(PM2:20)
古びた倉庫の薄暗がりの中、突然湧き上がった『光』は、まるでそこにあるすべての影を焼き払うかのように強烈だった。
弓箭猟虎と佐天涙子、そして時ヶ谷凛音までもが、その場に立ち尽くしていた。
目を開き、息を止める。
それは、現実とは思えない異質な光景だった。
「――リコ……?」
佐天が小さく呟く。
リコは、ピンク色のゲコ太のぬいぐるみを抱いたまま立ち尽くしている。
比喩ではない。文字通りに、彼女の瞳が、まばゆい黄金色に光を宿していた。
(なに、これ…)
佐天は、はっと息を呑んだ。胸の奥に熱が灯るような、得体の知れない衝動が、突如として体内を駆け巡る。
感覚が明らかに変わっていた。手足が軽い。胸の奥から力が湧き上がる。
それは――そう、かつて一度だけ感じたことがあった。
『
だが、今感じているのは、それ以上の何か。もっと深く、もっと温かい……『つながり』を伴った感覚だった。
弓箭もまた、目を細めていた。
「……これは一体…」
「え?」
佐天がきょとんした顔で弓箭を見ると、弓箭は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんですか、佐天さん?」
「いや、どうしたも何も――弓箭さん。普通に喋れてますけど……もう平気なんですか?」
「えっ……あ」
その言葉に、弓箭も自分の状態をようやく認識する。
(そうだ……さっきまで、身体が鉛のように重かったのに……)
彼女は手を握り、脚を踏みしめる。確かに今は、何の妨げも感じない。
時ヶ谷に触れられ、強制的に『時間』を遅らされたはずの身が、今や自由に動いている――
「言われてみれば、確かに……身体が軽くなった気がしますね」
佐天もまた、頷く。
体が、心が、震える。自分の中の『限界』が、何か塗り替えられていくようだった。
そして、二人は気づく――
すべての発端は、リコから放たれる『光』だった。
「…………」
その光景を、時ヶ谷は黙々と見つめていた。
「……やれやれ、少々面倒なことになったみたいですわ。――これは、速攻で片づけたほうがよろしいでしょうか」
その穏やかな声が響いた瞬間、空気がピント張りつめる。
脅威は消え去っていない。むしろ今この瞬間、再び牙を向こうとしていた。
――時ヶ谷凛音。
弓箭猟虎は、その少女の実力を、先ほどの戦闘で骨身に染みるほど思い知らされている。
佐天と共に、おそるおそる彼女の一挙手一投足に意識を集中させた。
時ヶ谷は、静かに、まるで舞うような仕草で右手を持ち上げ――
「お気をつけてください! 攻撃が来ます!」
弓箭が叫ぶと同時に――
ザァァァッ!!
轟音とともに、弓箭と佐天のもとへ突風が吹き荒れる。
本来なら避けるべきだ。
しかし、背後にリコがいる。
それだけでなく、時ヶ谷の攻撃手段を知らずに反応が遅れた佐天をも同時に連れて回避するには、ほんのわずかにタイミングが遅れる。
弓箭の背中を冷たい汗が伝った、その刹那――
佐天は、条件反射のように、顔をかばうように右手を前へかざした。
――直後だった。
ヒュゥゥゥッ!
