艦これ ―神浜戦場記録―   作:56215

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次回投稿予定:9月15 日19時30分


再起―3

 スラスターの轟音。赤と青が入り混じった炎が、朝の海面を靡かせ、荒立てる。白く、高く立つ波を背後に、俺は黒鳥を加速させた。

 目の前の機体は距離を離すため、こちらに相対したまま後退している。当然だ。俺が教えた。

 火竜が立てた一際大きな波。それに突っ込むと同時に変形し、一本の黒い矢じりとなって、閃光のように突入する。奴が間一髪回避した直後、再度変形。背中に装備した滑腔砲を一門潰し、すぐさま離脱。

 

 『速い…っ!』

 

 教本には載っていない動きに、あからさまに動揺した声が聞こえた。俺はそれを無視したまま海面にライフルの砲口を向ける。巨大な水柱が立った瞬間、誘導装置をセットした新型魚雷を投下した。一方、火竜は罠に気付く様子もなく、愚直にライフルを向けてくる。

 

 「……ああ。本当に」

 

 苦手だ。その真っすぐな目が。自分を疑わない動きが。理想を求める腕が。奴が着任挨拶でいった言葉を思い出し、呟く。

 

 「全てを助ける。人を守る。家族を守る。……そんなこと」

 

 人型から変形し、急上昇。のぼりつつある太陽を背中に、再び突撃。目眩ましで動けない目標のライフルを攻撃する。全てを一度に壊すことはしない。じわじわと攻撃を与える。丹念にすり潰すように。力強くたたき壊すように。

 

 「……出来るわけないじゃないか」

 

 俺は、俺達は壊すことしか出来ないんだ。触れた物はきっと全て失ってしまう。

 

 「俺達は、無力なんだから!」

 

 情を持ってはならない。気持ちを重ねちゃいけない。力も無いまま戦場に出して、失うのはごめんだ。

 腕の刃物が煌めくたびに、灰色の装甲が赤く染まる。駿川は変形し、急速離脱しようとするも、俺のワイヤーアンカーに脚部を絡め取られ墜落。海上に落ちた火竜へと、俺は人型のまま体当たりをかます。崖に叩きつけられ、装甲の灰色は赤と土に染まった。

 

 「ここまでだ。さっさと降りろ。……長屋、撃墜判定を」

 

 なおも動こうとした火竜のコクピットに、ライフルを突きつける。奴の機体のカメラアイからは光が消え、俯いた顔は動こうとしない。今の俺のように。

 ああ。……ここまでだ。弱い俺も、捨てきれない甘さも。覚悟出来ない若さも。颯の為の俺になれる。

 決着を確信し、ヘルメットを脱いだ俺の耳に、通信音が響く。静かなコクピットではなおさらに。

 

 『……だ…』

 「…うん?」

 

 駿川の若い声。ただ先に進む声。小さくても、コクピットに響く声だった。

 

 「…まだだ!まだやられちゃいない!」

 

 火竜のカメラアイに赤い火が灯る。ダウンしていたはずの防壁も再び起動し、灰色の機体は高速で戦闘起動を取り始めた。その動きはこれまでよりも鋭角的で、圧倒的に速い。

 

 「まだ動くのか…。やはり…」

 

 苦手だ。自分の不可能を認めずに、醜く食らいついてくる。不可能を否定するように。

 俺はこれまで以上に機体を激しく動かす。火竜と同様に戦闘機形態へと変形し、奴の後ろにつく。しかし、機体をロックオンした瞬間、駿川は機体の脚部だけを変形。急減速し、逆に俺の後ろにつく。

 

 ビーッ!

