そっと、閉じていた瞼を開く。計器の光が突き刺ささって、少しだけ痛い。俺は固く握りしめていた掌をほぐすように開き、冷たい通信機に手をやった。
「戦隊各位、通信管制解除。敵の攻撃はすぐに来ると思え」
三角形の編隊。その先頭を飛ぶ愛機の後ろには、長屋の朱雀と駿川らの火竜が並ぶ。深海棲艦の大規模攻勢に対する戦力がたった7機の可変戦闘機とはなんとも情けないことではあったが、それ以上望んでも手にはいらないのだから仕方が無い。むしろこの事実を本人らに意識させないようにするほうがいい。
「沖の第二防衛線周辺が敵二個空母打撃群を中心とする艦隊により攻撃を受けている。我々は現地に向かい、基地守備隊を援護。時間稼ぎを行う」
そう、時間稼ぎだ。敵を迎撃し、壊滅させることもしない。出来ない。
事前にブリーフィングで伝えた内容ではあったが、通信からは一時的に物音が消えた。半ば予想した反応を無視しながら、俺は淡々と話す。
「基地は放棄。非戦闘員離脱の時間を稼いだ後は機雷を敷設しながら撤退し、神浜周辺に第三防衛ラインを形成する」
反攻作戦のために、今は耐え忍ばなければならない。司令は作戦指令と共にそうつぶやいた。次の勝利のためだと。
次があるかもわからないのに。
「貴様らの操縦する可変戦闘機、耐Gスーツ、食事。全てにそこらの兵士の物より高い金が注ぎ込まれている。こんな作戦で無駄死にするなよ」
結局は実戦経験がない新兵達だ。どれだけ訓練を積んでいても、戦闘になったらどうなることやら。考えても仕方の無いことではあるが、こんな所で死んでもらうわけには行かない。機体の状態を確認しながら、俺は腹から声を出すように努めた。
「敵に対しては常に2機一組で当たれ。3組が近接航空支援。後方支援と航空管制は朱雀が行う。朱雀のESMの範囲から離れるなよ」
『了解!』
大きさだけは良い隊員らの声を聞きながら、ようやく目視できるようになった基地を見る。通信にあった通り、まさに火の海といった状況だった。島の砲火と爆発光に照らされた黒い海には、わが物顔で魚どもが緑色の目を光らせている。
「……やってやるさ。貴方のためにも……。
作戦開始!クロウ隊全機、ブレイク!」
既に、あの耳鳴りは消え去っている。邪魔するものは何もない。
俺は僚機の朱雀を尻目に、戦闘機のまま突撃。基地守備隊に対し砲撃を続ける二隻の深海棲艦にレールガンの照準を向け、撃発。一隻目標の装甲がひび割れ、内部から火が噴き出てくるのを尻目に空中で人型へと変形し、急降下した。
「そこぉ!」
左腕のワイヤーアンカーを敵の砲塔に巻き付け、引っ張る。射角を制限され、無防備になった敵艦に対し、長屋の援護の一撃が突き刺さる。
荒い息を吐きながら、機体を海上でホバリングさせる。久しぶりの実戦で発したアドレナリンが、コクピットにつんと匂った。
『おい、聞こえるか!そこの黒いの!』
突然入ったひどく聞きづらい声に顔をしかめながら、通信回線を開いた。がなり立てる声が少し煩い。
「こちら神浜基地のクロウ隊。救援に来ました。後はこちらに任せて撤退を」
『亡くなった司令の代わりに今防衛戦を指揮している菅少佐だ!基地のことは良い!民間人護衛を最優先しろ!こちらが敵を引きつけているうちに!』
「……」
『貴様らの救援には感謝する!が、こっちの連中は覚悟はできている!無駄にするな!』
作戦指令書に書いてあった内容。
……馬鹿どもが。
こちらとしては、そんな命令に単純に従うつもりはない。
顔は平静を装ったまま、密かに罵る。何も返答しないこちらにしびれを切らしたのか、菅少佐はこちらに怒鳴りかけてくる。
『どうした!復唱しろ!何を……』
