「ただいまってばさ!」
夕暮れ時、うずまき家にボルトの声がこだました。いつもより大きな声に、何か良いことがあったのかと、ヒナタは玄関まで迎え出た。
「おかえりなさ……い」
隣にはサスケの姿があり、ボルトは満面の笑みを浮かべている。
「サスケくん、いらっしゃい。いつもボルトをみてくれてありがとうございます」
ヒナタは深々とお辞儀をした。
「違うってばさ!ここはお帰りなさいだろ?」
「え?」
「ヒナタ、悪いな……」
時は遡る。
サスケはボルトの体術の修行に付き合っていた。影分身の術で分身を出しその分身が消えるまで修行を続けるという、いわばスタミナと根性を鍛えるための修行だった。
「師匠っ……これ、無理ゲーにも程があるってばさ!」
影分身と言えど、サスケはサスケだ。当然ボルトが敵うはずもない。
「フン……無駄口を叩くとは随分と余裕じゃないか。つべこべ言わずにオレに一発でも入れてみろ」
「こんのー!!」
サスケの口角が上がる。
そんな二人の様子をじっと見ている影があった。2つ。
「隠れる必要はないだろう。出てきたらどうだ」
サスケは木陰の一点を見てそう言った。
「なーんだ。バレてたのかってばよ」
「端から隠れる気なかっただろ」
木陰から現れたのはナルトだった。手には大きな包みがあった。
「弁当だってばよ!ヒナタがおまえとボルトにってさ。オレもちゃんと修行してっとこ見たかったしさ。てか修行、けっこうスパルタだな」
「緩い修行をしても意味がない。格上の相手となら、やり合うだけでも経験値になる」
ボルトは少し離れたところでナルトとサスケが話していることに気がついた。
(親父?!)
「余所見とはまた余裕だな」
ボルトは足払いされバランスを崩し地面に倒れた。
「くっそー!!」
ボルトは悔しげに地面を叩いて立ち上がる。
まるで昔の自分とカカシでも見ているようだと、ナルトは懐かしさに微笑んだ。
「ホラ、弁当。サスケ、そろそろ昼メシにしねーか?」
「そうだな」
「よっし!おーい、サラダ!一緒に食うってばよー」
ナルトは上を向いてそう言った。
「え?サラダ?」
ボルトはきょとんとしてナルトが見ている方を見た。
すると木の幹の色が変わり、サラダの姿が現れた。透遁の術の練習をしていたのだ。サラダはボルトやサスケから気づかれないあたり、上手くできていると思っていた。しかしナルトには見破られ肩を落としていた。
「七代目!……わたし、見えちゃってました?」
「いいや?上手くできてたってばよ」
「良かった。けど、強い忍びには通用しないってことですね」
「一瞬の隙をつくためなら、使いようもあるかもな」
「そっか。ありがとうございます!」
まるでナルトに修行を見てもらえたような気がして嬉しかった。
「お料理美味しいですね!うちのママも上手だけどまた違うかんじ。上品っていうのかな」
ヒナタの作った弁当は重箱に詰められており、まるで正月のようだ。中身は普通の弁当だが。
「だろ!なんか久々にのんびりして幸せだってばよー。こういうの、ピクニックみたいでいいな。それにさ、サスケと肩並べてサンドイッチ食ってるなんて、あの頃の俺にはまったく予想できなかったってばよ。今、スッゲー幸せ。……お?ミニトマトじゃん」
一番上のお重の蓋を開け忘れており、そのなかには野菜とポテトサラダが綺麗に盛り付けられていた。
「サスケサスケ!あーん」
ナルトは一つ摘まむとサスケに差し出した。
「……」
サスケは訝しげにナルトを見る。子どもたちもいる手前、どうしようかと考えたが、これを断ればナルトがまた面倒なことを言いそうな気がする。
「あーん」
ナルトもしつこい。
サスケは小さく溜め息ついて、ミニトマトを啄んだ。
「オレもオレも!師匠、あーん」
サスケはミニトマトを飲み込むと、自棄になってボルトの差し出したミニトマトも啄んだ。
