5月3日 19:30分
エンジンに火が灯る。機体のロック解除。兵装のチェック。問題無し。
「コアは現在安定。問題無し。機体も万全だ。白鳥、出ます」
『早く来いよ相棒。俺の機体がウズウズしてる。動きたいってな』
純白の機体が目を覚ました。俺は機体のコントロールスティックを握る。座席にもたれ掛かる。エンジンの振動が心地よい。
『今回の作戦からクロウ隊に新しい識別番号の機体が追加されています。確認してください』
管制官は今日も桜木だ。俺は機体の状況をチェックし、白鳥をハンガーから出した。
今回の改装の変化がはっきりと分かる。エンジンだけじゃない。操作系の反応速度も上がっている。火器管制もだ。まさかここまで操作しやすくなるとは。
「了解。クロウ2、発進する」
カタパルトに機体を固定。少しGを感じつつ、機体を加速、上昇させる。
『高度制限解除。行ってらっしゃい』
空中で変形。機体を航空機へと変化させる。フレームの剛性も上がっているらしく、変形速度も速くなっていた。
「こちらクロウ2。演習場に到着。クロウ3との模擬戦に入る」
瞬間、ミサイルアラート。数は4。即座に機体を旋回させ、回避した。変形解除。手にライフルを握らせる。
『今のを避けるか、やっぱエース様は違うねぇ。ま、当たっても意味あるかは分からんけど』
無線通信。長屋の奴は演習中も無駄に能天気である。奴は先日から白鳥と同型の砲撃機が与えられていた。名前は…そうだ、『朱雀』とか言ってたな。武装高機動型ステルスミサイルとプラズマライフル、あとは実弾の127mm砲だったか。
機体を操り、ライフルの光跡を避ける。白鳥は俺の飛びたいように飛んでくれる。
「試してみるか…」
機体の回避機動を中止。海上で防壁を起動。防壁を機体のブレードに纏わせ、奴の射線上にわざと出る。
「いいねー!真っ向勝負といこうじゃないの!」
朱雀も応えるように機体の兵装を構える。全弾発射。白鳥に光が突きささり、爆炎が上がった。
と、その中から純白の機体が飛び出した。装甲には汚れ一つ無い。
「…なるほど。確かに便利かもしれない」
機体の防壁は完全に稼働。白い装甲には傷一つ無い。瞬間、朱雀の懐に入り込み、ブレードを振るった。…もちろん寸前で止めたが。この演習は俺の勝ちだ。演習終了のブザーが鳴り、機体の武器がロックされた。
『やっぱずるいってそれ!弾当たっても防がれちまうじゃねぇか!』
演習とはいえ、やはり撃墜されて良い気はしないのだろう、長屋の声が通信端末からきこえる。
…うるさいな。通信切ってやろうか。
スイッチを切ろうとした瞬間、別の声が聞こえた
『いや、やりようはあるみたいだぞ。こんなふうにな!』
機体のモニターが真っ白に染まり、黒い闇に覆われた。いや、違う。染まったのは俺の視界か。目が痛い。開けることさえ出来ない。
「閃光弾かよ!」
叫び、回避する。目は見えなかったが、アラート方向と勘を頼りに辛うじて回避できたようだ。
『やっばりな。物理的に当たっても防がれるだけなら、まだやれる!』
機体装甲表面に異常加熱。融解している。
『光が通るならレーザーも!』
「あいにくながら、それはないですよ!」
閃光弾のせいで一時的に停止してしまった防壁を再起動。レーザーを偏光させ、回避する。
『技術屋の連中曰く防壁は全身に纏えるんだからやりゃいいだろうが。アホか』
意識を黒鳥に置いた瞬間、背後から衝撃。背中から撃たれた。機体がペイント弾で染まる。長屋の朱雀からの砲撃だった。
『やったなクロウ3。今日は奴のおごりでメシ行くぞ』
海上で倒れた機体の傍ら、漆黒の機体が降り立つ。肩には足が1本の鴉。奴の機体、黒鳥だ。
「技術的アドバンテージのある俺が言えたことじゃないですが、2対1はないでしょうよ…」
ぼやいた俺に返ってきたのは、心底楽しそうな2人の笑い声だった。俺もにやりと笑った。
全く、こいつらは。
――― ――― ―――
「じゃあ俺は、コイツにしよう。小倉生クリームパスタ。玲の分も」
「なんでそんなもん頼んでるんですか…絶対まずいでしょ。というか、俺の奢りで変なもん食わんでくださいよ」
「いやいや、こいつは俺の出身地の料理だけど意外と地元では人気だったぞ。…まぁ俺は頼みませんけど」
基地のなかには小規模な街が営まれている。その一角にある喫茶店に俺達は来ていた。
