【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら【完結】   作:畑渚

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第1話 色なき世界

 その日は何の因果か、珍しく残業もなく帰れた日だった。

 せっかくの自由時間だ。満喫するために俺は奮発して、特急券を駅のホームで購入した。

 

 事件は、俺がビール缶片手に空いてる自由席に腰掛けたときに起きた。

 

「わ、ああぁぁ、あ゛あ゛あ゛ぁ゛」

 

 その車両の後ろ側で、そんな奇声が聞こえた。

 席に座りかけていた俺は何だと思い再び立ち上がった。

 

 いや、立ち上がってしまった。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 車両の後方には、大ぶりの包丁を振り回す男がいた。

 男の前には、旅行中なのだろう、小学生くらいの女児とその母親がいた。

 

 なんのいたずらだろうか。俺の義勇心に火がついた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 革のバッグを盾に男にタックルを食らわせる。

 後ろに倒れた男に馬乗りになり、腕を押さえつけようとした。

 

 しかし、それよりも早く、手にガムテープで固定されたナイフが振り抜かれた。

 俺は反応する暇すら与えられなかった。

 

「あ、アツい……」

 

 ズブリと、突っ込まれたモノが引き抜かれる。

 そしてわけもわからぬまま、新たな傷口に包丁を突き刺される。

 

 20回だか30回だか、刺された回数を無意識にぼぅと数えていた。

 

「きゃ、きゃあーーっ!」

 

 乗客の悲鳴が聞こえる頃には、俺は血を流しすぎていた。

 

 そこから先は覚えていない。

 

 こうして俺の前世は幕を閉じた。

 

 

<=>

 

 

「旦那、今日も羽振りがいいね」

 

「うるさい、早くしろ」

 

 屋台のおやじに焼串を注文する。ここの屋台、味だけは確かなんだが、新参者からぼったくる精神だけはいけ好かない。

 

 串に刺さった肉を頬張りながら、俺は町を歩く。

 

 レンガで出来た町並み、石畳の道。せいぜい2階か3階建ての低くて似たような建物が立ち並ぶ。

 町行く人は様々な髪色の地毛を持ち、鱗やエラのついている種族もいる

 空には4つに光る太陽たちが輝いている。

 

 見ての通り、ここは日本でもなければ、地球ですらない。

 

 俺は3年前のあの惨殺事件によって、異世界転生していた。

 

 前世にそういった小説があるというのは知っていたが、ある1作品を除いて、俺はついぞそのジャンルを読むことはなかった。

 

 その1作品とは何か?それは俺の弟が書いたというから読んだだけの、異世界転生奴隷ハーレムものだった。

 引きこもりだった弟にここまでの想像力があるのかと当時は関心したものだ。

 

 弟はテンプレだとか言っていたが、その作品の主人公は神にもらったチート能力を駆使して財を成し、その財で美少女奴隷たちを買い占めてハーレムを築く。そういった創作だった。

 

 じゃあ俺はどうだったか?

 

 俺も同じように、世界の主を名乗る女神によってチート能力が与えられた。しかも複数も。

 

 そんな俺の転生は、イージーモード過ぎた。

 

 俺を倒せるやつは存在しない。たとえ一国が総力を上げても俺を殺せないからだ。

 暗殺も自動反撃能力で効かないし、軍隊がきても範囲魔法で一掃できる。

 

 俺を欺けるやつは存在しない。スキルで思いもなにも看破されるからだ。

 カジノはどこも名誉出禁。裏の情報屋は俺の顔を見ると場所を移す。

 

 俺を困窮させるものは存在しない。万物創造の能力をもってして物欲は満たされるからだ。

 食べ物や物はもちろん、金銭ですらも創造できる。生命とかでなければ制限はない。

 

 最初のうちはこの人生を楽しむべく、冒険者になってみたり、私兵として名を馳せてみたり、国家を裏で操ってみせたりした。

 

 しかしそんな生活は長く続かなかった。

 

 なぜなら、俺を止められる人が存在しない事実に、俺はすぐに『飽きて』しまうからだ。

 

「はぁ……もう死のうかな」

 

 それが不可能なことは何度か試してわかったことだ。俺自身の攻撃ですら、自動反撃で防がれてしまう。

 

