5月17日 19:00
小笠原基地。新型機体の技術検証や各種試験をその任務の重きに据えたこの場所では、いつも開発者やテストパイロット達が行き交っている。
新型機の黒鳥をはじめとした実戦試験隊であるクロウ隊も、ここを母基地としていた。実験部隊とは言え、俺達はほぼ毎日戦場で戦闘を繰り広げて……
「……俺達、パイロットだよな?」
「食料調達もパイロットのお仕事でしょうがよ。次の作戦までの束の間の平和を楽しもうぜ」
「もっとあのクソ不味いレーションを食いたいならいつでもやめていいんだぞ。いくら試験部隊だからって試作レーションパウチを1カ月分も納入しなくても良かったろうにな……。俺のメシよりマズイのは久々だ」
……そんな事は無かった。三人仲良く釣り糸を基地裏の海に垂らしている。頭には麦わら帽子。軍服は既に脱いだ。当たり前だ。
「結局アレ、なんだったんでしょうね。報告した後は口止めされたし、研究部の奴らもだんまりだし。しかもその状況でまた隊の再編でしょう。大規模制圧作戦をするにしても情報が少なすぎます」
「上の連中は焦ってるのさ。本来はすぐに終わるはずだった反乱分子掃討に5年以上掛かってる。国民からの不安やらなんやらも高まってきてるのさ。まあ、次の戦場では主役は俺達だ。あの得体の知れないヤツらを撃破する。簡単な話だろう?」
「隊長も長屋の楽観主義が移りましたか。これは次の作戦ヤバいですよ」
「なんだとこのヤロウ。ちょうどいい。海に叩き込んでやる」
無駄に体力を消耗すると分かっていても殴り合わなければならない時はある。拳を握りしめ、颯の顔に照準を定める。
と、長屋の竿が動いた。
「よっしゃ来ましたよ隊長!クロウ3、戦闘開始!」
長屋の言葉に俺達は一瞬の内に戦闘態勢を解除。タモを手に奴の傍らに駆け寄る。
「あっ逃げられた」
……ちなみに釣果は今のところゼロ。
「「「ああもうまだるっこしい!」」」
三人仲良く傍らのモリを片手に海にダイブ。うるせえ飛行機バカどもには釣りの才能は無いのである!
――― ――― ―――
「もうこんな時間か……」
神浜基地の一角。戦没者慰霊碑。そこに彼は、また立っていた。堕ちつつある太陽を沈める深い蒼の海は底知れぬ冷たさを抱えていた。まるですべてを否定するかのように。
彼は慰霊碑に花を一束置いた後、深く頭を下げた。許しを願うかのように。自らの罪を悔いるように。
「分かっています。次は絶対に死なせない。あの子…あの人を、彼女たちを。今は、ただ……」
その先の言葉は波間に揺れ、消えていった。
――― ――― ―――
「全員、良く聞け!」
夕日が差す基地の港。整列した艦娘たちにマイクを使って声を上げるものがいた。海軍佐世保鎮守府司令部の榊大佐である。近年の海軍にありがちな女性司令官ではあるが、珍しいことに深海棲艦の攻撃が始まった頃からの古参兵である。横須賀の桜木中将と並んで二女傑として兵士たちに恐れられていた。
「我々の背後にいるのは誰だ?司令部か?同僚か?いや違う!力無き国民たちだ!我々は国民のために死ぬのだ!英雄的な死なんぞは要らん!死ぬなら一体でも敵を倒せ!背後の守るべき奴らを守れぬのなら、我々に生きる価値は無い!魂に刻め!いいな!」
「また変わらず覚悟がガンギマリなようで……」
斬雲は文官上がりの揚羽大佐の横に立ち、演説を聞いていた。司令部では唯一、黒と白のパイロットスーツを着ている。髪は後ろでポニーテールのようにまとめていた。脇にはヘルメット。ヘルメットにもパーソナルマークの八咫烏が描かれていた。
「中佐、桜木中将は?」
揚羽大佐が耳打ちする。彼は戦力の中枢となる横須賀の司令がいないことを気にしているようだった。
「もう帰られました。これからは兵士と我々の役目ですからね。忙しい方には仕方ありますまい」
斬雲は目を狭め、上がりつつある太陽を眺める。溜息をついた。
「時が来たな」
「総員、時間合わせ!3,2,1……。作戦開始!」
ちょうど榊大佐の演説が終わった所だった。
――― ――― ―――
「さて、では行くとしようか。戦艦長門、出撃する!錨を上げろ!全隊、続け!」
「赤城さん、行きましょうか。駆逐艦の皆さんも、遅れないように。先発の第1艦隊、旗艦長門を中心に単縦陣」
敵勢力に見られた戦艦姫を相手するべく、連合艦隊第一挺身隊が出撃する。続いて、
「ヘーイ!榛名、提督に良いところ見せなきゃネー!第二艦隊金剛、出撃しマース!」
「はい、行きましょう、お姉様!榛名、参ります!勝利を、提督に!」
