【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら【完結】   作:畑渚

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第6話 初めの願い

 私は私だ。名前はない。

 

 生まれたときから、アレやソレと呼ばれ、発育が良かったから高値で取引され、その先々で筆舌し難い仕打ちを受け続け、屍同然となった。

 

 そんな私に、新しい主人がついた。

 

 第一印象は、冷たい声だった。

 物事に興味がなく、全てに対して諦観の念を抱いている。そんな人肌の温もりを感じないような冷たい声が、目の見えぬ私には第一印象として根付いていた。

 

 そんな主人は、魔法使いだった。

 

 この世界の権力像にして、使えるか使えないかで人生の豊かさが2極するというあの魔法だ。

 しかも、相当な腕前のようだ。

 

 私はベッドから立ち上がって、姿見で今の自分の姿を見つめる。

 

 外を知らぬような白い柔肌。スラリと伸びた手足、爪先にいたるまで丁寧に整えられており、肌触りの良い寝間着が優しく肌を包み込んでいる。

 身体中には傷一つなく、爪で引っ掻こうとも跡がうっすら残るのみ。

 顔はおかしなことに、一つ一つのパーツが望まれた位置にあるかのように美しく整っている。

 

 早々に視覚を無くした私には、この姿が本当に私が成長した末の姿なのか、それとも脳内の理想像を映し出しているだけなのかの判別がつかない。

 もしかしたらこれは主人が望んだ姿なのかもしれない。そんなことも考えたが、すぐに否定できる。私の主人は美醜に興味がない。あるのは清潔かどうかくらいだ。

 

 主人は金回りも良いらしい。この姿見だって、驚くべき鏡面の美しさだ。この大きさとなると少なくともオーダーメイド品。それも国一番の技師の手にかかっていてもおかしくない。

 

 私はベッドに戻って、身体を預ける。

 計算されつくしたかのような適度な反発力が、身体を心地よさで包み込む。

 

 幾度となくやんごとなき御方のベッドに招かれたことがある私でも、これほどまでに居心地の良いベッドに出会ったことはない。これは、この国の技術力ではない何かだと直感が告げている。

 

 

 とにかく、私の今いる環境は、常軌を逸している。

 そんな主人は私に一つしか望まない。

 

 

『何でも望め。望んだものを与えてやろう』

 

 

 望むことを望め。言い直してみると奇妙なことになる。

 

 主人は『これは実験だ』とも言っていた。その詳細は教えてくれなかったが、この実験中、私は望むものを全て与えられるらしい。

 

 

「ならば死なせてほしい」

 

 

 ことあるごとに主人にそう頼み込む。

 しかし『それだけは与えない』と却下される。

 

 もちろん、自ら命を絶とうともした。

 もう誰かのおもちゃにされる人生はウンザリだった。

 

 

 しかし、ナイフを突き立てても死ねないどころか、『その可能性は考えてなかった』と一瞬で飛んできた主人に治療される始末。

 

 この屋敷は2階建てだから飛び降りるには高さが足りない。

 試しに首を絞めてみたが、上手く絞めきれずに咳き込んだだけだった。

 

 そうこう試しているうちに、たとえ死んだとしても主人に蘇生されそうな気がしてきて、自殺の道は諦めることにした。

 

「ですので、手を離してください」

 

「ほんとか?」

 

 恐る恐る、私の手首から手を話すご主人。

 困っているとこんな顔をするんだな、この人は。

 

「生きます。生きて、望む。それがご主人様の唯一の命令なんですよね」

 

「『命令』は使わないぞ」

 

「使わないなら使わなくて結構です」

 

 あの忌まわしい魔法は、痛みで動けなくなる。動けない奴隷が何をさせられるかは、ご想像の通りだ。

 

「ご主人様の命令の通り、望みます。ですから……」

 

 私の願いはただ一つだ。

 

「痛くしないでくださいね」

 

 痛みだけは、いつになっても苦しいものだった。激しいのは別に大丈夫である。

 

「?」

 

 ご主人は首をかしげてみせた。

 知らぬふりとは往生際が悪い人だ。

 

「お前が望むなら、お前を痛めつけることはないと誓おう」

 

「ありがとうございます」

 

 ご主人は片手間に魔法で食器洗いをしながら、そう約束してくれた。

 

 しかし困ったものである。急に望めと言われても、何を望めばいいかわからない。

 望んだところで何も手に入れられない人生を送ってきたのだ。経験がない。

 

「というわけなんです」

 

「そうだね……」

 

 医師であり魔法使いのネメさんに、2人きりになった際に尋ねてみた。

 

「じゃあまずはじめに、名前なんて望んでみたらどうだい?」

 

「名前?」

 

「必要だろう?」

 

「必要……ですかね」

 

「ああそうだった。君は過去が特殊なんだった」

 

 ネメさんは器具を片付けながら、続ける。

 

「市政では必要だよ。彼の庇護下にある以上、君も立派な一市民だ」

 

「市民……ですか」

 

「そうさ。なに、彼の隣で街を歩けばわかることさ」

 

 そういってネメさんは、『今日の診察は終了』とそそくさと帰っていってしまった。

 街を歩くなんて、今までしたことがない。

 

 いや、一度だけ、まだ手足が無事だったころに鎖に繋がれて歩いたか……。

 

 そんなことはどうでもいい。

 最初の望みを叶えてもらいにいかなければならない。

 

 彼は書斎にいた。

 開いたままの扉をノックして、彼の注意を引く。

 

「改めて、最初の望みです」

 

「お、なにか見つかったか。言ってみろ」

 

「名前です」

 

「名前?」

 

「ええ。ダメでしょうか」

 

「いや、ダメじゃない。しかし名前か……」

 

 彼はあーでもないこーでもないと頭を悩ませてるようだった。

 

「ふふふっ」

 

 そんな彼の様子を見て、私は初めて、『楽しい』と感じた。

 

「なんだ」

 

「いえ、なんでも。それで、名前、どうですか」

 

「よし、決めた。お前はロゼだ」

 

 こうして、私ことロゼの人生が始まった。

 

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