艦これ ―神浜戦場記録―   作:56215

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次回投稿予定:10月20日19時30分
 



再起―7

 突然言い渡された休暇に困惑したのもつかの間、それが親族と過ごす最後の時間のために設けられたのに気づいて、呆然とした。

 俺はともかく、隊の連中はみんな内地に戻っているため、神浜はいつもよりもしんとしている。  

 特にやることもない俺は、何となく兵舎の外に出る。東から来た雲が、太陽を一時的に覆った。

 

 『桜木さんに会わなくても良かったのか?』

 

 長屋が内地に帰る前に言った言葉を思い出す。そんな事を言われても、桜木が今何処にいるのか、俺も分からないのだ。会うことは難しいだろう。

……言い訳だと。自分でも、そう思う。

 会いたくない。会ったら、俺は何を言ってしまうか分からない。彼女にとって理不尽な文句を。

 

 どうして颯を止めてくれなかったのか。

 

 舌打ちしかできない。

 格納庫に入り、漆黒の愛機を見つめる。全てを飲み込んでしまうような、艶消しのくろ。その眼差しは俺の密かな望みとは裏腹に、何も教えてくれない。地に伏した鳥は惨めなだけだ。

 

 「『……一体残らず』」

 

 ……颯の声が聞こえる。絹の様に、俺の耳を包む声。俺を導いてくれるあの音。

 

 「分かっています。貴方のために、俺は……」

 

 敵と俺。選ぶのはどちらか、そんなことは言うまでもない。

 横のハンガーに収まる機体たちが視界に入る。赤の機体。灰色の機体。前を向き続ける巨人達は搭乗者がやってくるのを今か今かと待っている。

 そこまで考えたとき、頭に鈍い感触がよぎった。数秒経ってから、自分の頭に走るのは痛みだと気づく。

 何かが鼓膜を刺激した。思わず耳に手を当てた。脳に響くような音。

 

 「……声?」

 

 いや、叫びだ。脳の内側をかき乱すような叫び。人のならざるものの声にもならない音に、俺は頭を抱えてその場にうずくまる。

……どれくらい経ったのか、いつの間にか叫びは消えていた。未だにふらつく体と揺れる視界に何とか耐えながら、俺は立ち上がる。いつもと変わらないはずの、基地の風景。しかし、格納庫から見えるコンクリートと海の色に少し黒が交じった気がした。

 

 「今のは……」

 

 息を整えながら立ち上がる。周囲にも特に異常は見られない。無機質な機械も、変化はない。思わず頭に手をやった俺の右手。そこに備わった端末からの呼び出しを見て、俺は驚愕した。予想していたはずの事態に。

 

 「司令部から呼び出し……敵襲?」

 

 緊急収集の音に押されるように、俺は司令部に向けて走り出す。胸に一つの確信を抱えながら。

 

 「……始まったか」

 

 あの醜い魚どもの行進。

 深海棲艦。海を飲み込む大攻勢が。

 

 

      ―――  ―――  ―――

 

 「第一部隊の掃討及び航空部隊の展開完了。予定時間に変更なし」

 「了解。じゃあ予定どおりに掃討開始。その後は赤城さんに指揮権を移譲。移動ルートを確保して」

 

 作戦が始まってから6時間余り。現在は何とか計画のままに進行中ではあるが、まだ作戦は第二段階へ移行したに過ぎなかった。作戦指揮を長門に任せ、時雨は作戦司令部から出る。経験なら彼女のほうが圧倒的に上であるならば、戦力が不足している現状では、時雨がでないわけには行かない。

 

 「司令。こちらは作戦準備完了しました。総員、いつでも出撃は可能です」

 

 顔をしかめたのも一瞬、不知火の声に頷きながら、艤装を装着する。いつまで経ってもその呼び名には慣れないのだろう、そんな思いが頭を過ぎったが、彼女は努めてそれに気づかないようにした。今は考えるべきではないことだから。

 

 「了解。第一防衛隊、出撃」

 

 艤装に装着された浸透圧式の注射で、展開薬が注入される。

 首筋の痛みと感覚の変化による痛みを感じながら、閉じていた目を開けた。青い海は、いつもと変わらずそこにある。

 目の前には同様に艤装を展開した仲間が並んでいた。駆逐艦の不知火と陽炎、夕立。軽空母の祥鳳。軽巡の矢矧。そして、大和型戦艦、一番艦の大和だ。

 時雨は精鋭たる面々を見つめたが、それもすこしの間の事だった。すぐに艦隊の予定進路に向け、航行を始める。

 時雨達の役目は、ガ島周辺の警戒と広範囲掃討による防衛ラインの構築だ。提督の戦闘ログにはレ級の撃破記録が残っていたが、完全に動き沈したのを確認した訳では無い。大和以上の防御力を持つならば、この戦場にも現れる可能性はある。それに対抗するための編成だ。もちろんほかの地域には別の部隊が出撃しているが、そのなかでも特に敵戦力が集中しやすい場所に時雨達は向かうことになる。

 

 (僕の選択は、正しかったんだろうか)

 

 しかし、時雨は一抹の不安を胸中に抱えていた。単縦陣で航行している艦隊。先頭にいる時雨のちょうど後ろを振り向く。

 

 「あれ?どうかしましたか、時雨さ……司令?」

 

 柔らかい笑みを浮かべながら時雨に笑いかけてきた彼女に笑顔を作り、再び時雨は前を見た。

 

 (大和さん……裏があるようには思えないけど)

 

