再起―1
―3年前:西暦2100年 神浜基地
モニターにヘルメットを被った顔が見える。バイザーで表情は分からない。機体のエンジンは快調。嘆きを伝えるほどの高出力は、武装を、反応速度を、装甲を極端なほどまで引き上げる。
俺は操縦桿を握り直し、背筋を伸ばした。自分の選んだ道は、もうはっきり見えているつもりだ。
機体のレーダーが機影を伝える。残りは3。海上で縮こまるように守りを固めている。量産試作型の火竜改三。簡易コアシステムを採用し、辛うじて深海棲艦どもと戦えるようになった機体だ。
「どうして……」
つい、口から溢れた。あの人は持つことができなかった力を、どうしてお前達が。……いや、やめておこう。考えても意味は無い。
「俺もそうだ。……俺なんかが」
機体を加速させると同時に変形。敵を潰し、切り裂く腕。海上を蹴り、機体を制御する脚。四方を素早く見渡し、破壊されるべきを見つける頭。人の姿を取り戻した黒鳥が、大きくブレードを振りかぶる。海上に怯える灰色の機影に向け、黒鉄の刃が煌めいた。機体表面装甲に、可動していないブレードが当たり、甲高い音とともに火花が上がる。3機とも纏めて撃墜判定を叩きつけ、俺は通信を入れる。
「……これで26回目の死亡だ。これにて模擬戦は終了。総員、帰投せよ。格納庫で機体を待機状態にした後、デブリーフィングルームに集合」
機体から水が滴り落ちる。黒い鳥と灰の龍を濡らす雨は、いつまで経っても止みそうにない。
『斬雲隊長……キッツイことしやがる。女みたいな顔してやがるくせに…』
自機の回線が開いていることに気づいていないのか、ぼやくが響いた。3番機の駿川だ。俺は通信を切る。機体を変形させる。離脱しながら、ヘルメットを脱いだ。……モニターに険しい表情をした男が映っているのを見て、数秒間呆然とした。
『…貴方にも、笑って生きてほしい…』
あれは誰の言葉だったのか。もう思い出せない。俺はヘルメットをもう一度被り、バイザーを深く下ろした。
『……のために…』
「分かっています。隊長…」
俺は壊す。全てを。俺を。守るために。奪うために。海は何も言わず、神浜基地の明かりを背景に、ただ波を海岸で砕くだけだった。
俺は現在この基地の火竜改三部隊の隊長として新型機の性能評価と練成を行っている。
『全戦線において深海棲艦の活動が弱体化している現状、予想される大攻勢と大規模侵攻に備えたコアシステム搭載兵器の実用量産化は急務である』
司令部の命令書に書いてあった内容はこうだ。何はともあれ、奴らを一体でも多く潰すことができるならば文句はない。
『こちらクロウ3。クロウ2、救援信号確認。出撃命令が発令された』
「クロウ2了解。現場に向かう。クロウ3、援護しろ。他要員は基地で待機」
曇り空を低空飛行する黒鳥の傍らに、赤い機体が滑りこんだ。長屋の朱雀にも簡易コアシステムが増設されている。新兵と違い、戦場につれていく事ができる。俺は新兵に待機命令を出し、機体を加速。本来は楔形を形成するはずのフォーメーションには、決して埋まらない穴があった。
――― ――― ―――
―西暦2103年12月 第二神浜基地
移設された基地の一角には、現在即席の教室が設置されていた。斬雲が残した命令書に基づいた新指揮官育成と指令システムの分割効率化。指揮官教育を受けた艦娘への基地の管理と作戦指揮権限の強化案は、独立した作戦行動権限と責任を彼女らに与えることとなったのだ。
教室の最前列。真剣な眼差しで書類を見つめている、一人の駆逐艦娘がいた。髪には黒と朱の簪。顔の横に垂れた三つ編みが風で静かに揺れている。駆逐艦娘、時雨は優しく息を吐き、立ち上がった。簪に手をやり、部屋から出る。静まり返った廊下は暗く、時間が止まった空間のように思える。軋む音と一緒に、自室の扉が開く。彼女はふらふらと布団に倒れ込んだが、目は開いたままだった。視界の端に映る、白い特一種軍服が彼女にそれを許さなかった。
