艦これ ―神浜戦場記録―   作:56215

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始動―3

 神浜基地の一角。そこにはかつての大戦で死した兵を弔う鎮魂碑がある。彼は、刻まれた名前の一つをなぞり、鎮魂碑を殴りつけた。鎮魂碑とあるが、実質的には墓だ。深海棲艦との戦闘で死んでいった兵の名前。彼の救えなかった人間の。対深海棲艦戦が始まった当時から、この神浜は最前線となっていた。毎日空の棺桶を積んだトラックと兵員輸送車がすれ違い、常に機体が爆発した際のオゾンの匂いにまみれていた。思い出さない日はない。あの人の最後の声を。怨嗟の叫びを。死の誘いを聞きながら、かつての少年は花を持ち、毎日鎮魂碑へと向かっている。これ以上碑に名前を刻む隙間が増えないことを願いながら。

 簪の付いた美しい黒髪が、風にたなびいた。

 

    ―――  ――――  ―――

 

 「ふぅ…これくらいでいいかな…。休憩休憩っと」

 

 提督と別れたあと、時雨は自室となる駆逐艦寮の白露型の部屋に荷物を運び込んでいた。艤装内に積み込んで輸送していたため、戦闘機動的には、荷物が破損していてもおかしくはなかったが、そこは科学の力。簡易重力慣性システムにより傷一つない。そんなこんなで整理と設置が完了し、少し休もうとした時、廊下からドタドタと走る音が近づいて来る。はしゃぐ犬のようなこの足音は…。

 

 「しーぐれー!いたっぽい!ぽいぽいぽいのぽぽいぽい!」

 「夕立、待ちなさーい!いっちばんはこのわたしだよ!」

 

 案の定、白露型駆逐艦、4番艦の夕立だった。あとには1番艦の白露が続き、その後ろからは3番艦の村雨が歩いてきている。

 

「夕立!白露に…村雨も!みんな、一体どうしたの?」

 「何って、久しぶりに妹が同じ位置に配属されたから姉が挨拶とお祝いに来てあげたんでしょーが!やっと会えて嬉しいなおねーちゃん」

「はいはーい!時雨、おっひさー!これ、みんなで買ったプレゼント。どうぞ受け取ってね!」

 「夕立も一緒に選んだっぽい!」

 

 プレゼントの中身は髪飾りだった。値段が張る訳では無いが、前線で手に入る物としては高級品に属する。

 

 「みんな…ありがとう。僕のために……嬉しいよ。ありがとう」

 

時雨は再会の嬉しさと感謝にはにかむ。

 

「時雨が喜んでくれたようでお姉ちゃんも大満足よ!これからも白露型のみんなで頑張っていこー!」

 

 ちなみに、白露は姉と言っているが、艦娘間での兄弟や家族の関係は薄い。が、同型というだけでも不思議と絆が生まれるものである。それが同じ戦場を駆けた戦友ならなおさらだ。懐かしい仲間との再会に時雨は頬を緩めつつ、彼女達にお土産を渡す。

 

「僕からはお返しにこれを渡すね。はい、どうぞおあがりよ。」

 

渡したのは透明なゼリー菓子。カラフルな色が綺麗な高級甘味だ。前線には優先的に物資は回ってくるものの、娯楽品は少ない。そして、兵器として軍に登録されている艦娘も、うら若き乙女にすぎないのだ。そんなお土産を前に、姉妹のテンションが成層圏より高くなるのは、無理のないことだった。

 

 「夕立、この赤いのもらうっぽい!」

 「あぁっ、それおねーちゃんが…じゃ、白露はこの黄色いの!」

 「じゃあ、村雨はこの青いの、もーらい!」

 

 ワイワイ騒ぎながら、4人はしばし久しぶりの一緒に過ごす時間を楽しんだ。

 その話の最中、白露が時雨に言う。 

 

 「ところで、時雨はあの人とどう云う関係なの?」

 「あの人?」

 

 『あの人』とは誰のことか、半分分かっていながらも時雨は聞き返す。

 

 「わかってるくせに〜。うちの提督よ。こっちに来る途中会ったんでしょ?噂になってるわよ。着任早々、時雨が提督に連れられてデート行ったって。」

 「格納庫に向かってたらしいけど、やっぱそういう関係なの?村雨出遅れちゃった?」

(…は?)

