5月10日 19:30
重い発射音が響く。闇夜の海上にはレールガン発射時のオゾンの匂いが充満しているとか言われているが、実際はどうなのか。俺はそんなことを思いながら、もう一発砲弾を放った。
「クロウ1へ。そちらへ敵無人機が向かいました。あとは頼みます」
『クロウ1了解。お前また撃ち漏らしやがったな。クロウ3、援護しろ』
目の前を黒と朱の機体が飛ぶ。新設された戦術長距離飛行隊、クロウ小隊の機体である。白鳥のレールガンを回避した無人機は、次の瞬間には黒鳥に装備されたワイヤーアンカーで絡め取られた。ワイヤーから抜け出そうとした機体の前に赤い機体。長屋の朱雀から放たれたミサイルによって無人機は吹き飛ばされていた。
『クロウ隊各機へ。4時方向から爆撃機が接近中。高度8000。数は4。迎撃してください』
後方に待機するAWACS、スカイラインから無線が入る。女性の声。
『クロウ1了解。こいつらを撃墜したら、今日は一緒に飯はどうだい』
…またうちの隊長は彼女とイチャイチャしてやがる。いつものことながら鬱陶しい。
「クロウ1へ。桜木少佐は濃い味が苦手だから好みが合わないって言ってたのはどなたでしたか」
無線機から押し殺した笑い声が聞こえる。今日も長屋は能天気である。
『隊長はそもそも味音痴でしょうがよ。この前飯を交代制で作った時の過ちは忘れません』
『なんだと子鴉ども。パイロットは味音痴になってからが一人前なんだよ。経験が足らないんだから、隊長の言葉に文句を言うな』
そんなことを言い合いながら、三機編隊を組み、接近した爆撃機にアプローチする。
『よくもまあ、こんなでかい機体が無事に離陸したもので』
なるほど確かに、目の前の機体は相当に大きい。全長60mはあろうか、そもそもどうして飛べているのか分からなくなるほどの巨体だ。
『地上の連中が居眠りでもしてたかなんかだろ。クロウ2、お前が落とせよ。援護はしてやる』
実戦慣れしてきた頃から、こうして撃破を譲ってもらうことが増えてきた。特に大型の機体は全て俺に任せられていた。理由は分からない。経験を積ませようという考えがあるのだろうか。
それはともかく、俺は機体を操作し、爆撃機の後ろにつけた。速度を調整。ミサイルのマルチロックオン。敵爆撃機が回避しようとするも、その動きが停止した。上方向より、機銃を撃ちながら黒鳥が突撃してきたからだ。当たりどころが良かったのか、煙一筋しか上がらなかったが、それで十分だ。俺は機体後部のコンテナからミサイルを射出。敵機を全機撃破した。
『こちらクロウ1。接近した爆撃機を全機撃墜。陸戦隊の援護に向かう。クロウ隊各機、続…『こちら上陸部隊三波!突然、魚みたいな敵に味方がやられた!援護要請!座標を送る…は…来…!』
急に通信が入り、切れた。あまりに切迫した声。思わず操縦桿を強く握りしめる。
『テロリストどもの新兵器か?クロウ1より、AWACSスカイラインへ。通信のあった場所へ急行する。全隊、続け!』
人形可変戦闘機の利点たる高速性。今それがあって良かったと思う。黒と朱の機体が前を行く。俺は追いつくべく、機体出力を上げた。
――― ――― ―――
それは、バケモノ、と言うべきであり、言うべきではなかった。艶消しの黒の色に目立つ、緑色のセンサーらしき部分。まるで目のようだ。全長は10mほどであろうか。その表面には、鉄の錆びたような質感が見える。とにかく、目を光らせた魚のような何かが、海上で艦船を喰らっていた。
艦船に側面から飛びかかり、口のような部分を開け、噛みつく。あまりにも生物的で、生々しいその姿。金属生命体とでも言うべきだろう、とどこかで思った。
『なんだ…ありゃ…奴らあんな物を…?』
『クロウ3、ボンヤリしてんじゃない!狙われてるぞ!』
バケモノから対空砲らしき砲火が飛ぶ。着弾した瞬間、奴の朱雀の脚部が弾け飛んでいた。
『こちらクロウ3。作戦続行は不可能。撤退する。援護は不要!』
援護する以前に、こちらも回避するのが精一杯だ。そんなことできるはずがない。
『クロウ2、敵を引きつけろ!俺がやる!生き残っている兵士は、クロウ3…赤の機体に続け!』
また無茶振りを。こんな奴相手にするのが無謀だというのに。
「クロウ2、了解。帰ったら休ませて貰いますからね!」
ともかく、避けなければ。長屋の様子から見るに一度当たったら、機体は持たないだろう。退避してクロウ1を孤立させる訳にはいかない。
『もう少しだ…耐えろよクロウ2!』
どうやら黒鳥はレーザーを最大出力で撃とうとしているらしい。敵の装甲がどれくらいのものか。だがおそらく無事では済むまい。隊長、颯なら…やってくれる。
『外すかよ!』
…そう、思っていた。
「直撃しても無傷かよ!」
そう、奴は今も悠々と海上を泳ぎ、泳いでいる兵士を口の中に入れている。地獄のような光景は、まだ続いていた。
『こちらスカイライン!敵の周囲に特定周波数の特殊波を確認!白鳥のフィールドと同質のものです!クロウ2以外の攻撃は通らないと考えてください!』
どうやら件のコアシステムをもう実戦投入させていたらしい。厄介なことをしてくれる。取り敢えずレールガンへの充電を開始。一発撃てればいいと考え、全出力を砲身に送る。が、敵の動きが急に速くなった。機体のロックオンが追いつかない。
