【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら【完結】   作:畑渚

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第3話 屈指の名医

 軽くシャワーをかけると、ピクリと反応する。

 どうやら生体反応は正常なようだ。

 

 しかし……

 

「う……あ……」

 

 面倒なことになった。

 こいつ、うめき声くらいしか口にできないのか?

 

 意思疎通が不可能となれば、俺の実験は早くもおじゃんである。

 ここがSFの世界だったならば、思いを伝える機械だとか、望みを出力する装置だとかがあったかもしれない。

 しかしここは剣と魔法のファンタジー世界。そんなご都合主義な装置は存在しない。

 

 まあ代わりにいろいろできる魔法というものがあるんだが……

 

 俺の知ってる限り、口の利けないやつに話させる魔法は存在しない。俺のチート魔法を組み合わせたとて、それは成し得ないことなのだ。

 

「……とにかくこのままってわけにもいかねえか」

 

 今や俺は、裸の女を浴室に寝転がせて腕を組んでる変態である。

 誰も見ていないとはいえ、そんな不名誉な状態を長く続ける趣味もない。

 

 傷つけないようにしながら、清潔なタオルで水滴を拭き取る。タオルがくすぐったいのか、女はもぞもぞと身体を震わせた。

 

「客間でいいか」

 

 棚からバスローブを取り出し、女に着せる。

 ああ、髪とか乾かしたほうがいいか。

 

 お手製のドライヤーを取り出して魔石をセットする。

 電気が普及してない代わりに魔法があって助かっている。

 

「よいしょっと」

 

 再び女を担ぎ上げる。

 手と足が生えた分、重くなったし、バランスも悪くなったな。

 

 まあだからといって前のほうが良かったなんて言うつもりもないが。

 

 2階にあがり右にまがる。廊下の突き当りが、俺が入居当初から使われていない客間だ。

 少し埃っぽいかもしれないが、健康に害が出るほどではないから構わないだろう。

 

「さあどうするかね」

 

「う……」

 

「意思疎通は……無理そうだな」

 

 生理的反応はある。しかし、視点が定まっていないし、発声も意思によるものというより、自然と声が漏れ出た感じだ。

 

「医者でも呼ぶか」

 

 うん、わからないものはわからない。俺はべつに人体の専門家でもないし、マナ感知に至っては素人レベルだ。

 その点この世界の医者というものは、医療系魔法に適正があり、それなりの摩訶不思議な経験に基づく診断をしてくれる専門家である。

 

 餅は餅屋、というやつだ。

 

「となれば早速だ」

 

 俺は客間を出て、反対側の突き当りまで歩く。

 そこは俺が書斎として使っている部屋だ。

 

 引き出しを開けて便箋を取り出す。宛先はこの王都屈指の名医だ。

 以前とある事件で関わった際に、お世話になった人だ。こういった付き合いを続けるのは苦手なんだが、定期的に頼まれごとをする都合上未だに縁が切れない、数少ない俺の知人の1人だ。

 

 奴隷を買ったこと。

 欠損を全て直したこと。

 

 そして、それでも口利けず、屍同然なこと。

 

 文は完結に、必要なことだけを書く。

 

 便箋を封筒に入れて、念入りに封をする。こうしないと精霊がいたずら半分に開けてしまうことがある。

 

 部屋の窓を開け放ち、便箋を持った手を前に掲げる。

 

「風の精霊よ、我が呼びかけに応じ、吹きすさぶ風を以てして、便りを送り飛ばせ」

 

 拭いてきた風に封筒を乗せる。局所的な突風は封筒を巻き込み、錐揉み回転しながら空へ舞っていった。

 

 これで手紙はだせた。あとは待つだけだ。

 

「……メシの準備でもするか」

 

 あとは待ち時間をどう潰すか、それ次第だ。

 

 

<=>

 

 

 メシを食い終わり皿洗いをしている頃、それはやってきた。

 

 ピンポーン

 

 ん?ああ、これは魔法で動く呼び鈴だ。ノックじゃ気づかないから俺が作った。

 

「カイン、いるのかい、いないのかい?」

 

「ネメ、すまん待たせたな」

 

 扉を開けるとそこには、15に満たない未成年の少女が立っていた。

 

「まったく、いないのかと思ったよ」

 

「癖になってんだ、音を消して動くの」

 

「嫌な癖だね。とりあえず上げてくれよ。荷物を下ろしたい」

 

 少女は背中のパンパンに詰まったリュックを指さしながらそう言った。

 

「ああ、そうだな。患者のところに案内するよ」

 

 この少女こそ、この王都で屈指の名医にして、最年少で治癒専門の学校を卒業し、数々の難病を治療、危篤の王を完治させた英雄だ。

 

 そんな名医を便箋一つで呼び出すなんて罰当たりなことをしても文句の一つも言われない程度には、この関係は良好とも言えるだろう。

 

 とにかく今は女の容態を診てもらうのが優先だ。俺は客間へとネメを案内した。

 

 

<=>

 

 

「なるほど、興味深いね」

 

 ネメは女の身体をべたべたと触り、よくわからない器具であちこちを計ってはうーんと唸っている。

 

「どうなんだ。意識が戻る可能性はあるのか?」

 

「それには、そもそも今がどういう状況かを説明する必要がありそうだね」

 

 ネメは器具をしまうと、こちらを振り返り、身振りを使って説明し始めた。

 

「人間には3種類の核がある。一つは身体という器、一つは精神という中身、そして最後に、マナという力の源」

 

「ああ、そのくらいは教会の資料を呼んだときに知っている」

 

「じゃあ話は早いね。この子、今器は完璧に修復されてるね。人間として完璧に近い健康体さ」

 

「俺の魔法自体は間違ってなかったってことか」

 

「そうだね。そして精神。こちらも言うまでもないかな」

 

「ああ、あの状態になる仕打ちを受けたんだ。ボロボロだろうな」

 

「その通り。こればっかしは魔法じゃ治らないね。メンタルケアを時間をかけて進めるしかない」

 

「ちっ、時間がかかるのか」

 

「魔法は万能じゃないということさ」

 

「それで、最後はどうなんだ」

 

「最後のマナについて、これはおそらくだが、呪いのように複数の魔術が彼女のマナをがんじがらめにしている」

 

「複数の魔術?」

 

「ああ、魔法の使えない出来損ない達が使う、まさしく呪いみたいなものさ」

 

 魔術。それは魔法に似て非なるもの。

 使用者ではなく対象者のマナを吸い取って作用するという特性のある、嫌なものだ。

 

 現に王国も、この魔術を巧みに操るテロ組織に治安を脅かされている。

 

「で、それはどうやったら良いんだ」

 

「方法は2つある」

 

 ネメは指を2本立ててみせた。

 

「一つは魔術を施した魔術師を探し出し、そいつを説得して解かせる方法」

 

「はっ、現実的じゃないな」

 

「そうだね」

 

「もう一つは?」

 

「普通は無理だが、カイン、君ならできる方法さ」

 

「俺ならできる?」

 

「その方法とは、ずばり、回路を焼き切ることだよ」

 

「回路を?そんなことできるのか?」

 

「できるさ、君ならね」

 

 ネメはそういって、ウインクした。

 

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