【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら【完結】   作:畑渚

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第13話 平穏を望む

「ご主人様、世界一の宝石がほしいです」

 

「ご主人様、世界一のご馳走がほしいです」

 

「ご主人様、ご主人様……」

 

 私はあれから幾度となく望みを言った。

 中には不可能に近いものも数多くあったはずだが、ご主人は難なくそれを用意して見せた。

 

 次第に私は、一つの確信を持つようになっていった。

 

「ご主人様」

 

「なんだ、望みか?言ってみろ」

 

「今日のご飯、肉料理がいいです」

 

「任せろ、とびきりの肉料理を用意してやろう」

 

 ご主人はそういうと買い出しに出かけた。

 これで私は自由時間を稼ぐことができる。

 

 さて、この自由時間で私が最近やっていることはなにか。

 

 それは、街に出かけてみることである。

 

「よおカインのとこの……」

 

「あら、カインさんとこの……」

 

 街の人から見た私は、ご主人の名前が私より前に来る人物でしかなかった。

 

 こんなところでも、私はご主人の影響力を感じざるを得なかった。

 

 ご主人のこの国での名声は、とてつもない力を持っている。

 

 それもそうで、何度も危機を退けてきた救国の英雄らしいのだ。

 

 曰く、巨大なモンスターを退けたとか。

 曰く、敵国と交渉して開戦を回避したとか。

 

 その伝説は数しれず、しかも国民の大半がそれを認識している。

 

 ただのお人好しというわけでもない。

 相手が悪人とわかれば迷わず切り捨てるし、無理に手を伸ばして救えぬものを救おうともしない。

 

 だとしても、多くの人にとってご主人が英雄なのは変わらぬ事実であり、そんな英雄が唯一隣に立つことを許した者として私を分類するのも無理はなかった。

 

 そのことに不服はない。

 

 むしろ光栄なことだ。ただの奴隷でしかなかった私に名前が付き、こうして街を歩けるだけの自由が与えられているなんて。

 

 死を待つだけだった私が、今や何かを求め与えられる存在になっている。それは奇跡に近い。

 

 そしてそんな奇跡を起こしているのは紛れもなくご主人だ。

 

 そんなご主人は私と話している時だけわかりやすく顔に出る。

 

 私が望みを言っているときは、目に光を灯らせ、まるで純真な子供かのようにこちらを見てくる。

 

 逆に望みがないと言うと、失望したかのようにこちらを見つめる。少しぞわりと背筋が凍る思いをする。

 

 では街にでているときはどうかといえば、ご主人は感情のわからない鉄面皮になってしまう。

 元よりそういう性分なのだそうだ。まちの人も慣れており、それにとやかく言う様子もない。

 

 これが私が街に出るようになって知るようになった、ご主人という人間であった。

 

 ではご主人は何を望んでいるのか。

 

 私は自分の望みを吐露しながら、そう思うようになってきていた。

 

 ご主人は私という死にかけの人間を救い出してみせた。しかしそれはあくまで過程であって、いわゆる「実験」の対象とする目的に従っただけと語っている。

 

 そんなご主人は、私に望むことのみを望んだ。

 私の欲しいもの、やって欲しいこと、何でも叶えてくれる、まるで不思議な魔法のような存在だ。

 

 私にものを与えること。

 

 それ自体も、過程であると私は感じ取っていた。

 

 決して善良な意思を持って人を救っているわけではなく、あくまで何か目的のために、私を使いつぶそうとしているのだと。

 

 それにしても優しすぎるとは思う時もある。

 

 私は何一つ不自由のない暮らしを担保されている。

 望むものは何でも手にはいるし、地位や名声など形のないものでも望めとご主人は語っている。

 

 尤も、そんなもの必要に感じないので望まないが。

 

 私は、現状で十分に幸せだ。

 

 衣食住が充実して、退屈さすら感じてしまいあくびの出るような平穏が、私が何より望んだものなのだから。

 

 だからご主人の要求には頭を悩ませていた。

 

 これ以上何を望めというのだろうか。

 

 私には、わからないことだった。

 

 でもそれでいい。私が何かを望み続ける限り、この生活は続くと考えていたから。

 

 そう、いつまでもこの退屈混じりな日々が、続けばいいと思っていた。

 

 

<=>

 

 

「……ご主人様、もうお戻りでしたか」

 

 しまったと最初は思った。ご主人より早く帰ってくるつもりが、思いのほかご主人の帰りが早く、すでにマントが玄関に掛けられていたからだ。

 

「……ご主人様?」

 

 しかし、家の中からは物音がしなかった。

 寝た?にしては日が高すぎる。ご主人も惰眠をむさぼる趣味はなかったはずだ。

 

「……っ」

 

 虫の知らせとでも言うのだろうか、背筋に嫌な汗が走っていった。

 

 家のなかに足を踏み入れ、その違和感の正体を突き詰めようとする。

 

 一歩、また一歩と、私が踏みしめた床が軋む音だけが響き渡る。

 

「っ!ご主人様!?」

 

 台所の床に、うつ伏せに倒れているご主人の姿があった。

 急いで駆け寄り、容態を見る。

 

 外傷はない。血や嘔吐物も見当たらない。

 

 苦しそうに歪んだ顔と、胸のあたりを押さえているかのような体勢……。

 

 急いで胸に手を当てる。

 

 鼓動が、しない。

 

 サァと自分の顔から血の気が引くのを感じた。

 

「ご主人様!」

 

 応急手当の心得は私にはない。

 

 そんな私が唯一できること……

 

「お願い、風の精霊さん!急いで!」

 

 メモ用紙をちぎって空に飛ばす。魔力を使いすぎてクラリとめまいがした。

 

 その勢いを抑えきれず私はご主人の上に覆いかぶさる形で倒れ込んで、意識を失ってしまったのだった。

 

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