艦これ ―神浜戦場記録―   作:56215

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次回投稿予定:6月21日19:30


崩落ー17

 コクピットに甲高い音が響いた。いや、そのはずだった。何も聞こえない。周りの音の大きさにかき消されてしまっているのだろうか。モニターは赤色ともオレンジともつかない色で塗りつぶされている。バイザーをも貫通する光が目に痛い。

 

 「グッ…」

 

 呻くことしかできない。どっちが上だ。今俺はどうなって…。閉じてしまった瞳を開く。が、俺はどうやら叫び声を上げたようだ。痛み。実際には感じないはずの熱。躰が焼かれているようだ。

 

 「ガッ!ハッ…うわぁぁぁぁ!ハッ!」

 

 叫ぶ。熱を感じた気がする腕を、思わず庇った。苦しい。呼吸ってどうやるんだ……。

 

 「あ…!お……け…!」

 

 ……どれくらいたったのか。誰かの声が聞こえた気がする。が、俺は操縦桿を握り締め、絶叫していた。…多分。もう自身の行動さえ、分からない。もう。怖い。何が起きている。熱い。まるで手足が溶けてしまったようにどこも動かせない。意識が落ちていく。

 

 「玲…!おい!聞…」

 

 怖い。痛い。熱い。

 

「落ち着け!このバカ!」

 

 頭に衝撃。痛み。俺は目を強く閉じる。頭を反射的に腕で押さえ、蹲った。

……?腕が動く?いつの間にか痛みも感じない。殆ど音がしないのは変わりない。もう一発、頭に痛みを感じた。

 

 「落ち着け玲!もう終わった!大丈夫だ!」

 

 …この声は…そうだ。長屋のものだ。俺はコクピットの中を見渡し、ついで自身の身体を触る。感触。…皆ある。…俺は生きている。

 

 「ほら、飲め。……っと、その分じゃ、説明は落ち着いてからのほうがよさそうだな。ゆっくり飲め」

 

 奴から飲料水のボトルが渡される。喉を通る感触は、生臭くて安心した。一気に飲み、むせる痛みも生きているからこそだ。……生き延びた。

 シートにもたれかかる。使い慣れ、染み付いた俺の汗の臭いを嗅いだ。息を整える。汗を拭うタオルの感触が気持ちいい。静かなコクピットの中に、響くのは操作音だけ。

……そうだ!颯は!

 

 「……隊長は!艦の奴らは!」

 

 カメラの操作スイッチを動かすが、モニターはうんともすんとも言わない。通信装置も物言わぬ置物だ。俺は振り返り、長屋に身を乗り出した。

奴はいつもの調子と顔のまま、機体の損傷チェックを続けている。…こいつは何をやっているんだ。目の前が真っ赤に染まり、つい掴みかかる。

 

 『玲!大丈夫か!おい長屋!あいつは大丈夫なのか!おい桜木!何する!』

 『玲くん!大丈夫なの!?返事をしなさい!』

 

 はっきりと2人の大人の声が聞こえた。振り上げた腕が、垂れ下がる。また消えかけた周りの音が、少し明瞭になった気がした。

 

「…落ちついたようで大変結構。まず、隊長も艦の連中も運悪く無事だからその手をしまいな。説明してやっから」

 

 …ああ。長屋はいつも通りだった。趣味の悪い冗談と皮肉で固めた言葉。裏に隠れた、柔らかな思いも。

 

「…わかった。話を頼む」

 

 

 

    ―――  ―――   ―――

 

 

 

 核が起爆する直前に俺達は防壁を展開。ギリギリ艦隊を発生した熱と衝撃波、ついでに放射線から黒鳥といぶきを防護する事が出来た。現在は防壁を展開しつつ、放射能汚染の少ない場所に撤退中。これから指定された核防護施設に移動するらしい。

…白鳥はコアへの負荷が大きく、オーバーホールしないと動かせないらしいが。

 

「お前は2時間ぐらい気絶してた。起きたらパニック起こしたからな。ぶっ叩いて正気に戻したってわけだ」

 

 機体チェックをしながら得意げに長屋が言う。その言に呆れつつ、艦にいる兵士達の喝采で騒がしい有線通信を一つ以外は、全て切った。奴に、伝えたいことがあったから。…どうせ向こうも、心配してるだろうしな。

 

 「白鳥より颯へ。どうです。俺の言ったとおりでしょう。皆でやれば、出来る。一緒に帰れるんです。…確かに全員は助けられなかったけど、全滅なんかにはさせませんでしたよ。」

