次回投稿予定:10月7日19:30
柳の一件から2日後、俺は東宮中将に呼び出されていた。
「二階級特進ですか」
東宮中将の執務室はいつも薄暗い。俺にとって心地よいとは言えない場所ではあったが、自分の顔が相手に見えないことは、唯一のよいところだろう。
俺の言葉に、目の前の男は頷いた。白髪の方が多い黒髪が、外の光を反射して光った。
「予測される敵戦力の再編成まで後一月。貴様ら試験隊の隊員は大規模攻勢に向け、階級を上げておくべきだと判断した。……意味はわかるな?」
階級が2つ違うだけでも、遺族年金は数倍の差が生まれる。そんな事を長屋がぼやいていた。
……分かっていたことだろう。最初から。
目の前の巌のような顔を殴りつけたい衝動をこらえた。
おそらく彼には悪意は無いのだろう。よしんば隊員が死んでも、大半の連中には家族が残っている。その生活を維持させられるようにするのは、決して悪意があっての訳では無いのだから。
「……了解しました」
俺は、それを言うことしかできない。
自分の顔が見えないことが、今は本当に有難かった。
逃げるように部屋から出て、建物の外の光を浴びる。夕暮れ時の赤い光に照らされた古めかしい煉瓦造りの建物は、どこかの本で読んだ禍々しい洋館を思い出させるようだ。
「……どう伝えたものか」
会うべきじゃない。隊長としてやるべきことさえできなかった俺は。
「言い訳だな。我ながら嫌になる」
訓練中もわざと顔を合わせないようにしていたのは、つまりはそういうことなのだ。おまけにこの一件ときた。ますます忌避感に拍車がかかるというものだ。こうなったら、いっそ長屋に隊長権限を移譲するべきか。真剣に考えながらとぼとぼちと脚を進める俺の顔は、目の前に現れた人間をみた瞬間に歪んだ。
「あっ隊長!お疲れさまです!」
会いたくなかった本人、駿川は俺の感情を知ってか知らずか、こちらに笑顔で敬礼した。
「……何をやっている」
奴の腕に抱えられた大きな荷物に目をやる。見た目からして重そうなそれは、おそらくは工業用のレーザートーチだろうか。
俺の問いかけに対し、駿川は答えなかった。代わりに、
「気になります?じゃ、隊長も手伝ってください」
それだけ言って俺の腕を掴んだ。荷物を右肩に抱え、左腕で俺を引っ張る様子は傍から見たらひどく滑稽に映ったことだろう。
基地の裏にある丘に向かって奴は足早に俺を引きずる。途中で引き剥がしてもまた掴んでくる執念深さに、俺はもう諦めて奴に従うことにした。
赤く染まった落ち葉を踏み分け、港が見える丘の頂上に出る。今までならそこから海が見えるその景色は、今は大きな石板で見えなくなっていた。
「……これは?」
「おっと、来たか玲。許可はもう取ってあるぜ」
俺の呟きを無視して喋る長屋を横目に石板に近寄り、触った。同じく石の台座で固定されたそれは、磨き上げられた表面を冷たく、しかし太陽のためか暖かい。
困惑する俺に、背後から声が掛けられる。凛とした女性の声はいつもはっきりと聞き分けられる。
「墓らしいぞ、そいつは……。発案したのは駿川だから、詳しくは奴に聞いてくれ」
榊少将は俺の肩を叩きながら、背負ってきた風呂敷を開く。中に入っていた酒瓶やらが崩れてきたが、彼女は構わずにお猪口に酒を注ぎ、石の台に備えた。
隊の連中がこっちに歩いてくるのが見えた。その真ん中には駿川の姿が見える。いたたまれなくなり、思わず去ろうとした俺に向かって、駿川が走ってきた。いつも通りのまっすぐな目に捉えられ、視線をそらす。
「で?これは何のために?資源だって無駄にはできない中あまりよろしくはないんだが……」
こんなことしか言えない自分を呪う。だが、こんな強がりも軽々と突破し、奴は俺を見つめた。一刻も早く、奴の元から逃げ出したい。そうおもっても、それさえ敵わない。
「自分たちは、守れませんでした。基地の兵士を……」
奴が口に出した言葉に、俺は思わず歯を食いしばった。
