とある暗部の才人工房   作:雨宮ヒトシ

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菫色の研究
Phase1「再会 -リユニオン-」


 佐天涙子は風紀委員(ジャッジメント)177支部で、いつものごとく都市伝説の情報を調べながらうんうん唸っていた。

 

「うーむむ…」

「佐天さん何してるんです?」

 

 頭の上に花畑を蓄えたような小柄な少女、初春飾利が佐天に声をかける。

 

「んー、いい感じの都市伝説がないか探してるんだけどさぁ。なんかパッとしなくてねー。『100カ国語を話せる犬』『放電するカマキリの大群』『怪奇!改造シャチ人間』……。こんなのB級映画とかに出てくるようなヤツじゃん?というか何なのこの不思議な生き物シリーズは…」

 

「はぁまたですか。ほどほどにしてくださいねー」

 

 初春は仕事のひと休憩にと、支部所を溜まり場にしている佐天に少しばかりの息抜きを求めた訳だったが、都市伝説自体にはさほど興味がないので一瞬で仕事に戻ろうとする。

 

「ちょっとキミぃ扱いがぞんざいすぎやしないかい?ほれほれ初春、そんな調子だとスカートめくっちゃうぞー?今日のパンツは何色かなぁー?」

 

 ピラリ、と佐天は慣れた素早い動きで初春のスカートをめくり上げる。

 

「ひゃわぁ!?何するんですかやめてください!!」

「ほほぅ…。シンプルな白…でもいつもより子供っぽくない…。ははぁーん?もしかしてあたしに見られるのを意識して──いたぁっ!?」

 

 ぽぐん!と可愛らしいような鈍いような音が響いた。

 

「そんな訳ないじゃないですか!殴りますよッ!?」

「ゴメンって!殴ってから言わないでよ…ってか肩はもう大丈夫なの!?」

「そう思うなら殴られるようなことしないでくださいね…。肩の方はもう大分良くなってきてます。佐天さんも誘拐されそうになったんですから怪しいことに首をつっこむのはもう…。本気で、心配したんですから…」

 

 先日、佐天は何者かに誘拐されそうになり、人混みに紛れるスナイパーに追われるといった事件に巻き込まれていた。初春の方も、ホストのような格好をした人相の悪い男に因縁をつけられ、肩を踏みにじられるということがあったのだ。

 

「それはほんとにゴメン…。でもあの時のことは本当に原因に心当たりが全くなくて…」

「実際に怪しい物や場所に近づくだけじゃなくて、普段の言動とかSNSなどでの発信とかどこで監視されてるか分からないんですからその辺りも十分気をつけてですね──」

 

 ネットリテラシーには人一倍敏感な初春の説教が始まろうとした瞬間、ピコン、と佐天のスマホから通知が鳴る。どうやらフォローしている都市伝説系のSNSからのもののようだ。

 

「あ、ちょっとストップ。……、おお〜っ!これはなんか面白そうな予感!『幻の能力:XXX光』…。『通常直進する光の道筋をねじ曲げる能力。一見役に立たなそうではあるが、この光を浴びた相手は、その能力の性質すらもねじ曲げられてしまう……という噂がある』…?これは!あたしの都市伝説ハンターのセンサーにビンビン反応が!痕跡と思われるものが第七学区の──」

「佐天さん!!ホントに分かってるんですか!?」

「初春が心配してくれてるのは分かる。でもネガティブなことばっか考えててもつまらないじゃん?こんな時こそ楽しいことを探すのが一番なのよ!」

 

 佐天自身も、最近できた友人が急に音信不通になってしまい少なからずショックを受けているはずではあるのだ。

 佐天は立ち上がり、出口に向かって行く。

 

「あっ、ちょっと…!」

「あたしの探求心は止められない!そんなに心配してくれるならGPSでも何でも付けてみなさい!はっはっはー!」

 

 あ、それはもう付けてます。という言葉をそっとしまいつつ、初春は去りゆく佐天の背中を見送りながら、「仕事が増えるなぁ…」と監視ツールを開いて溜め息をつくのだった。

 

 

     ◇

 

 

 弓箭猟虎は第七学区の大通りを重い足取りで歩く。

 

「はぁぁ〜……」

 