 

……反応が無い。でも、多分聞いてはいるから。

 胸を張って言える。俺の、俺達の戦いを。掴み取った未来を。

 静かな通信の向こうに、手を伸ばすように言った。

 

「さあ、生きて帰りましょう。俺達の基地に」

 

…通信の向こうから、笑い声の様な音がする。

…いや、違う。泣き声だ。男の流す笑いの様な涙。奴の顔を今見てみたいものだ。俺の今の顔とそっくりだろう。

 熱い水が、顔を伝う。

 

 『そうだな…。俺達の運命は、俺達で決める。俺達は…今生きているんだから』

 

 何か外れた調子の声が静寂のコクピットに響いた。俺は簪を取り出し、手でいじる。空はきっと死の雨と黒雲に染まっているだろうが、雲の切れ目には、蒼い空と太陽が輝いてるに違いない。

 

 「帰ったら、簪は返します。帰ったら心配をかけさせた桜木少佐に3人で殴られましょう。その後東宮を殴って…」

 

 帰ったら何をしよう。取り敢えず飯を4人で食べるか。例のパスタを今度は俺が口に突っ込んでやる。模擬戦も、今度は俺が勝ってやる。他にもまだ、やりたいことが沢山…。

 俺がそんな先に想いを馳せた瞬間。衝撃が機体に走った。機体にアラートが鳴り響く。

 

「防壁貫通!放射線防護には問題はないが…エンジンブロックがやられた!」

 対応しようにも、機体が動かせないためどうしようもない。砲弾は次々に空母付近に着弾する。

 

まるで。

 

未来を望んだ罪への罰のように。

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 「喰らえぇぇぇ!」

 

 至近距離まで急に接近。一撃離脱を繰り返す。残る一基の砲塔を潰せれば、沈む可能性を下げることができるだろう。

 

(朝まで時間を稼げば…)

 

 離脱し、闇夜に紛れる。突入する直前に確認した時刻は0200。あれから1時間はたっているから、夜明けまで2時間と言ったところだろう。

 

 『夜明けまで戦闘が継続した場合は大和だけの火力では心許ない可能性が高い』

 

 提督に渡された指令書を思いだす。そこに書かれた選択肢は2つ。

 

 『損傷激しく戦闘が不可能な場合、夜明け前に撤退。第二挺身隊と合流せよ』

 

 時雨は砲口が彼女に向いたのを見た瞬間、転舵。紙一重の差で砲弾を回避。その隙に雪風が魚雷を叩き込む。

 

 (残り魚雷は1本ずつ…だけど朝まで耐えきれば…奴を!)

 

 再び離脱し、反転。レ級の腕部に狙いを定める。大和が損傷し、弾薬が尽きかけている状況。それでも時雨は撤退するつもりは無かった。 

 

 (朝まで耐えて…奴をここで破壊する!)

 

もう一つの選択肢。

 

 『朝まで耐え、到着した後発の第二援護部隊の火力でレ級を撃破する』

 

 大和が失われた状態で、敵に撃破されないように友軍到着まで耐え抜く。あまりにも薄い勝算だった。少なくとも、駆逐艦娘2人のみで戦艦相手に2時間以上耐えるなど、勝機の沙汰ではない。

が、時雨は戦うことを選んだ。

 

 (どのみち撤退しても、後ろから撃たれて死ぬだけだ…。まだ奴とやりあったほうが…)

 

 12.7cm砲から轟音が鳴る。が、レ級はここに来て急に機動性を上げてきていた。主砲弾を回避。瞬間移動かと思うほどの速度で時雨に肉薄。白い足で蹴りを食らわせてくる。

 

「いつっ…まだまだぁ!」

 

 額に熱を感じた。が、ただやられはしない。主砲弾を零距離射撃。奴の目に砲弾が突きさる。レ級は苦悶の叫びと共に離れ、ジグザグに回避運動を取る。

 

 「ダメージコントロール…。痛い…」

 

 額に手をやりながら、一時離脱。手についたドロリとした生温い液体を制服で拭い、再び砲を手にする。現在奴は捉えられないように高速で移動している。魚雷も砲も当たらないだろう。取り敢えず動きを止めなければ。

 

 「時雨!雪風が突っ込みます!援護を!」

 「雪!何を!」

 