 それでもそう呟いてしまうのは、退屈に殺されそうだからだった。

 

「もしチートを与えられたのが俺みたいな飽き性じゃなかったら……こうはなってなかっただろうか」

 

 その時ふと疑問が湧いた。

 もし例えば、この世に未練があり、野望があり、そういった人物がすべてを手に入れられる状況になったとしたら、そいつも最終的に俺と同じ思考に至るのだろうか。

 

 そうとなれば思い立ったが吉日だ。

 

 俺は自宅ではない方向に歩みを変えた。

 

 野望だとかそういうのは、絶望が深ければ深いほど育つものだ。

 となれば、俺が行くべき場所は一つだった。

 

 

<=>

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 執事服に身を包んだ案内人が、恭しく俺に頭を下げる。

 

「みたところお客様。ほしいものがお決まりの様子で」

 

「ああ、とびっきりの奴隷を見せてくれ」

 

 俺が来たのは、この王都随一の奴隷商人の館だった。

 

 この国では奴隷は一つの職業として認知されている。だからか、日銭に困ってるようなものから、犯罪者まで幅広く扱われている。

 

 そんな中でも俺がこの店を選んだのは、その幅広い品揃えを期待してのことだ。

 

「どうですお客様。当店きっての名品たちですが」

 

「うーん、イマイチだな」

 

 だが期待外れだった。

 そもそも俺が求めてるのは、奴隷であることを選択したようなヤワな連中でもない。

 

 犯罪奴隷?やつらは狡いことを考えるしか脳がないから最初から除外している。

 

 大手なりに幅広いが、整った顔立ちや優れたスキルなど、確かに名品揃いだ。

 しかし俺の趣旨にはそぐわない。

 

「なあ、もっとなんかいないか。世界に絶望していて、奴隷以外に生きる道を見いだせないような」

 

「お客様。奴隷は奴隷、あくまで人間です」

 

「そうなんだけど、そうじゃないんだよなぁ」

 

 この執事服が言う意味も理解できる。奴隷商だって、商品にならないようなものは仕入れないだろう。

 

「でもなんかなぁ、居るんだろ?」

 

「……といいますと?」

 

「ここは人を商品として扱う店だ。ということは、返品や廃棄なんてのがあってもおかしくないだろう」

 

「……なるほど、そういったモノをお求めでしたか」

 

 執事服はソファから立ち上がって扉を開ける。

 

「ご案内いたします。この世の底へ」

 

 俺は警戒もせずに、執事服の後ろに付き従った。

 

 進むに連れて、床から絨毯がなくなり、やがて土間のように砂利が敷き詰められただけになっていく。

 奴隷たちの部屋もただの扉から、窓付きの扉に、そして終いには鉄格子をはめただけの部屋に、乱雑におかれたモノたち。

 

「お客様。こちらが、モノの取引場所でございます。お気に召す商品はございますでしょうか」

 

「……その奥のは」

 

「商品はこちらまでですが……」

 

「気になった。見せてくれ」

 

 鉄格子の部屋の更に奥。

 雑多なゴミと同列の一時的な置き場にそれはいた。

 

 

 それは人間だった。

 

 人間『だった』のだ。

 

 

 それに膝や肘の先はない。切断された後に焼かれたのか、断面がまだ見える。

 

 それにまともな呼吸機能はない。舌のない口から、こひゅうと弱々しく空気が流れるだけだ。

 

 それに目の前の俺を見る力はない。片目は空洞、もう片方は開いているものの白濁しており光がない。

 

 

「お客様。それは廃棄品です」

 

「構わない。いくらだ」

 

「ですから廃棄で……」

 

「御託はいい。このくらいでいいか」

 

 それは、最上級の奴隷10人分の値段の金貨袋だった。

 執事服の男は、中身を確認し、そして深々と頭を下げた。

 

「……お客様のお望みであれば」

 

「よし、じゃあもらっていくぞ」

 

 俺は自分が汚れるのも気にせずに、それを米俵のように持ち上げた。

 やせ細っており、軽すぎるな。

 

「じゃあ、帰るか」

 

 俺はこうして、色のない世界で目的のモノを手に入れた。

 

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