【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら【完結】   作:畑渚

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第2話 琥珀色

 適当にあったシーツを巻き付けただけの状態で、肉塊を抱えて町を歩く。

 待ちゆく人々はいろいろな表情を浮かべながら俺へと目を向け、そして俺であることを確認すると興味を失ったかのようにそれぞれの日常に帰っていった。普段から変なモンスターの残骸なんかを担いで歩いてるから、またそれだろうと思われたようだ。

 

 町並みがだんだん穏やかになっていく。庭があり、一戸建て住宅が増えていく。

 城壁の外縁近くの住宅街、その一角に俺の屋敷がある。

 

 家の門を魔法で解錠し、侵入者の痕跡がないことを確認する。

 

 そしてそのまま家の玄関には向かわず、無駄に広い草の生え散らかした庭へと向かう。

 

 この肉塊、見たところ性別は女らしい。凄惨な状況にある彼女には申し訳ないが、敢えて言葉を隠さずに言おう。

 

 臭い。家に入れるのをためらうほどに。

 

 仕方ないことだ。彼女は自分の糞尿を処理できる状況にもない中で、あのゴミ捨て場に放置されていたのだ。

 何時ついたのかもわからない血の跡、香るアンモニア臭。何日も水浴びをしない人のような人間臭さ。

 その全てが、俺の鼻腔を刺激して止まなかった。

 

「まずは、洗浄からだな」

 

 肉塊を地面に下ろし、少し離れる。そして手を前にかざし、詠唱を開始する。

 

「水の精霊よ、我が呼びかけに応じ、荒れ狂う奔流を以てして、目前の不浄を洗い流せ」

 

 本来詠唱は必要ないような簡単な魔法だ。しかし、今回のお願いはちょっと厄介だぞと精霊に伝える目的で、俺は全て詠唱した。

 

 詠唱に応じて、かざした手のひらから水が溢れ出す。その水は奔流となって肉塊へとまとわりつく。

 

「おぉ、壮観だな」

 

 奔流が肉塊の汚れを洗い流していく。きれいな水が汚水に変わっていく様子は、まるで洗濯機のCMのようだななんて考えていた。

 

 水の精霊は基本的に優しい。傷口を痛めつける心配はしなくてもいいだろう。

 現に肉塊も、苦しそうにしている素振りは見せていない。

 

 まあ、水の精霊は怒らせると大変なので、今日は多めにマナを支払っておくことにした。

 

「終わったか」

 

 水が収まって消えた頃、肉塊に近づいて鼻を利かせてみる。

 

「うん、この程度なら問題ないだろ」

 

 無臭とまでは行かなくとも、この程度なら家に上げても変な臭いが家具につく心配はせずに済みそうだ。

 俺は再び肉塊を担ぎ上げて、玄関へと向かう。

 片手で解錠、扉を開けて中へと入れば、ホコリこそ積もっているものの、それなりに整った玄関が出迎えてくれる。

 

 使用人の類は雇っていない。この家を買ってすぐには雇っていたが、一人暮らし歴が長いため人に世話してもらう生活になれずに、すぐに解雇してしまった。

 それからは、この家に入れるのは俺1人という状況が長く続いていた。

 

「これからは2人、か」

 

 もしかして俺は今とんでもなく面倒なことに足を突っ込もうとしているのでは?

 

 そんなことを考えながら、廊下を歩く。

 

 突き当りまでいって扉を開ければ、そこは洗面台のある一室だ。

 俺は慣れた手つきで中に入り、その更に奥の部屋へと足を向ける。

 

 奥の部屋。そこはつまり、浴室だった。

 

 タイル張りの床と壁。大きな湯舟。魔法で動くシャワーが備え付けてあり、湯船の水も魔法で常に新しい水へと張り替えられている。

 

「さて、と」

 

 そのタイルの上に肉塊を下ろす。

 

 ここに持ってきたのは、人目につかない、かつ汚れても洗いやすいからだ。

 何で汚れるのか?

 それには、まず俺がここで何をしようとしているかを説明する必要があるだろう。

 

「万物の神よ、我が呼びかけに応じ、創造主たる力を以てして、あるべき姿に戻せ」

 

 そのとき彼女は何を感じたのだろうか。

 それを俺が知る術はない。ただ一度だけこの魔法のお世話になった経験から言うと、

 

 なくなった手が組み上がっていく感触は一概に良いものとは言えない。違和感、不快感、そして無いはずの痛みまでもが混ざり合い、吐き気を催したことを覚えている。

 

 彼女も同じか、それよりも酷い状態だろう。なにせ腕一本などではなく、四肢に手足の爪に至るまで、そして目や舌、喉、その全てがその気色の悪い感触で覆い尽くされるのだから。

 実際、胃液のような液体を口から吹き出し、下からは尿が排出されている。

 

 抵抗などできない。

 これはそういう魔法だ。

 

 傷口から骨が伸び、神経や筋繊維が繋ぎ止め、肉がモコモコと盛り上がり、傷一つ無い皮膚が覆い隠す。

 

「ぁぁ……うっぁ」

 

「あ、喋った」

 

 それは言語というにはあまりにも形を成していなかった。

 しかし、生物として確かに、意思があるということを示した第一声に違いなかった。

 

「あぁ……うぁ」

 

「まぁまて、まだ治りきってないんだから」

 

 魔力を流し込み、形を整える。

 

 せっかくだ、病気と怪我に強い身体にしておこう。いちいちケアするのも面倒だし、この世界の衛生観念じゃ何をもらってくるかわかったもんじゃないからな。

 

「よし……出来たぞ」

 

 浴室に横たわるのは、発展途上である少女の肉体だった。

 四肢は完全に修復され、爪の先まで傷一つない。なだらかな女性らしいラインを描く身体は、まるで芸術品のようだ。不揃いに生えていた髪の毛はしっかりと生え揃い、長い銀髪が濡れてきらびやかに光を反射している。

 

 容姿に作用する魔法は使っていない。となれば、元から彼女がこういった見た目であったはずだ。

 であれば、よほどな主人に買われて酷い仕打ちを受けたというのは想像に難くない。

 

「……」

 

 少女の瞳が、見開かれる。窓から差し込む光を反射し、琥珀色に光り輝いた。

 

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