次回投稿予定:7月19日19:30
整備のために機体を眠らせている格納庫。白い機体の前に、俺は立っていた。
迷いは無い。俺は戦う。これ以上仲間を奪わせやしない。……颯の仇も。
「玲…大丈夫か……いや、何でもない」
長屋が入ってきて何か言いかけたようだが、俺には何と言ったかよくわからなかった。もう一つの別人の声はよく聞こえたが。
『…俺達の敵を殺せ…俺の為に…俺達の為に』
目を閉じ、また開いた。目の前の真っ白な色が光を跳ね返して眩しかった。開いた目を狭める。
手に握る簪が痛い。強い力はそれではなく俺を傷つける。
「…貴方のために、俺は…」
やることは決めた。後はただそれに従うだけ。奴らを一体残らず吹き飛ばすことが俺の生きる意味だ。奴らが全て死ぬ時が、俺の死ぬ時だ。
俺は背後に立っている長屋の方をちらりと見つめる。少し前から、余裕の笑みは消えている。いつも染めていた髪も、今はもとの茶色に戻っていた。
「…頼みがある」
恐れるような、しかし俺を慰めるような瞳。後は俺には分からない、化け物を見るような目。俺の頼みを聞いたその瞼は驚きだろうか、聞いた瞬間にかっ開かれた。
「……機体を塗り替えたい。真っ黒に」
俺は戦う。颯の為に。奴の意思を、願いを継いで。名前も白鳥なんて弱々しい物は要らない。
西洋では、不吉な渡鴉を『黒鳥』と呼ぶ地方がある――そんな話をどこかで聞いた。黒鳥は死の鳥だ、と。いいじゃないか。俺が背負う名前だ。これから、ずっと。
「東宮司令から辞令があるらしい。戻ったら、すぐに作業できるように人員と設備を」
俺は踵を返し、格納庫の外に向かう。窓から光は入ってこない。冷たい夜風と暗い空が、俺を迎えた。
――― ――― ―――
廊下を歩き、司令部施設に入る。作戦終了直後は要員が沢山いた部屋も、今は俺しかいない。俺の足音か、いつの間にか消えたと勘違いするほど小さくなっていた。
足早に歩き、司令室に向かった。扉を叩き、入る。たしょうの礼儀は必要だと感じたが、今はどうでも良い。
東宮司令は両方の頬に未だ絆創膏を残していた。長屋と榊副司令に殴られたときの物だ。
「来たか。貴様には転属辞令が出ている」
紙の束を渡される。どうやら次の転属部隊の人員と場所、装備が書いてあるらしい。
2枚、3枚と読み飛ばすうちに、俺は目を見開いた。装備欄。無機質な印刷された文字で書いてあるそれ。
「量産型コアシステム搭載機体…?」
目の前が歪んだ。片方の拳を握り締める。紙はしわくちゃになっていたが、それにも気付かなかった。
だけど、考えずには、望まずにはいられなかった。
もう少し、コレが早く投入されていたら。
と、俺の呟いた言葉に東宮が答える。
「近日、貴様の機体に装備されているシステムの量産型を装備した部隊の実戦投入が始まる予定だ。貴様はその指揮官…隊長として練成と実戦での現場指揮を行え。この部隊の結果次第で、日本の運命が変わる。しっかりやれ」
東宮の後ろに立っていた榊副司令は何も言わなかった。ただ歯を食いしばりながら俺の方を見るだけだった。
俺は敬礼し、部屋から出た。途端、廊下の壁に拳を打ち込む。音とは裏腹に、痛みは感じなかった。
「クソ!何で…もっと…」
そこまで呟いた後、頭を振る。思考を吹き飛ばした。
今更言ってもどうしようもない。過去は変わらない。失ったものは、もう戻らないんだ。
……そうだ。敵を一体でも多く倒す。それでいい。もう奪わせない。
これはそのための力なんだ。颯の為の力なんだ。
廊下の電灯は電力不足のため、付いていない。暗闇の中を俺は一歩ずつ歩いた。より真っ暗な外に向けて。
――― ――― ―――
時雨は目を覚ました。朝の光が差し込む、部屋の中。等間隔で、僅かに感じる揺れは、そこが船の中だと教えていた。
ベッドの横には彼女の艤装が置かれている。黒鉄の色が、何処か悲しかった。