 枝垂桜学園の制服を身に纏い、ヴァイオリンケースを背負ったお嬢様然としたその少女は憔悴しきっていた。

 『スクール』所属のスナイパーでもあった弓箭猟虎は、先日の暗部抗争の前に独断専行で『アイテム』に喧嘩をふっかけ、返り討ちにあっていた。その目的は主に『アイテム』に所属する金髪(フレンダ)と再戦することだったが、超能力者(レベル5)がいることは想定していなかったのか、あっさりと敗北した。その時、弓箭猟虎は死んでいてもおかしくなかった。いや、ほとんど死んでいたといっても過言ではなかった。だが、

 

(一体あれは誰だったんですかね……。ま、別に考えても無駄なことですが…)

 

 必殺の一撃(メルトダウナー)を喰らう直前、何者かが間に盾になるように割り込んで来たように見えた。立ち込める煙の中、人影のようなものを見た気がしたのだが、瞬きの間にその姿は見えなくなっていた。おかげで弓箭はその隙に逃げおおせることができ、奇跡的に生き残った。

 傍からみると、その『主人公(ヒーロー)』じみた謎の人物に救われた状況に自身をヒロインに当てはめて少しは心を弾ませたりしそうなものだが、孤独気質な弓箭猟虎にはそんなことを考える頭も心も持ち合わせてはいなかった。実際には、『初めての友達(フレンダ)』のことで頭がいっぱいだった訳だが。

 

「はぁぁぁ〜〜……」

 

 弓箭猟虎は再び大きく溜め息を吐く。

 そんな訳で『スクール』から除名され、学園都市最暗部からも足を洗うことを余儀なくされた弓箭は現在、ごく普通の女子高生として下校の最中である。

 

 学園都市の医療──サイボーグ技術は凄まじいもので、金髪(ゴールド)との戦闘で爆破された目と顎は遠目から見たらほとんど違和感なく人工皮膚で再生され、声帯の方もほぼ元通りと言ってもいいくらいだった。

 

 普通の女子高生、と言っても暗部向きのサディスティックな性格はそう簡単に治るものではなく、暗部の下っ端のような細々とした依頼をこなして生活費の足しにしている。『スクール』所属時に稼いだ貯金がまだ有り余っているので生活費には困らないはずだが、己の欲求を満たすためには少しでも暗部に浸っていた方が心地が良かったのだ。

 

(気兼ねなく話せた誉望さんももういない…。この分だと多分あの金髪(ゴールド)も…。わたくしはどうして生き残ってしまったんでしょうか…)

 

 どうせ死ぬならあの金髪と死合って殺された方が良かった。それももう望み薄だし、だから、別に自決する気にもなれなかった。

 流石にネガ思考すぎて気が滅入る。何か他のことを考えよう。

 

(普通の学生生活に戻らなければならないなら、本気で友達の一人くらいは作らないとマズいですよね…?)

 

 ふと、前に一度だけヴァイオリンの腕をクラスメイトに褒められたことがあったのを思い出した。

 

(わたくしは特にアニメとかに詳しい訳ではないですが、ご学友のお話によると、最近ではヴァイオリン奏者がバンドを組んでいたりもするみたいですね…)

 

 ご学友、と呼べるほど友でもない単なるクラスメイトでしかなく、弓箭が聴き耳を立てていただけではあるが。

 

(ならわたくしもいっそのことバンドを組んでみたりしてもいいのでは!?『ぼっち・ざ・らっこ!』なんて、やかましい!!)

 

 一瞬、何故か自分がドラムを叩いている姿が想像されたが、そんなことはどうでもいい。

 何の気なしに顔を上げ前方を見ると、紺セーラーの女が軽くスキップをしながら歩いているのが見えた。弓箭猟虎はその姿に見覚えがあった。

 

「……げ、」

 

 いつぞやのリア充金髪とイチャついていた黒毛の女が前から近づいて来る。油断していた。普段なら持ち前の隠密スキルでどうとでもやりすごせたはずなのに。弓箭はヴァイオリンケースで顔を隠すようにしてその女の横を通り過ぎようとする。

 

 その黒毛の女、佐天涙子は歩行速度を緩め、不審な動きを見せる弓箭猟虎を訝しげにちらちらと見やる。そして、

 

「うーん……?あー!」

「わわわわたくしに何かご用でしょうかひひひ人違いですしし失礼します!!」

「あの時の!」

 

 弓箭猟虎と佐天涙子、住む世界が異なっていた無能力者(レベル0)の少女二人は再び邂逅した。

 佐天はその場から逃げようとする弓箭猟虎の手を思わず掴んでしまった。

 

