『こちらピジョン2!目標ポイントまで残り5000!クロウ2、狙撃要請!』
『ホーク1からも同じく!狙撃目標送信!』
無線は誘引部隊の叫びで溢れかえっている。深海棲艦の誘いだし。辛うじて作戦通りに進んでいる今の状況は数多の兵士の死体の山の上に立っている。何となくそれを忘れないでいようと思った。
『いぶきcicより白鳥、クロウ2。支援要請が入りました。座標を送信。射撃を始めてください。』
「クロウ2、了解。機体固定。ジェネレーター冷却完了。再接続」
俺達は空母甲板上でレールガンを構え、狙撃態勢に入った。長い槍の様な砲身が戦場を舐め回す様に動く。俺は狙撃用のゴーグルを下げた。照準レティクル表示。友軍機を確認。目標は…あいつか。旧式可変戦闘機『火竜』を2隻の深海棲艦が追い回している。魚の様な、それでいてどこか歪んだ姿。口から砲火を放つ醜悪な敵。
「充電率70%。射程、威力問題無し。各艦の照準補佐良し。…発射っ!」
一瞬の閃光。敵は体を横二つに分け、海に没した。息つく暇もなく次の目標を確認。発射。
「6隻目撃破。レールガン、増加ジェネレーター共に良好。敵誘引率40%。次の照準は俺に寄越せよ。射撃は俺のが得意だ」
背後の長屋に照準を任せ、機体の状態確認。敵味方入り組んだ戦場。敵だけを狙撃する集中力は長くは続かない。疲労回復の錠剤をのみ、機体のディスプレイを確認。損傷個所なし。残り時間は…。
「桜木少佐!核到達まで残り45分を切りました!参加艦艇の乗組員の回収率は?」
長距離弾道ミサイルの中性子と爆風、光を防げる規模の防壁は展開できて直径390m。艦隊を覆うにはあまりにも小さい。だから空母以外の艦艇要員を空母に移譲させる。それが俺達の立てたプランだ。
頭を持ち上げ、機体のモニターを見やる。右舷前方を航行するイージス艦『ゆうなぎ』から最後の連絡艇とヘリが出ようとしていた。乗員には涙を流している者もいる。…そりゃそうだ。自分の艦を捨てるのは、嫌に決まってる。俺だって…。
『…回収は現在4分の3が完了。残り所要時間は20分ほど!敵艦隊も70%を誘引中!』
20分。まだ十分ある。このまま行けば…。拳を握り締める。生き残って、今いる皆で帰…。
そう考えた瞬間。眩い光。遅れて着弾音。思わず瞑った目を開いた時には、『ゆうなぎ』の姿は消えていた。
「な…に?が」
「おい、玲、聞いてるか!方位430.距離20000!敵砲撃が来た!」
長屋の言葉に意識を戻す。レーダーを確認。レーダー上に巨大なブリップが出現していた。この位置からイージス艦を撃破可能な砲撃は俺の知る限り一つしかない。俺の機体が今装備している兵装。圧倒的弾速と威力、連射速度を誇る雷の槍。
『いぶきより総員!敵はグアム島北から隠遁式レールガンを用いた支援射撃を行っています!特殊共鳴波は発していないため破壊は可能!近くにいる機体は撃破を!』
「んな無茶な!」
長屋が射撃しながら叫んだ。レールガンのある島周辺には多数の深海棲艦と思しき艦影が有る。それを突破してレールガンを撃破するなどこの白鳥でさえ厳しいのだ。
「長屋、狙えるか?」
「こっちは射程が足りん!携行可能な装備じゃ無理だ!」
だが、そう言う瞬間にもまた砲撃は来る。艦隊の後方にいた無人のミサイル護衛艦『わだつみ』が吹き飛んだ。
「クソッ!白鳥、敵レールガン撃破に向かう。ロックボルト爆破!」
このままやられるよりマシだ。白鳥の艦上ロック解除。機体を立たせ、スラスターを吹かす。
『こちら黒鳥、クロウ1。レールガンはこちらで使用不能にする。レールに傷をつければ、奴はもう撃てない。それくらいならやってやるさ』
漆黒の機体が後方より現れた。飛行機のシルエットが急上昇。高高度から高速で突入するつもりだ。
「クロウ1、無茶です!俺が行きます!」
『馬鹿野郎!お前の役割を忘れんな!俺は問題ない。すぐ戻る。通信終了!』
我に返る。敵はレールガンだけではないのだ。他にも支援が必要な兵士がどれだけいることか。俺は歯を食いしばる。機体のモニターを再び操作。長屋の補佐に努めた。奴への信頼と心配を込めて。
――― ――― ―――
『全員収容完了!死傷者は今のところ10人のみ!』
一部のレールガン砲撃を防壁で相殺しつつも、作業を進める。しかし機体のコアシステムは悲鳴を上げていた。そりゃそうだ。本来載せるべきではない機体に無理やり取り付けているのだ。整備員の言葉と笑みを思い浮かべた。