金剛型を主軸に置いた第二挺身隊が出撃する。第一挺身隊が敵艦の掃討と姫級の相手を行う内に第二挺身隊が飛行場姫に接近。新型三式弾による艦砲射撃を行う。今回の主軸はこの二つだ。
陽炎型駆逐艦の雪風は艦隊が出撃する様子を双眼鏡で見つめていた。どこか泣き出しそうなその顔に、本人は気づいていないようだった。
「雪風は、また…みんなと一緒に…帰れるのかな?」
ぽつりと零す。双眼鏡を覗いているのに、視界はゆらゆらと揺れ、時には歪んだ。
「雪?ここにいたんだ。艤装点検をしなきゃ。僕たちもすぐに出撃だよ」
時雨が呼びに来たようだ。明るく、でもどこか物憂げな声。雪風は時雨のその声に応え、工廠へと走って行った。
――― ――― ―――
第三格納庫に艦娘が集まるのは珍しい。作戦中は特に。集まった艦娘は全部で7名。駆逐艦として白露型駆逐艦の白露、時雨、夕立、陽炎型の雪風。重雷装艦となった球磨型軽巡洋艦の北上、重巡洋艦の高雄。そして戦艦の大和。大和と北上以外は神浜基地に所属している艦娘の中でも最高練度と撃破数を誇っていた。
「嬢ちゃんたち、忘れモンはないな?艤装は?チェックしたか?確認できるのは最後だぞ!」
いつもの整備班長の声が遠く聞こえる。時雨は艤装とパラシュートパックを確認し、不具合が無いかどうかを再度確認した。
「大和さん、どうですか?しっかり動きま
す?」
女性整備員が大和に話しかけている。彼女は提督が来るたびに真っ先に彼の元に向かうため、時雨はいつも少し警戒していた。
「問題は有りませんよ。今日は有難う御座いました。戦艦大和、推して参ります」
なるほど大和はその名の如くに淑やかに答えた。この部隊の中核は彼女だ。ぜひ存分にその力を発揮してもらいたいところである。
「時雨?大丈夫?おねーちゃんがやったほうがいい所、ある?」
白露が、心配そうにこちらに話しかけてきた。何だかんだで白露も不安なのだろう。姉としても、1人の艦娘としても。紅い目をぱちくりさせて格納庫内に入ってきた蝶を眺めている夕立とは対照的だ。
「大丈夫だよ、白露。前回も僕たちはみんな帰ってきたんだ。今回も、無事に帰ろう!」
時雨は白露の目を見ていった。誓った。
「ええ、そうですね。私たち全員で、ここに、戻りましょう!」
雪風も元気に言う。どうやらさっきの心配は取り敢えず無くなったようだ。時雨は力強く頷く。
「皆で、帰る」
白露の、夕立の、雪風の手が触れる。高雄と大和も加わった。
「じゃあ、行こうか〜」
気怠げに北上が言う。全員、拳を一度握りしめた後、黒鳥後部の人員輸送コンテナに向かった。
――― ――― ―――
「もう全員準備できてるぜ、司令どの。黒鳥も大丈夫だ。エンジン快調、本日は晴天ナリってな。トチって雨を降らすなよ、雨男」
相変わらず整備班長―長屋の冗談はキツイ。その声に斬雲は顔をしかめながら、機体のコクピットに座る。目を閉じ、時雨の事を頭に思い浮かべた。一昨日帰り際に渡した封筒の事を。
『もし通信不良などが原因で、俺が命令を出せない時の指令所を預ける。非常事態の指揮はお前が取れ』
「やるべき事は決まっているはず。ですよね、クロウ1……」
呟き、機内通信装置の電源を入れる。
「こちら斬雲、コンテナ、聞こえるな。事前に話した通り、お前たちの役目はレ級の誘引と、出来れば撃破だ。本隊に奴が打撃を与えるまでに奴を夜戦で引きつける。駆逐艦による牽制と誘引のもと、巡洋艦が火力支援。最後に大和が誘引したポイントで奴を吹き飛ばす。そんな算段だ」
斬雲は続けて言った。
「今回は本隊より早く、かつ夜間に敵陣地中枢に入りこまなければならない。軍で最速の深海棲艦撃破可能な機体がこいつしかない以上、黒鳥の荒っぽさを身で味わってもらうしかない。投下地点到達までは耐えてくれよ」
誘導員に従い、機体をカタパルトに固定。黒鳥の最高速度は音速を軽く超えてなお余りある。時間までには十分たどり着けるだろう。
「俺はそちらがレ級に専念できるよう、周辺の深海棲艦狩りをする。非常時は駆逐艦時雨の指示に従うこと。俺は生きて帰るつもりだから必要は無いがな。以上だ。地獄のバスツアーといこう」
ヘルメットのバイザーを下ろし、少し唇を舐める。自分に嘘をついて、嫌気が差した時の癖。あの人と同じ。
「もう日が堕ちるな…」
機体のコントロールはよし。リミッター解除も可能。カタパルト最大出力。
「黒鳥…出る!」
闇夜が迫りつつある神浜の黒い空に、夜鳴き鳥が羽ばたく。
――― ――― ―――
黒鳥の強烈な加速度にも、艦娘、ましてや戦艦ならば簡単に耐えることができる。戦艦大和はその少しの冷たさと痛みを感じながら、手に隠し持った指令書を握りしめていた。その意味を理解していながら。