「なななななななななっ!?」

 

 弓箭は酷く動揺した。他人から直接触れられることなんて、この数年全くと言っていいほどなかったからだ。ましてやその相手は依頼の標的(ターゲット)であった女だ。用済みでもう敵意はないとはいえ(金髪絡みで思うところはあるものの)、少しは危険や恐怖を感じたりしないのだろうか、と弓箭は混乱していた。

 

「あのっ…!」

 

 佐天は自分でもよく分からなかった。何故その手を咄嗟に掴んでしまったのか。仮にも自分を狙ってきた敵であった相手だ。危険なことには首を突っ込むなと、散々初春や白井黒子にも言われてきた。

 でも、目の前の少女には以前のような敵意は感じられない。それに、酷く疲れ切った寂しそうな目をしているように感じた。何故自分を狙ったのか、音信不通となった友人──フレンダはどうなったのか、訊きたい気持ちももちろんあったが、その寂しそうな目がとても気になってしまった。

 だから、その瞬間は『幻の能力』の都市伝説のことなど忘れて、

 

【挿絵表示】

 

「少し、お話しませんか?」

 

 佐天は近くのファミレスを指差した。

 

 

     ◇

 

 

 警策看取は第七学区の喧騒を背に、静かにファミレスに足を運んだ。

 

「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」

 

 慇懃に頭を下げるウェイトレスに、「待ち合わせです」と伝え、警策は広い店内を見回した。すぐに、窓際の席にいる金髪の外国人男性を見つけ、足早にその元へ向かう。

 向かいの席に腰をおろすと、先ほどのウェイトレスが手際よくメニューを差し出し、まるで日常の一コマのように去っていった。

 

「例の件、首尾はいかがですカ?」

 

 金髪オールバックの男性、カイツ=ノックレーベンはコーヒーを飲みながら尋ねる。

 警策は即答した。

 

「暗部関連でイロイロ調べてみたケド、まだこれといった手掛かりはないわね」

「そうですカ。この前戦闘に巻き込まれたとお聞きしましたが、ご無事でしたカ?」

「私はナントモ。それに巻き込まれたというか、ちょいと人助けした的な?」

「貴女にしては珍しいですネ」

「わかってるわよ、ガラじゃないのは」

 

 警策の頭の中には、先日の出来事が鮮明に蘇る。

 

 食蜂からの依頼で『あるモノ』の調査をするため、久々に暗部に潜入していた。

 その『あるモノ』に関連すると思われる、とある研究施設に上手く忍び込んだは良いものの、まさか他にも侵入者がいたとは思いもよらなかった。

 

 目の前に現れたのは、女の子四人組の暗部組織。彼女たちはまるで猛獣のように、無抵抗の研究員たちを次々と殺していった。

 

(しかも、メッチャ顔見知りじゃん。名前は確か……、『アイテム』だっけ?)

 

 警策は、その暗部組織『アイテム』との関係を思い返す。

 今から一年ほど前、窓のないビルの情報を対価に、ある保険会社の常務の護衛役を務めていた頃、彼女たちと激しい攻防戦を繰り広げていた。

 

 ただ、あの時は四人ではなく、もう一人、ふわふわした小動物系少女がいたような?

 組織を裏切ったか、或いは死んだかのどちらかだろう。何せ暗部とはそういう世界(ルール)なんだから。

 

 重要なのは、その日、警策が何を目撃したかだ。

 研究所ではこっそり物陰に隠れていたので、奴らとぶつかることはなかった。

 

 このままやり過ごして連中が立ち去ったら、改めて調査を再開しようと考えていた。もっとも、研究所があれほど荒らされてしまっては、何か手がかりが残っている望みは薄いのだが。

 

 だが、その後の展開にはさらなる驚きが待っていた。

 

 『アイテム』が、突然何者かに襲われたのだ。

 空気が切り裂かれる音が響き、構成員の一人である金髪ベレー帽の少女の腕が貫かれた。

 

 まさかの狙撃!?