周りを見渡した。誰もいない。
と、時雨は自分の手が何かを握りしめていることに今更ながら気がつく。
白い特一種軍服。中佐の階級証。
「…これ…提督の…。……!」
朝の出来事が、脳裏にはっきりと蘇る。
時雨は飛び起き、艤装を展開した。体がよろめくのも構わず走り出す。目に涙を浮かべながら。
――― ――― ―――
夜から朝にかわりつつある神浜。そのコンクリートの地面を時雨はひたすらに走った。走る。走る。ただ、前だけをみる。手には遺書と書かれた紙。
何となく引っ掛かってはいた。急に髪を切ったり、大切なものであろう簪を渡してきたり。
でも、見ないふりをしてきた。怖かった。また大切な人を失う恐怖から、目を背けてきた。
「提督…提督…!」
第三格納庫の扉が見えた。彼女は半ば体当りするように中に飛び込む。息を吐き、中をみた瞬間、呼吸が止まった。
黒鳥に大量の兵装が載せられている。ライフル、レールガン、その他にも、時雨が見ても分からないような兵装。……基地から撤退するにしてはあまりにも過剰な。
「…これは…」
ともかく提督の姿を探す。無事に姿を見たい。焦りと心配で視界が回る中、コクピットの中で座っている彼の姿が見えた。
「提督!」
タラップを走り、駆け寄る。抱きつくように近寄り、頬と手首を撫でた。脈拍や体温は正常だ。
と、提督が目を開いた。時雨を目の前に、見開いた目を閉じられないまま、コクピットシートの背もたれから体を起こす。どうやら、眠っていただけのようだ。
と、直後に時雨は握りしめていた紙を見せる。鬼気迫る表情で、彼女は遺書について問いかけた。
「提督!これはどういうこと!こんなもの残して!どうするつもりだったのさ!」
彼は目を逸らした。2、3秒目を泳がせた後、口を開く。彼は一瞬、自身の唇を舐めた。
「……単純に、書類を整理していただけ「嘘だ!」」
提督の言葉を一瞬で否定する。そんなはずはない。時雨は知っている。提督はいつも嘘をつく時に唇を舐める。
整理していただけなら、死ぬ気がないなら、黒鳥に大層な装備を積む必要も無い。
「提督……一体何をするつもりだったの?まさか…」
口から零れ出た。自分の想像に、口から嗚咽が出るのが分かる。目の前が何故か見にくい理由も。
……提督は何も言わなかった。ただ、懐から1枚の紙を出す。
『敵性電磁砲破壊作戦』
真っ白な紙に、その名前が醜く踊る。
時雨は皺の寄った紙をひったくり、食い入るように読んだ。提督がコクピット下から何かを取り出したことにも気が付かない。どれくらい経ったのか、読み終わった時、彼女の瞳は怒りと混乱に染まっていた。
「こんな任務に……一人で行くつもりだったのかい!?無茶だよ!たとえ破壊できても…」
帰ってこれない。
敵中枢に突入し、レールガンを破壊する。破壊するまでの撤退は禁止。たとえ黒鳥と言えど、たとえ提督と言えど、生きて敵勢力圏から離脱することはおろか破壊すら難しい。単騎で行うならなおさらだ。
しかし、提督はいつものような調子で言った。
「レールガンを破壊しないと…俺達は負ける。どれくらいの人間が死ぬか。それさえ分からないんだ。基地に知らされたレールガンの射程だって以前のもの。性能は分かったもんじゃない」
誰かがやらなきゃならないんだ。その言葉を聞いて、時雨は呼吸が一度止まるのを感じた。胸倉を掴む。目の前が真っ赤に染まった、と感じる。視界もぼやけ、提督の顔さえ見えないまま、彼女は叫んだ。
「僕に生きてほしいって、笑って生きてほしいって、言ったじゃないか!こんな…こんな風に提督がいなくなって、笑えるわけないじゃないか!僕はもう失いたくないのに!」
もう、何も失いたくない。だから、全力で止めた。…理性は、皆のためだから仕方ないと納得してしまっている。でもそんな物は吹き飛ばした。どちらが大事という話ではないのだ。