「こりゃ、この後の核防御はギリギリだな…。黒鳥は!?」
長屋に射撃管制を再び譲渡。射撃を任せつつ、黒鳥の様子を確認した。…まだ表示は残っている。安堵の息を吐きつつレーダーを睨んだ。
と、レーダー上のレールガンを示す表示が消える。ひときわ大きな爆発音が遠くに響いた。
『こちら黒鳥。…敵レールガン撃破!これより艦隊に合流する!』
「よっしゃ!…少佐、核は!?」
喝采の声を上げつつ、ミサイルの状況を尋ねた。虚を突かれた様な声。数秒後、怒っているような声が返ってきた。
『総員!直ちに集結!ミサイル着弾まであと6分!予定より早い!』
「クソッ!長屋、射撃任せる!バイパス接続!支援しつつ、増加ジェネレーター出力を直接コアと防壁に流す!」
20分も早い!なんでこんな急に!焦りつつコンソール操作。レールガン出力を一部絞り、機体に回す。横目で可変機が着艦するのを見、コアをチェック。問題無し。
「クロウ1、そちらから空母まで離脱にかかる時間は!」
『敵に撒かれた!あと5分!』
「何やってんだ颯!いや隊長!急いで!」
体の左側が痛い。早鐘を撃つ感覚を抑え、出力を加えすぎたためか暴れるコアを制御する。
「冷却材注入!防壁範囲固定、出力最大まであと2分!」
『いぶきより白鳥、総員対核処理部への移動完了!欠員なし!あなたたちも早く!』
コクピットの座席から非常用の防護服を取り出す。原子力発電所内部作業用だが、無いより増しだ。バイザーを降ろす。黒鳥は…。
「あと2分!隊長!」
長屋が叫ぶ。俺は歯を食いしばりながら必死にコアをなだめた。防壁展開準備よし。展開まで2分。
『大丈夫だ!今着く!』
「見えた!間に合え!」
『cicより、各被害範囲内に敵艦隊の9割が入りました!』
漆黒の戦闘機が多数の深海棲艦を連れてやってくる。その背後の空には流星の様な一つの光。ミサイルだ。
「あと1分!長屋、援護!」
『黒鳥、着艦態勢!』
黒鳥が脚部エンジンブロックのみを変形。前方に突出し、減速をかける。早く、早く!もっと!
『残り30秒!』
『着艦する!』
「防壁、展開!最大出力!」
黒鳥が甲板上に滑り込むように着艦。黒鳥を庇うように機体を動かす。間に合った…。なんとか…。よし…。
強くスイッチを押しこみ、防壁を起動。空母全体を透明なドーム状の防壁が包んだ。が、俺は次の瞬間目を見開いた。着いてきた敵艦がこちらに砲を向けているのだ。この距離なら十分当たる。今防壁が消耗したら…。
『着弾!』
空で何かが光る。周辺の音が一瞬消えた。咄嗟に目を閉じ、頭を腕で庇う。
閃光と爆風が空母をつつみ込んだ。
――― ――― ―――
レ級の残った砲が光る。雷の様な音。砲撃を時雨は必死に回避していた。避けながら北上に座標を送信。敵の位置を知らせる。
「そこです!」
背後雪風の砲撃が海面に着弾。波が立つ。敵の目を誤魔化した、2人は位置を切り替えた。
「雪風の魚雷は痛いですよ!」
魚雷発射。最新兵器は側面からレ級の機関付近に着弾。が、奴は平然と動き回っている。時雨は思わず自身の艤装を殴りつけた。
と、砲撃音。北上の主砲の50口径14cm単装砲 だ。聞くや否や2人は機関最大出力。レ級の左舷側面から退避した。と、雷跡。数は25本。半分は着弾しなかったが、残り12本は見事に直撃。艤装に大穴を開けた。
「グッ!」
奴が初めて苦悶の表情を見せる。だがそれは一瞬で消え、再び嘲りの笑みに変わった。北上のいる方角を見つめ、魚雷発射。30本の鉄の棒が放たれる。
「北上へ、位置を察知された模様!魚雷30!」
時雨報告し、12.7cm砲を構える。発射。魚雷発射管を5つ撃破する。ついでに魚雷を発射し、急速退避。レ級の砲塔に砲弾が突きささった。
「高雄へ!着弾されど小破!移動!」
再び雪風と同時に突撃。魚雷を振り上げる。敵砲塔破壊。奴の尻尾を本体と生き別れにした。
(そろそろ北上に…大丈夫。アレが作動すれば…)
ともかく援護が来るまでに動きを鈍らせる。そう時雨は決意し、熱い機関に鞭打った。
――― ――― ―――
北上は海上に仁王立ちしていた。顔には自信と余裕の笑み。ソナーで魚雷を確認。回避は無理だと判断した瞬間、この地点に移動。着弾に備える。
「ミスったらヤバいなー。沈むかなー。そんときゃ大井っちがキレるからやーめよ」
呟きながら魚雷装填。時雨からの座標指示を待つ。装填を終え、満足そうに鼻息を出す。
「そろそろかなー。さーん、にー、いー」
ドォン!