 

 最初はスナイパーの位置が分からず防戦一方の『アイテム』だったが、四人の連携によってスナイパーの居場所が特定され、反撃に転じる。

 

 ちなみにそのスナイパー、どこからどう見てもただの女子高生にしか見えなかった。

 何か能力を使った素振りはなかったので、おそらく無能力者(レベル0)だろう。暗部ではそういう能力に頼らず、独自のスキルで生き延びる猛者も珍しくないのだ。

 

 女子高生がボーイッシュな短髪の少女に一撃を与えられ、宙を舞った。リーダーと思しきグラマラスな美女が止めを刺そうと青白いビームを撃とうとした瞬間。

 

 警策は思わず動いてしまった。

 動かずにはいられなかった。

 

 金属質の翼を広げ、気がつけば両者の間に割り込んでいた。巨大な翼が烈風を巻き起こし、土煙が立ち上る。その一瞬の隙にスナイパーの少女が逃げ延び、警策もまた、すぐにその場を離れた。

 

(今思えば、なんで見ず知らずのアイツのコトを助けたんだろう?)

 

 警策はしばらく考え込んだ。

 昔の自分なら、目的のために手段を選ばず、人の死など気にも留めなかっただろう。ましてや、こんな主人公(ヒーロー)ごっこなど絶対にあり得なかったはずだ。むしろ、スナイパー少女を踏み台にする方が、自分らしいやり方だったのではないか。

 

 自分が変わったのだろうか?

 それとも、誰かが自分を変えてくれたのだろうか?

 

 そんな思考に耽っていると、カイツが訝しげに見つめてきた。

 

「どうかしましたカ?」

「イヤ、何でもない。それより『例の件』のコトなんだけど…」

 

 気を取り直して、改めて本題に入ろうとした。

 直後だった。

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「2名です」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

「…ぁゎゎゎゎゎゎ……」

 

(ん?)

 

 聞き覚えのある声だなと思い、ファミレスの入口に視線を向けた。

 そこには、紺のセーラー服を着た黒髪ロングの、陽キャな女子中学生らしき女の子と、名門校の制服らしいデザインの服を着てヴァイオリンケースを背負った、陰キャな女子高生らしき女の子が立っていた。

 

 しかも、どっちも見覚えのある顔。

 紺セーラー黒髪ロングの少女とは直接会ってはいないが、大覇星祭の時、どういうわけか自分が使っていた廃工場に潜り込んでいたのを、人形越しに見つけたのが出会いのきっかけであった。

 もう一人、陰キャな女子高生はと言えば…

 

(って、あの時のスナイパー女じゃないか!?)

 

 警策は何となく気になったので、そんなちぐはぐな二人の様子を少し見てみることにした。

 

『……佐天涙子っていいます!……』

『……弓箭、猟虎です……』

 

 二人の声はそれほど大きくなかったが、断片的に名乗る声が聞こえてきた。

 

(自己紹介ってコトは二人は別に知り合いって訳でもないのか…?紺セーラーの方は佐天涙子…確か美琴ちゃんの友達、だったっけ。陰キャスナイパーの方は弓箭猟虎…。こっちも聞いた、というか名前を見たコトがあったような…)

 

 警策は少し考え、思い至った。

 『才人工房(クローンドリー)』。そこで研究室の資料を片っ端から漁っていた時に、被験者リストの中で見かけた名前だ。

 

(あの女も『才人工房(クローンドリー)』に?顔に覚えはないけどもしかしたらすれ違ってたのカモ)

 

 しばらくするとまた聞き覚えのある名前が聞こえてきた。

 

『……フレンダさん…何処に行ったのか知ってますか……』

 

(フレンダ…。あの『アイテム』にいた女だったはず。スナイパー女はソイツを狙ってたみたいだし、『例のアレ』とやっぱり関係があるのか…?)

 

 今は少しでも情報が欲しい。警策は鞄から小型の集音マイクを取り出した。

 

「おや、盗聴ですカ」

「盗聴なんて人聞きの悪い、タダの『聞き耳』よ。情報収集も兼ねてね」

 

 警策は自身の能力『液化人影(リキッドシャドウ)』で小さな人形を作り出すと、集音マイクを取り付け、二人が会話する机の下に滑り込ませた。

 

 

     ◇

 

 

 時は少し遡り。

 

「…ぁゎゎゎゎゎゎ……」

 

 店員の案内で窓際の席に案内される佐天涙子と弓箭猟虎。弓箭はおそるおそるといった様子で佐天の後ろについていた。ぼっちである弓箭は友人と下校したことも、ましてやその途中で一緒に寄り道をしたことなど皆無と言っていい。お嬢様ということもあり、ファミレスというものにもあまり縁がなかったので、何をしたら良いか分からずおろおろとするしかなかった。

