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次回投稿予定:8月23日 19:30
※状況によっては前後する可能性があります
「済まない。時雨」
格納庫に響く微かな音。俺は意識を失って倒れた時雨を抱きささえる。温もりを伝える体は、俺にはあまりにも熱かった。
彼女に同調させていた機体のコアシステムを切断。時雨が、最初に神浜に来たときと同じだ。高負荷による意識の喪失。
……ああ。
俺は、傷つけてばかりだ。
『僕が理由になるから!』
時雨の言葉が蘇る。俺には、受け止める権利があるのだろうか。いや、それは無いだろう。何となく、そう思った。
それにしても……
彼女は。彼女だったら、それを言ったのだろうか。
「…彼女は、君じゃないのかもしれない」
自身を絶望させる言葉。しかし俺は口に出した。自然と口から飛び出していた。
…まあ、もういいか。どうせ、考えても意味はない。
時雨を抱き抱え、格納庫から出る。死者には相応しい冷たい空気の中を、ひたすら歩いた。この基地と同じように。
桟橋に停泊している輸送船。六文銭を持つのは、俺だけだ。俺は医務室のベッドに時雨を横たえた。簪を手に握らせる。
「……ん?」
踵を返そうとして、返せなかった。服の何処かに引っ掛かり。初めて、袖口を握りしめている手に気がついた。
共にいきたい。頭をよぎったのは一瞬だけだ。俺は握られた服を脱ぎ、時雨に懸ける。もう一度だけ、髪を撫でた。
俺の役目はここまでだ。今度こそ目を背け、船の外に出る。再び、冷たい空気が俺を包んだ。
「待てよ」
船の甲板から声。長年支えてくれた、相棒の。
俺は振り向かず、海を見つめた。夜明けは近いのか。少し白み始めている。
「行くのか」
「ああ」
「帰ってくるのか」
「……さあ」
「俺は待ってるからな」
「……」
分かっている。意味なんてない。でも、仕方ないことだとしても、奴は諦めたくはないのだろう。俺は、それに応える義務があるのだと思う。
「……ありがとう。これからも」
これで十分だ。きっと。俺は船に敬礼し、格納庫に戻った。肌寒さを感じながら。
格納庫の黒い機体は、いつもと変わらない。俺の運命は、あの時から決まっていたのだろうか。……今回の作戦とさえ言えない突入。奇遇にも颯の最後の場所だ。相応しいのかも知れない。
「…俺はひどい奴だな」
颯に反発して、失って。持った仲間も、彼女も失って。……そして今回はこれか。
「分かっています。お叱りはそちらで受けます」
機体のコクピットハッチを閉じる。外界と切り離されたと、実感する。これで、終いだ。俺の末路としては申し分ないだろう。
『…生きて…』
「……ごめんな」
何となく、彼女声が聞こえた気がする。実際にはコンソールの音しか存在しないはずなのだが。
振り向いて、コアユニットを触る。僅かに熱を帯びた金属は、俺の手に絡みつくようだった。
「白鳥…いや、黒鳥、発進する」
体に伝わる慣れた重さ。肩に感じていたそれが、今は何故か軽かった。空中でちらりと背後の基地を振り返る。夜明けの基地は、いつもより光が少ない。明るい光に追われるように、機体を加速。夜の闇に逃げ込むように。
――― ――― ―――
「機体の状態良し。軌道確認。作戦開始まで残り2分」
今回の作戦は至極単純。弾道軌道で敵電磁砲拠点に突入し、目標を破壊する。生死は問わない。
機体の最終チェックを済ませ、座席にもたれかかった。不思議と、自分が自分でないような感じがした。体と精神が分離する、と言う表現が一番合っているだろう。緊張感のない思考に苦笑しつつ、機体の離脱用ブースターの調整をした。使うつもりさえ無いのに。
ふと、朝の蒼い空を見あげた。
空は、あの時と同じなのだろうか。海ばかり、波ばかり見ていたあの頃と。颯が見つめていた空は、変わらないのだろうか。
「周辺に敵影確認。突入のため、最終軌道修整開始」
きっと、変わらないのだろう。変わったのは、俺だけだ。
モニターに真っ青な海が映る。かつて、核兵器が使用されたとは、誰も思わないだろう。墓標の様に刺さったレールライフルも、そのまま。敵の電磁砲の白い砲身だけが、黒い影を落としている。
「帰ってきた…」
呟いたのも束の間、頭を振る。答えるものは、いなかった。機体のアラームが鳴った瞬間、俺はスロットルを押し込み、増速した。
「作戦時間……突入開始する」
鏑矢の様に、小鳴鳥のような甲高いエンジン音。ただ、直進する。目標だけを見据えて。
「安全装置解除。射撃用意良し」
増設した兵装を全て目標に向ける。目の前に見える白い筒。その基部にある冷却系へとロックオン。周辺から対空砲火が上がった。数発が機体に直撃。無視した。攻撃を優先し、加速し続ける。
「発射」
轟音が響く。モニターが煙と爆発炎で染まる。構わず機体の脚部のみを変形させ、減速する。空中変形。水面を滑るように移動しながら、ライフルを構えさせた。爆発の向こう側に、電磁砲が見える。真っ白な装甲の表面が一部砕けただけだ。まだ完全には崩壊していない。フルオートでレールライフルの弾を撃ち込む。
「見えた!」
表面が吹き飛び、内部が露出した。資料通りなら、ここを潰せば電磁砲は動かなくなる。俺はライフルを構え、
ドガッ!