「そもそも、提督が成功するか分からないじゃないか!失敗したら……破壊できなかったら意味は無いのに…」
と、提督が口を開くのが見えた。時雨の願いとは別に、言葉が紡がれる。
「……破壊はする。確実にな」
その言葉の意味。察した瞬間、時雨は提督をシートに押し倒した。顔が近い。でも今の時雨には距離なんてどうでも良かった。しかし、時雨の鋭い視線さえ気にせず提督は叫んだ。血を吐くかのように。
「俺は…もう失ったんだ!やっと俺の番が来たんだよ!頼むから…いかせてくれ!この世界で守りたい物を守って死ねる!俺は守ることしか生きる理由はないんだから!」
言ってほしくなかった。その言葉だけは。彼女の思いは、あまりにも無力だった。
「嫌……」
思わず口から零れ出た。自分の体が、まるで操作を受け付けなくなっている。どこか冷静な頭で、彼女はそう感じながら、再び言葉を溢れさせた。
「……嫌だ!」
涙を拭き、提督の胸に顔を埋める。両手で体を掴んだ。引き留めるように。絶対に剥がれないように。
「理屈なんか、要らない!守ることしか理由が無いなら……僕が理由になるから!僕は提督の事をずっと待っているから!だから!」
提督の目が見開かれる。迷子の子供のように。
提督の目は、再度見開かれた。
提督が始めて自分を見た。そんな気がした。
「行かないで……。帰ってきて」
帰ってきてほしい。行かないでほしい。だから、絶対に離さないつもりだった。
でも。彼は何となく行ってしまう気がしたから。時雨がついて行っても足手まといにしかならないから。
だから、縛る。彼が帰ってこれるように、呪う。
彼の顔が歪んだ。一瞬だけ、泣きそうな顔をしたのは錯覚ではないのだろう。だが、それはすぐに消え、いつもの冷静な面が戻る。次の瞬間、時雨は視界が歪むのを感じた。意識が急に堕ちていくのが分かる。初めて彼とあったときのように。
「……済まない。時雨」
暗闇の端で、提督が何かのスイッチを押したのが見えた。 時雨の意識は闇に落ちる。最後に、彼女は目の前の白い提督服を抱きしめた。絶対に離すものかと。
――― ――― ―――
「……提督、提督、提督!」
目覚めてからすぐに、時雨は走った。掛けられた最後の望みは、儚く溶けていくのを感じながら。
提督は船のどこにもいない。雰囲気すら感じない。……当たり前のことだった。
と、整備班長が駆けつけてくる。時雨は彼の言葉も聞かず、掴みかかるようにその顔を睨みつけ、聞いた。
「……提督は!?何処にいるの!?」
何も言わない。それが答えだった。見るやいなや、時雨は船の甲板に向かう。艤装を展開させながら。
どれくらい寝ていたか分からない。でも、今ならまだ間に合うかもしれない。自分に言い聞かせながら。
「嬢ちゃん…よせ…!もう…。おい!嬢ちゃんを…早く…」
「時雨!落ち着きなさい!時雨!」
整備班長が彼女を抑えようとする。しかしそれを振りほどき、彼女は出ようとしたが、他の船内にいる艦娘も彼女を取り押さえられた。全力でそれを振り払おうとする。
しかし、どんなに想いがあっても、力の差は埋められない。彼女は結局艦娘数人がかりで抑えられた。意味は無いと分かっていながらも、もがく。
と、泣きながら振りほどこうとする時雨の通信機に、ノイズが入った。いや、時雨だけではない。周辺にいる艦娘全員の通信機にノイズが走っている。艦娘間のみで行われる、長距離大容量通信。その中から、一人の男の声が出てきた。
『こちら…黒鳥…斬…玲』
「提督!」
間違いない。提督の声だ。ノイズが響き、言葉をとらえるだけでも難しい中で、彼女にははっきり聞こえた。その中身まで。
『…敵…目標破壊は完了作戦は…成功した。データを送信…』
提督は生きている。今も。それが嬉しかった。通信機を握り締める。何故か、提督の気配を感じた。通信場所はどうやらグアム。破壊し、離脱している途中なのだろう。