 

「何頼みます?」

「え、あの…、えっと……お、お任せします…」

 

 萎縮した様子の弓箭に佐天も少し悪いことをしてしまったかという気になる。とりあえずドリンクバーを2人分注文し、しばしの居座り態勢を整えた。

 

「あー……あはは……突然連れてこられても困りますよね…」

「わ、わたくしに一体何を…?」

「ちょっと訊きたいことがありまして…。あっ、その前にお名前を聞いてもいいですか?あたしは佐天涙子っていいます!柵川中学に通ってます!はい、あなたは?」

「えっと…、弓箭、猟虎です。枝垂桜学園です…」

「枝垂桜!って『学舎の園』にある常盤台に並ぶ名門のお嬢様学校!?はぇ〜…本物のお嬢様だ…」

「あ、え、そ、それはまぁ…はい…?」

 

 裏の顔を既に見られている相手に本名や在籍を明かすことは普段ならしないはずではあったが、弓箭にとってはもうどうでもいいことだった。

 

 弓箭猟虎は対人の距離感が分からない。自分から『友達』認定した相手に対してはぐいぐいと迫るのに、相手側から来られると極度に緊張してしまう。それはスナイパーであるのに近接戦闘が得意、といった矛盾を孕んだ戦闘スタイルにも現れているのかも知れなかった。だから、目の前の陽キャオーラを放つ佐天涙子とはとことん相性が悪い。

 

「そ、それで、わたくしに訊きたいこと、というのは…?警備員(アンチスキル)に差し出そう、というのでしたら無駄ですよ…。わたくしなら、倒して逃げ出せます、から…」

「え、いや…そんなつもりは全然ないです!あなたが強いことは身に沁みて分かってますし…。でも、どうしてあたしなんかを拐おうとしたんですか?」

「わ、わたくしは依頼されただけですから、もし知ってたとしても言える訳ないですよ…。あなたは生け捕りという命令でしたので、個人的な腹いせに金髪(ゴールド)の方を痛めつけてやろうと思ったまでです…」

「っ…、」

 

 佐天は少し言葉が詰まった。どうしてそんなことを、と聞こうとしたがそれは多分意味を為さない。フレンダも言っていた。学園都市には佐天の居場所とは全く異なる世界(ルール)があると。佐天もそうしたいざこざを何度か垣間見てきてしまってはいるので、表向きはお嬢様の少女も、その異なる世界に身を置いていたことは分かる。

 だが、佐天には弓箭がまた、少し前の自分と同じような目をしているように見えた。

 

「そう…!フレンダさん!何処に行ったのか知ってますか!?……もし…、あなたが何かしたって言うのでしたら、あたしはあなたを赦せない、…かもしれません」

 

 かもしれない、と言い淀んだのは赦さなかったからといって自分にはどうにかできるものではないと理解してしまっていたから。

 

「……、ははは、いいですねぇ…。その無駄に中途半端な正義感…。素敵です…。え、えぇ…確かにわたくしはあの金髪を殺そうとしましたよ…。ですが、わたくしは敗けた…。死ぬのは本当はわたくしの方だったんです…。わたくしもその後のことは知りませんが…、恐らくもう……」

 

 弓箭猟虎の声は少し震えていた。

 その様子から佐天は、察してしまった。

 フレンダにはもう会えないのだということも。

 そして、目の前の少女が抱える不安のようなものも。

 

(この人は、多分…独りなんだ……)

 

 その行為は、自己満足でしかなかったかも知れないけど。

 ここで何もしないのは違うと思ったから。

 

「じゃ、じゃあ!」

 

 佐天は、踏み込む。

 

「あたしと、友達になりませんか?」

「………………!?」

 

 弓箭は理解できなかった。

 『友達』。弓箭にとって最も縁遠く、最も渇望している単語。それを、一歩間違えれば殺されていたかも知れない相手である自分に対して向けられていることが、全く理解できない。

 

「ななな、何を、突然…!…分かりません…。どうして…、わたくしなんかを…。わたくしは…、あなた達を…傷つけた…!それを…引き裂こうとしたのに…!」

「…寂しそうだったから」

「え……」

「あたしも…フレンダさんと連絡が取れなくなって、この一週間だいぶ塞ぎ込んでしまってましたし…。あたしにはあなたが何か一人で思い悩んでいるんじゃないかって…」

「はは……同情なら、結構ですよ…。わたくしとあなたでは状況が違いすぎます…。わたくしの周りにいた人達は…皆いなくなってしまうんです…。『あの中』ではそこそこ上手くやれてたって…、そう思っていましたのに…!誉望さんも垣根さんも獄彩さんも…!今更わたくしを必要としてくれる人なんてもうどこにも…!」