「ちっ!」
すぐ直撃を受けた装備を排除した。ライフルが海に沈むのさえ見ることなく、機体を回転させる。
「…レ級か…」
先日の作戦で戦ったあの個体。艤装の損傷が激しかったのだろう。主砲の一部は駆逐艦用の対空砲に換装されていたが、火力は健在だ。砲撃してるやつらを先に潰さないと肉薄は不可能。……自爆するにしても。
俺は無言で腕のブレードを構える。紅く染まった機体のモニターを無視し、レ級に向けて増速した。
――― ――― ―――
ドドドドドッ!
水面に次々と水柱が上がる。黒鳥の背後に水柱は迫ってきていた。機体に身を捩らせるも、数発が着弾。咄嗟に切離した装備は、水面に落ちるより早く爆発した。その煙を利用して、俺はレ級に飛びかかる。ブレードが砲塔を切り裂いたが、一基だけだ。奴はすぐに離れ、射撃戦に戻った。腕部に直撃。大きな水柱がまた一つ。
「射撃戦は不利だってのに…」
黒鳥は電磁砲への攻撃とレ級からの射撃で多くの兵装を失っている。モニターの表示では、飛び道具はワイヤーアンカーのみ。できることならさっさと懐に飛び込みたいところなのだが…。
「グハッ!」
再び機体に衝撃。俺はちらりとコンソールを見た。赤く光るボタン。プラスチックのカバーで覆われたそれは、押されるのを待つように点滅している。
「駄目だ!今回は使えない!」
誰に対する返答かも分からずに、叫んだ。前回の作戦で用いたリミッター解除。しかしヤツを…レ級eliteを前にした時、機体が暴走を始めたのだ。だから使えない。その先に待つのはオーバーヒートによる機体停止かコアが暴走したあげくの自爆だ。
機体がまた揺れた。奴は徹底して射撃戦を行っている。じわじわ削られ、動けなくなった時が最後だろう。
「アンカーも射程外…クソッ…どうする」
機体の制御が効く前に、何とか撃破しなければ。だが、どうやって。 胴体に直撃。装甲が弾け飛び、機体が浜辺に倒れこんだ。墓標が衝撃で倒れるのが見える。まだやられるわけにはいかないのに。目標を破壊しなければ、俺が彼女を置いてきた意味も無くなってしまう。今は死ねない。だけど…。レ級のすぐ後ろには、目標がある。奴を抜くことができたなら…。
「畜生め…!」
悪態をつくが、状況は変化しない。周辺の様子を確かめ、遮蔽になりそうな物を探したが、それさえなかった。
ピッ!
