「総員、集まったか?」
暗いブリーフィングルームには航空要員が集まる。この小笠原基地は研究や試験を主軸任務においている。この数のパイロットを見るのは久しぶりだ。
「諸君らも知っているように、ここ数週間、敵の新兵器によって、我々は敗北を重ねてきた。前線から国土防衛線までは十分距離があるが、このままでは突破されるのも時間の問題だろう」
基地司令の東宮少将が告げる。彼は最前線からの叩き上げということもあり、現場の兵士からは評価は高いらしい。
「そこでだ。我々はこの打開策として、反攻作戦に出ることを決定した!」
目の前のパネルに光がともる。画面には地図と点滅するマーカー、そして無数の矢印が点滅する。どこか蛍の光のように、儚く。
「まさか奴らがこんな短期間で勢力を広げるとはねぇ……。玲、どう思うよ?」
長屋がこちらをじっと見てくる。瞳には懐疑心が透けて見えた。
「上層部はこっちにも敵侵攻の情報を隠していたらしい。俺達が新兵器を初めて撃破した時あっただろ?あの時にはもう他の基地も殆ど潰されていたとさ。やってられるか」
長屋の言葉に口の中で舌を打つ。無性に腹が立つ。平和ボケしていた自分にも、秘匿してばかりの上層部にも。
「……諸君ら本隊は何としても敵を目標ポイントに誘引しろ。そこで奴らを一網打尽にする」
……撃破さえままならないのに何を言っているのか。俺は眉をひそめ、モニターを睨んだ。
「質問があります。一網打尽と仰られましたが、一体敵をどのように撃破するのでありますか?」
やはり他のパイロットからも質問が出る。作戦のブリーフィング時には冗談を言い合うのが俺達の常だが、今の部屋にそんなことを言う者はいなかった。
が、少将はどうでもいいように素っ気なく言った。
「…機密事項だ。作戦が経過すれば、諸君らにも判るだろう。諸君らはただ目標ポイントに敵を誘引すれば良いのだ」
部屋が騒然とした。怒号が響く。立ち上がる者も少なくない。俺も中指を立てた。
仕方ないだろう。作戦を実行するのは、命を捨てに行くのは俺達だ。兵士にとっては自分達の身に危険があるどころか上層部が自分達を捨て駒にする可能性もあるからだ。よくも現場の兵士の前で言えたものだ。殴りつけるべく立ち上がる。規律違反だろうと、構いはしない。
「東宮少将殿!無礼をお許しください!」
……俺が殴りかかる前に颯の鉄拳が少将の頬に突きさっていた。
「玲…。隊長久しぶりにキレてるぞ。動画に撮っておこうぜ…珍しいしさ」
振り上げた自分の拳を見つめる。着弾地点を再確認。
「玲?何やって「隊長殿!失礼ながら上官への暴力はマズイですので拘束させていただ…しまった手が滑った!」」
俺が殴りかかったのをきっかけに、
「おいお前ら何やってやが…おっと勢い余って顔に!」
「軍曹、営巣入りになりますって!やめてくだ…なんてことだ!腕が勝手に!」
可変機乗り、特に敵誘引を命じられた兵士達が殴りかかる。他の兵士達が止めるも、一度生まれた波は止められない。おいこの軍規律大丈夫か。
もちろんみんな仲良く営倉にブチ込まれた。
…動画撮るだけで参加しなかった長屋を覗いて。
許さん!
――― ――― ―――
営巣は狭い。とは言えコクピットの中でひたすら座っているよりはマシだ。
暴力沙汰を起こした俺達は作戦前まで営倉には入ることになった。颯曰く、人材不足の折には簡単にパイロットを軍事裁判に飛ばさずに前線で戦わせる方針になっているらしい。営倉入りも、テイの良い休暇と認識されている。
「おい玲、聞いてるか」
簡易的なベッドに身を横たえたところで、隣の部屋にブチ込まれた颯から声が聞こえた。妙に神妙というか、どこか低い声だった。
「お前ら、今回の作戦は辞退しろ。ケガでも機体不調でも構わん。とにかく参加するな」
…どういうことだ?急な話に眉をひそめる。作戦のブリーフィングにまで連れてきておいて、今更何を言うのか。
「今回の作戦について、参謀本部にいる奴から情報が入った。上層部の奴ら、目標ポイントに敵を集めた上で、戦略級の核を使うらしい。まさかとは思ったが…」
少将の反応が全てを物語っていた、という訳だ。颯がキレたのも納得できる。戦略級ともなれば、誘引した兵士達は当然…。
「兵士達を使い捨てるつもりですか?しかし人不足の折にそんな事を…」
「無為に失うのは許容できない。しかし戦果を大量に上げられるなら…ってところだろう。最悪の場合俺達の全滅をプロパガンダに使いかねん」
多くの兵士達に死を強いておきながらそれさえ利用する…。結局どこもやることは同じという訳だ。反吐が出る。