「それでも……いいえ、だからこそ、彼らの死を忘れず乗り越えていく墓標が欲しかったんです」
建てたのは自分の我儘だと、そんな言葉で駿川は話を終えた。俺の気持ちなど知らないかのように。
「……好きにしろ」
……彼は。本当に。
ただひたすらに、惨めだった。沈みつつある太陽に顔を向ける。日光の眩しい光が目にしみる。
駿川や柳がトーチを石板に向ける。オレンジの光が事前に入力された通りの文字を刻んでいく。死んでいった者の名前を。二度と消えない焼印を。
数分が経ち、役目を終えたオレンジの光が消える。隊の連中はそれを片付け、整列した。俺もそれを見て、すぐに列に入る。死者を侮辱することはしたくない。
「敬礼!」
軍靴の音が響く中、俺は奴の方を見つめた。中列の先頭に立っている背中は、夕焼けに照らされ後光が差しているようにも見える。思わず、もう一度歯を食いしばっていた。
……奴は、きっと俺なんかよりもいろんなものを救って、自分も、他人も守り続けていくのだろう。
触れてはいけない。
俺なんかが。
自分の掌から、鉄臭い臭いがする。
階級の話は、ずっと言えないままだった。
――― ――― ―――
「それで、基地の様子は?」
「工廠跡に深海棲艦の幼体がいた事以外は問題は無い。周辺警戒もしてはいるが、驚くほど敵がいない。ガ島攻略戦は順調に行けそうだ」
時雨は長門と話しながら神浜基地の道を歩く。焼け焦げた草が辺り一面に残っている様子にももう慣れた。
技術員や明石が必死に復旧したおかげで、基地機能はほぼ放棄前の段階に戻っている。備蓄量が規定されている部品や、予備資材1年分も補充を完了し、何とか電磁砲破壊作戦を視野に収めることが出来るようになったとのことだ。
基地の司令部施設に入り、作戦室に向かう。廊下のガラスはまだ割れたままで、少し海風が吹いてきていた。
どの基地も作戦室は暗い。既に集まっていた艦娘や榊中将の顔がぼうっと照らされて、何処か不気味だ。時雨と長門は部屋のパネルに近づき、敬礼をした。作戦室の端に浮かんでいるの大和の顔に目をやったのもつかの間、時雨は腹に力を込め、話しだした。以前から作戦立案と提案の経験をさせた提督に密かに感謝する。
「本作戦は電磁砲破壊作戦の前段となります」
モニターに三日月のような島が映る。作戦に参加した艦娘には忘れられないであろう島、ガ島。電磁砲によって完膚なきまでに破壊された地形は、痛々しい爪痕を青い海に残していた。
「電磁砲台の存在するグアム海域の攻略基地としてガ島を利用。簡易基地と司令部施設を設置することが目的です」
同じ場所への出撃。今回は目的も手段も全く異なっている作戦を前に、彼女は腹に力を込めた。自分に自信がなければ、皆がついてこないことを、彼女はもうその身をもって知っていたから。
「一水雷戦隊を先行。ついでに空母を中核に置いた航空戦隊で制空権を確保。その後に工兵隊をガ島に輸送します」
「はーい質問!敵の数と配置が前作線と同じなら夜戦を前段階に置いてからの攻撃がいいのでは?」
「現在、ガ島周辺海域での敵艦は減少している。これは前作戦で電磁砲が船渠にいる友軍ごと砲撃を仕掛けてきたことによる絶対数の減少に……」
案の定、軽巡川内からの意見具申が来た。長門がそれにこたえるのを聞きつつ、時雨は大和の方に瞳を向けた。以前金剛に言われた言葉を思い出す。
(金剛を信用するなら、大和さんは作戦に参加させない方が……でも、戦闘能力を考えるなら……)
時雨は作戦に自身が持てていない。虚勢を張って作戦が完ぺきなように思わせても、自分自身は騙せやしないから。
「ガ島周辺の掃討後、待機していた予備戦力は防衛ラインを島の南東側に構築。敵襲撃に備えてください」
それでも、時雨は淡々と話す。自分の背中に感じている重さを、あの人も背負っていたのだと痛感しながら。
(やるしかない……。僕の指揮に、作戦の成否がかかってるんだ……。やるしかない!)