「……これよりクロウ隊は敵本隊に強襲をかけ、指揮系統を混乱させます。その間に撤退を」
『なっ……』
「長屋、敵の集中している箇所は?」
『基地の南東側の沖合に空母が二隻と護衛の一個艦隊。敵航空機は確認できず。空母は多分司令塔だな』
どのみち空母を叩かなければ、船団が危険になるか。この基地の人間の意思はともかく、敵を破壊しない理由は無い。
「総員、聞いたな。俺と朱雀はこれより敵空母に強襲をかける。残りの機体は護衛だ。駿川!」
『はい!』
機体の通信からは、戦闘の音は聞こえない。敵がいないと判断した俺は、駿川に通信を入れた。すぐさま、はっきりとした声が返ってくる。
「……守るんだろう?嘘は吐くなよ」
『……はい!』
明るい声を聞くやいなや機体を傾け、夜の闇に機首を向ける。長屋と共に剣のようなシルエットの戦闘機が、海上を駆けた。
「……というわけです少佐。邪魔なので退避を。後は彼の指示に従ってください。」
『……恩に着る。死ぬなよ』
応えはしない。ただ加速しながら、敵空母の位置を確かめる。輪形陣の艦隊が2つ、確かに沖合に浮かんでいる。
『フォーメーションBだな?』
今更戦術を話し合う必要はない。俺は長屋が機体を人型に変形させるのを見て、黒鳥を慣性飛行へと切り替えた。これで熱源を探知されることはない。
12……11……。
長屋が進んだ、艦隊の正面であろう位置に火花が上がる。奴のレールキャノンが発する光は、艦隊の右側からでもよく見える。
8……7……。
もっとも電波を発している艦を確認した。あれが目標だろう。機体のスロットルに力を込める。
3……。
黒鳥のレールガンの照準に、敵艦を捉えた。相変わらずのゆがんだ魚のような気持ち悪いシルエットを歪んだ視界で睨みながら、トリガーに指をやる。
2……1!
指を引いた。圧倒的な速度で射出された弾体は、過たず敵艦の側面に直撃。貫通するまでは行かないものの、装甲に割れ目を生じさせた。
発射と同時にスロットルを限界まで押し出し、防壁を翼と機首に集中させる。そのまま敵艦に突き刺さった一本の黒い鏃は零距離で全ての火器を斉射。赤い光と共に、空母は内部から爆発した。
「次!」
装甲の破片を各部に残しながら、黒鳥は人型に変形。急上昇し、敵艦の的になる。腕部ブレードをパージして射出。護衛艦の砲塔を破壊しながら、回避に専念した。
『相変わらず無茶ばかりしやがっ……て!』
長屋の声が聞こえたと同時に、二隻目の空母の口のような部分に火の華が生まれる。囮として一撃離脱していた長屋の朱雀から放たれた最大出力の一撃は、回復不可能な損傷を敵に与えていた。
『目標達成!離脱する……おい!』
出来ることならばもう少し破壊したかったが、仕方が無い。既に射程外にいる長屋に促され、俺は離脱しようとする。
しかし、それはできなかった。
「……クッ……」
機体が大きく揺れ、コクピットに警報音が響く。背中の装甲が吹き飛んだことがモニターの表示でわかる。南東の方角から、小型の深海棲艦がこちらに砲撃を仕掛けてきていた。
「援軍か……大攻勢にしては少ないと思ったら」
防壁が消耗しているとは言え、損傷はまだ浅い。が、これ以上打たれ続けたなら危険な状態になる。目の前に迫った死に神に対し、せめて敵を屠ってから、と呟いた、その瞬間。
『援護します!視界に注意!』
「……駿川?」
通信機から声が聞こえる。ついで、長距離多目的弾。あの形からしておそらくは煙幕だろうか。その弾頭は空中で爆発し、夜空一面をより黒く染める。敵艦からの砲撃が止んだ瞬間を見逃す俺ではないので、俺はその隙に機体を変形させ、離脱した。
『隊長!大丈夫ですか?』
「……護衛してろといったはずだが」