 

 時雨の頭は混乱する。どうやらどこかの艦娘が第三格納庫への呼び出しの一件を知って、「デート」と勘違いしたようだ。年ごろの乙女とは言え、さすがに敏感すぎる気がしないでもないが…。

 

(ん?ということは僕の呼び出しは当たり前のことではなかった…?)

 

 もし誰彼構わず着任した艦娘を呼び出していればそんな噂は生まれないはずなのだが…。

 

(何か目的があった?もしかして提督が遅れたのも…。まあ、考えすぎか)

 

 気まぐれなど様々な可能性がある以上、考えても無駄と時雨は判断し、白露に返答を返す。

 

 「別に…僕が提督の機体について興味があるって言ったら見せてくれただけだよ。そんな関係じゃないかな」

 「なーんだ。お姉ちゃん聞いて損しちゃった気分」

 「だから夕立言ったっぽい。そんなおかしなことするてーとくさんじゃないっぽい」 

 

 どうやらあの提督は結構信頼されているようだ。あの口下手で夕立を信頼させるのには結構な時間と努力が必要になるはずだから。時雨は少し感心しつつ、白露に尋ねた。

 

 「白露、提督ってどんな人?」

 

それを聞いた白露は少し困った顔をする。

 

 「伝えにくいんだよねーあの人。優しいこと

は分かるんだけど戦闘の時は冷徹だし、それ以外はおっちょこちょいなとこもあるし。あ、ただコミュ症ってことは言えるよ」

 

 やはり人付き合いが苦手ではあるようだ。ただ、戦闘の時は冷徹という言葉はやけにしっくり来た。戦闘の様子も機体の雰囲気も。

 と、白露は続ける。

 

 「時雨が秘書艦になったら分かると思うよ。てか、秘書艦表見たら今月から時雨だったし」

 (明日からか…まあ、提督について知る良い機会かも)

 

 指揮官について知っておくことは現場の実働部隊には必要ではある。しかし、時雨は人間として提督に興味を持ちつつあった。

 

「まあ、詳しいことは歓迎会で本人に聞けばいいじゃない!」

 「村雨、直接は聞けないと思うよ…」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、時雨は貴重なひとときを楽しんだ。

 

 

  ―――    ―――     ―――

 

 神浜基地、第三格納庫。そこに鎮座する愛機のコクピットに、彼は座っている。頭の高い位置で結い上げられた美しい黒髪。男とも女とも取れる顔は、機械油で汚れていた。

 もちろん自分だけでなく、工作艦の明石や技術部門から異動した軽巡の夕張の他、艦娘に従う特殊簡易艦娘、『妖精』や普通の人間である基地の総整備班長も一緒に作業をしている。  

 自分で機体整備をしないパイロットは、皆早死にだ。自分で機体を整備することで、コンディションやペダルの具合、整備不足を事前に判断できる。特にこの黒鳥は、気難しいエンジンと摩耗しやすい関節を誇る。そのため、少しの体の感覚のズレが機体操縦の具合、ひいては自身の生死に直結しかねない。だから、特にコクピットとエンジン周りは自身と信頼のおけるメカニックにしか触らせなかった。

 班長からの怒りと心配の目線を無視しながら、斬雲は作業を終わらせる。機体は今すぐにでも戦闘が可能な状態になったのか、彼は作業終了の合図をすると満足気に足場にしてタラップから降り、軍服に着替え、執務室へ向かった。

 ちなみに、整備班長が今もキレている理由は斬雲の機体の扱いである。昨夜の機動戦で毎度おなじみ無茶な動きをさせまくったため、エンジンにオーバーホールが必要なレベルの負荷がかかっていたのだ。

 という訳で。斬雲が帰投した際に、 

 

 「馬鹿野郎!!お前こんな使い方してたら近いうちに死ぬぞ!!!またエンジンぶん回しやがって毎度毎度無茶すんなつってんだろうが!!」

 「すまない」

「それ言えば済むと思ってんなぁ中佐殿!!!謝るんだったら改善しろや!!!あのエンジンのスペアパーツもうねえっつったろ!!!!」

 「注文すれば「ああああ確かに注文まだ利いてるなどっかのバカのせいで!!!!お前のせいだぞあんなコスパ悪い部品生産し続けてんの!!!!おかげであれ注文にも高い金かかるんだぞ!!」