奴_颯が頼んだ得体の知れない料理が目の前に並ぶ。緑色の麺を視界に入れないようにしながら、俺はコーヒーを飲んだ。
「おいおいクロウ2、3どうした。隊長からの命令だぞ。食え。クロウ隊がそれでいいのか」
隊長の職権濫用をしてくる不良中年を睨むが、奴は気にもとめなかった。
「あきらめろ、玲。こうなった隊長はもう手がつけられん。何とかを喰らわば皿までってな」
死んだ目で長屋が麺を啜る。俺は目の前の物体を睨みつけた。
「ほーら食っちまえ!」
口の中に麺がぶち込まれた。俺は悶絶しながらも口を動かす。あ…
「そういや隊長、俺達の異動先が激戦区って噂、どうなんですか」
「いや、別の戦区のはずだ。敵の新兵器が出てきて、手も足も出なかったって奴だろ?まああてにすんな。戦場は変わるもんだ」
そんな話を聞きながら俺はつい空気を読まずに呟いた。
「…意外とウマいな、これ」
テーブルの上に、笑い声が響いた。
――― ――― ―――
時雨は、2人の後をつける。どうにも不穏な空気を感じた以上、追及せずにおくという選択肢は無かった。
2人はどんどん歩いていき、執務室に入っていった。部屋の扉が閉まる。時雨は扉の前で立ち止まり、耳を澄ました。何も聞こえない。
(じゃあ…あそこを使おうか)
艦娘には艦娘なりの情報収集の方法がある。時雨は隣にある秘書艦室に入る。そこには天井に猫が辛うじて通れる大きさの穴があるのだ。簡易艤装を展開。妖精を呼び出し、盗聴器を持たせた。執務室には換気口があるため、そこから音声が捉えられるはずだ。
(見つかったらまずいけど…見つからなければよい話!)
イヤホンを取り出し、耳に差し込む。少しずつ、声が聞こえてきた。この声は…桜木中将か?
『司令部…君…殺したが…気を付けて…』
背筋が凍った。司令部が提督を殺したがっている?混乱する。提督は一応艦娘以外に深海棲艦を撃破した唯一の兵士として、司令部では英雄扱いされているはずだ。国の発表でも、幾度となく名前が出ている。それを、殺す?理由が無い。話し声はまだ続く。
『利用価値は君の機体…コアシステム…深海棲艦…破壊能力に…価値…』
利用価値?コアシステム?まったく分からなかった。が、時雨は話を聞き続けた。呼吸が深くなる。イヤホンのコードを掴む手が、握りしめられた。
『次の作戦…深海…施設…破壊…鹵獲せず…』
深海棲艦の建造施設。それは今回の作戦では鹵獲し、こちらの戦力建造に活用するはずだった。それを破壊…。
時雨の中である推論が浮かぶ。が、時雨はそれを否定した。
(仮に提督の価値が深海棲艦の破壊能力にあるなら、殺す理由が無い。戦力が必要な状況で、深海棲艦建造技術が手に入ったとしても、提督を殺そうとするのは、不自然…)
と、提督の声が聞こえた。
『嫌です!俺は、俺のために艦娘を!殺したくは無い!』
こちらははっきりと聞こえた。
(提督の行動が僕たちを殺す?どういうこと?)
もう訳が分からない。時雨が混乱しているとき、桜木中将の声が響いた。声の色が、冷たくなる。
『…盗聴されているわね…装備妖精がいるわ』
(ヤバい!?)
時雨は艤装を解除。妖精を消し、急いで窓から飛び降りる。艦娘の膂力ならば、3階程度の飛び降りは余裕だ。
イヤホンから、何かが潰される音がしたが、時雨は気にせず走り去った。
――― ――― ―――
時雨は、提督の顔をじっと見つめた。中将が帰ったら後の、執務室。秘書艦として、作戦前の資源管理と業務をしているさなか。内心はバレていないかハラハラしているが、それは腹の底にしまう。
「…どうした?」
提督に尋ねられた。まあ当然だろう。時雨は超至近距離で提督を見つめていたのだ。距離にして15cmである。尋ねられない訳がないのだ。
「いや、別に…提督は今日もカッコイイなって思っただけ」
冗談を3割混ぜた返答をしたが、提督の反応は薄かった。それはそれで何か傷つくのだが…。複雑な顔をして人差し指をつつく時雨を見て、提督は溜息をついた。見透かしたような目をこちらに向ける。
「…この後夕飯行くからついて来い」
いつの間にか執務室に入る夕日は消えつつあった。誘った目的は何となく分かった気がした。
「…いいよ。何処に行こうか」
そっけなく答えるが、内心は心臓バクバクである。別の理由があるとはいえ、殿方からのお誘いをデートと捉えて良いのか、という期待と、提督へ問い詰めたい不安で、彼女の心は宙ぶらりんだった。
その内に文章ブラッシュアップしようかな…