「……」

 

 弓箭の語気は強かったが、その声はファミレスの喧騒にかき消されてしまいそうな程小さく弱々しかった。

 佐天はそのか細い独白を静かに聞いていた。

 

「入鹿ちゃんだって…!いつまで経っても無能力者(レベル0)のわたくしを見限って、離れていった…!だから、わたくしにもできることを伸ばして…!能力以外のスキルを身に付けた…!なのに……」

 

 入鹿ちゃん。弓箭入鹿。

 かつて『内部進化(アイデアル)』という研究室でともに能力開発を受けていた弓箭猟虎の実妹。

 佐天には誰のことか分からなかったが、弓箭の様子から彼女に近しい人物であったのだろうということは何となく察することはできた。

 

「あたしだって無能力者(レベル0)です」

「……、」

「あたしはそれがイヤで…楽な道に逃げて、『幻想御手(レベルアッパー)』なんてものに手を出して、痛い目にあったこともあります。だから、努力をしてあれ程の強さを身につけたあなたやフレンダさんはすごいですし、羨ましいです。もっと自信を持ってもいい、と思いますよ……って、何上から目線で言ってんだあたし…!」

 

 かつての妹からも向けられていた、自分を認めてくれる言葉。

 だが、弓箭はまだ信じることができない。

 

 知り合って間もない、いや、知り合いと言ってもよいのか分からないほど関係が薄い。

 どうして自分なんか、という気持ちが先行してしまう。

 だからつい否定する言葉が口をついて出てしまった。

 

「む、無駄ですよ…。わたくしはあなたのことなんて何も知らないですけど…、あなたには他にもお友達がいるんでしょう…?仮に友達になれたとして、わたくしはその他大勢の一人にすぎないんです…。わたくしはきっとまた置いていかれる…!あの時みたいに…!結局、わたくしは独りになる運命なんですよ…!」

 

 『結局』、なんて。

 

 ここであの金髪のことを想起するなんて、あまりにも未練がましい。

 

「確かにそうかもしれません。人間関係って、環境が変われば変化するものじゃないですか。ずっと一緒にいる人もいれば、その場限りの人だって。何も知らないのはあたしだって、皆だって初めはそうなんですし、これから知っていければいいんです。それでも合わないなって思うのでしたら、離れてもらっても構わないです。でも、少なくともあたしは、自分から離れるなんてことはしません。そのイルカさん?のことも何か理由があったのかもですし、話し合えばまたやり直せるかもしれません。なんならあたしが仲介してもいいですよ!」

「…、…」

「あたしには能力(ちから)はないですけど、今みたいにあなたの悩みを聞くことくらいならできます。何か困ったことがあったら、どんどん頼っちゃってください!だからあなたも、もしあたしがピンチになったらその強さで守ってくださいね!あっ、これは進んでピンチになるって意味じゃないですよ!」

 

 佐天は「あはは…」と苦笑いしながら弁明した。

 

「友達ってそうやって助け合える関係だってあたしは思うんです。これでもまだ無駄だと思うのでしたら、きっぱり諦めます。改めまして、あたしと友達になってくれませんか、弓箭さん!」

 

 佐天はテーブル越しに弓箭の前に右手を差し出す。

 

「はっ……!」

 

 つぅー、と。

 弓箭のサイボーグ化されていない片目から一筋の雫がこぼれ落ちた。

 

(あぁ…そう、ですか……)

 

 他人との繋がりが欲しかった。

 はずなのに、無意識に壁を作って他人との距離を遠ざけていたのは自分の方ではなかったか。

 

(こんなの、わたくしに『友達』なんてできるはずがなかったじゃないですか…)

 

 クラスメイトに対しては受け身で、同僚に対しては無遠慮で。こんなヤツの『友達』に誰がなりたいというのか。

 

(今だって、好意を無駄にしようとして…!でもこの方は…二度もチャンスをくれた…。このチャンスを逃したらわたくしはもう二度と…!)

 

 なれるだろうか。

 こちらからの一方的ではない、お互いを助け合える『本物の友達』に。

 不安。焦り。緊張。恐怖。

 バクン、バクン、と心臓の動悸が激しい。

 

(でも、もう独り(ぼっち)になるのは…イヤ…!)