「何だ…?…!」
機体の火器管制が急に音を出す。装備のマッチングが完了した音。モニターに出たレールライフルの表示に、息を飲む。今では旧式の150mm。いつも颯が装備していた、黒鳥の武器。墓標のように突きさっていたそれは、戦闘の衝撃で倒れ、辛うじて機体の手が届く位置にあった。
「颯!隊長!」
追撃の砲弾を回避。腕を伸ばす。手に取ったそれは、錆付き、赤く染まるなかでも確かな動作音を奏でた。単純な構造ゆえの安定性に感謝しつつ、電力供給を開始する。
「弾は…後2発!」
残弾数からして、射撃戦をしているわけにはいかない。確実に当てるか、それとも…。安全装置を解除しないまま、照準だけをレ級に向ける。回避運動をした瞬間に、スラスターを全開にした。敵の砲火を紙一重で回避し、ライフルを構える。発射。最大出力で放たれたそれは、狙い通りに水面に着弾したことで、巨大な水柱を上がる。俺はそれに乗るようにして上昇。レ級の上を取った。高周波ブレードの甲高い音が響く。
「食らっとけ!」
最後に残っていた主砲をコア部分の装甲ごと撃破。至近距離での爆発も構わず、レ級ごと直進する。目標に向け、ライフルを向けた。が、奴に跳ね除けられる音がした。対空砲がこちらに向く。爆発音。頭部が吹き飛んだのか、モニターから表示が消える。俺は無視してそのまま突撃した。目標は補助カメラでロックオン出来ている。見る必要は無い。なおも抵抗する敵を白い装甲に抑えつけた。コクピットの装甲がねじ曲がる音。
「終わりだ!」
レ級の露出したコアにライフルを向ける。冷却系を狙った射線上に存在したそれごと、撃った。
爆発の炎と煙から逃れるべく、いつもの癖で離脱する。周辺からの砲火が、機体を再び捉えつつあった。コクピットも一部がねじ曲がり、砕けている。
「まだだ…」
機体を変形。非常用のブースターを使い、急速に上昇する。まだ電磁砲のデータと破壊確認を送信できていない。情報は残さないと。万が一、敵が修復したときのために。
揺れ、あちらこちらから煙を出す機体を必死に操作。何とか長距離レーザー通信が可能な高度を取り、データを送信する。幸運にも、何とか機体は応えてくれた。衝撃が再び機体を揺らし、意識を揺るがせる。視界に霞がかかり始めていた。
「こちら…黒鳥…斬雲…玲」
俺は何を言っているのだろう。やっと死ぬことができるのに。残していくべきものは全て残したはずなのに。
『提…督!』
時雨の声が聞こえた気がした。この通信は一方通行だ。声なんか聞けるはずが無いのに。……まあ、いいか。幻でも。伝えられなかったことを伝えた気になれる。俺にはそれで上等だ。
「黒鳥より時雨へ。…ありがとう。俺は…」
俺は?何だろう。何を伝えたいんだろう。もう分からない。視界は霞み、もう何も見えない。機体にぶつかる衝撃も、今は感じなかった。
「俺は…お前、いや貴方を…」
口が何か言っているがもう、どうでも良い。俺は機体の座席に身を任せた。ひたすらに、眠かった。赤く点滅していたボタンのカバーが弾け飛んでいたが、気にも止めなかった。機体がまた揺れる。衝撃がひときわ大きく、機体に響いた。
「…隊長?」
視界の先。こちらに背を向け、歩いていく姿が見えた気がする。
……あれは誰だろう?…颯か?それとも…。
光が消えた。俺の意識は、くらい穴の中に落ちていく。光から離れて。
――― ――― ―――
俺は走っていた。目の前の影を追って。でもそれはあまりにも速くて、追いつけない。
「隊長!置いて行かないで!」
叫ぶ。いつの間にか、影は消えていた。真っ白な世界の中で、俺は辺りを見渡す。自分の足跡も消え、どっちから来たかさえ分からない。
『こっち…』
女性の声が聞こえた気がした。いや、少女の声だ。白い髪の深海棲艦。俺が守れなかったあの子。彼女は俺の背後に現れた。振り返る間もなく、突き飛ばされる。気づけは、目の前には黒い髪の少女がいた。蒼い瞳。髪に着けた簪と、三つ編みが特徴的な。俺は必死に振り向いた。彼女が手を振っていた気がした。手に柔らかい感触。引き留めるように。
「待って…」
自分の声。俺はは目を覚ました。太陽の暑い日差し。波の音が確かに耳に響いている。
コクピットで目を開けた。
モニオートパイロットモードである事を伝えていたモニターの光が消える。それよりもつよい光が目を刺し、俺は思わず瞼を閉じた。
「痛い…」
全身の痛みに顔をしかめたのも束の間、俺は起き上がる。目の前にはただ、海と空が広がっている。
どうやら、死に損なってしまったらしい。
俺は。
また。
数時間後に周辺の基地へと歩き出すまで、俺は呆然として、立ち尽くすしか出来なかった。
波の音が、俺を包んでいた。