佐天の右手を起点に、鋭く収束した気流が一閃し、迫り来る突風と激突。
二つの風がぶつかり合い、轟音を立てて相殺された。
静寂が訪れる。
佐天は目を瞬かせ、自分の右手を呆然と見つめた。
「え、なに今の!? あたしから……風が、出た……?」
攻撃を打ち消された時ヶ谷は、少し興味ありげに口元を緩めた。
「ふぅん、
その一言に、弓箭は思わず目を大きく見開く。
「……佐天さん、
「いや、……『
佐天も戸惑いを隠せなかった。
確かに、『
でも、それはせいぜい木の葉が揺れる程度の、ごく弱い風にすぎなかったはず。
なのに今――
彼女は、時ヶ谷の風を正面から打ち消したのだ。
しばらく沈黙した後、弓箭はふと振り返る。
その視線の先に、リコは先ほどと同じように棒立ちのまま、まばゆい光を宿した瞳で、じっと前を見つめている。
(……まさか……)
弓箭の脳裏に、あの『都市伝説』がよぎる。
――幻の能力:『XXX光』。
光の道筋をねじ曲げる、不可解な能力。
その光を浴びた者の能力そのものの性質を捻じ曲げるという。
それから思い出される、もう一つの情報。
――『
曰く、それを手に入れた者は、学園都市の能力開発に革命をもたらす。
曰く、それを正しく使える者は、現存する超能力者の順位を覆す。
曰く、それが解き放たれた時――学園都市そのものが揺らぐ。
まさか。
そんなものが、実在したというのか。
リコの目が光った、その瞬間から起きた数々の異変――
自分にかけられていた、時ヶ谷の『時間遅延』が突如として解除されたこと。
そして、今――
佐天涙子が放った『風』。
(……リコさん、が……)
それはあまりにも荒唐無稽な話だと思っていた。
でも、目の前で起きているこの現実を――それ以外に説明できるだろうか。
弓箭はふと、自分の両手を見つめる。
(もし……あの噂が本物なら…)
脳裏に、ある考えがひらめいた。
その考えを確認するように、ポケットから何かを取り出す。
それは、射的ゲームの景品の一つとして手に入れた多機能LED懐中電灯。
モード切替で『LEDライトモード』と『レーザーモード』が切り替えられるという優れものである。
本来は、妹の入鹿へのプレゼントにするつもりだった。
だが今は――弓箭の考えを確かめるための『鍵』。
スイッチを押すと、白い光が一直線に伸びた。
それを両手でしっかりと握りしめ、目を閉じる。
思い出す。
――『あの時』。
幼い日、『
自分が一生懸命頑張ったにも関わらず、計測器はわずかな数値しか示さなかった。
けれど、今なら行ける気がする――否、行けると彼女は確信する。
(もう一度、あの感覚を――思い出して……!)
次の瞬間だった。
その思いに呼応するかのように――
懐中電灯の光が、ふっと揺れた。
それは徐々に収束し、形を持ち始める。
細く、鋭く――まるで一振りの『光の剣』のように。
『
懐中電灯の光を収束させ、鋼板を容易く焼き切る光の剣。
弓箭はぱっと目を見開くと、
光り輝く剣は、視界の中で燦然と輝いていた。
『
光や音といった、『波の性質を持つもの』を自在に操作する能力。
操作する対象が『波』という普遍的なものであることから、その応用範囲は極めて広い。弓箭入鹿は、身の回りの物品とこの能力を巧みに組み合わせ、強力かつ多彩な攻撃手段を生み出している。『小烏丸』はその一つに過ぎない。
「…………………やった…」
小さく漏れたその声は、やがて熱を帯び――
「――やった! やったやったやったやりましたぁぁ!!!!! ついに、わたくしも……入鹿ちゃんにぃぃぃぃぃ!!!」
声は天井に跳ね返り、胸の奥にまで響いた。
弓箭の顔は、歓喜と誇りでいっぱいだった。
スナイパーとして獲物を追い詰め、断末魔の悲鳴を心地よく聞き届けたときでさえ、これほどの高揚感はなかったであろう。
そんな弓箭の姿を見て、佐天は思わず引きつった笑みを浮かべて、
「……ゆ、弓箭さん、ちょっと落ち着いて?」
その言葉に、はっと我を取り戻した弓箭は咳払い一つ。
「こほん…こ、これは失礼しました。少々、興奮しすぎてしまいましたわ」
取り繕いつつも、その瞳はまだ輝きを失っていない。
抑えきれない喜びが、彼女の所作の端々に滲んでいた。
佐天はその様子に苦笑しながらも、再度自分の右手を見下ろした。