「ゴクッ…………一体何がしたいんだお前ら親子は!」
調子が狂う。当然、二人にはそんなサスケの訴えも笑い飛ばして聞く耳もない。サスケは正直殴りたかったが、子どもたちの手前できなかった。そういうサスケの心境も察した上でのナルトの行動だった。もちろんサスケもそういうずる賢さには勘づいている。
このように声を荒げるサスケは珍しい。喜怒哀楽が出にくい人なのだとサラダは思っていたが、どうやら違うらしい。
「ふ~ん。パパって、七代目の前ではそういう風になるんだ。もうキャラ崩れちゃってるから」
「おまえ、わかってねえな……。師匠のそんなとこがいいんだってば」
涼しげな目元が、整った顔が、自分の行動によって色が灯る。それがボルトにとっては快感だった。もっと驚かせたい。笑わせたい。そう思うようになったのはいつからか。
サラダはボルトを気持ち悪い物を見るかのような目で見る。
「パパも良いけど、七代目の方が良いよ。正直あんたが羨ましい」
サラダがボソッと呟いた。ボルトは真剣な表情でサラダの目を見た。
「……これってば、利害一致ってやつ?」
「え?」
ボルトすっくと立ち上がりサラダに迫った。
「親父とおまえの父ちゃん1日交換してくれってばぶっ!」
「調子にのるな」
サスケはボルトに拳骨を見舞った。
「蛙の子は蛙というのは本当だな。ナルト、テメェのガキはテメェでちゃんと躾けろ……よ」
サスケはそう言いながら些か苛立った目でナルトを見る。そのナルトもボルトと同じ表情をしていた。サスケは総毛立つ。
「……大人気ないってばよサスケちゃーん。子どもたちの可愛い夢、叶えてやろうってばぶっ!」
「テメェもか!」
間髪を入れずナルトの鳩尾にサスケの膝が入る。しかし、ナルトがクリーンヒットを許すはずもない。腹部にはナルトの掌があり、膝が直接当たるのを防いでいた。
「久々にやるか!」
「……」
サスケの無言は同意。2人の組み手が始まった。ルールは単純だ。クリーンヒットを先に決めたほうが勝ち。
ナルトとサスケは組み手をしているうちに少しずつ場所を移動していた。二人の力はほぼ互角。ただ、サスケには左手のないハンデがある。それを考慮してか、ナルトも左手を使っていない。
「左手も使え」
「やなこった!」
「……ウスラトンカチが」
右手と両下肢から繰り出される変幻自在の体術を、ボルトとサラダは夢中で追っていた。
そして、ナルトとサスケがやりあっているという話は忽ち里中に広がった。徐々に野次馬の数が増えていく。
「よぉ」
「ボルト、七代目とサスケのやつ、何があった?」
シカマルとシカダイは騒ぎを聞いて見に来ていた。シカマルはナルトのお目付け役的な存在でもある。ナルトも大人になったとはいえ、時々バカなことをする。その尻拭いをするのはいつもシカマルの役目だ。
「親父が勝ったら、師匠が1日親父になってくれんだってばさ!」
「七代目がパパになってくれるの!」
「はぁ?……なんだそら」
二人の要領を得ない答えにシカマルは首を傾げる。場合によっては影縛りの術で2人を止めなければならないと考えた。しかし、よく見るとナルトもサスケも真剣な表情ではあるが楽しそうな雰囲気があった。途端に緊張の糸が切れる。
「……ただのじゃれ合いかよ。ったく、珍しい休日だってのにわざわざ疲れるようなことしやがって……」
今回の休日は、多忙なナルトを労うためシカマルが仕事の量と予定を調整をし、やっとできた貴重なものだった。
シカマルは改めて、ナルトの体力が無尽蔵であることを思い知った。
「俺は仕事に戻るぞ。シカダイ、お前は?」
シカダイはいつの間にかボルトとサラダと一緒になって2人の組み手を観戦していた。
「あれ、結構珍しい光景だろ?俺は見てく」
「おう。じゃあな」