魚雷の着弾音。しかしそれらは彼女の遥か前方で爆発した。防雷網。本来は海峡や本土近海に設置される魚雷対策のための鉄製の網だ。設置には時間がかかる上、移動させることは出来ないため艦隊には装備されない代物だが、レ級の誘引戦では話は別だ。
「数えてる途中でしょうがよー。お仕置きだー。魚雷発射!スーパー北上様の魚雷を喰らい給え」
25本の長槍を発射。その航跡を確認もせずに北上は振り返り、背後の高雄を見た。
「支援射撃ご苦労さん。で、大和と駆逐の連中の様子は?」
「先ほど通信が。駆逐艦は大破していたので退避させました。大和は中破状態ですが戦闘は可能であるとのこと。大和の護衛に向かいましょう。そこから時雨たちの支援を」
「了解。じゃあ、向かおうかね」
2人の巡洋艦娘は反転。大和のいる北西方向に向かう。
「……で、神浜の提督は大丈夫なのかねぇ…」
北上はぽつりと呟く。その視線の先にはレ級eliteと黒鳥、その戦闘があった。黒鳥のカメラアイは紅く、強く光っている。彼女はそれに顔をしかめ、舌打ちした。
「…ん?」
何か聞こえた気がした。通信からだ。斬雲の声。どこか無機質な…。
『リミッター解除』
彼女は顔のしわを深め、黒鳥を睨んだ。
――― ――― ―――
「ははっ!いい度胸だ!」
長門は敵戦艦棲姫と撃ち合っていた。敵は機関に不調をきたしてはいるが、火力は健在。夜戦に於いては大きな脅威だ。
互いに一撃離脱を繰り返す。戦闘機のヘッドオン戦闘の様に。再び反転。敵正面から砲を構え、突撃する。
「フッ!」
敵の主砲を一基潰す。が、それは敵も同じだ。長門の誇る41cm二連装砲が一基、艤装の根元から吹き飛んだ。離脱。
「このままでは埒があかないなあ!」
反転。主砲を構える。が、長門は今回は撃ち合いをするつもりは無かった。砲を艦の後方に構え、拳を握る。腰を落とし、体を固定した。困惑したように、戦艦棲姫が砲を構える。射撃。
「あたらんさ!」
長門は後方に主砲弾を発射。その反動で体を空中に浮かせる。その勢いのまま敵正面に移動。体を回し、敵に回し蹴りを仕掛けた。空中の肢体は見事に頭部に直撃。意識を失った瞬間を逃さず、零距離で射撃。主砲から発射された三式弾はショットガンの様に戦艦棲姫の装甲と身体を穴だらけにした。
「とどめだ!」
渾身の力を込め、敵艤装を殴る。脆くなった装甲はいとも容易く崩壊し、拳を受け入れた。
「戦艦棲姫…機能停止。こんなものか。練度が足らんな」
長門は吐き捨て、周辺の警戒に当たっていた護衛部隊を集める。
「先ほど、第二挺身隊から敵重巡艦隊と会敵の報が入った。全隊、直ちに援護に向かう!」
煙を上げながら、艦隊は進んだ。
――― ――― ―――
神浜基地。多くの艦娘と司令が出払っているこの場所の作戦司令室に、1人の高官が訪れていた。
「作戦は順調だな?第二挺身隊はそのまま島に接近。敵との戦闘は第一挺身隊に一任せよ。急げ」
東宮大将。最前線とはいえ、神浜の様な小規模基地に大将が来るのはおそらく初めてのことだろう。彼の指示は確かに的確、冷静であった。敵が叩いてほしくない所を的確に叩く。彼の大将たる理由を垣間見れる。その運用の強引さと犠牲を厭わない指示を除けばだが。
「大将、意見具申。長門達第一挺身隊は損傷艦が多いです。大破艦もいます。ここは作戦通り第二挺身隊と協力し…」
「駄目だ。時間をかけるわけにはいかんのだろう?貴様らか沈んだとしても、奴らは、目標は叩かねばならんのだ!」
大淀からの意見を冷たい目で切り捨てる。確かにその話には一理はある。大淀は何も言えなかった。彼女自身も迷っていた。自分の選択が死を産むかもしれない。そう考えた。怖かった。
「しかし、それでは挟撃され『緊急!神浜基地南東より敵艦隊接近!数は5!空母からの艦載機で護衛中の桜木中将の乗った連絡機が撃墜されました。中将を回収しましたが、意識不明です!支援求む!』
急に通信が入る。艦娘の切羽詰まった声。驚きに目を見開いたのも束の間、彼女はオペレーター座席に座った。大淀はその対処に目の前の通信機に向き直らざるを得ない。
だから。
彼女は見ていなかった。東宮の笑みを。通信を聞いた瞬間浮かべた、ねじ曲がった顔を。