 「チッ!」

 

 ロックオンアラート。直後、機関砲の弾が機体を掠めた。舌打ちしたのもつかの間、俺は機体を急速変形させる。人型の機体は空気抵抗で急減速し、火竜の直上に陣取った。腕部ブレードを振り、奴の機体上面に傷を付け、墜落させようとする。

 

 「固い…!何故だ!同じコアのはずが!」

 

 火竜は瞬間的に防壁を展開。機体に触れるはずのブレードを腕部ごと弾き返した。

 黒鳥と火竜に搭載されているコアユニットはどちらとも敵から鹵獲したものだ。どちらも同じ出力、同じ防壁強度の2機が戦っても防壁を中和しあい、その効果は打ち消される。それが俺達の常識だ。

 

 なぜ差が出る。

 なぜまだ動こうとする。

 どうして生まれるんだ

 機体を動かす理由は何だ。

 戦おうとする意思は何だ。

 ……理解はできる。一番よく知っている。だが、受け入れられない。受け入れたくない。

 

 『火竜!こいつなら…行ける!』

 

 駿川の声が耳に入った瞬間、火竜も人型に変形。2つの機体は空中での近接戦闘に入った。俺は傷が付かないよう、全ての攻撃を回避しなければならないが、奴はコクピットと動力炉の直撃を避けなければならない。それが同等の格闘戦を可能にしていた。

 

 「攻撃が通らないなら……」

 

 罠にするつもりで海中に投下した魚雷を起動。海岸にある崖にぶつけて自爆させ、崖の地盤を緩める。機体にダメージが入らないなら、強制的に動けない状況に持ち込むしかない。

 

 「俺は…」

 

 奴を打ちのめさなければならない。駿川の自惚れなどどうでも良い。ただ、弱さを消し去らなければならない。機体のブレードを構え、体当たりを仕掛ける。機体のスラスター出力だけなら、こちらが上だ。押し合いなら勝てる。黒鳥は火竜を押し込みながら、直下の崖に向かって急降下した。

 

 「……俺は!」

 

 自分と決別しなければ。

 機体をぶつけた瞬間、魚雷で地盤が緩んだ崖が崩れる。直前に離脱した黒鳥とは異なり大量の土砂で体を固定され、砂を関節に巻き込んだ火竜は、一時的とはいえ動けなくなっていた。

 俺はその姿を一瞥し、荒立てていた息を吐いた。それは、激しい機動によるものなのか。はたまた、笑い声がそう聞こえるだけなのか。俺にもそれは分からない。

 

 「ハハッ…ハ…」

 

 気絶しているのか、通信はもう聞こえない。ひたすらに息を吐く俺には、そんなことを考える余裕は無かった。

 

 だからだろう。長屋の警告も耳に入っていなかった。

 

 『……玲!敵襲だ!おい!』

 

 俺の機体の顔に砲弾が直撃。急な激しい衝撃の爆炎の中で、俺と黒鳥はただ倒れることしかできなかった。

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 夕方の風は少しだけ冷たさを含み、時雨の肌に突き刺さる。目の前で設置されつつある石の墓は、きっともっと冷たいのだろうな、と彼女は何処かで感じた。

 鎮魂碑は、基地の港を見渡すことができる丘に設置されることになった。もちろん、鎮魂碑とは名ばかりで、実際は艦娘や遺族のいない兵士の墓なのだ。

 兵士はともかく、艦娘には遺族はいない。彼女達のほとんどは現在の姿のまま、この世に生を受ける。一応、軍の幹部が後見人として登録されてはいるが、それも名前だけの関係だ。

 だから、艦娘にとっては、自分の生きた証はこのちっぽけな石の塊にしか宿らない。雪風も、提督も、それがなくなったらすべて終わりだ。

 

 「寂しいって感じるのは、僕だけなのかな……」

 

 自分は誰かに覚えていてもらえるのだろうか。彼や、彼女のように。そんな思いがよぎるのも一瞬、時雨は手の中の物を握りしめ、鎮魂碑へと向かう。ぽっかり空いた2つの長方形の穴に、握っていた2つの髪の束を入れた。もちろん、雪風と提督の物だ。 

 

 「僕を、僕たちを見守っていてください。……そっちに行くまで。」

 