「よく分からないけど、あたしたち――能力が使えるようになったんですね?」
その問いかけに、弓箭は一瞬だけ黙ったあと、そっとリコの方へ視線を向けた。
少女は未だ無表情のまま佇んでいたが――その背には、何かただならぬ力が漂っている気がした。
「――ええ、おそらく、リコさんのおかげだと思いますわ」
弓箭の声は、確信と、それに抗えぬほどの畏れを静かに含んでいた。
自分たちが今こうして『変化』を得られたのは、あの少女の存在があってこそ。
それは喜ばしいこと――けれど同時に、底知れぬ何かが背後にあるという実感も否定できなかった。
佐天は一瞬、呆けたようにリコの方を見た。
「リコが…?」
彼女はただ小さくつぶやく。信じられないというより、まだ頭が追いついていない――そんな声だった。
「詳しいことはあとで説明いたします」
弓箭はきっぱりとそう言って、懐中電灯で形成された『光の剣』をぎゅっと握り直した。
その眼差しは、すでに『戦い』へと切り替わっている。
「今は――目の前の敵を、なんとかしないといけませんね」
そう言って、ゆっくりとその視線を上げる。
まっすぐに見据えた先――そこには、先ほどと同じ、余裕を崩さない時ヶ谷凛音の姿があった。
だが、空気は変わっていた。先ほどまでの一方的な支配ではない。
今や、拮抗する力がこの場に存在している。弓箭の胸の奥で、鼓動が高鳴った。
弓箭は静かに視線を巡らせ、隣に立つ佐天へと小声で囁いた。
「(――佐天さん、援護してくださいませんか?)」
その声音には、どこか挑戦的な色が滲んでいた。
佐天は一瞬きょとんとした後、眉をひそめる。
「(え、でも……どうやって?)」
その問いに、弓箭はにこりと微笑み、そっと佐天の耳元に顔を寄せる。囁かれた言葉は、短く、簡潔で、それでいて――戦術の核を担うものだった。
佐天の目がわずかに見開かれる。驚きと戸惑いが交差するも、すぐにコクリと小さく頷いた。
弓箭はそれを確認すると、光剣『小烏丸』を握り直し、軽やかに地を蹴った。
その身は迷いなく、ただ一人――時ヶ谷凛音へと向かっていく。
シュバッ!
金色の閃光が、真っ直ぐに時ヶ谷へ向かって斬りかかる。
だが、その鋭い一閃は、あと一歩のところで虚空を斬った。
「ですから――いくら強力な武器を手にしたところで、その鈍さでは掠りもしませんわよ?」
時ヶ谷は余裕の笑みを浮かべたまま、地面すれすれを滑るように回避していた。瞬間移動に近い速度――彼女の能力で自身の固有時間を加速させたのなら、それも当然だった。
しかし、弓箭は怯まない。
「……さあ、どうでしょうね?」
その含みある一言に、時ヶ谷の表情がわずかに揺らいだ。
勘の鋭い彼女が、何かの異変を本能で察したのだろう。
次の瞬間、彼女は半歩だけ横に身を引いた。
――ゴォオオッ!
直後、彼女が立っていた地面が轟音とともに吹き飛ぶ。突風が砂塵を巻き上げ、視界を覆う。
わずかに空いたその隙を、弓箭は逃さなかった。
光剣の動きが、一瞬で時ヶ谷へと迫る。
今度は――迷いのない、まさに『狩り』の踏み込み。
『小烏丸』が、風を裂いて煌めく。
だが、時ヶ谷も遅れはしない。
足元の時空が軋むように歪み、彼女の姿が残像を化す。
「ふふ、甘いですわね。こんな程度の小細工で…」
――そう言いかけた、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴッ……!
大地が唸りを上げる。空気が振動し、風の流れが不穏に渦を巻く。
やがて――
――ドゴォォォッ!
時ヶ谷の四方八方から、一斉に吹き上がる強烈な気流。
風の壁がまるで檻のように立ち塞がり、彼女の高速移動の軌道を完全に封じた。
「なっ――!?」
その罠を仕掛けたのは、佐天涙子だった。
(確か、婚后さんはこんな感じで…!)
『
空気の流れを操り、風を力として収束・解放する能力。
高レベルともなれば、複数の噴射点を束ねることで、数十トンの構造物を大気圏の彼方まで打ち上げることすら可能だという。
(わたくしの周囲に風の『噴射点』をあらかじめ仕込み……その上で、わたくしの移動先を限定し、接近戦に誘い込む算段でしたの? この短時間で、これほどまでの連携を……!?)