朱雀と共に編隊飛行する灰色の機体の後ろにつく。間髪入れず俺が言った問いに対し、奴は少しだけ呆れた表情をした後、声を上げて笑った。
『ある程度の安全を確保したので、援護に来たんですよ。隊長は素直じゃないですね……』
「……悪いな……すまん」
この新兵は、本当に腹立たしい。まったくだ。
そこまで思うと同時に、どっと体に重さを感じた。気がつけば、出撃してから4時間が立っている。空も少しだけ白み、黒い機体がひどく目立つ時間帯になりつつあるようだ。
……ああ。疲れたな。本当に。もう視界がぼんやりしているのを感じた俺は、機体をオートパイロットにして、少しだけ眠ることにした。
「長屋、後の指揮は頼む……。少し休む……」
『了解了解。帰るまでぐっすり寝かせといてやる』
長屋と駿川の笑うような声が響く中、俺は静かに目を閉じた。背中には燃える基地を置き去りにしながら、3機の可変戦闘機は飛び続けた。
――― ――― ―――
時雨は海上を全力で航行していた。救援要請があってから10分ほど経過している。そろそろ敵の姿が見えてもおかしくない。
「時雨!左舷11時方向に敵艦見ゆ!数は6!」
少し数が多いが、水中潜航することもある深海棲艦のことである。輸送船団に集結し、補給ないし人員を削ろうとしたのだろう、時雨はそう考えながら、敵と友軍の様子を確認した。
護衛につけていた艦駆逐娘は8人。それに対し敵艦は軽巡1隻と駆逐艦5隻。数の優位があるとは言え、船団を護衛しながらの戦闘は厳しい物で
あったことが一目でわかる損傷であった。
「こちら救援部隊!これより貴官らを援護する!今のうちに目標地点に!」
既にガ島本島の攻略と掃討は完了している。攻略部隊の戦力にも指示は出してあるため、部隊の展開ラインに近づけば何とか守りきれるはずだ。
『こちら護衛隊の長波!船団の一隻が機関損傷につき曳航させる!ドラム缶とは訳が違うな……』
通信を聞いて、時雨は僅かに舌打ちした。もちろん、自分の読みの甘さに対してだ。念のために、護衛隊の編成に軽巡でも加えておくべきだった、と内心では後悔していたが、今はそれをおくびに出すわけにも行かない。
「これより本艦らは敵側面から攻撃する!敵を引きつけた後に各個撃破!曳航艦は退避!」
『了解!長波サマの本気を見せてやる!巻!そっちは頼むぞ!』
即座に指示を出し、増速する。今なら敵艦は護衛隊に釘付けになっている。先制雷撃で削りながら敵の目を引きつければ、逃げる時間は稼げるはずだ。
敵艦に全速で突撃しながら、魚雷を斉射。夕闇に紛れた酸素魚雷は、気付かれることなく敵艦に接近。駆逐艦一隻と軽巡に直撃した。
「軽巡に命中3、駆逐には1!軽巡は撃沈確実っぽい!」
夕立の喝采をよそに、単横陣で船団に攻撃をしている敵艦隊に対し垂線を書くように突入。真ん中にいた軽巡が沈んだことで空いた隙間に突入し、敵艦隊を左右に分断する。
「これでおあいこ!」
2隻の駆逐艦を矢矧に任せ、夕立と時雨は残りの駆逐艦を相手にする。至近距離で主砲を放ち、砲塔を潰した。残りの砲口がこちらに向いたのを見るやいなや、体をひねって回避。そこで発生した隙に、護衛隊の風雲が主砲弾を叩き込み、沈黙させる。
「これで……おっしまい!ぽい!」
「阿賀野型を侮らないことね!」
どうやら夕立と矢矧も敵艦を処理できたようだ。2人の様子を見て、時雨は少しだけ荒げた息を整え、全艦を船団の護衛に向かわせた。巻波が曳航している物資輸送船に追いつき、右舷につく。安堵するのはまだ早いが、息をつくくらいは許されるだろう。撃沈報告も、死傷者の連絡もない。
(……何とか、作戦は完了しそうだ。良かった。みんな無事でいられた)
