とは言え、仲間を…。いや、俺がやるしかないのか…?
「…敵兵士は、殺しますか?」
思わず、口から溢れた。どうしても、抑え込むことができなかった。
頭に、何かの感触が増えた。ゆっくりと、慈しむように温かいそれが髪の上を動く。榊少佐が、俺の頭を撫でているのだ。女性の柔らかく、でもどこか硬い感触は少し違和感があった。子供扱いされているようで、少し嫌だった。
それを見て彼女は微笑んだ後、少しためらい、言った。
「…いや、基本は殺さない。敵の情報を入手する必要があるし。そもそも人間の兵士はいないらしい。ただ、な…」
場合によっては殺すしかない。そういうことだろう。仕方ないことではあるのだ。戦場に出て戦う限りは。しかし、少し安堵した。良かった。殺さないで済む。
「心配すんなって。俺の腕を知ってるだろ?やられはしない」
斬雲はいつものように余裕の口調と笑みだ。その目とは裏腹に。
安心は出来ないが、俺はこの言葉に縋るしかなかった。俺は頷き、残りの飯をかき込んだ。
――― ――― ―――
「玲。手紙が届いているぞ。桜木からだ」
夜、部屋に戻る前に斬雲からが渡された。封筒には検閲を示す判子のあと。そして、「桜木」の名前が踊っていた。
「お前も隅に置けないな。ガールフレンドから手紙なんて」
変な事を言う長屋を殴りつつ、俺は部屋の二段ベッドの上段に登り、寝転がって手紙を読み始めた。
――― ――― ―――
玲くん、お元気ですか。颯から話は聞いています。毎日の訓練でもめきめき上達しているようで何よりです。
私は今司令部に戻って通信関連の任に就いています。知ってるかもしれませんけどね。いつも通り、元気にやっています。
それはともかく、次の作戦、参加されるとのことですね。司令部も意地が悪いことをするなと思っています。
辛いならいつでも連絡してくださいね。あなたは一人ではないのですから。あなたの気持ちは完全には分からないけれど、私達はあなたに寄り添いますから。
短い手紙ですが、あなたの心の支えになりますように。
P.S.
炬燵で蜜柑を食べながら書いたので、手紙にシミが付いてしまったことを許してくださいね。
――― ――― ―――
几帳面なボールペンの字が紙の上で踊っていた。彼女らしいといえば彼女らしいのだろう。
しかし、本当に短い手紙だった。機密事項の関係からあまり書けなかったのかもしれない。
そんなことを思いつつ、手紙を読んでいると、手紙の全体が少し汚れている気がした。蜜柑の汁の様な。
…まさか。いや軍の手紙がそれでいいのか。いやいや。
そんな間抜けな事を考えつつ。長屋からライターを借りて、手紙を炙る。するとボールペンの字が消え、文字が浮かび上がった。
――― ――― ―――
わかっているかもしれませんが、司令部ではあなたの存在が不安視されています。何なら大半の幹部はあなたに死んでほしいと思っているでしょう。だから、危険な行動は取らないように。作戦でも基地でも。特に次の作戦は。あなたが無事でいることを祈ります。
――― ――― ―――
検閲は十分にされなかったのだろうとか。
適当に考えながら読んでみたが、中身は予想と変わらなかった。
そりゃ元テロリストなんて軍は不安だわな。
「…ま、奴が…斬雲がいるなら大丈夫だろう」
俺は気の滅入りを感じながら、取り敢えず寝ることにした。不本意ながら奴への信頼を感じたから。
――― ――― ―――
闇の中でも、それははっきり見えた。敵の防衛ラインを何重も何重も潜った、その先。
偵察目標である、ガ島。
「あれは…何?」
思わず時雨は口に出していた。
島の土台全てが深海棲艦の死骸で出来ていた。
島の東側には巨大な軍港があり、無数の深海棲艦が鎮座している。
しかし、時雨が驚いたのはそこではない。
純白の髪と肢体。他の深海棲艦とは違った、巨大な滑走路と砲を体の両側に備えている。滑走路の上には何百という艦載機が駐機。時々、その肢体を動かすせいで、月の光に照らされたシルエットは異形のバケモノに見えた。
その深海棲艦が出す光のせいか、島の周辺は赭色に染まっている。これほどの風景は地獄に行ったら拝めるのだろうか、そう思ってしまう様な禍々しさだった。
「夜間偵察機、発艦用意!行くよ!」
川内が偵察機を発進させる。雪風と時雨は慌てて警戒態勢を取る。搭乗員妖精に指示を出している川内は無防備だ。三人でその隙を埋めなければならない。
「取り敢えず、撤退の準備はしておきましょう。恐らく、すぐに攻撃が来ますから」
高雄は周辺の索敵と脱出ルートの再検討をしている。これまでの戦闘で雪風と川内は小破してしまっている以上、戦闘は避けたいところではある。
「偵察機より入電、敵艦総数115!
駆逐級60、軽巡級30、重巡級15、空母級5、 戦艦級5、ただし空母級は一隻が姫型!」
大戦力も大戦力である。特に、姫型の空母は驚異も驚異であった。おそらくは装甲空母姫。大規模基地である横須賀鎮守府の部隊が遭遇したと言う記録があるのみだ。ちなみに、その部隊は戦闘によりほぼ全艦が大破ないし中破に追い込まれている。
「飛行場型の深海棲艦の記録完了!撤退用意!」
川内は偵察機を帰還させようとした。が、島の深海棲艦からの探照灯が航空機に浴びせられる。
飛行場からも次々と邀撃機が上がってきていた
「通信途絶!」
川内はきっぱり偵察機をあきらめる。これ以上とどまっていても意味はないだろうから。
「全艦、島に隠れつつ、撤退!沖に出たら最大船速!」
高雄が指示を出す!
一同は島の陰に隠れながら即座に撤退を開始。島を後にした。
――― ――― ―――
ガ島より20km離れた海域。二隻の潜水艦が航行していた。
「進路上に航行音確認!ワ級6,イ級2!」
告げるのはスクール水着を着た、茶色髪の潜水艦娘、伊401。それに対し、
「さっさと撃破して基地に情報を送るでち」
同じくスクール水着を着た、桃色の髪をした伊58が答える。
2人は作戦前の深海棲艦の動きを探るべく、その海域に潜伏していた。そして今、敵輸送船団を捉えていた。
「雷撃はどうするでち?」
「やるなら取り敢えず後ろから…」
輸送船団を撃破するべく、魚雷発射管に装填。
発射しようとしたとき、爆音が響いた。
「ぐはっ!」
魚雷。伊58の下で爆発したそれは、潜水艦を小破に追い込むには、十分だった。2人は急速反転。この場から離脱を図る。
「まだ行けるよ!けど…」
「了解!浮上から最大船速!一気に吹っ切るよ!」
2人とも機関を大幅に強化している。水上ならば速度は駆逐艦にも引けを取らないはずだった。
(攻撃を受けるまで気が付かなかった…。サイズからしておそらく特殊潜航艇。なら、水中にいても隠れられない…!)
2人の艦娘は逃げのびた後に、司令部に連絡を入れる。一瞬浮上した際に見えた、艦影を。
特殊潜航艇を運用可能な深海棲艦。
レ級。その影がガ島の海に踊った。
今回結構トンデモ展開な気がする