 僕も、ずっとおぼえているから。時雨は呟き、

穴に蓋をはめる。ピッタリと擦り合わさって、二度と外れることは無いだろう。時雨の思いと同じだ。

 つるつるとした表面を優しく撫でる。彼女が思ったよりも、石は温かかった。

 

 「……済ませたか…?」

 

 背後から声が聞こえる。榊少将がこちらの方を見つめていた。その背後には長門ら基地の艦が艤装を展開し、待機している。みんな、まなざしは時雨と同じだ。

 

 「うん。……僕はもう、大丈夫」

 

 最後に彫られた文字に触れる。『雪風』と『斬雲玲』の白い文字は、もう触れられないような純粋さを持っているように思えた。

 踵を返し、列の先頭に立つ。艤装を展開した艦娘の主砲が上空を向く音がした。

 

 「死んでいった仲間の魂が安らかならんことを…!敬礼!」

 

 榊少将の声と共に、空砲が鳴る。それは海面に響いて消えることなく時雨の耳に残った。彼女はただ、敬礼をしながら瞳を閉じた。

 これはきっと、弔いのための叫びではないのだろう。自分を前に進ませるための音。再び海に漕ぎ出すための汽笛だと、時雨は感じるのだった。

 

 何回砲火の音が響いたのか。弔砲の音は消え、辺りから艦娘達の気配が消えたのが分かる。時雨は急に、周囲が冷え切っていることに気がついた。制服では少し肌寒い。

 

 「艦娘でも女の子なんだから、もう少し暖かい格好をしなさい。風邪をひきますよ」

 

 懐かしい匂いと共に、肩に白い軍服が掛けられた。中佐の階級章が、夜の闇に光る。時雨は、背後に立っていた女性に目をやった。桜木橘中将。  

 数日前、軍病院から退院したばかりの体を引きずって、この基地に来てくれていた。誰のためかは言うまでもない。彼女は優しさ以外の感情をたたえた笑顔のまま、時雨に話しかけた。

 

 「あの子のためにも、貴方は元気でいなさい。……ほら、姉妹も待っているようだし」

 

 指さした先を見ると、白露と夕立、村雨が伺うようにこちらを見つめているのが分かる。時雨は桜木に礼を言い、姉妹の元へ脚を踏み出した。白い軍服に肩を通す。さっきまで強く残っていたはずの匂いは、弱まっている。時雨はゆっくりと、でも一歩一歩歩いた。基地の明かりに向かって。仲間たちに向かって。

 

     ―――  ―――  ―――

 

 ちりん、と鈴が鳴ったような音がした。

 

 「……なんだ……」

 

 俺は重たい瞼を渾身の力を込めて開く。光が針のように俺の瞳を刺す。聴覚が戻るにつれて、周囲が急に慌ただしくなるのが分かった。声は全て若い女性のものだ。

 ともかく状況を確認しなければ。俺は体を起こそうとするも、できなかった。全身に痛みが走る。Gでやられているのだと、はっきり分かった。

 と、不意に目の前の光に影ができた。男の声も聞こえた。どうやらこちらに話しかけているようだ。

 

 「……おーい。聞こえているかしら?漂流者くん。ラバウルの暑さだけじゃないでしょう?」

 

 ラバウル。その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は完全に覚醒した。自分の最後の記憶も、はっきりと浮かび上がる。

 

 「……俺は浜辺で…艦娘に…」

 「おっと、しっかり覚えてるようね。記憶障害も無し、と。結構結構」

 

 どうやらここは病室らしい。白い壁が目に痛い。鼻に、きつい消毒薬の匂いがこたえる。目と鼻の奥が何故かつん、として、涙が出てきた。

 

 「死ねなかった……」

 

 ポツリ、と呟く。思わずぎこちない右手で目を 覆った。暖かいはずの液体が、なぜか冷たい。

 死ぬはずだった。やっと俺の番が来たはずだった。なのに。

 

 「気がついたかな!?どうも!ラバウルへようこそ!」

 