『黒鳥より時雨へ。…ありがとう。俺は…』
それは何処か吹っ切れたような、清々しいような声だった。
しかし、彼女は忘れていた。頭をよぎった一抹の不安を。
その不安は、得てしていつも的中するということを。
『お前、いや君を……』
通信にノイズが走る。
『……俺は……何を…?』
そして、消えた。もう、通信機から音はしない。ノイズもしない。……感じていた、提督の匂いも。
「提督…!?提督!?応答して!」
願いも虚しく、声は空虚に響く。時雨には分かっている。彼がどうなったのかが。でも、認めたくない。
「提督…行かなきゃ…」
最近涙を流してばかりだ。そんな事を思いながら彼女は体を動かした。抑え込んでいた腕を跳ね除け、走る。また取り押さえられたが、それでも必死に動く。
「お願いだから!行かせて!僕を!提督の所に!」
誰かの泣き声が聞こえる。構わず時雨はもがく。分かっている。理解している。でも、それでも…。
カタッ
何かが髪から落ちた。簪。赤と黒の。提督が、いつもつけていたそれ。
時雨はそれを見た。動きが止まる。否応無しに、それは彼の不在を示した。認めたくなかった事を。
「あぁ…ああ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
嘆きは蒼い空に消える。晴れている朝の空の下で、少女は泣き続けた。もう、彼とは会えないのだと、知ってしまったから。
甲板から、白い鴎が飛び立つ。彼は空を旋回し、どこかへ飛び去った。
――― ――― ―――
エピローグ 3ヶ月後
朝の光。鳥の音で彼女は目を覚まし、布団から身を起こした。身支度を済ませ、帽子を被る。胸には少佐の階級証。髪には彼と同じ、特一種軍服と簪。これが彼女の、今の制服だ。
提督が残したのは遺書だけでは無かった。艦隊運営のための司令書、上層部からの独立艦隊運営を可能とする許可症、そして時雨を臨時基地司令にする旨の命令書。
桜木中将、榊大佐。指揮官としての厳しい訓練、ひたすらな努力、彼への思い。彼女らの力添えと、彼の支えあって今の彼女は立っている。
鏡の前で制服を整え、顔を叩いた。
「よし……今日も頑張ろう!」
最後に彼女は机の上にある写真立てを手に取った。彼の写真は、この1枚しかのこっていない。
額に写真を近づけ、目を閉じた。毎朝彼女はそうしている。今はもういない彼が、力を与えてくれる気がするから。
「行ってきます」
彼女…時雨はそう言って、部屋をあとにした。
「戦艦隊は問題無しだ。業務は半分こっちで担当するから、時雨は資源量と兵装管理を頼む。火蜂の連中が帰る前に終わらせよう。」
長門の声を聴きながら、足を進める。明るい光が窓から差し込んだ。鴉の飛び立つ姿が影を時雨の顔に投げかける。
「あ……」
つい飛ぶ姿に見惚れたのもすこしの間。時雨は提督室へと足を速めた。
彼女の戦場へと。
――― ――― ―――
彼は目を覚ました。波の音が確かに耳に響いている。コクピットはどうにか無事のようだ。
「痛い…」
彼は身を起こした。何処かも分からない海岸線。いるのは自分の機体と自身だけだ。
「生きているのか……」
ポツリと呟いたのも束の間、自身の体と機体のチェックをする。黒鳥は整備なしでは動けない。頼れるのは自分の体だけだ。
「ラバウル……近くに廃棄された基地があるはずだが…」
地形データを調べる。旧世代の艦娘運用をしていた基地が近くにあったはずだ。……深海棲艦の攻撃で全滅したが。
方角を確認し、コンパスとサバイバルパックを片手に、海岸線を歩き出した。ひたすらに静かな浜辺が続く。なぜ、そうするのかは分からなかった。
「綺麗だな……」
斬雲玲はまだ歩いている。機体を振り返ったのも束の間、ただゆっくりと歩き出した。自分の行くべき方向を探すかのように。なぜ歩いているか、分からないまま。