「クソッ!狙いが定まらない!」
『クロウ1よりクロウ2!10秒待て!動きを止めてやる!』
黒鳥がミサイルを全弾発射。時限信管により空中で爆発した瞬間、変形し急上昇。敵の真上からワイヤーを射出。巻き付いたワイヤーが動きを止める。
「当…た…れ!」
顔を歪めながらトリガーを引く。音が、一瞬途切れる。オゾンの香りと雷鳴が鳴り響いた瞬間、敵は貫かれ、躰を二つに分けた。
「よし…やった…」
黒煙が上がったのを確認し、背もたれに身を預けた。息が荒い。気づけば、顔は汗でびっしょりだった。帰ったらシャワー浴びよう。そんな場違いなことを考えていると、通信が入る。
『クロウ2、お手柄だ。だが今はこいつを回収するぞ。次にヤツらが来た時の対抗策につながるかもしれんからな』
『こちらAWACSスカイライン。目標の消失を確認。この戦闘の間に陸上部隊が敵本部を確保しました。RTB。クロウ隊、帰投してください』
疲れた。ともかく今日は熱いシャワーを浴びたら寝る。そう決めた。
――― ――― ―――
(提督とご飯…デート…ふふっ)
秋になりつつあるとはいえ、まだ夕方は暑い。2人は制服のまま、居酒屋へと向かった。鳳翔と書かれた暖簾をくぐり、中へと入る。
「鳳翔、突然で済まないが、あそこの部屋、使わせてもらうぞ。…ああ、そうだ」
どうやら提督は何かあるようで、この店の女将にして、今は予備役に入った軽空母、鳳翔に耳打ちする。2人の距離の近さに少しドギマギしつつも、時雨は提督に続いて、店の奥に入っていった。
部屋の様子は、あまり店の他の個室と変わらなかった。が、壁は完全防音。おそらく防音材の下には鉄板が敷かれている。扉も指紋と虹彩認証が必要な防弾式のものだった。
(ここまで厳重だと…あのことを聞かれるんだろうね…)
時雨は少し期待と緊張を感じながら、部屋に入っていった。扉の鍵が閉まる。時雨は座布団に座り、提督の目をじっと見つめた。
「…聞きたい事がある…いや、多分分かってるだろう?」
時雨は静かに頷く。どのみち、これは報告しなければならない事だ。
「桜木中将に盗聴器を仕掛けることは無理だったよ。取り敢えず乗ってきた機体には仕掛けておいたけど回収は無理だし、あまり重要な事は言わないだろうし…。お金の動きも変なところは無いね。シロと見ていいと思う。動機も無いし」
「そうか…念のためもう少し先まで様子をみるぞ。司令部が深海棲艦と内通している可能性がある以上、警戒はしておけ。他に怪しい動きのある人間は?」
「あとは…総司令の東宮大将くらいかな。だけどこっちは全く情報を手に入れられないね。一番怪しい…というか提督や艦娘を嫌ってる」
「了解した。今後はそっちの派閥を中心に調べよう。……他には?」
「特にはないかな。」
報告を終え、一息つく。そんなに警戒する必要はないと思うのだが……。司令部も深海棲艦と協力関係やらを結ぶことは不可能と分かっているはずだろう。
そういえば。
「提督、桜木中将と何を話していたの?」
先ほどの話。深海棲艦建造施設の破壊。そして提督の追放か殺害か。どこか、胸騒ぎがした。
「……やはりあれはお前か。……気にするな。別に軍は俺を滅多なことで手放さないだろう」
唇を少し舌で舐めた後、提督は言う。だけど声はそれにしてはどこか空虚に聞こえた。
「でも…あのとき…」
いや、もう我慢できない。瞬間、時雨は身を乗り出す。提督の顔を至近距離で見つめた。
「話して。お願いだから。僕に…」
目が潤み、顔が火照るのを感じる。でも目はそらさない。
(提督は何かを隠している。なんとなくそう思う。だから…せめて僕には…話してほしい…)
と、あまりにも前のめりになったからか、時雨は次の瞬間、バランスを崩した。いくら海上を奔る艦娘とは言え、艤装を完全解除し、油断しているときはこういうこともある。
床に顔から激突するかと覚悟した時雨を、暖かく、少し硬い感触が包んだ。
(……っ!提督!)
提督の胸板に鼻が触れる。鼓動の音が聞こえる。良い匂いがして、でもどこか汗の匂いとがあって。
提督は、次の瞬間、時雨から離れようとしたらしい。が、時雨の至近距離からの顔を見て固まる。彼の中性的な美しくも凛々しい顔も、真っ赤に染まっていた。
「時雨……」
提督は、時雨の顔に手を伸ばした。いや、伸ばそうとした。
…次の瞬間、部屋の通信機がなる。どうやら注文しておいた料理ができたらしい。瞬間、2人は光もかくやと云う速度で離れる。互いの心臓は高く鳴り響いていた。
「……すまん」
「……僕も、ごめん」
気まずい雰囲気が流れる。が、次の瞬間、業を煮やした鳳翔が室内に強行突入してきたため、この雰囲気は一旦お開きとなった。
…注文した手羽先は妙に甘かった。
――― ――― ―――
夕食を食べ終わり、時雨は自室に戻った。歯を磨き、シャワーを浴び、布団に入る。
「…………………」
枕に顔を埋め、ジタバタと足を動かす。同室の夕立に枕で叩かれるまで、それは続いた。
――― ――― ―――
提督、斬雲玲は愛機のコクピットに座っていた。先ほどのことを思い返し、顔を手で覆う。が、瞬間、彼は頭を振り、呟いた。
「…俺は、どうすればいいんだ。教えてくれ…」
彼が言った言葉を、機体だけが聞いていた。