次回投稿予定:5月31日19:30
「機体アクチュエータ調整よーし!」
「馬鹿野郎!電磁波出してるパーツをそこに置くな!」
神浜の整備格納庫はいつもより騒がしい。黒鳥と白鳥の整備が大急ぎで進められていた。
「何日ぶりだ…。本当に作戦直前までブチ込みやがって…」
久しぶりの愛機はピカピカに磨き上げられていた。俺も機体整備に参加するべく、デッキに近寄る。
「よう玲!お勤めご苦労ってところだな!」
頭上からの声。作業服姿の長屋だ。相変わらず能天気な笑顔を油の付いた顔に浮かべている。
「朱雀の整備はどうしたんだよ。自分の機体おろそかにするほどお前もバカじゃないだろう?」
やはり、機体のコクピットの整備を最優先するべきだろう。そう思いながら長屋と歩く。周りの喧騒が心地よい。
「あれ?聞いてなかったか?俺、今回あいつには乗らねえよ」
「あ?」
…まさか。こいつが妙な笑みを浮かべた時は大抵嫌な予感が当たる。目の前に来た機体のコクピットを見る。複座だ。
「俺、今回。白鳥。乗る」
コクピットを指差しながら片言で喋りやがる。…案の定だ。こいつ同じ機体に乗るとうるさいんだよな…。
「今回は俺達は動けないからな。空母の艦上で狙撃と誘引に徹するんだ」
計器の様子を確認しながら長屋が言う。奴の細い指が踊るようにパーツを交換する様子にはいつも舌を巻かされる。不本意ながら。
「そうしないと、シールド展開時に守りきれないだろ?」
こっちに笑いかけてきた。いつもは苛つく能天気な笑顔が、今日は何故か頼もしく感じる。
「……俺の機体に乗るのはいいが、髪を金髪に染めるのはやめろ。目障りだ」
「へいへい。エース様は後ろにも目がついていらっしゃるようで」
ああ、あと、言っておくべき事があったな。
「それと、今回の作戦、感謝する。いろんな意味で」
俺が活路を見出せたのは桜木とコイツのおかげであることは事実だから。言うべきことは。
その時の奴は一体どんな顔をしていたのか。俺はわざと見ていなかった。だけど。
「玲ちゃ〜ん、かーわいーいー!」
心底ムカつく笑い顔をしていたのは容易に想像できた。
……一発やっとくか。
「痛ってぇ!」
格納庫の壁に殴る音はよく響く。
――― ――― ―――
「で?隊長はどこだ?」
整備が終わったら即座に空母への機体の積み込みに入る。ほかの部隊の機体が優先的に搬入されることになっている以上、今俺達はやることが無い。
「さっきまで黒鳥のエンジン見てたけど…。ああ、今は…待機室かな」
奴とは、営倉を出たあとから顔を合わせていない。恥ずかしいのが知らんが無視しよう。作戦開始前に話をしておきたい。
「待機室は…あそこか」
足早に扉へと向かい、扉を開ける。
「隊長、作戦準備かんりょ…」
2人の男女が抱き合っていた。昼間からお熱いことである。まあ接吻の先に行ってないだけマシだ。誰か知らんがこの前ロッカールームでヤりやがった後の臭いはもう酷かったものだ。
…それはともかく。後退し、俺はそっと扉を閉めた。
さて…。
息を吸い込む。口の両側に手を当てた。メガホンの構え。
「みんなー!桜木少佐と斬雲隊長が「待て待て待て待て!!」」
部屋から出てきた2人に取り押さえられた。そっちが悪いだろ!
――― ――― ―――
「目標が網にかかった!」
時雨は即座に仕掛けておいた信号弾を発射。海上に浮かんだ筒から花火が上がり、光とレーダー欺瞞のアルミ箔を放出。作戦開始を全員に伝える。
光はもちろんレ級にも確認された。発射地点が即座に特定され、奴の主砲が発射される。が、時雨たちには当たらない。
(電探は無効!奴の主砲は今は使えない!問題は…)
パッシブにしていた水中聴音機に感あり。特殊潜航艇からのソナー音である。刹那、くぐもった音が、時雨の聴音機に響いた。
(魚雷!数は…8!)
魚雷の進路を確認。回避行動に入る。速度に気をつければ、夜戦での魚雷回避は容易だ。
ガシャーン!
と、少し油断した時雨の前方。雷の様な音と共に水柱が上がる。とっさに引きつった顔に生臭い水がかかった。
(提督の読み通り!潜航艇を補捉に使ってきた!)