提督の通信が途絶えてから2ヶ月。時雨は命令書どおりに指揮官養成訓練を受けていた。何故彼が彼女に基地司令という極端に高い権限を移譲したのかは分からないが、時雨はそれを受けた。それが彼とのたった一つ残った繋がりに思えたから。
「提督……」
考えてはいけない。分かってはいるが考えずにはいられない。あちらこちらに彼を探してしまうのは、仕方ないことなのだろうか。
あのあと、遺書は読めていない。多分、彼女自身の無力さを、彼への怒りを、悲しみを、正面から受け止めることは出来ないから。
まだ進み続けなきゃいけない。時雨はそう呟き、体を起こした。
黒鳥の攻撃により、敵の電磁砲台は破壊された。しかし、それは一時的な損傷に過ぎない。黒鳥のデータの解析により判明した修復完了までの残り時間は5ヶ月。それまでに奴を破壊しなければ、日本は深海棲艦に滅ぼされる。今、休むわけには行かないのだ。
『榊より基地司令代理へ。哨戒に回っていた火蜂が帰投した。至急司令室へ』
通信が入る。彼女は白い軍服を制服の上に羽織り、部屋から出た。
『…笑って生きてほしい…』
彼の言葉。呪いの言葉。今の彼女を支えてくれる言葉。それを思い出し、彼女は頷いた。
「……うん。そうだね、提督…。頑張るよ」
やれる事をやる。きっと彼もそれを望んでいるのだから。彼女は電灯を消し、部屋から出る。再び暗くなった部屋には、ぽつんと1つの写真立てが残されていた。
――― ――― ―――
―西暦2103年10月 ラバウル泊地周辺
「俺は…何で…」
呟きながら、また一歩を踏み出す。ラバウルは現在深海棲艦の勢力圏内である上、あるべき基地は全滅している。単に自分の死期が数日遅れただけに過ぎない。それでも構わない。そう思っていたはずなのに、今俺は歩いている。
俺は何で生きようとしているんだろう。分からない。ただ、脳裏には1人…いや、2人の少女の姿が浮かんでいた。
俺は、生きたかったのだろうか。それとも彼女に逢いたかっただけなのだろうか。いつまで経っても答えは見えそうに無い。何故か、俺は歩き続けた。
……視界がぼやける。思考を纏めることも、難しくなってきた。背負っている黒鳥のコアユニットは重い。歩き続けるのは、そろそろ限界かもしれない。
と、水飛沫の音が聞こえた。ゆっくりと右の海に目をやる。水平線の向こう側から黒い影が近づいてきているのが見える。大きさは……20mほどだろうか。
「クソッ…」
こんな所に艦娘は居るはずもない。深海棲艦だ。もちろん俺はそれを分かっていたが、脚は動こうとしない。ただ、目を閉じ、情けなく海岸にへたり込む。何かを考える気力さえ無く、俺は意識が消えるのを待った。
ドォン!
主砲発射の爆音。背後、少し離れた場所で着弾音が聞こえる。頭の上に土が降りかかって来たが、俺は構わずに全身の力を抜いた。全てを受け入れようとしたのだろう。次は当たる。再び発射音が響いた。
……しかし、衝撃も、熱も、痛みも無かった。ただ奴らが撃破された時に出す叫び声のような音が、俺の背筋を逆撫でる。俺はそろそろと目を開け、次の瞬間には見開いた。目の前に、1人の艦娘が立っている。主砲の先には深海棲艦の亡骸が転がっていた。
小豆色と桃色の和服を襷で縛っている。腰まで有る紅の長髪に黄色のリボン。瞳の色の紅がよく映えていた。
「神風型……!?全滅したはずじゃ…」
思わず口から出る。それが聞こえたのか、彼女は15mの体をこちらに向けた。訝しむようにこちらを見たのもつかの間、耳元にやった通信機で誰かと連絡をとる。
「……了解…!…ぇ…大丈夫なの?」
なんと言っているのか分からないが、深海棲艦を倒した以上、敵ではなさそうだ。そんな事を脳裏で判断しながらも、俺は混乱していた。そこにいるはずのない者が、そこにいたのだから。と、呆然と佇んでいた俺に、彼女が急に何かを投げた。瞬間、閃光と巨大な音。俺は目を瞑る暇さえなく、意識を暗闇の中に落としていった。
我ながらラバウルは無理がある気がする…