 事前に金剛が言った言葉。それをすべて信用しているわけではなかったが、警戒はしなければならないのは事実ではある。

 

 (提督の機体の損傷……。黒鳥の頭部を完全に破壊できるのは大和型の主砲くらい……)

 

 レ級の主砲では、頭どころか機体の胴体にも大きな損傷が生まれる。報告書にあった内容を思い出した。

 しかし、危険性を孕んでいても大和を出さなければ、敵には対抗できない。それが時雨達の現状だった。

 彼女達は、進むしか無かった。

 

 

     ―――  ―――  ―――

 

 防衛ライン予定地に到着したのは、それから3時間後だった。空は暗くなったため、索敵用の航空機を着艦させる。作戦も予定通りに進行しており、通信では工兵隊を乗せた船が予定の進路の半分まで来たことを伝えていた。

 

 「特に敵影もないっぽい……。時雨…さすがに少なすぎっぽい!」

 

 少し不安そうに夕立が言った。ほかの隊からも会敵の通信は入っていない。現在は重要な拠点ではないとは言え、深海棲艦が勢力圏に入った敵を無視することは明らかに異常だった。

 

 「夜間ですが、航空隊を発艦させますか?」

 

 そう聞いてきた祥鳳に対し、首を振る。闇雲に捜索しても機体を無駄にするだけであり、その判断は正しい。だが、時雨には焦る気持ちは痛いほどに分かった。

 

 (会敵していないだけ?なら部隊をより広範囲に展開させて敵の接触を……でも、各個撃破されるかも……)

 

 すると、決めあぐねていた時雨の元に一本の通信が入った。あまりにも急迫な声が、恐怖をひしひしと感じさせる。

 

 『こちら輸送護衛隊!敵艦隊が輸送船団に……救援を…』

 

 展開している部隊の全てを凍らせるのには十分な内容だった。防衛ライン内部における敵襲。

本来ならばあり得ないはずの報告だった。

 

 (見逃した…!?友軍をもっと広範囲に広めるべきだったか……!?)

 

 「くっ……。祥鳳、この場の指揮を!僕と夕立、矢矧は救援に向かう!」

 

 輸送船団に一番近いのは時雨達だった。悔やんでも仕方がない、と彼女は割り切り、急速回頭。最大船速を出した。自分の焦りで頭はいっぱいだったが、それでもやらなければならない。それが彼女の仕事なのだから。

 

 (大和は……連れてきた方が……)

 

 胸の内で、少しだけ迷う。敵戦力が分からない状態で、戦力の逐次投入が危険であるというのは自明の理であった。

 しかし、時雨は不安そうな表情をしている彼女を置いていくことを選んだ。

 時雨自身も、別の不安を抱えてしまっていたから。

 

     ―――  ―――  ――― 

 

 重い機体を操作しながら、俺はモニターを上空監視に切り替えた。ラバウルから飛んできた龍驤の零戦が一機、空を優雅に飛んでいる。機体の奥に光る太陽の光が、あまりにも眩しかった。

 

 「敵は……何処だ」

 

 作戦が開始されてから2時間。ラバウル周辺から始めた索敵範囲も縮まり、敵の防衛ライン特定までもう少しといったところだろう。

機体が海面に着水し、コクピットが大きく揺れる。機体の損傷がないことを確かめつつ、俺は歯噛みした。

 

「何処なんだ!」

 

 作戦開始後、俺は一度も会敵していない。そのことが幸か不幸か、俺には分かりそうもなかった。

……嘘だ。俺は戦わなければならない。いや、奴らを壊し尽くさなければならない。

 

 「俺に出来るのは……」

 

 何のために戦ってきたのか。もう、分からない。

 

 「戦わないと……」

 

 俺の意味は、なくなってしまう。

 上空を飛ぶ零戦が、こちらに影を落とす。醜く海面を這いずり回る機体はあまりにも鈍くて、苛立ちを掻き立ててくる。

 コンソールから警報音が鳴り、予定範囲の索敵が終わったことを伝えてきた。次の瞬間、モニターが鈍い音を立てた。俺の拳がその画面を力強く叩いたのだ。

  

 「クッ……」

 

 額を拳で叩く。痛みに目を瞑ったのも束の間、俺は基地に通信を入れた。

 

 「こちら黒鳥、予定範囲の索敵完了。これより基地に……」

 

 そこまで言った所で、俺の目はコンソールに釘付けになった。最も敵予測防衛ラインに近いところを飛んでいた一機のブリップが消えたのを皮切りに、その周囲の零戦の機体信号が消えた。

……俺の望みの通りに。

 

 「複数機の零戦機体反応の消失を確認。敵艦の可能性が高い。これより確認に向かう」

 

 空中の航空機を退避させた後、すぐさま機体を反転させ、加速した。鈍い機体でも、火竜六機分の追加エンジンによる速力は見事なものである。あっという間に最大出力まで達した黒鳥のスピードは、俺をシートに押さえつけるには十分だった。

 

 『え…黒鳥……待ちなさい……』

 

 誰の声だったか。うるさい音をがなり立てる通信機を切る。何と言っているかへわからなかったが、構いやしない。コクピットのモニターに、映る歪んだ三日月のような笑みの男。それが俺だと言うことすら気づかずに、俺はスロットルを押し込んだ。

 

 「俺は……なんで……」

 

 視界が狭まる中、俺は思わず口走っていた。自分でさえ、何と言ったか分からない。

 

 「なんで、生きているんだ」

 

 あの子が言ったとおりだ。

 なんで。

 人殺しの俺が。

 

 

 

 

 

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