次回投稿予定:6月28日19:30分
「脚部損傷!」
長屋の悲鳴のような声に戦慄する。機体の操縦桿を必死に動かすが反応はなかった。メインエンジンごと吹き飛ばされたようだ。
「動け!早く!動けよ!」
辛うじて動く腕を伸ばす。腕部カメラが動いた。せめて敵の姿を見ようと、必死に操作した。
敵の至近弾で機体が揺れるなか、モニターに黒い影が4つ入った。魚の姿をした、醜いバケモノ。
「…深海棲艦!奴らまだ残っていたのか!」
長屋の叫びが遠く聞こえた。この白鳥でさえ、増加ジェネレーターで辛うじて防いだ核攻撃。一部撃破したとはいえ、奴らは人類最大の破壊兵器までも防いでしまったのだ。背骨が冷たい金属に変わった気がした。口で何かがガタガタと鳴っている。
「…動けよ!皆で帰らなきゃいけないんだから!死ぬわけには行かないんだ!」
叫びも虚しく、機体は動かない。砲撃がまたいぶきに着弾した。甲板が激しく揺れ、目の前が歪む。俺の機体も無傷ではない。コクピットハッチが一部ひしゃげ、破片が頭に当たった。生暖かい液体が目を痛めつける。
モニターからも次第に光が消え、俺は闇に飲まれつつあった。
……ああ。ここまでか。
世界が回って見える中、俺は何処か冷たく思っていた。
生き残る。そう願ったのが悪かったんだ。俺は、俺達はどうせ死ぬんだ。こんな場所で。何も守れずに。
……こうなるなら、あの時、死んでおけば。
暗闇に染まるコクピットの中で、俺は呟いた。操縦桿から手は離れ、だらりと垂れ下がる。背後の声はもう聞こえなかった。気絶しているようだ。生暖かい液体が、背中に回った。何となく気持ち悪くて、目を閉じる。
「…もう、いいか」
機体を衝撃が襲った。意識が消えるのを待つが、警報音は鳴りやまない。
……まだ、意識がある。俺は閉じていた目をゆっくりと開けた。カメラに移る、甲板上。黒い機体が白鳥を押しのけてカタパルトに機体を載せようとしている。
……まさか!
俺は辛うじて生き残っていた通信装置を叩く。無線周波数を黒鳥のそれに。雑音が響く音も構わず、叫ぼうとしたが、満足に声は出せなかった。
「ま…待って!黒鳥が行っても勝ち目はないです!やられ…!」
黒鳥はコアシステムを積んでいない。撃破するどころか、一発当たったら…放射能汚染だって…。
怒鳴る俺とは他所に、無線からは冷静な声が聞こえた。ノイズが消え、世界からその声以外の音が消える。
『こちら黒鳥。俺が奴らを引きつける。その内にいぶきは現戦域より離脱しろ!』
呼吸が止まった。耳を疑う。
…今、何と言った?