「という訳だ。俺は最悪の場合死んでも構わん。だが若いガキを殺す訳にはいかん。俺の方でなんとか手続きはしておくから…」
「嫌です!」
叫んだ。薄い営巣の壁を叩く。声は隣の部屋の奥まで響く。
「アンタはよくても、他の人はどうなるんです!桜木さんは!長屋は!俺は!」
壁をひたすらに叩く。痛みが走ったが構わない。叩き割ってでもあの顔に拳をぶち込んでやる。
「アンタを慕っている人間が沢山いる事を知ってんのか!馬鹿野郎!!!」
「桜木にも言っておくさ、どうせ「ふざけんな!」」
声が止まった。赤い血の付いた壁を殴る音だけが響く。
「アンタ、いつも俺が無茶な戦い方すると俺を叱ったよな!命を無駄にするなって!」
反論しようとしたらしいが、無視。言葉をただ叩きつける。
「子どもが!分かったような事を!」
壁に何かが叩きつけられたような音がした。この障害がなければ、間違いなく俺達は殴り合っていただろう。
「アンタはどうなんだよ!ガキは死んじゃいけないから大人は死んで良いってか!全く良い考えしてんな!」
こんなに怒ったのはいつぶりだろうか。気がつけば、看守代わりの憲兵が来ていた。 壁に押さえつけられるのに抵抗しながら、ひたすらに喚いた。
「じゃあ……どうすればいい?お前たちを連れていって心中しろと?他の奴らもろとも?」
向こうも押さえつけられているのだろう。全てを諦めたような声が聞こえる。俺は少し冷静になった頭で答える。
「考えるんです。皆で戻る方法を!」
皆、死にたくない。皆に家族が、恋人がいるのだから。だから、諦めたくない。最後の瞬間まで。
壁の向こうの声が止む。
「そんなの、不可能だ。俺には…」
「俺達なら、出来るかも知れない。あなたは俺達の隊長です。俺達を導くけれど、たまには部下の言うことを聞いてください」
……壁からは何も聞こえなかった。
憲兵が去った後、俺達は床に座る。冷静になった頭で、ただ考えた。
「敵の数が分からない以上、目標ポイント到達前に敵を全滅させるのは現実的ではないです」
考えるのは苦手だ。だが、ひたすらに考える。生きるために。皆で生き延びるために。
「時間が来る前に、核の範囲外から抜け出すか、耐える事ができれば…。ですが、戦略級の核です。そんな簡単に…」
「出来ない事も、ないですよ」
足音が聞こえた。部屋の外を見ると、2人の影がこちらに歩いてくる。あれは…。
「隊長もお前も、バカだからな。核の噂を桜木さんから聞いてから、こうなると思っていましたよ。ねぇ?桜木さん?」
長屋と桜木が歩いてきていた。二人とも、あきれた顔をしている。
「白鳥のコアシステム。アレを使えば核を防げるかもしれません。簡易的なシミュレーションの結果だから、不安なこともありますが…。可能性は、あります!」
彼女が力強く言う。
「上の命令で死ぬなんて、まっぴらです。私達の運命は私達が決めます!」
今の颯の顔が見てみたいものだ。鳩がレールガンでも食らったみたいな感じになっているだろう。
「隊長、大丈夫です。俺達なら、行けます!」
今までで、最も誇らしかった。俺は笑い、挨拶代わりに壁を叩く。小気味の良い音がした。
向こうから、かすかにすすり泣く声が聞こえた。
「……隊長?」
いや、これは笑い声だ。颯は、俺達の隊長は泣くように、吹っ切れた笑い声を上げていた。
「やれるのか…。本当に…ああ、そうだな…!俺達なら、やれる!」
笑い声は、暗雲立ちこめる空に響いた。
――― ――― ―――
『コンテナ、聞こえるか。投下ポイントが近づいた。後15分ってところだ。総員、艤装のチェックと投下用意。急げよ』
黒鳥の輸送コンテナの中は狭い。座席は一応設置されてはいるが、状況も相まって到底くつろげるものではなかった。
「主砲よし、対空砲よし、魚雷よし…」
時雨は再度装備を確認する。今回の目標はレ級。一度戦ったことのある相手だが、いや、だからこそ、油断はできない。心臓の高鳴り。思わず胸に手をやった。
「よし、大丈夫。大丈夫…。皆で、生きて帰るんだ。絶対に!」
全員がどこか緊張した顔だ。大和などは緊張しすぎているからか、もう思い詰めたような顔をしていた。
「皆、顔が硬いですよー!リラックスリラックス!大丈夫ですって!」
雪風の声が響いた。全員がどこか、緊張が溶けたような吐息を漏らした。
「ここにいる皆は、一騎せんとうの熟練艦娘なんですから!それに、ここには時雨ちゃんと雪風がいます!幸運の駆逐艦ですよ!」
雪風はいつも通りだった。時雨は少しほほ笑み、答える。
「そうだね、雪…。僕たちなら、大丈夫」