 静まり返った室内に、急に明るいような男の声が響いた。周囲からも呆れのため息が漏れるのが分かる。差し出された固い掌に掴まり、体を起こす。銃器を使い慣れた人間特有の、固い手。俺は回復しつつある眼球を総動員し、声の主を見る。茶色の短パンに半袖。夏季軍服を異様にしっくり着こなした男だった。若い顔に付いているまるで閉じているのではないか、と思うほど細い目が、狐を思い出させる。

 

「やあ!漂流者君。階級と名前を教えてくれるかな?」

 

 俺が混乱するのを無視して、目の前の男は喋り続ける。何となく、怖いと思った。考えるより早く、口から言葉が出る。

 

 「……斬雲玲。日本海軍中佐。神浜基地所属」

 

 目の前の男は驚いた様子も見せず、頷いた。事前にわかっていたのではないか、と思うほどに。

 

 「僕は氷室晶。君と同じく中佐だ。このラバウルの基地司令をやっている。まあ、ショウでも何でも好きに呼んでくれ」 

 

 ひたすら喋り続ける男を前に、俺はぼんやりと疑問を頭で回転させていた。1年前に深海棲艦に襲撃され、通信が途絶したはずのラバウル。全滅したはずの基地がなぜ今生きているのか。俺は今どうなっているのか。黒鳥はどうなっているのか。あらゆる疑問が浮かんでは泡のように消えていく。

 

 「おっと、不思議そうな顔だ。おおかた、この基地が今存在する理由でも聞きたいんだろう?ま、説明するから座りな。もう座ってるか」

 

 周りの医師や艦娘を捌けさせ、男は傍らの椅子に座り、話し始めた。それはそれは楽しそうに。

 

     ―――  ―――  ―――

 

 1年前、深海棲艦の大規模艦隊が急にラバウルに攻撃を仕掛けた。本来は前線構築の斥候基地であるラバウルは、艦娘など兵士の犠牲もあり辛うじて撃退したが、通信設備が損傷。帰還しようにも航路は深海棲艦が制圧。仕方なく付近の島々やオーストラリア方面で資源を確保しながら、今日まで生きながらえてきたのだという。

 

 「基地付近に友軍機らしきものが墜落してね。念のため偵察隊を出したら君が深海棲艦に襲われそうになっていたってわけだ。開けてびっくり玉手箱って奴だ。……君はまだ安静にしなきゃいけないけど、白鳥……だっけ?君の機体は回収したから安心しな。装備にも触れてない」

 

 奴は笑いながら言った。その目とは裏腹に。奴が再び口を開こうとしたとき、一人の艦娘が部屋に入ってくる。濡れた鴉羽色の髪と、巫女服が印象的だった。資料で見たことがある。初期の世代の艦娘……山城だったか。

 

 「提督……駆逐艦からの戦闘報告書。受理を」

 

 彼女から書類を受け取り一瞥し、氷室は気怠げに立ち上がった。こちらに手を振り、部屋を去ろうとしたのも束の間、こちらに顔を向け、再び話口を開く。

 

 「……ま、この基地は結構平和だから。治るまでは好きに過ごしてくれ。死ぬも生きるも君次第だ」

 

 ああ、そうそう。奴はその言葉の後、こちらに向かって何かの端末を投げた。俺は掴むことができず、白い布団の上に落ちた、黒いカードを見つめる。機体や兵装に搭載される、データカードだと分かった。

 

 「それ、君の機体が持ってたレールライフルにあったんだ。中の音声データが君宛でさ。まあ、気が向いたら聞いてみてよ。身の回りの世話はこの山城がするから、彼女に言えばいつでも聞ける」

 

 それだけいうと、彼は風のようにその部屋から出ていく。山城もそれに続き、俺は部屋に一人残された。

 体の力を抜き、痛む全身を横たえる。彼らを信用するつもりはさらさら無い。閃光弾とはいえ、彼らが攻撃してきた理由が分からない以上、こうしてはいけないのだろう。でも、今の俺には無理だった。生きてしまっている事実が、俺の全身を圧し潰す。俺は体を横たえたまま、再び流れた涙を隠すために、片手で顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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