いや、聞こえた。でも、何と言ったか分からない。言葉の意味が理解できなかった。
『桜木!発艦許可!…おい!…チッ!』
カタパルトがいつまで経っても動かないのを見るや、黒鳥は機体のカタパルトロックを解除。甲板上で変形し、膝を曲げた。飛び立つつもりだ。
「待って!行かないで!行くな!皆で帰るって!アンタは!……動けよ!白鳥!」
喉から何かが飛び出した。喉が痛い。これは俺の声なのだろうか。機体のハッチを開くことさえ、今の俺にはできなかった。目の前のコンソールを叩く。こじ開けるなんて不可能なのに。
『…心配するな!俺は戻ってくる。必ず…お前らのところにな!』
嘘だ。こんな場所で、攻撃が効かない敵を振り切って戻るなんて…。不可能。その文字が頭の何処かを焼いた。
『…玲!桜木を守るんだろう!?…あとは頼むぜ!』
黒い機体が飛び立つ。敵の砲撃が明らかに黒鳥に向いた。先に黒鳥をやるつもりだ。
「嫌だ!行かないで!!!」
「隊長!颯!兄貴!」
意味はない。効果も無い。でも、止まらなかった。俺の心臓から、脳から全てが、せき止められてきたあらゆる物が飛び出した。
『桜木!俺は………玲…頼…』
何かが通信から聞こえたが、その声さえ聞こえなかった。俺の叫びが、全てを消していた。
モニターに映る黒鳥がどんどん小さくなっていく。俺は手を伸ばした。つかみ取ろうと。あの兄と思った男を助けようと。
「俺が行く!だから!頼むから!」
黒鳥が装備していたレールライフルを捨てる。それは浜に垂直に突きささった。1本の墓標のように。
『通信終わり!行け!玲!』
黒鳥の通信が切れた。機体が黒い魚どもに迎えられていく。死神のような奴らに。いや、地獄の悪鬼のような奴らに。機体の頭が、少しこちらを見た気がした。と、白鳥がまた揺れた。いや、甲板が揺れている。いぶきが転舵、離脱しようとしているのだ。
「嫌だ!俺も行く!連れて行ってくれ!」
叫んでも、届かない。通信機からは、すすり泣く声。桜木はさっきまで俺と同じくらい叫んでいたのに。今はもう何も無い。ただ、泣いている。俺も、泣いていた。
「……置いて行かないで!」
コクピットの中の声は響いて、誰にも聞かれることなく、残り続けた。
ひたすらに戦域を離脱する空母の上で、俺達は、叫び続けた。
俺達が、基地にたどり着くまで。
――― ――― ―――
時雨はただ、呆然と立っていた。彼女の目の前に、さっきまでいた彼女。雪風が、消えた。
レ級は沈む寸前に、コアシステムを暴走。コアが破壊されるエネルギーを瞬間的に放出。時雨を諸共吹き飛ばそうとしたのだ。
しかし、そんな事は彼女にとってはどうでもいいことだった。
(雪風は…?どこ?…どこにもいない。さっきまで目の前に…)
時雨が爆発に巻き込まれる直前、雪風は時雨を庇った。…戦艦すら飲み込む威力から。
「雪風…どこだい?一体どこにいるんだい?出ておいでよ。作戦は…ま…だ…」
足に何かが触れた。彼女は虚ろな目で、それを見る。海面に手を伸ばし何となくそれを持った。
…紐だった。雪風がいつも首に掛けていた双眼鏡の紐。殆ど焼け焦げ、切れた紐の一部。カタカナで何かが書いてあった。時雨はそれを見る。つい目に入れる。
ユ キ カ ゼ
時雨の手が震えた。手が、紐を強く握り締める。紐に雫がこぼれ落ちる。ぽたり、ぽたりと。
それは次第に勢いを増し、海へと垂れて行った。
分かっていた。でも、分かっていたくなかった。
目の前に、2人の艦娘が来た。北上と高雄。2人は顔を固くしている。2人は、時雨の視線に気づく。ほぼ同時に、顔が横に振られた。
紐が強く握りしめられる。腕は、死体のように、力なく垂れ下がる。
瞬間、島の西側の海に、何かが落ちた。数秒後、爆発音とともに、落下の衝撃と、波が迫ってくる。
悲しみの叫びは、波に飲まれて消えた。
――― ――― ―――
「下がって!早く!」
霧島達第二挺身隊が退避し始めた直後、島に光が落下した。一瞬、静寂が周辺を包んだ後、甲高い音とともに、高波が発生。彼女らに迫りつつあった。
「お姉様!」
「分かってマスネ!駆逐艦の皆サーン、急いで私達の後ろに!」
榛名の声に金剛はすぐに反応。隊の駆逐艦娘の前に立ち、腰を低く構えた。艤装に注水し、安定性を高めた耐衝撃姿勢だ。他の姉妹もそれに倣う。