 「コスパの良い製品を「屁理屈言う暇があったらさっさと無茶グセをやめやがれ!!!ぶっ殺してやろうか!!!!聞いてんのかこの〇〇〇〇〇〇〇〇―(検閲により削除)」

 

 という整備班長にとっては真っ当な、傍から見れば軽い漫才が繰り広げられていたが、これは整備班の妖精を通じて日常茶飯事な物事として広まり、艦娘達の笑い話として消えていった。

 

   ―――  ―――  ―――

 

 整備を終え執務室に向かう前に、班長が斬雲を呼び止める。その手は止まり、どこか居場所を失っているようだ。

 

 「……『彼女』は、どうだった…」

 

 斬雲は苦いとも嬉しいとも取れる顔をした。なんとなく彼は日本に伝わる能という芸能を思い出した。一つの面で悲しみも、歓びも表すそれだ。

 そんな思いをよそに、それでも淡々と答える。

 

 「……『当たり』だ」

 整備班長も軽く苦い顔をする。

 「いいのか?彼女に伝えなくても…?お前は…」

 

 そこで彼は言葉を止める。『彼』はそんなことはとうの昔に分かっているのだ。『それ』が戻ってくることは、おそらくないことを。

 

「すまない…時間がない…」

 

斬雲は踵を返し、執務室へ歩いていった。

 

   ―――  ―――  ―――

 

 歓迎会。最初は着任した新しい仲間を迎え、親睦を深めるために個人的に始めた、ドンチャン騒ぎをする口実。しかし今となっては戦場の死と艦娘達が持つ『あの戦争』の記憶の狂気の中の、一瞬のオアシスに。終わりの見えない泥沼の戦争で士気を保つための重要なイベントになっていた。

 空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、そして艦娘でない兵士たちが分け隔てなく、食事が乗ったテーブルの周りに立っている。

 

 「それでは、着任したというみんなに、挨拶をしてもらいましょーう!」

 

 艦娘達の前で会を進行しているのは、川内型巡洋艦の末っ子、那珂だ。その掛け声につられ、会場でも音頭が上がる。

 

 「阿賀野型軽巡洋艦、矢矧です。深海どもを駆逐するべく精進していきます」

 

 矢矧が挨拶をしたあと、時雨にマイクが渡される。自分の番と気づいた時雨は、自己紹介をする。

 

「白露型駆逐艦、時雨だよ。これまでの経験を活かし、これから、皆を守るため、頑張っていこうと思います。よろしくお願いします」

 

 歓声と拍手が上がる。そのあと、横に控えていた清霜にマイクを渡し、時雨はテーブルの上の食事を取りに輪の中に入っていった。

 

    ―――  ―――  ―――

 「あっこら!それは私の七面鳥よ一航戦!」 

 

 「自虐ネタかしら五航戦。身の程をわきまえてその鳥は私に委ねた方が鳥も幸せだと思うわ」

 「自虐ネタはどっちよ焼き鳥製造機!ってあれ?七面鳥はどこに…?」

 「七面鳥?知らない子ですね!」

 

 新規任官者全員の挨拶と連絡が終わり、戦士たちは各々食事をしたり、酒を飲み交わしたりしている。時雨は彼女たちの賑やかな会話を眺める。そこはどこか、戦場とは違った華やかさで。彼女はどこか寂しかった。

 

 (……?提督?)

 

 その中で時雨は提督を見つけた。酒のグラスを手に持ちながら、心ここにあらず、という感じでこちらを見つめている。

 

 (どうしたんだろう…。何か気になることでもあるのかな?)

 

 少しいたずら心を出した時雨が提督に手を振る。提督はそれを見て慌てて別の方向を向く。

 

(やはり、何かあるね…)

 

 戦場で逃げ腰の敵はトドメを刺すまで追撃する。時雨が提督に問うべく自分の方に向かってくるのに気づいた提督は、ついに諦めたように彼女に密かに手招きした。向かう先はバルコニーだ。彼女も提督を追い、外の星月夜の下へ歩いていった。

 

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