日本・小笠原諸島―9年前
銃声が響く。血と硝煙の匂いにまみれた戦場の中、俺は走っていた。
いつからだっただろうか。親に捨てられたらしい俺は日本の帝国化推進派とやらに半ば洗脳される形で、現政府との戦場に飛び込むことになった。
ドォン!
「クソッ!当たれ!当たれ!!」
敵兵を1人撃ち殺し、弾除けの鉄壁の後ろに隠れる。現在俺達は政府の直轄基地の一つを占領するべく戦闘を繰り広げている。基地の名前は確か―そうだ。神浜だったか。
『ここには、現在開発中の特殊機動兵器が保管されている。』
指揮官はそう言った。そいつを確保することで戦局を優位に進められると。
『苦しい戦闘になるが、我が国の腐った政治家を叩く決め手になるだろう!死してなお進め!諸君らの犠牲の上に新しい帝国が生まれるのだ!』
ああ、そうだ。国のための聖戦だ。俺が死んでもこの基地は確保しなければ。
「「「日本万歳!!」」」
仲間とともに叫び、銃を撃ちながら突撃する。1人、2人、また倒れた。ああ、羨ましい。国のために死ねるなど。俺は倒れた奴らを見る。なんて幸せそうな顔をしていることか。
「死ねぇぇぇ!」
敵兵の集まる砲台に飛び込み、銃を乱射。敵は狭い場所で手榴弾は使えない。まあ、こちらも別の理由で使えないが。まだ生きている敵の首にナイフを刺す。叫び声さえ許されず、彼、あるいは彼女は倒れた。
砲台を占拠したことで基地占領の目が高まった。その勢いのまま俺は銃を構え、走る。
目の前の敵兵に向け、発砲。口の中で発砲。倒れた死体を盾にして身を守る。肩越しに拳銃を当て、次の獲物をさがす。
ああ、日本のために。日本のために―。
――― ――― ―――
「どうしたの?提督?」
呼ばれた時雨はバルコニーから外を見つめている提督と並ぶ。夜の天気は快晴。今も星が綺麗に瞬いている。後ろの喧騒が、より大きく聞こえる静寂のなか。
提督は聞かれたにも関わらず、
「………」
じっと黙り込んだままだった。まるでここでないどこかに目を奪われているように…。
彼女は少し苛立つ。人を呼んでおいて何をしているのか。面と向かって言いそうになったところ、提督が口を開いた。
「お前は、記憶はあるのか」
「記憶?」
時雨は唐突に不意な質問をされ、少し驚く。
「今までの艦娘としての記憶がないわけないじゃないか。もちろん、『あっち』の記憶もね」
艦娘はほとんどが、旧世紀の『太平洋戦争』『第二次世界大戦』で活躍した艦と同じ名前を持つ。しかし、それは単に名前が一致したという訳では無い。理由は機密事項だが、彼女達はその名を受け継ぐ元となった艦の記憶を一部の艦娘以外はほとんど受け継いでいる。もちろん時雨もそれは同様だ。
「他には?いや、艦娘としての記憶の中に、今とは別の記憶はないのか。自分が一度沈んだ様な…」
唐突な言葉。でもどこか恐る恐る言うような。一体何の話をしているのかと、時雨は混乱する。
世界が少し、回った気がした。
「そんなのあるわけないでしょ!そりゃ…仲間なら…ある…けど…。でも、それは…」
「…ああ、すまない。いやな感覚を思い出させてしまったか。仲間を失う感覚を、いや、自分を忘れ…いや、何でもない。忘れてくれ」
彼は血を吐くように言う。いや、どちらかというと肩の十字架を増やす様に。
「提督、何を…」
時雨はどこか、提督を氷剣の様に感じた。どこか脆く、簡単に壊れてしまう刃。目的を切った後に、砕けて消えてしまうような。
「心配するな。お前達の存在は俺が絶対に預かる。お前達が忘れても、忘れはしない。話はそれだけだ。」
それを言うと提督は思い詰めたように、後ろを向いて去っていった。
「一体なんだったんだろう…」
提督に伸ばした手が、空を切る。支離滅裂な話に混乱し、時雨はただ彼の背中を見つめるばかりだった。
――― ――― ―――
鎮守府の朝は早い。時雨は5時半に起き、放送室へ向かった。そう、今日から秘書艦業務が始まるのだ。初日の総員起こしから遅れるわけにはいかなかった。
起床ラッパの音高らかに。1日の始まりを告げる音が鳴った途端、バタバタという音と共に建物から兵が出てくるのは人の宿舎も艦娘寮も変わらない光景だ。
「今日も暑いわね、加賀さん?」
「赤城さん、あなたまでからかわないでください」
そんな話し声も人が集まる中で次第に消えていく。
ジャージ姿の彼女らの前に一人の艦娘が仁王立ちした。戦艦長門。彼女はこの基地の対深海棲艦改装時からいる古参中の古参だ。本人はその肩書を誇りには思っていなかったが。
「気をつけぇー!」
一番右端に並んだ空母総代の赤城が声を掛け、艦娘達全員が背筋を伸ばした。
