次回投稿予定:9月7日19:30
「実戦はまだですか、実戦は!いつまでも訓練ばかりで!」
駿川輝。俺はこの新兵の文句に、顔をしかめていた。
今の俺のような人間は飛行機乗りには珍しいらしい。長屋曰く、パイロットは血気盛んで自信過剰の人間が多い。自分の腕に絶対の自信を持ち、恐怖を跳ね除ける度胸が無ければ、戦争などは出来ない。ましてや空という地面に脚を付けることの出来ない環境ではなおさらだ。その気質はこの若い訓練生達にも等しく当てはまる。確かに最新鋭機のシートに座る才能を持つ彼らにとって、実戦に出て戦えない今の状況は歯がゆいに違いないだろう。デブリーフィングルームで叫んだその言葉が、彼らの全てだった。
「経験も無く、技術も無い今の貴様らが出ても足手まといにしかならん。いないほうがマシだ」
26回叩き落とされたことを忘れたのか。俺の言葉に、部屋が静まり返るのを感じた。だが、俺は彼らを素っ気なく一瞥するだけだ。
未熟とはいえ、確かに彼らが戦場に出れば奴らを破壊する一助になる。彼ら自身の生死に関わらず。
だから。
戦場には出すべきではない。
俺は何かを恐れている。
その「何か」が、敵を撃破出来ないことなのか、それとも深海棲艦どもに大切なものを奪われる事なのかは分からないが。
「一体でも…」
鎌首を擡げた本音を抑え込む。幸か不幸か、俺の呟きを聞いた人間はいなかったらしい。駿川は一瞬怯むような表情を見せたが、すぐに我に返り、続けた。
「今回の訓練では連携が上手くいかなかっただけです!上手くいっていたら…一人なら対処できました!」
その目には一点の曇りさえない……いや、単に自信過剰なだけかもしれない。俺は思わず溜息をついた。東宮司令は若さ故の全能感と焦りと言っていたか。これだから俺は駿川のことが苦手なのだ。
「聞いてますか隊長!?俺は…」
何故か、駿川の声がかつての自分のそれのように聞こえた。俺が一番嫌いな声のように。
苛立ちを誤魔化すように、俺は立ち上がり、駿川を遮るように言葉を発した。現実を知らない白さは、俺が一番知っていたから。
「隊長命令だ。明朝0600より、貴様と一対一の模擬戦を行う。詳細は模擬戦前に伝える」
いつもなら、俺は彼らの言葉を無視していたのだと思う。
でも。目の前の幼い顔は、弱い自分を見るようで、無性に腹が立つ。
俺がねじ伏せたいのは彼らか、はたまた自分か。混乱で世界が回るように感じて、俺は部屋から足早に立ち去った。
冷たい廊下には、人の影はない。俺は歩きながら、駿川に申し訳なさを感じていた。俺は奴の言葉を受け止めていたわけではないのだから。
「自分のことばかり…か」
血気盛んではない。自信さえない。それでも。
「隊長……母が死にました。葬式のために休暇を……」
廊下で待っていたのか、部下の柳がこちらに話しかけてくる。張り詰めた表情奴に対し俺は頷き、すげなく言った。
「ああ。休暇申請は規定通りだ。例外はない」
規定通りなら、喪式のために許されたのは移動時間も含めて3日。奴の顔が歪み、涙が光るのを俺は見ないようにした。そのまま奴に背を向け、歩き出す。
「分かっています。弱さは捨てなければ…」
口中で呟いた。
そうしなければ。
あなたの望みを果たせない。
窓から冷たい夜風が吹いてくるのを感じた。
――― ――― ―――
蝉の声も少なくなってきたとはいえ、日の出はまだ早い。黄色い朝の光に照らされた駿川の機体は、灰色ではなく純白に見えた。
「白鳥か……反吐が出そうだ」
俺は黒鳥を操作し、水面でホバリングさせた。何となく始めて神浜で戦闘した時が思い出される。目の前の白い機体からは、幼稚な自分の狂気と、全能感が透けて見えるようだ。
頭を振り、灰色の機体を睨む。上空を飛ぶ朱の機体から音声通信が入った。
『今回はペイント弾を用いた一対一の可変戦となる。範囲はこの第二演習場と上空のみ』
長屋はいつも通りの少し軽い調子で言う。……皮肉はやはり鳴りを潜めたままだが。髪の色と同様に、奴もまだ後悔を完全に抜くことができないのだろう。
『人型、戦闘機、どちらでも自由に使うこと。機体などの差から判断して、勝利条件を変えた。それぞれ黒鳥は敵の無力化すること、火竜は黒鳥を少しでも損傷させること。オールウェポンズフリー』
説明を聞き流しながら、無言で腕のブレードを構える。
「断ち切ってみせる」
あの白い機体を。弱い俺を。
『これより、模擬戦を開始する!』
スロットルを押し込み、機体を加速させる。鴉は俺の願いに応え、海上にその翼を羽ばたかせた。
――― ――― ―――
榊少将の副官とはいえ、一応代理指揮官の立場にいる時雨である。やるべきことは多い。
後方から輸送される資源の確認と許可。輸送船護衛部隊の編成。哨戒任務の確認。入渠艦の調整とそれに合わせた部隊展開。それ以外にも多々ある仕事に、彼女は疲れ切っていた。
