【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら【完結】 作:畑渚
「なあロゼ」
「はい、なんでしょうかご主人様」
「1か月だ」
「はい?何がでしょうか」
「お前が望まなくなって一ヶ月経った」
「……何のことでしょうか?確かに昨晩も望んだはずですが」
「確かに便宜上そうなっているが、明らかに望むことが減ったよな」
前まではわがまま姫かのように日々の食事から外出に至るまで快適を望んできていたはずだった。
しかし最近のロゼは、望まないどころか、自分でやるからいいと断ることすら増えてきていた。
「何をたくらんでいる?」
「私を何だと思っているんですか。謀なんてしませんよ」
「そうか」
しかし違和感がある。そんな違和感だらけの日常なんて俺は嫌いだ。
「ロゼ、ここに座れ」
「……?は、はい」
ロゼを椅子に座らせて、俺はロゼの額に手をかざす。
「今から俺が言うことにはいかいいえかで答えろ」
「……は、はい」
「お前は望むものがなくなった。そうか?」
「いいえ」
「毎日望む生活を送れているか?」
「はい」
「何を望んでいる?」
「……ご主人様、それははいかいいえで答えられないですよ」
「そうだった、すまない取り乱した」
底の見えなさに動揺してしまっていた。深呼吸をして、もう一度息を整える。
「望む内容は夜の行動に関係があるか?」
「……はい」
「なるほど、あの行動自体が目的ではない、そうだな」
「なっ」
「今のも肯定と見なすぞ」
「……魔法ですか」
「ああ、尋問に使える」
「わかりました。じゃあその魔法、使わないでください」
「無理だ。お前の真意が知りたい」
「……教えますから、魔法を止めてください。これが今の望みです」
「そう言われると弱いな」
俺は手をかざすのを止めた。
それがロゼの望みだというのならば、俺は従うと自分で決めたのだ。
「じゃあ話せ。何をしようとしている?」
ロゼはつばを飲み込み、そして覚悟を決めたように話し始めた。
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自分が死ぬ病だと聞いて、普通の人は何を思うのだろうか。
少なくとも、俺のような受け止め方をした人はいないはずだ。
俺の率直な感想としては、ああやっぱりか、だった。
ここまでのチート能力を何の制約もなしに使えるはずがない。人生はそんなに甘くはできてない。当たり前の事実だ。
むしろここまで好き放題に使ってやっとなのだから、もし謙虚で誠実な人物がこの力を持っていたら、普通の寿命まで気付かずに生きていたかもしれない。
「それで、延命措置として、夜に身体を重ねるふりをして魔力供給していたと?」
「……はい」
となればロゼは、俺にとって命の恩人である。
普通なら感謝をしてもしきれない、そんな人物だ。
しかし俺はそう考えられなかった。
「なんでそんな無駄なことをした」
「無駄……ですか?」
「ああ、無駄だ」
そうとしか考えられなかった。
魔法を自由を使えない自分に、俺は存在価値を見いだせなかった。
「ご主人様の命を救うのが無駄なわけないじゃないですか」
「俺はそんな高尚な存在じゃない」
もともと死のうなんて思ったほどには、俺にはこの世界にとどまる理由がなかった。
「ご主人様は死にたいのですか?」
「それでも構わないと思っている」
「なぜですか。全てを叶える力があっていったい何が不満なのですか」
「不満とかじゃないさ」
俺はソファに腰を下ろして、足を組む。
「暇なんだ」
「暇……?」
「俺が願ったことはだいたい叶う。俺が望んだものは大抵手に入る。それがひどく退屈に感じるんだよ」
「そんな……。まってください。じゃあ私にあれほど望めと言うのは……?」
「そうだ。俺は第2の俺を生み出して、どのように思考するのか『実験』していたんだ」
「私は実験体ってことですか?」
「ああ、都合が本当に良かったんだ」
「……」
嫌われたかな、なんて考える。ロゼは沈黙したままだ。
「この目的が明かされた時点で、実験は終了だ」
「どうする気ですか」
「この屋敷で好きに過ごすといい。もう俺はお前の望みを叶えられないが、まあ不自由はしないくらいの蓄えはある」
「ご主人様はどうする気ですかと聞いているんです」
「俺か?」
そうだな。あまり考えていなかったが……。
「適当な山まで飛んで、一生を終えるとするかな。海でもいいが、死体がどこかに漂着するとか嫌だしな」
「どうして……」
「ん?なんだ」
「どうしてそこまでドライに自分の死を語れるんですか」
「なんでだろうな。もしかしたら、一度死んだ時になにかが狂っちまったのかもな」
「一度……?」
「ああ、話してなかったな。俺は一度死んだ経験のある、異世界からの転移者だ」
「転移者……」
「だからまた死んでもきっと女神とかいうやつが現れるんじゃねえかな。知らねえけど」
「……わかりました。いえ、わからないことだらけですが、これだけはわかりました」
「何がだ?」
「ご主人様は、生きる目的が手に入らなかった。違いますか」
「……ふっ、たしかにそうかもな」
「ならば、わかりました。ご主人様、最後に、本当に最後です。私の望みを叶えてくれませんか」
ロゼは服の裾をつかみながら、そう懇願する。
最後の望みか。なるほど、そう言えば俺が応えざるを得ないとわかっている。
「今の俺に与えられるものなら、なんだって与えてみせよう」
ならば俺は、最期までこの実験の結果を見届けてから逝こう。
それが、実験者としての矜持というものだ。
「私に、ご主人様の残りの人生を全部ください」
「は?」
「どうしたんですか。私は望みましたよ」
「何を言っているんだ。そんなことができるわけが」
「あれ、でもご主人様は言いましたよ。ご主人様が与えられるものなら何だって与えてくれると、そう約束しましたよね」
「確かに言ったが、だが」
「男の二言は情けないですよ」
「いや、だがこれはあまりに」
まるで恋の告白のような言葉じゃないか。
「私の最後の願いです。私はまだ、ご主人様と暮らしたい。たとえどんな困難が私たちに降りかかろうと、2人でそれを乗り越えていきたい」
「お……俺なんかと」
「ご主人様……カイン様だからですよ」
ロゼはすっと俺の頬に手を当てた。
「あなたはゴミ同然の私に手を差し伸べてくれた、唯一の人。これ以上の理由はいらないと思いませんか?」
「それは……」
「ご主人様が手を差し伸べた理由なんて気にしません。私は私の尺度で動いているので」
顔が近づいてくる。何をしようとしているのかを考える時間すらロゼは与えてくれなかった。
「代わりに私の人生全部、カイン様にあげます。返事は聞かないですからね」
口と口とが接触する。軽い、愛を確かめるだけの短いキスだった。
「カイン様。これでもまだ、私の望みを叶えてくれませんか?」
そう言われてしまえば、実験者として、主人として、そして男として、答えは一つしかありえなかった。
「……わかった。お前が望むのなら、そうしよう」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、できるだけ端的に聞こえるようにそう返すことしかできなかったのだった。
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