真っ暗な格納庫の扉が開き、光が差し込む。一人の男が足音一つさえ立てず、入って来た。白い特一種軍服に中佐の階級章。長く伸ばした真っ黒な髪を赤い簪で留めている。中性的な整った顔により、ともすれば女と見間違う様な妖艶さを持つその男は、格納庫の中にある愛機に呼びかける。闇より黒い、彼の愛機。
彼はどこか耳を澄ませる。そして呟いた。
「ああ、そうだな。分かってる。また会えたんだ。次は守ってみせる…」
その声は、誰にも気づかれることなく、男と共に暗闇に消えていく。
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「全く、乱暴な人だね…。いきなり呼び出すなんて…」
確かに司令官が新任士官に対し顔合わせを行うことは珍しくない。最初の印象で決める訳では無いが、性格や話し方など、文書に表れない部分から扱いを決めるのだ。
それはともかく、格納庫とは言え、異性の部下を提督自身の「私室」に呼び寄せるのはともすれば逢瀬とも捉えられかねない、俗に言う非常識な行為であった。一部の艦娘は格納庫でそのような行為をしていると噂されていることもあり、一応思春期が終わる程の乙女が警戒心を強めるのは、仕方がない事ではあった。
人気の無い道を選びながら彼女は第三格納庫へ向かう。命令もあったが、自分の不安を取り除きたかった。あの機体について知りたいと、思った。
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第三格納庫。艦娘運用に特化した他の鎮守府に比べ、大戦時の旧軍基地を再利用したこの神浜基地は通常兵器のための格納庫が多い。それらのほとんどは艦娘運用のために改造されていたが、ここだけは唯一、カタパルトなど、可変戦闘機用の設備が残されていた。
「駆逐艦時雨、入ります!」
開いていた扉に向かって叫ぶ。が、返事は返って来ず、ただ休憩室の空調の音が彼女を嘲笑うだけだった。
「中にいるのかな…?でも勝手に入るのは命令違反…。まあいいや。司令官が勝手に呼びつけたんだし。どうせこんな事で罰を与える人は居ないだろうし」
彼女は勝手に入ることにした。命令違反にはなる。しかし、憲兵の思惑に反し、小さな違反はまかり通ってしまうのが現場の実情だ。当然ながら、よくあるような事を報告し、手続きを増やす指揮官もいなかった。
「入りますよーっと」
格納庫内部には誰もいないように見えた。中にあるのは照明と整備器具、そして……あの機体だった。20mはあろうか。禍々しさを湛え、戦闘機の形をした機体が巨鯨の如く鎮座している。元は一振りの長剣のような、優美なシルエットだったのであろう機体はバラバラな規格の部品とコードが組み込まれたことで歪な形状になっている。色は艶消しの黒に囁かなあか。まるで深海棲艦のような…。
「キレ…ツキガ…」
と、声が聞こえた。整備中だったのか、機体の開いたままのコクピット。その奥から、深海棲艦の嘆くような声が聞こえた気がした。もし本当に深海棲艦がいるなら、破壊する必要がある。不穏な空気を感じ、時雨は一瞬で簡易艤装を展開。戦闘態勢へと頭を切り替え、12.7cm連装砲を構える。コクピットのそばに立ち、銃口を向けた先には…何もなかった。ただ計器と操縦桿が微動だにせず起動を待っている。安全を確認し、周囲を見渡したとき、
「マモ…ヤラセハ…」
また声が聞こえた。コクピットの座席の後ろ側。通常ならば脱出装置のあるスペースに、謎のユニットがあった。表面には『st-p09ds』と書いてある、これまた真っ黒な箱。
バチバチッ!