仕事を終え、自室に戻る。大浴場はすでに閉まっていたので、司令室に備えられたシャワーを借りた。力の抜けた体と頭に、温水は気持ちが良い。
(こんな仕事をしながら戦闘もしていたなんて…提督は大変だったんだね…)
前を向く。自分で決めたこととはいえ、引きずってしまうのは仕方の無いことなのだと、時雨は言い聞かせた。あの遺書と同じように。
とはいえ、どこかで区切りを付けなければならない。それは彼女が切実に感じている現実だった。
彼は、もういないのだ。
シャワールームから出て、タオルで体を拭く。 彼女の顔を伝った水滴は、拭き取られて、消えた。
「少し、良いか?」
寝間着に着替え、司令室から出ようとする彼女を呼び止める声がした。短く切り揃えた黒髪。日に焼けた蜂蜜色の肌は、指揮官としては珍しい。
声の主である榊燈少将は、軍帽を指でくるくると回しながらこちらに近づいてきた。作戦指揮をしている時とは違った表情は、彼女に少しの安心感を与えてくれる。とても優しい顔だ。
「人間ってのは多少残酷な性質があってな。いつまでも失ったものを引きずるわけじゃない」
時雨が頷いたのを見ると、少将はゆっくりと話を始めた。その言葉は、きっと時雨だけに向けたものではないのだろう。
「どこかで自分にも相手にも区切りを付けるものだ。そうしなきゃ、背負い続けて壊れてしまうからな」
奴のように。少将のそんな言葉に、一抹の寂しさを時雨は覚えてしまうのだった。自身が斬雲について何も知らないのだと、少し突きつけられてしまったから。
「……でも結局は今のように、簡単には割り切れない。忘れることは出来ないから。したくないから。……だけど、いつかは整理しなくちゃいけない。死んでいった者たちのためにも」
彼女は何を言いたいのだろう。少し、分からなくなった。堂々巡りだ。それができないから、今こんな辛さを感じなければならないのに。
そう思った時雨は、榊の言葉に少し驚いた。彼女の言葉をすんなり受け入れてしまった自分に。
「物ってのは便利だ。形のないものを整理するときにはな。……神浜にもあっただろう。生きている者の想いを背負った物が」
慰霊碑……いや、墓と言った方が良いのかも知れない。提督が、雪風が生きた事を忘れない為の依代。自分の気持ちの保管。それをこの第二神浜にも作る。それが榊の伝えたかったこと。
「……僕は、前に進まなければならないから」
時雨は榊をまっすぐ見た。もう、視界が滲むことがないように。また笑うことができるように、少しだけ、この気持ちを置いておける場所を。時雨はすぐに彼女の提案に頷いた。
「笑って生きていけるように」
朝日が海面から顔を覗かせる。2人の顔を光が少しだけ照らした。
――― ――― ―――
「それで、神風が見つけた遭難者とやらはどうだったのかしら?」
本隊と分断されて一年。未だラバウルの基地機能は健在だ。仮にも最前線基地として建設された施設はその機能を辛うじて保っている。
その司令室で、一人の戦艦娘は傍らの人間に話しかけた。黒いボブカットの頭には艦橋の形をした艤装が、塔のように聳え立つ。緋色の瞳は、訝しげに自身の白い巫女服へと向けられていた。
「今も絶賛昏睡中。……正体に関しては微妙。細胞構造が艦娘に似てるって報告が来てんだよねぇ。こりゃ貧乏籤引いちまったかな?」
傍らの男が答える。その飄々とした話し方とは対照的に、刃物のような眼光は全てを射抜くようだった。
男は背もたれに体を預け、椅子を傾かせながら続けた。
「ま、取り敢えず深海棲艦の罠にしてもさ、尻尾出してもらわなきゃならないの。取り敢えず暫くは監視を頼むよ」
「人使いが相変わらず悪い……。にしても不幸ね。彼も、私達も」
「遠く離れた本土からこんな場所に一人で……。ま、司令部が怪しさ満点なのは昔からだしねぇ……。通信途絶した基地に島流しって真相かもしれないけど」
彼らの視線は、机の上にある資料に向けられていた。基地付近の浜辺にいた、パイロットスーツの男。中性的な顔の写真をじっと見つめ、同時にため息をつく。
「付近に損傷した可変戦闘機もあったけど……ま、敵だったら、容赦なく撃ち殺しちゃっていいからね。その時は周囲には偵察隊に化けた敵とでも言っておくから」
「暫くは機体にも乗せず様子を見る。場合によっては撃つ……。了解。姉様に危害は加えさせない……」
「本土に戻るきっかけになるか、はたまた全滅の原因か……。嫌だねぇ」
2人はもう一度、深くため息をついた。敵にせよ味方にせよ疑わしいのだから仕方ない。その認識を固めた後、仮眠を取るためにそれぞれ自室に戻っていった。
机の上に残された資料が、月の光を映してぼやっとひかっている。まだ夜は長いようだった。