艦種ごとに並んでいる列の右端にそれぞれの総代は立っている。彼女らは長門に敬礼、後に当直勤務の艦娘の報告や現在配置されている艦娘がいるかどうかの確認を行った。
「諸君、お早う。今日も皆無病息災なのは良いことだ。このまま気を緩めず節度ある生活を心がけろ。以上!」
早朝の朝礼を終えた彼女らは各々食事や仕事へと向かう。時雨は今日の業務を再確認すべく掲示板へと向かった。
「ええと、確か今日はヒトマルマルマルから演習があったかな…うん。そうだね。」
演習。今回は教導部隊の艦娘に対し艦隊戦ではなく、個人戦を行うようだ。初めての演習で下手な姿は見せられない、と時雨は意気込んで朝食に向かった。
――― ――― ―――
8時半。朝の業務や食事を終えた時雨は急いで工廠へと向かう。午前の秘書艦業務は長門に任せたため、問題はないだろう。それよりも自身の艤装を完璧な状態にしておきたかった。少し小走りしながら第一格納庫に向かう。駆逐艦の艤装整備展開システムがあるのはここしかないのだ。
勢い勇んで扉を開け―ようとした時、急に扉が開いた。
「行ってきまーす!って、うわぁ!」
中から出てきたのは白いセーラー服を着た小柄な艦娘。首からはその体には似合わないほど大きめな双眼鏡をかけている。
「うわぁっ!」
そんな彼女と時雨は正面衝突。海の上なら最上あたりが慄きそうな程激しくぶつかり、互い倒れてしまった。
「ごめんなさい!だいじょーぶですか?」
「僕こそごめん、前あまり見てなくて…」
互いに謝りあう。相手の様子を伺おうとして時雨は顔をあげた。すると自然と相手の顔が目に入る。茶色の瞳。小動物を思わせる、あどけない顔。首には双眼鏡が揺れている。
「君は…もしかして、雪風かい?」
「あなたが、昨日来た時雨さんですか?会えてうれしーです!どうぞよろしくお願いしますっ!」
やはり彼女だった。かつて時雨と並ぶ幸運艦と称された駆逐艦。……多くの仲間を看取った駆逐艦。
と、複雑な気持ちになった時雨に対し、雪風は急に我に帰り、
「雪風、しれぇに今日の確認しなきゃいけないんでした!じゃあ!」
と言って走って行ってしまった。跡に残るのは風ばかりである。
「雪風もいるんだ…。少しうれしいかな。」
呉の雪風、佐世保の時雨。かつての戦争のあだ名でもそれを時雨は誇りに思い、雪風と連帯感を感じていた。それは雪風も同じだろう。戦場を駆けた者同士の絆がそこにはあった。
「おっと、僕も急がなきゃね。」
時雨は扉を開け、工廠の中に入っていった。明るい電灯が、彼女を温かく迎える。
――― ――― ―――
(僕たちの艤装って、いつ見ても特殊だよね…)
艤装展開。時雨の思念に反応し、装備が『現れる』。その原理はブラックボックス化されている上、詳細も機密事項として管理されているため一応は一兵士である時雨の知るところではなかった。
それはともかく、彼女は丁寧に整備を行う。当たり前だ。自分の命を預けるのにそれをおろそかにする間抜けは早死にする。整備は兵士として当然のことであり礼儀であった。
「ふぅ、完璧。これなら…いける!」
と、鼻息を可愛らしく立てた時、工廠の時計が鳴った。もう9時30分だ。もう艤装を展開し海にでなければならなかった。彼女は急いで身体展開薬を取り、カタパルトに向かう。
カタパルトに着く。大きな、本当に大きなカタパルトだ。もとは機動兵器用に調整されたものだから当たり前だが、艦娘はこの大きさで問題なかった。
「よし…艤装、展開します!」
整備班長の許可をもらい、首筋に展開薬を打ち込む。痛み。意識が朦朧とする間に浸圧で打ち込まれた薬が作用し、彼女を15mもの大きさに変えていた。艤装を全展開。黒鉄の戦乙女の誕生である。
(感覚を変えて…いける!)
急に高くなった背と、自分の手足に少し目眩がした。が、目を閉じ、自分の動きと体をイメージする。……感覚は戻ったようだ。
原理不明、物理学を超えた変身だがこうしなければ全長20mもの深海棲艦に対抗できない。そのうえ、艤装の全力を発揮できる姿がこれしかないため、人と同じ大きさの時と無理にでも感覚を切り替えながら戦うしかなかった。
ちなみに、この巨大化も技術的には説明が付くらしいのだが、機密事項となっている。
(全く…説明ぐらい欲しいよね…)
艦としての感覚に切り替えた時雨はカタパルトに向かう。脚部を固定。スキージャンプのようにかがみ、放たれるときを待つ。
3.2.1.…
「時雨、行きます!」
火花が脚部の艤装から上がる。轟音と波飛沫を立てながら彼女は大海へと飛び出していった。
今回は少し改善余地有りですね…