「うわっ!」
触れた途端、ユニットの表面がスパークし、時雨の手が弾かれた。瞬間、視界が急速に暗くなり…。
気づけば、コクピットの前に立ち尽くしていた。あの声はもう聞こえず、あの不穏な感じも無くなっていた。
「今のは、いっ「何をしている」」
背後から急に声を掛けられ、時雨は狼狽する。背後には司令官がいた。足音一つ立てず現れた彼は、彼女を険しい顔で見つめていた。
「俺は格納庫前で待つよう言ったはずだがな…」
「申し訳ありません。呼びかけても返事がなかったので…」
彼は顔を少し和らげ、
「貴官の来る時間の見積もりが甘かった俺にも非がある。が、今度からは無しだ。戦場の兵士を殺す事になるぞ」
と、時雨を嗜める。艤装もそうだが、完全な力を発揮する兵器は一種の芸術品だ。ちょっとした不確定要素が整備不良と、兵士の死を導きかねない。それを咎めるのも、咎められ恥と思うのも自然な事であった。
「はっ!以後、気をつけます!」
今更ながら彼女は敬礼する。時雨は本来真面目な気質である。基本的礼節事項は忘れない。が、今は別の事で頭が埋め尽くされていた。
「それで、出来るならばこの機体について情報をくださるとありがたいのですが…」
はやる気持ちと不安を抑えながら尋ねる。その頭からは先ほどの謎の声は頭から吹き飛んでいた。ただ恋する乙女のように。己の運命を左右しかねない存在をおそれ、興味を感じるのみだった。
「ああ、貴官を呼んだ理由がそれだ。船渠で不安な顔をしていたな。恐らくは深海棲艦に対抗できる通常兵器が開発されたから自分達は用済みかもしれ無いと恐れていたんだろう?」
恐ろしい程当たっていた。それに半分恐怖を抱きながら時雨はゆっくり頷く。
それを見、司令官はどこか全てを機体に忘れてきた様な目をしながら、続けた。
「安心しろ。幸か不幸か深海棲艦に対抗できるのは艦娘と核以外ではこいつだけだ。量産さえできない継ぎ接ぎの機体。試作品中の試作品で型式番号さえ無い。まあ艦娘の艤装とコアシステムは同じだが…そいつはこの機体にしかそいつはかった」
司令官の話し方に熱が籠もる。パイロットであろうとメカニックであろうと自分の手がけた機体について他人に話すときには誇りと信頼を持つのは当たり前だ。
「機動外骨格、黒鳥。180mmレーザーライフルを1門、翼部・腕部ワイヤーアンカーと翼部高周波ブレードで…」
…そしてそうなると、自分の機体語りは止まらないのである。
「…ま、俺にしか使えない、専用の棺桶だ」
歌うように呼び上げる。興味を半分失い、話半分で聞いていた時雨は、一瞬耳を疑う。
俺専用?どうやら目の前の男は本当に前線にでているらしい。理由は分からないが、どちらにしても彼女はこの司令官に興味を持った。
ところで。この男のさっき窘められた時の人を小馬鹿にした用な言い方とかずけずけと人の心情を話すところとか…。
(もしかして、人付き合いが苦手なのかな?かわいいところもあるんだな…)
とか考えていると、司令官から、声を掛けられる。
「ああ、俺の名前について言ってなかったな。俺は斬雲玲。この基地の司令官をしている。まあ呼び方は好きにしてくれ。あと話し方もな。敬語をむやみに使って、伝えたい情報が分からなかったらたまらん」
了解、と答えつつ時雨は良い呼び方を考える。司令官は長いから私的には好みではないのだ。司令に匹敵する海軍の偉い人…。
良い呼び名を思いついた。それと同時に自分の名前も名乗るのが礼儀だと気づき、時雨はほほ笑みながら答える。
「僕は白露型駆逐艦、時雨。これから、よろしくね。提督。」
朝日が扉の外から差し込み、格納庫を明るく照らしていた。
――― ――― ―――
提督と別れ、格納庫から自室へと時雨は荷物を運ぶ。その最中、廊下で思い出した。
「そういえば、あの声は一体…。どこかで、聞いた事があるような…」
その瞬間、彼女は合流した矢矧から話しかけられた。時雨は疑問を一度脳裏の片隅に追いやろうとしたが、どうしてもどこか引っかかった。
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