無論、狙撃銃の弾丸程度であれば、高速移動が封じられていようとも、風の障壁で防ぐことは可能だ。
だが、光の剣は違う。
それは、風あるいは圧縮空気と同様、『形なき力』に見えて、まるで性質が異なる。
光――つまり粒子と波の性質を併せ持つ、質量のないエネルギー体。
『剣』として成り立っているその存在は、もはやただの光ではなく、凶器そのものだった。
原則として、『形のないもの』では、『形あるエネルギー』を止めることはできない。
たとえば、圧縮空気による壁は、弾丸やミサイルの軌道を逸らすことはできても、光剣やレーザーのように質量を持たない粒子の奔流を完全に受け止めることは、構造上できないのだ。
確かに、空気の密度を極限まで高めれば、わずかに屈折させることは可能かもしれない。
しかし、それは防御ではない。ただの誤魔化しに過ぎない。
高速移動を封じられた今――あの剣にほんの一瞬でも触れられれば、『壁』ごと肉体を焼き裂かれる。
だが、それは裏を返せば、相手もまた、同じ危機に晒されているということだった。
時ヶ谷は静かに、けれども淀みなく、手元に風を集束させていく。
圧縮が進むごとに、空気は鋭利な輪郭を帯びていく。
刹那、空間に軋むような緊張が走る。
――真空刃。
目に見えぬその斬撃は、触れたものすべてを無音で断ち割る、風の殺意そのもの。
「上等ですわ」
時ヶ谷の口元に、戦いを悦ぶ者特有の好戦的な笑みが浮かぶ。
「ならば――その意気込み、たっぷりと受け止めて差し上げますわ!」
ザシュッ! シュバッ!
二人の攻防は、まさに紙一重だった。
弓箭の光剣が閃光のように唸りを上げ、時ヶ谷の真空刃が風を断ち、空間そのものを切り裂く。
どちらも防ぐ術を持たぬ――ゆえに、躱すしかない。
空間に生まれるわずかな気流の乱れを読み、お互いの間合いにギリギリで踏み込む。
肉体と直感だけを信じて、紙一枚分の刃をすり抜ける。
佐天は、絶え間なく気流を飛ばしていた。
弓箭と時ヶ谷――その周囲に、見えざる力の噴射点をいくつも展開する。
ひとたび足を踏み外せば、強制的に軌道を逸らされるトリガー。
風が走り、空気が唸る。
光が駆け、風が斬り裂く。
――一瞬でも気を抜けば、命は地に堕ちる。
そう確信させるには、十分すぎる戦場だった。
しばらくして、二人は互いに距離を取り、呼吸を整える。
沈黙が、ほんの数秒だけ戦場を支配した。
ふと、時ヶ谷の視線が床に転がった鉄製の案内板を捉える。
数秒前まで誰の目にも止まらなかった、ただの遊園地の備品。
だが、時ヶ谷がそっと足先を払った瞬間――
ドガァァァンッ!
『
重たく鈍い金属板が、一瞬で音速に迫る速度へと達し、凄まじい運動エネルギーを帯びて、弓箭へ殺到する。
「っ――!」
弓箭は即座に反応し、『小烏丸』を横薙ぎに振るった。
キィンッ!
と火花が散るような音を立て、案内板は真っ二つに切断される。
その破片が後方の壁に突き刺さる音が、コンクリートを砕く鈍音となって響いた。
その一瞬の隙に、弓箭はそっとポケットへ手を滑り込ませる。
指先が触れたのは、小さな銀色のホイッスル。
――佐天が、射的ゲームで取って、自分に手渡してくれた景品だった。
素朴な贈り物が、今や戦場で振るう『武器』となる。
弓箭はそれを唇に当て、ふっと息を吹き込んだ。
――キィィィィィィィィン!!!!!!
直後、耳を劈くような爆音が、戦場一帯を満たす。
『
ホイッスルの音を、能力で極限まで増幅・収束させ、音圧の奔流として撃ち出す技。
対して――
パチン!