  困惑する時雨をよそに、雪風が最大船速で肉薄。レ級とすれ違う瞬間、アンカーを投げる。

…当たらない。が、それだけで時雨には分かった。彼女が何をしようとしているのかが。

 時雨は雪風が離脱した瞬間にレ級に向かって砲を乱射。動ける場所を制限した後、進行方向に向かってアンカーを投擲した。

 

「チッ!」

 

 外した。舌打ちし、離脱する時雨にレ級の高射砲が突きささる。対空用でも駆逐艦にはダメージが大きい。背中の主砲が、片方吹き飛んだ。通信機にノイズが奔る。それを聞いた時雨は、叫び、反転した。

 

 「雪、一度離脱!体制を立て直して再度攻撃!」

 

 2人の艦娘はわざと一箇所に集合。レ級の射線に立ち、再び突撃する。奴はのこったほうをかまえ、彼女達に向けた。当たれば一撃で轟沈する。恐怖に抗い、目を見開いた彼女達の前で、奴は、今まで見せていなかった歪んだ笑みを浮かべた。

 

 時雨と雪風は回避しない。ひたすら直線に、自身の身体を走らせる。その顔は、恐怖ではなく笑顔だった。

 轟音。レ級の上空に飛来した砲弾から、多数の子弾が放たれる。ショットガンのように。辛うじて避けた2人の艦娘をよそに、放たれた可燃性のゴム弾はレ級の砲を貫通。撃たれようとしていた砲弾は引火し、砲塔は爆発した。続けて、2つ、3つと砲弾が飛来する。海軍が保有する最大の主砲弾。46cm主砲のための、三式通常弾。

 

「かかったぁ!」

 

 レ級が爆発によろけた瞬間、2人は増速。爆発しそうな機関の熱を無視し、猛進する。雪風がアンカー投擲。が、ギリギリでレ級は身をかわし、鎖は引っかかることなく海に消えた。 

 

 「想定してました!」

 

 避けた先に迫りくる魚雷。その数は4。北上が扇型に広がるように発射した魚雷の一グループ。それが雪風の誘導を受け、目標の機関部に当たる。爆発。

 

 「…まだレ級が動いてる!」

 

 奴は片方の機関のみで機動。至近距離で放った時雨の弾を回避した。時雨はそれを見るや、間髪入れずアンカーを投擲。動きが鈍ったレ級の右腕に鎖を引っ掛け、拘束する。次の瞬間には、雪風が再度投擲したアンカーが奴の左腕を捉えていた。

 

 「大和へ!動きは止めた!座標入力!撃って!」

 

 通信を入れる。いくら駆逐艦とは言え、着弾までの数秒間なら、戦艦級の艦体を抑えることは可能だ。なおも動こうとするレ級に、残った魚雷を向ける。発射。この距離で外すものは、神浜にはいない

 

 グワーン!

 

 艤装に魚雷が当たり、爆発炎でレ級の姿が見えなくなる。爆発と大和の主砲弾の直撃は同時だった。

 

 「やった…!」

 

 砲弾は弱った装甲を貫通し、バイタルパートを直撃。弾薬庫に引火したレ級は怨嗟の叫びを上げながら、黒い海に沈んでいく。不気味な笑顔が、時雨の瞳を掠めた

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 

 「お姉様!敵包囲網を突破したようです!島を確認!」 

 「あれですネ…。目標、敵飛行場姫滑走路!総員、三式弾を装填!バーニングラーヴ!」

 

 金剛型を主力とする第二挺身隊は、島に到着する。至近距離で見る妖艶で、でも歪んだ肢体。それを見るや、彼女達は射撃を開始した。白い肌と黒い滑走路は、その上の航空機諸共、子弾と炎の餌食になり、醜くただれてゆく。

 

 「第一斉射、全弾直撃!破壊率は…15%!」

 「比叡、取り敢えず撃ちまくりますヨー!第二斉射、行きマース!空母の連中にやられる前に、おいしいところは頂きマショウ!」

 

 辛うじて飛び立った航空機を周囲の駆逐艦が撃墜していく。飛行場姫は苦悶の叫びと、黒い煙を上げ、ただ砲を受けるしか無かった。

 

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 レ級elite。確認された中で最強の深海棲艦。それは今、黒鳥に振り回されていた。この場から離脱しようにも、目の前の機体がそれをさせない。腕部から放たれたワイヤーは固く、容易に切ることはできない。