前回の偵察任務の最中、伊58と伊401が遭遇した兵装。母艦から放たれ、予想外の方向から攻撃を仕掛けてくるこの厄介兵装の恐怖は、魚雷攻撃のみでは無い。
『電探が使えない状況において自らがソナーを発し、敵位置を捕捉。情報を共有する母艦を危険にさらさず、敵位置を明らかにする。贅沢な戦法だが、効果は高い』
提督の言葉を思い出す。信頼か、呆れか。時雨は苦笑し、転舵。急速な方向転換で目標を見失った魚雷は、見当違いな方向に消える。
(そろそろ…。まだか…)
ゴボォン…
何度敵の砲弾を回避したか。不意に、海中から鈍い音がした。再びアルミ箔入りの信号弾が上がる。海中のソナー音も消えた。
「よし!あとは!」
レ級から長距離戦能力を奪い、夜戦に持ち込む。それが今回、時雨らが取っている戦法だ。練度があれば確実、しかし唯一の方法。
一歩間違えば即座に沈む緊張の中で、一人の戦乙女は静かに笑った。
――― ――― ―――
「おっ。やったかな…?」
「こちらも確認。邪魔は排除いたしましたわ」
重雷装艦の北上と重巡洋艦、高雄。2隻の巡洋艦娘は聴音機を耳に当て、くぐもった音を聞いていた。互いの顔さえ分からない闇夜でも、音ははっきり聞こえる。
「しっかし、神浜の提督もすごいねぇ…。いや、どっちかというと、うちの桜木ちゃんかな…?」
「どちらであろうと、関係は有りません。問題となる潜航艇のソナー音から位置を特定。水中の着弾の音で航跡音を誤魔化しながら酸素魚雷の至近発射。よく練られた戦法です」
2人は話を終え、振り返る。背後の艦娘に呼びかけ、予定地点へ移動した。
「んじゃ、あとはよろしくー」
「奴らに、バカめと言って差し上げなさい」
2隻が去った後、重い音を立て、一人の戦艦娘が現れた。ポニーテールに纏めた、長い髪。桜をあしらえた髪飾り。彼女の誇りを形にした、巨大な艤装。
「ええ、分かっています」
現在の日本海軍の保有する艦娘のなかで、最新鋭かつ最強の戦艦。その主砲が指のように動き、発射態勢に入る。
「探照灯、点灯!」
髪飾りから一閃の光芒。その光は過たず、ニヤリと笑う深海棲艦を捉えた。
「戦艦大和、推して参ります!」
空を劈く爆発音。雷が、晴れた夜空に輝いた。
――― ――― ―――
眩い一筋の光。闇夜に燦然と輝く探照灯の光がレ級の位置を示す。爆発のような音。45口径46cm三連装砲の発射音。
(始まった…)
「雪、行くよ!」
次の瞬間、時雨たちもレ級に向け、飛び出す。本格的な夜戦の始まりだ。川内あたりがいたら、さぞかし羨ましがっただろう。
(奴は気づいていない)
レ級は大和の砲撃に反応。探照灯の光めがけ、主砲の仰角を調整している。
(電探は潰した)
レ級前方右舷から接近。三連装魚雷の発射用意。問題無し。
(特殊潜航艇も無い。奴の目は探照灯だけ!)
時雨からは雪風の姿は見えない。が、彼女も同様にレ級左舷前方より接近している。
(至近距離でブチ込んで、砲塔を潰す!)
レ級もさすがに気づいたのか、至近距離で魚雷を発射。並の駆逐艦には、回避できないだろう数がの魚雷が、2人に迫る。
(神通さんの訓練に比べたら!)
が、2隻の駆逐艦は跳躍。海中の無数の魚雷を被弾直前で回避した。
「「喰らえ!」」
爆発音。2人が離脱した瞬間、轟音。レ級の周辺に大きな水柱が立った。
「時雨!敵砲塔の爆発を確認しました!あとは作戦通り!」
「了解!二発目は夾叉!修整座標転送!着弾修整、東2.5!」
現在のレ級の座標と着弾修整を転送。前作戦で黒鳥に搭載されたレーザー通信装置が、時雨には装備されている。レ級の直近で時雨が砲撃を観測。その情報を元に大和が新たな砲撃を行う。艦娘を用いた弾着観測射撃。手を変え品を変える神浜の流儀が生み出した、特殊な戦法。
(着弾まであと、3.2.1…今!)
座標を修正した砲弾は見事にレ級に着弾。奴の艤装の一部が、また吹き飛ぶ。
(勝てる!このままいけば!)
時雨は拳を握りしめた。今レ級は完全に翻弄されている。砲塔は潰され、魚雷は撃っても避けられる。じゃまなこちらを潰そうにも、回避行動を止めた瞬間、大和の主砲に吹き飛ばされるだろう。勝利は決まったようなものだ。
(勝つ!勝って皆で生きて帰る!)
通信を開く。大和に次弾の指示をするため、座標を計算。次で決める。
「大和!次弾座標は…」
『ドォン!………』
ドーン…
通信機の音から一拍遅れ、爆発音が海上に響く。刹那、通信が切れた。
「大和!?大和!?」
ドドォン!
レ級が動く。残された砲塔がこちらに向いた。時雨が回避行動に移った1秒後、さっきまで彼女がいた所を砲弾が通過した。衝撃波で耳が痛む。
(まさか、大和がやられた!?白露と夕立は何を…!でも、大和が…)
混乱する頭をよそに、時雨は回避を続ける。夜間の海上に、朱の花が光った。
――― ――― ―――
「うぅ…」
大和は目を覚ました。一瞬の衝撃、爆発の音。無意識にダメージコントロールをしながら、随伴艦を探す。
(艤装は小破…。どうして…?随伴艦は?)
「!!」
白露、夕立、2人の駆逐艦が夜の海に浮かんでいた。大破した状態で。損傷具合から見るに、なんとか大和を庇おうとしたのだろう。2人とも意識が無い。
(こんな砲撃ができるのは…敵でいうとレ級くらい…でも、後方からの砲撃…)
再び砲撃音。着弾。強い衝撃に晒され、彼女の意識は、再び闇の底に沈んでいった。
(あれは…)
――― ――― ―――
大和達がいた場所に、高雄が観測機を飛ばした。が、一瞬で撃墜される。夜間飛行では、敵艦の対空砲に対応しきれない。
『艦種特定しました!あれは…まさか!敵、戦艦レ級elite!頬に傷あり!』
夜間飛行のリスクを犯して手に入れた情報。それは彼女達を絶望させた。一人を除いて。
「奴だ…!やっと…やっと…!」
甲高い悲鳴を上げながら飛ぶ黒鳥。そのコクピットの中。斬雲は凄惨な笑みを浮かべていた。背後のユニットが赤く染まっていることにも気付かない。
スロットルが限界まで押し込まれる。機体の奏でる夜鳴鶯の歌は、限界まで高まっていた。