そう思った瞬間、少しだけ耳に何か聞こえた気がした。まるで女性の声のような、何か。
そして。
目の前の輸送船が轟音と共に吹き飛んだ。
――― ――― ―――
やはり、いた。雲も一つない真っ青な空に目立つ、深海棲艦のくろ。
俺は敵影を確認することなく腕部のブレードを起動する。甲高いチェンソーのような音が響き渡り、鼓膜に突き刺さったが、それすら気持ちがよい。
今の機体には遠距離兵装が搭載されていない。敵艦が反応する前に接近し、仕留める。
増設された六基のエンジンが唸り、機体がギシギシと音を立てる中、目の前には目標の駆逐艦が一隻、起動こちらに砲を向けようとしていた。
「遅い」
全てが遅く見える世界の中でも、ペダルててレバーの感触は明瞭だ。横殴りにかかる衝撃に耐えながら、横滑りするように機体を操作。すれ違いざまにその一隻を撃破し、次の敵に移る。機体を捻ると同時にブースターを起動。回し蹴りのように人型をした敵艦の頭部を吹き飛ばし、もはや被弾さえ構わず3隻目にブレードを突き刺す。
「ああ……」
さあ、早く俺に撃ってこい。俺に当ててみろ。
化け物どもめ。
重巡らしき敵に突き刺したブレードを引っこ抜こうとしたが、できなかった。腕部に備わった口のような艤装が、ブレードに噛み付いて離さない。その顔には僅かな笑みが浮かんでいた。
「……分かってるさ」
俺は右手のブレードを振りかざし。
「俺だ」
動けない隙に背後から襲いかかろうとしていた別の敵艦を切り裂き、勢いのまま重巡に突き刺す。動きが止まるのをみることさえせず、残りの敵艦に向けてフルスロットル。
「殺したのは……俺だ」
既に照準は完了していたのか、地獄の業火のように砲弾がこちらに向かってくる。回避行動さえ取らずに突撃するが、増加装甲によってあるいは防がれ、あるいは弾かれて行く。黒鳥の本体には
傷一つ無い。
「死んでいるべきだったんだ」
黒い魚と人型が入り混じった中に飛び込み、ただブレードを振り回す。砲を撃たれる前に主砲を破壊する。損傷した敵を抱え、上昇。別の個体の真上に落とし、纏めて沈める。
後は、一隻しかいない。
おそらくは戦艦級である深海棲艦がこちらに主砲を向け、全弾発射。損傷した薄い装甲が弾け飛び、エンジンが二基停止する。が、それでも構わずひたすらにスピードを上げ、真正面から突撃した。
「……」
口は開いているのだろうが、何も音は出なかった。いや、そもそも今の自分の表情さえ分からない。笑っている歪んだ顔がモニターに反射するだけだ。
戦艦に体当たりを加えた後に、ブレードを突き刺そうとする。が、こちらのコクピットに主砲が向いていた。機体は耐えられはするだろうが、パイロットはどうなるか。そんなことはとっくにわかりきっていたが、回避するつもりもなかった。
『避けなさい!黒鳥!』
友軍の射撃を示すアラート。音に対し、訓練された体は即座に動き、敵から身を離した、刹那。
敵の艦体に四発の砲弾が穴を開けた。
「何をやってるの!私にこんな手間かけさせて……。相変わらず不幸だわ…」
背後から一隻の戦艦娘が航行してくる。白と僅かな桜色の着物と、大きな髪飾り。その主に思わず武器を構えようとしたが、すんでの所で抑える。
「どうして……」
「氷室中佐から援護と引き留めの指示。作戦は完了。帰投するわよ。……貴方は帰投後に呼び出しがかかってるわ」
俺が聞きたいのは、それじゃない。
山城の視線を感じながら、ゆっくりと機体を反転させる。結局、彼女は俺の問いへの答えはくれなかった。
ともかく、今は帰投するしかない。エンジン出力も下がっている今は、敵を探すことさえできないから。
俺は歯を食いしばりながら、彼女についていくことしか出来なかった。