胸の奥の硬い蓋が取れた気がする。時雨は雪風に心の底で、感謝し、続けた。
「ところで雪、一騎せんとうじゃなくて一騎当千だよ」
「あっ!」
コンテナ内部に笑い声が響いた。
――― ――― ―――
『投下まで、後5分』
提督の声。全員が立ち上がり、扉の前に立つ。
時雨は懐から指令書を取り出した。強く握りしめ、提督の手を思い出す。
(僕は、僕たちは帰るから。安心して…)
『投下まで後30秒。薬物投与!コンテナ、開放開始!』
首筋に、巨大化薬を注射。軽い痛みが走り、感覚が少しずつ切り替わる。目の前の扉が開いた。暗い夜の海が見える。
『総員、死神とワルツの時間だ。投下開始!暁の水平線に、勝利を刻め!』
飛び降りる。艤装展開。真っ暗な闇夜に、戦乙女が姿を現す。
『定刻になったら通信用電波を全艦で発信、姿をわざと晒せ!俺は周辺の深海棲艦掃討に移る!幸運を!』
黒鳥が、闇夜に溶けて消える。その泣き声を聞きつつ、時雨達は配置についた。
――― ――― ―――
黒鳥のモニターに敵予測地点が映る。司令部から送られてきた海図が正確であると判明した以上、斬雲は活用することにした。
「目標捕捉。攻撃に入る」
一瞬で敵ネ級の懐に入り、ブレードを振るう。弾薬庫に誘爆し、吹き飛ぶ前に機体を離脱させる。
「……機体の調子が良いな。怖いくらいだ…」
背部ユニット、st-p09dsを横目で見る。いつもと変わらないように見えるそれは、どこか高揚しているように感じられた。
「作戦開始まで、後2時間か…」
エンジンを吹かす。勢いのまま変形、人形に姿を変え、レーダーピケット艦らしきラ級を切り裂いた。
――― ――― ―――
『大和、配置及び主砲発射用意良し。周辺索敵も、問題有りません』
「了解、では大和さん、支援、お願いしますね。夕立、白露、護衛は任せるよ」
『了かーい!そっちこそ、油断して沈まないでよ!』
有線通信網を回収。作戦開始時刻を待つ。
(今頃、提督は敵を沢山倒してるんだろうな…)
なんとなく思う。
最近、提督の事を考える時間が増えた。どうしてか分からないが、脳裏に浮かんでは消える。提督に初めて出会ってから、こうなったと時雨自身は考えている。
(いや、違うな…。あのユニット、st-09ナントカ…に触れてから?)
時間があれば考え事をしてしまう。時雨の悪い癖だ。その御蔭で、
「時雨、一応アイツら設置完了したよ〜。」
という北上の声に気づくのが遅れた。
――― ――― ―――
作戦時間が近づいた。こちらの準備は万端。レ級一隻なら撃破可能ではあるだろう。時雨は総員に光で作戦開始の信号を送る。
(敵はまず周辺の小型深海棲艦を送ろうとしてくるはず…でもそれは提督が破壊している)
電探を起動。周辺の敵に向けて電波をわざと発信。見つけられるのを待つ。
(相手の逆探と周辺艦の破壊状況から、敵は主力精鋭が来たと判断するはず…。そんな状況なら、来るのは…!)
何回目だろうが、発振し続けた電探に反応がある。数は1。大きさから見て…。
「総員、目標が網にかかった!戦闘配置!作戦通り、行くよ!」
レ級が来た。代わりに大艦隊をよこさなかったことに、時雨は安堵する。
(全員、生きて帰る!)
砲を構え、敵の姿を待った。
――― ――― ―――
「桜木中将、こちら、作戦開始4日前のものです」
戦力が出払っているため今の横須賀鎮守府は、どこか寂しい。しかし桜木は書類を処理していた。内容は全て神浜への補給品について。彼女曰く、前線を救わずして国が救えるか、とのことだった。
と、そこに彼女の信頼する秘書が報告した。内容は司令部から極秘に呼び出された艦娘への命令について。盗聴器がよく見つからなかったものだ、と桜木は呆れ、しかし内容をきく事にした。男の声が響く。彼女には慣れた声だ。
『…という訳でだ。こっちの秘書になるつもりは無いか。…』
下らない内容だった。美人が多い艦娘を秘書にしたがる人間は多いが、まあそれは仕方がないだろう。彼女が秘書を控えさせようとした時、録音の中の人間の声のトーンが変わった。
『……それはともかく、あの命令は実行しろよ?お前が断ることはないだろうがな?』
命令。その言葉に桜木は何かを感じ、先を聞く。そして、立ち上がった。
「玲くん…神浜基地司令と連絡は取れる?」
彼女は身を翻し、神浜基地へ急ぐことにした。
(これほど早く動くなんて…。東宮の野郎…)
秘書が後を追い、誰もいなくなった部屋に録音の声が響いた。
『斬雲…英雄には退場してもらう時間だ』
良ければここまでの話コメント・評価よろしくお願いします