 戦場は島の近海から、深海棲艦の建造施設に移っている。と、レ級eliteが避けた瞬間、前方の建造中の駆逐艦諸共、黒い機体が突っ込んで来る。彼女が辛うじて回避した瞬間、黒い機体は建造施設に突っ込んだ。

 黒い頭部がレ級を見た。真っ赤な、血のような、あか。建造施設を破壊しながら、2体は戦い続けた。

 

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 

 「やった…」

 

 

 レ級が沈んでいくのを確認し、時雨は肩に入れていた力を抜いた。危ういと感じた瞬間もあったが、なんとかみんなで帰ることができる。それが嬉しかった。いや、こうしてる場合ではない。まだ提督は戦っているのだ。

 

 「白露と夕立は援護部隊に回収してもらおう。僕たちは提督の援護に…」

 

 指示を出そうとした瞬間、何か嫌な予感がした。何かを感じ、レ級の沈みつつある場所を見る。奴は笑顔を浮かべていた。歪んだ笑みを。全てを連れて行くような、妖艶な笑みを。

 レ級からアンカーが放たれる。それは時雨の腕に絡みついて。レ級の艤装が光っている。赤い光が。時雨は髪が逆立つような恐怖を感じ、離れようとした。でも、動けない。拘束されている。

 

 「やらせはしません!」

 

 雪風が鎖に急接近。横から体当たりを加え、鎖を切断する。勢いあまり、水面に倒れる時雨。

雪風の、笑みが見えた。

 

笑みが、赤い光の中に。

 

飲み込まれて、

 

腕を伸ばした。

 

 爆発音が、海面に響いた。

 

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 

 「破壊率50%を超えました!残りも!気合、入れて!行きます!」

 

 金剛達は砲火を飛行場姫に浴びせ続けていた。叫び声が夜空に響く。

 

 金剛型の末っ子、霧島は砲身冷却をする内に、つい夜空を見あげた。

 

 「あれは…流れ星?この時期に?」

 

 空に火の玉のような一筋の光が瞬いている。この時期にあんな星はないはずだが…。

 その星を眺めた霧島は、次の瞬間には顔を青ざめた。即座に反転し、ノイズを放つ無線に怒鳴る。敵に位置が特定されようと、構いはしない!

 

 「霧島より全艦隊!島から離れて!はやく!」

 

 (あれが私の予想通りなら…)

 

 次の瞬間、霧島最大船速で後退。機関が灼けるのも構わず回し続ける。一瞬怪訝な顔をした金剛達も、霧島の鬼のような顔を見るとすぐに、彼女に従った

 光が島の西側海域に落ちる。

 世界から、音が消えた。

 

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 

 「やりました…。あのレ級を…」

 

 大和は息を吐いた。今回はどうやら皆無事に帰れそうだ。自分の力が皆を助けることが出来た。それが、無性に嬉しかった。空には美しい

 中破した艤装のチェック。なんとか帰投することは出来そうだ。主砲も一基は問題無し。誘導があるなら精密狙撃も可能だろう。

 先に時雨達に合流するべく移動した高雄達に続こうとする彼女の通信機から、ノイズ混じりの声が聞こえた。声の主を知った途端、大和は硬直した。拳を握り締める。指の間からは、血がにじんでいた。

 

 『予定通り…黒…撃破…破壊…。斬雲を…』

 

 彼女は茫然自失の状態で艤装を稼働させる。IFFで目標の位置を確認。狙撃準備よし。主砲がギチギチと動き、狙いをつけた。専用の誘導弾は、過たずに敵を貫くだろう。

 

砲火が空に舞う。轟音と共に。

 

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 

 

 黒鳥の腕部が光のように動く。艤装を切断。上空に気を取られているレ級eliteの砲塔を破壊する。まったく正確な、機械の動き。人型をした、黒い、人ならざるモノ。

 レ級は押され、避けることさえ難しくなっていた。黒鳥の動きには疲れが見られない。

 が、刹那、レ級eliteは顔に歪んだ笑みを浮かべた。もし、それを時雨が見たら自身の幸運に感謝した表情と言っただろう。次の瞬間には、ワイヤーが巻きついた艤装をパージ。戦場から離脱する。

 追撃しようとした黒鳥。その背後。飛来した一発の主砲弾が、機体の頭部を破壊した。

 機体から赤い光が消える。残った腕部を僅かに動かし黒鳥は水飛沫を上げて海岸に倒れた。その黒い巨体は、ピクリとも動かなかった。

 

 コクピットに、動く者はいなかった。

 

 

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