サスケはスタミナに関してはナルトよりも劣る。これが長引くに従い形勢はサスケが不利となる。サスケは早々の決着のため目にも止まらぬ速さでコンポを繰り出した。
ナルトは回避したり受け止めたりし、なんとか凌いでいる。だが、その表情には焦りが見えた。背後にはもう避けるスペースはない。サスケの拳が向かってくる。だが、避ける余裕はない。
「……っ!」
しかし、一瞬サスケの動きが鈍った。ナルトはそれを見逃さない。
「もらったあああ!」
「ぐっ……!」
ナルトの蹴りがサスケの鳩尾に入った。サスケは受け身を取りすぐに体勢を立て直したが、ナルトが勝ったことに変わりない。ナルトはガッツポーズをとった。観戦者も勝敗の決着にわいた。
しかし、サスケのあの一瞬の隙は解せない。ナルトは後ろを振り返った。
「……八百屋」
ナルト背後は八百屋だった。そしてトマトの入ったかごがある。
「……不可抗力だ」
サスケは恥ずかしそうにプイと顔を背けた。
「……。オレも納得いかねえけど、勝ちは勝だってばよ!ニシシ」
「……悪夢だ」
ナルトが何か良からぬことを考えている。それだけはサスケにもなんとなくわかった。
「親父!でかした!すっげー見直したってばさ!」
なぜか上から目線のボルト。
「七代目がパパ……!やったー!」
地面に座り失意に暮れるサスケをよそに、ボルトとサラダは大喜びでナルトに駆け寄った。
斯くして、サスケはボルトと一緒に、ナルトはサラダと一緒に家へ帰るよこととなった。
「いいか、ナルト。よく聞け。おまえ、絶対に俺の部屋に入るな。ソファで寝ろ!」
「パパ……。もう!ベッドくらい貸してあげてよ。子どもじゃないんだから」
「おまえはコイツのことを信頼し過ぎだ!」
「信頼してるのはパパでしょ!」
「忍びとしては信頼しているが……とにかく信用ならん。気を許すな」
「えー?言ってること矛盾してる」
いつになく取り乱しているサスケを不思議そうに見上げていた。サラダにとってもそういう父親を見るのは新鮮で、面白くもあった。
「……。サラダの父ちゃん、初めて見たけどよ、すっげー美形ってやつ?見たかんじとっつきにくいけど、面白いな」
「な?な?お前もそう思うだろ?!俺の師匠なんだぜ」
ボルトはフフンと自慢げに腕を組んで胸を張った。
「自慢したくなるのもわかるぜ。それじゃ、オレは帰るから。じゃあな」
「おう!」
ボルトはシカダイを見送ると、サスケの腕に飛びついた。
「俺ん家行こうぜ!」
今日は実質午前中しか修行をしていないことになるが、ここ数日は連日修行に明け暮れていた。たまにはこういう日もあっていいかもしれない。
ボルトは左手にサスケ、右手に空になった弁当箱を持ち、自宅へと向かった。
ナルトとサスケが戦っている。その話はヒナタの耳にも入っていた。咄嗟に白眼を用いて二人のチャクラを探すと、二人は本気で戦っているのではなく手合いであることがわかり、安堵していた。きっと泥だらけで帰ってくるであろうことを予測し、浴槽にはもうお湯が張ってある。だが、この状況は流石に読みきれなかった。
ヒナタは来客用の上履きを準備しサスケを招き入れた。
「……ええと、サスケくんが家に泊まるということで合ってますよね?ナルトくんとサスケくんのことは聞いてたから、お風呂はもう準備しているんです。着替えは……主人ので良ければ。下着も開けてないものがありますから。今日はゆっくりしてください」
流石は火影夫人といったところか。動じるどころかもてなし始めた。
「師匠!お背中流します!」
ボルトの魂胆はみえみえだが、断るわけにもいかない。
「あ、ああ……よろしく頼む」
一方、サラダとナルトはというと。
「なーんで旦那様じゃなくてナルトが帰って来んのー?!しゃーんなろー!」
「ママ!わたしがどうしてもって頼んだの!」
「一晩よろしくってばよ!」