 

 弓箭は俯きながら震える手をゆっくりと差し出し、佐天の手を取った。握った手の温もりは弓箭の心を少しばかり溶かした。

 

「……ょ、よ、よろしく、お願いします……」

「こちらこそ!」

 

 佐天はふにゃりと笑いかける。

 

「……あ…」

 

 弓箭猟虎にとってそれは『救い』だった。

 傍から見ればほんの些細な、単なるお節介だったのかも知れない。

 それでも、弓箭猟虎の瞳に映った無能力者(レベル0)の少女の姿は、紛れもなく、地獄の底からすくい上げてくれる『主人公(ヒーロー)』そのものであった。

 

 

 

 警策は何とも言えない表情で佐天と弓箭の会話を聞いていた。

 

「どうしましタ?むず痒そうな顔シテ」

「イヤ…、思ったよりイイ感じの青春話になってきてて若干居心地悪くなってる…」

 

(あのセーラー女、結構良いコト言うじゃん…。美琴ちゃんもイイ友達を持ったねぇ…)

 

 なんて、自身にも佐天の言葉が少し刺さっているのを内心でごまかしてみたり。

 

(スナイパー女がぼそっと出してた名前…、ヨボウ、カキネ、ご…?あと、イルカ…。一人は良く聞き取れなかったけど、『メンバー』を利用してた時に耳にしたか…?よく覚えてないケド、あのスナイパー女が『アイテム』を狙ってたワケと関係あるカモ。最近デカ目の抗争があったみたいだし、そっちを調べるのもアリか…?あんまり深追いするのもヤバい気はするケド)

 

 警策は断片的な情報から考えを巡らせる。

 

(イルカ、っていう名前も『才人工房(クローンドリー)』で見たような…。イルカ…、弓箭入鹿…、そうかアイツの親族…)

 

 少し気になったので『書庫(バンク)』で検索してみることに。

 弓箭入鹿。常盤台中学所属。能力『波動操作(ウェイブコンダクター)』。大能力者(レベル4)

 

(うぇ…また常盤台…。つくづく縁があるねぇ…。ま、こっちの線も一応保留しておきますか)

 

 ふと佐天涙子と弓箭猟虎の会話からまた気になる単語が聞こえてきた。

 

『あたし、都市伝説探しが趣味で、今話題なのはこれ!「幻の能力」!なんか光を捻じ曲げて能力を変化させるみたいですよ?』

『へ、へぇー…光を操る…といったら、入鹿ちゃんとわたくしの能力にも似たものを感じますが……(って…こういうことを公の場で話しているから付け狙われる羽目になるのでは……?)』

『(はっ…!気をつけます…!)』

 

(まさに聞いちゃってるトコなのよね…。ホントに気をつけなよ佐天ちゃん…。で、『幻の能力』…か。パッと調べた感じ都市伝説界隈では今ホットな話題みたいね。能力を変質させる能力…、噂話としてはよくある話に見えるケド、こういうのって本物を脚色したりしてるコトも多いからバカにできないのよね…)

 

 『能力を生み出すDNAコンピュータ』とか。

 

(噂の出処は乱立してるけど第七学区近辺でヒットしてるのは4件か…。散歩がてら見てみるのもありカモ?)

 

 二人の会話は続いている。

 

『弓箭さん、あなたは何か趣味とかあります?』

『わ、わたくしは、ヴァイオリンを少々…。お、お友達ができたら、バンド…なんかを組んでみたいと思ったりも、してました…』

『バンド!いいじゃないですか!あたしボーカルやってもいいですよ!一一一(ひとついはじめ)のコピーなんてどうです?』

『わたくしは、アイドルバンドに興味が…それでなんやかんやでデビューしちゃったりして一躍人気者になってサインなんか求められちゃったりして学校の皆さんにもちやほやされてお友達100人も夢じゃ───ふへへへ……』

『あたしアイドル衣装はちょっと恥ずかしいんですけど…』

 

(ま、これ以上は目ぼしい情報は出ないか)

 

 警策は二人の足元に忍ばせていた液体金属人形を回収し、席から立ち上がった。

 

「何か良い情報でもありましたカ?」

「ま、『例のアレ』と関係あるかは分からないケド、気分転換にちょっくら『都市伝説』でも調べにね」

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