作戦を成功させなければ、提督が戦い抜いた先には進めないから。時雨の目は、迷わないように努めていた。
――― ――― ―――
立案者として入らない作戦室は新鮮だ。俺は神浜のそれと似たラバウルの作戦室で、色とりどりの服を着た艦娘たちの背中を見つめていた。
作戦室には神風型の駆逐艦と軽空母龍驤、扶桑型戦艦娘の2人に軽巡の天龍型姉妹だ。投入初期に建造されたとはいえ、年代相応らしい元気さとかしましさを備えた彼女らの声で、作戦室は少し騒がしかった。
と、ドアが開く音が響き、部屋が一瞬にして静まり帰ったため、聞き慣れた軍靴の音がよく響いた。氷室中佐のお出ましだ。
「んじゃ、作戦説明始めちゃおうか」
表面上は飄々とした声。長屋とも全く違う話し方に、まだ俺は慣れない。頭を掻きながら話す彼には、緊張感のかけらもなかった。
「司令部と通信が途絶えてから1年。よくやってきたと思うけどね、そろそろ僕らジリ貧な訳さ。現在の基地や艦隊の状況も分かんないからどうしようかと思ってたけど、運良くそれを知ってるのが流れ着いちゃった」
部屋に驚きと喜びのざわめきが広がる中、奴の視線が俺に向けられるのが分かった。氷の針のような痛みを感じながら、俺は作戦資料を見つめることにした。
「ここから一番近いのが小笠原の神浜基地。距離はまあ20ノットなら余裕だ。……ま、戦闘を避ければね」
周囲の艦娘の視線を感じてか、そこで氷室は芝居がましい手つきで頭を掻いた。
……敵に見つからないように撤退ができたならば、十分たどり着ける。しかし、戦闘が発生したなら、話は別だ。駆逐艦はともかく、軽巡もたどり着けるか分からない。
「てな訳で、戦闘は避けたいのよ。だから今回の作戦を実施する訳」
そこまで話して、奴は始めて目を見開いた。青い瞳が少し怖い。
「敵制海権内に対し、敵防衛ラインの測定を行う。ラバウルから上げた航空機に対しそれぞれ艦娘をあてがい、広範囲にわたる偵察の指示と敵位置の確認を行うわけだ」
作戦室に小さな声の波が起きる。氷室は予想していたのだろう、底しれぬ微笑みを浮かべながら立っている。
「え~と、つまり、俺達が戦闘機に指示を出して航空管制を行う。航空機が落ちたらそこが敵の防衛ラインってことでいいのか?」
「そういうことね〜。さすが天龍ちゃんねぇ」
「褒められた気がしねぇ……」
この基地にはどうも慣れない。何故、あんなに明るくいられるのか。表面上だけではないあの笑顔の理由が、どうしても俺にはわからなかった。
耳に入る声を無視しながら、俺は自分の配置を確認しす、り。自分で希望したこともあり、俺もこの作戦に参加することになっていた。黒鳥もコアを持っている以上、作戦には参加可能だ。
「参加艦艇……とは言っても全員なんだけど……は明後日の早朝0400に第三格納庫前に集合。配置は自分で確認しといて」
それだけ言って奴は部屋を出ていき、作戦室には艦娘と俺だけが残された。部屋の喧騒を背中に俺は扉に体を向ける。
「あの……あの時の漂流者よね。大丈夫?」
声に振り向くと、そこには小柄な艦娘達が立っていた。色とりどりの着物が、少し目に痛い。先ほどの声の主が、戦闘でこちらをじっと見つめていた。小豆色の髪と桃色の袴の少女だ。確か、神風型の……。
「神風型一番艦の神風よ。これからよろしく」
それを皮切りに、神風型の姉妹がこちらに自己紹介をしてくる。一年間本隊と隔絶されていたとは思えないほどの明るさだ。戸惑う俺に、神風はこちらに笑いかけ、言った。自分の顔が凍りつくのが分かった。
「この作戦、皆で戦い抜いて、一緒に本土に戻りましょう?」
……そういうことか。
その笑顔に、俺は答えることができなかった。俺には、その笑顔は明るすぎるのだ。生きよういうと願いは。
相応しくない。
顔に出ていたのだろう、心配そうにこちらを見つめる神風に自己紹介をすませ、再び部屋に背を向けた。重い脚を何とか動かし、部屋の喧騒を後にする。廊下には、誰もいなかった。
俺は、守れなかった。あの人の願いを。約束を。
だから。
ここにいてはいけない。
ただ、そう強く思った。