戦艦は波などでは簡単に転覆することは無い。しかし、駆逐艦は別だ。20m級の波では転覆しかねない。
「波、来ます!」
隊の駆逐艦娘を庇った瞬間、熱い水が彼女らを包む。艤装ごと流されそうな波に彼女たちは抗い続けた。
――― ――― ―――
「…あれは…」
大和は1人、海上で涙を流していた。自身への憎しみから。仲間を撃った、罪悪感から。虚ろな目から溢れ出す涙が、彼女の長い髪を濡らすのにも気付かないまま。
そこに、衝撃音が響いた。続いて、波が迫り来る。
彼女はそれを受け入れようとした。全身の力を抜き、ただ波に全てを預けようと。
…しかし、それは出来なかった。1本の通信が入る。
『総員を撤退させる。大和、貴様は島に上陸。目標を確保し、離脱せよ』
彼女は艤装に急速注水。流されようとしていた波に耐える。涙をひたすらに流しながら。
桜の花びらが波に流され、消えていった。
――― ――― ―――
「大丈夫デスカー?」
金剛達は無事だった。戦艦四隻で周囲を固めたのだ。その誇りに掛けて、仲間を守る矜持は保つことができた。
彼女達は無事を確認しあい、互いに笑った。何とか今は生きている。そのことが無償にうれしかった。
「それはともかく、今のは一体…」
「お姉様!あれを!」
周辺警戒に当たろうとしていた比叡が素っ頓狂な声をあげる。それに促されて顔を上げた金剛は、思わず息をするのを忘れた。
島の西側が、蒸発していた。
いや、辛うじてもとの姿はとどめている。しかし、光が落ちた場所を中心に、すり鉢のような地形が出来上がっていた。飛行場どころか、飛行場姫も吹き飛び、消えていた。かつて丸かった島は、今は三日月のように見えた。
「島が…」
それは誰の呟きだったのだろう。呆然と、ただ立ち尽くす彼女達の元に、神浜基地からの通信が入った。ノイズにまみれ、人間の声とは思えなかった。
『こちら神浜作戦本部。全作戦参加要員に告げる。撤退せよ』
辛うじて男と分かる声。その主は、続けて言った。隊の、作戦要員の全てを戦慄させた言葉を。
『作戦要員に告げる。撤退せよ。航行不能な者は破棄。置いて行け。指示に従わぬ艦は、撃破せよ。繰り返す…』
比叡達の目に、怒りの色がみえる。仲間を捨てろという命令。そんな命令に従うなど、まっぴらだ。少なくとも、第二挺身隊の全員がそう思っている。
全員の目がこちらに向く。言いたいことは分かっている。金剛は顔をしかめた後、撤退することにした。それしか選択肢はないのだから。
「総員、撤退用意!」
「しかし、お姉様!」
霧島が反論した。作戦目標である飛行場姫は撃破されたが、まだ第二目標である建造施設は残っているのだ。また、撤退するにしても、仲間を見捨てろという指示に従うのは、あってはならないことだろう。
妹の気持ちを金剛は察する。そして、少しほほ笑み、言った。
「第二挺身隊は機関不調の者はおらず。されど、航路を間違えて島の周りを一周する航路をとってはしまいマシタ」
その意を察し、隊の全員が笑った。その道中で、偶然救助者を拾ってしまったら、命令は成り立たない。捨てたのではないのだから。
「目標は、また攻撃すればいいデース。でも、命はそうじゃありまセンから。という訳で、皆さん、少し大回りしていきまショウ!」
彼女達は島を一周するように移動。光が着弾した場所のデータと、建造施設付近に倒れていた黒鳥を搭乗員ごと回収。無事に神浜基地に帰還する。他の部隊も全員が中破大破で帰投した。
作戦要員のうち、二度と陸に上がらなかったものは、一人しかいなかった。
――― ――― ―――
神浜基地。その司令部では作戦司令代理として、東宮が指揮を執っていた。
「第二挺身隊、帰投しました。欠員は無し」
彼はその報告をつまらなさそうにながす。彼の氷のような瞳は、艦娘達の帰投する姿が見える窓ではなく、机の上の地図に向いている。
その様子におびえながらの大淀の報告は、彼の谷のように深い皺を強くさせるだけだった。
「第二挺身隊は、帰投途中に偶然発見した黒鳥を確保したとのことです。意識を失っていますが、斬雲中佐も無事であると…」
彼は机を強く叩く。その瞳は地獄の炎の窯に見えた。
深く、深く、その炎は燃え続けた。