時ヶ谷が指先を軽く鳴らす。それだけだった。
加速された音の振動が、対抗するように爆音と化して衝突する。
二つの爆音が空中でぶつかり、反響し合い、やがて相殺された。
――音の余韻だけが、静かに空気を揺らしていた。
佐天は息を呑み、二人の戦いを見守っていた。
もちろん、彼女も本音では戦いに加わりたいと思っている。
だが、覚醒したばかりの能力と、戦闘経験のない自分が不用意に飛び込めば、足手まといになるだけかもしれない。
彼女はふと思い出す。
数分前、弓箭が耳元で静かに囁いた言葉。
『(佐天さん、わたくしが戦場に突入したら、できるだけあの人の周囲に風の『噴射点』を設けてください。それから――わたくしが合図をしたら、真正面から風を起こして、リコさんと一緒に目を閉じて耳を塞いでください)』
その声音には、静かな緊迫と確信が宿っていた。
一秒後に命運を分けるかのような、張り詰めた重みを帯びている。
命令ではない。だが、不思議と逆らうことなど考えられない――そんな圧倒的な信頼感が、言葉のひとつひとつににじんでいた。
(そろそろ頃合いですかね…)
周囲に複数の上昇気流が噴き上がる中、時ヶ谷と切り結んでいた弓箭が、唐突に横へ跳ねた。
視線すら切らぬまま、鋭く声を放つ。
「今です!」
その声を合図に、佐天は迷いなく突風を撃ち出した。
風は唸りを上げて前方へと奔り、空気を裂く轟音が廃施設全体に反響する。
同時に、佐天は背後のリコを庇うようにして床へ身を伏せた。
「(リコ、目を閉じて、耳を塞いで)」
「え…?」
突如として伏せられたことに、リコは戸惑いを見せたが、佐天の声にただならぬものを感じ取り、おとなしく従った。
暴風はそのまま、時ヶ谷に向かって収束していく。
だが――
「無駄ですわ」
時ヶ谷はその場から、一歩たりとも動かなかった。
ヒュン!
次の瞬間、暴風が消える。
それだけでなく――佐天が仕掛けていた気流の噴射点そのものが、一斉にかき消されたのだ。
なるほど。
空気の流れそのものに干渉し、それを『減速』させ、まるで時間を巻き戻すかのように――強制的にリセットしたのだろう。
ならば、なぜ弓箭との接近戦ではそれを使わなかったのか。
おそらく、その干渉が持続できるのはほんの一瞬。
しかも、能力が強化された佐天なら、すぐに気流を再構築してくることも見越していた。
何より、佐天の支援に気を取られている間に、弓箭に不意を突かれる――そのリスクがあまりに大きすぎたのだろう。
だが今は違う。
弓箭が自ら身を引いた今、この場で最も厄介なのは佐天のみ。
ならば遠慮はいらない。力を惜しみなく振るうことができる。
風は掻き消え、戦場に、再び静寂が戻る。
視界がようやくクリアになり、時ヶ谷は再び前方を見据えた。その瞬間――
ぴょいと、弓箭の手から何かが投げ放たれる。
空中で軽やかに弧を描くそれに、時ヶ谷は反射的に目を細め、警戒心を高める。しかし――よく見ると、それは――
(……スマホ?)
何の変哲もない、ただのスマホ。
だが、直後に違和感に気づく。
フラッシュライトが――点灯している。
次の瞬間、閃光が爆発した。
バンッ!
無音に等しい瞬間、視界が一瞬で白一色に塗りつぶされる。スマホから放たれた光は、『
目が焼けつくような感覚が走り、視界が完全に奪われる。同時に、音波が時ヶ谷の耳に叩きつける。
耳の鼓膜を突き抜けるような圧倒的な音波が、脳内で爆発を起こす。
それに反応しようと腕で顔を覆うも、遅すぎた。
「……っ!?」
その声は、まるで自分の内側から響いてくるようだった。
時ヶ谷の体が一瞬、よろける。足元がふらつき、視界が真っ白に染まり、耳は何の音も拾わなくなる。
まるで世界が音と光を失ったかのようだった。
光と音――全ての感覚が、一時的に麻痺する。
スタングレネードの炸裂音――否、それを遥かに超える、鋭く、重く、脳の奥を叩くような衝撃が、時ヶ谷を内側から打ちのめした。
一瞬、空気の流れがまるで死んだように止まった。
ほんの数秒、それでも致命的な空白。
――その隙を、弓箭猟虎が逃すはずがない。
サイボーグ化された左目だけを、鋭い閃光の中で見開く。
彼女の手元で、多機能LED懐中電灯が低く唸るような音を立ててモードを切り替えた。
『レーザーモード』――そこから放たれたのは、肉眼でもはっきりと視認できる、灼けつくような光の線。
『
それは『虎落笛』と並び、弓箭猟虎の名を冠した必殺技。
レーザーポインターの光を極限まで増幅し、瞬時に焼き付くのと引き換えに、連射を可能にした超高出力攻撃。
ズバッ!
閃光の嵐の中、時ヶ谷凛音を撃ち抜くため、迷いなく放たれた。
連続で放たれる熱線が、空気を焦がし、照準にいる者すら焼き尽くそうとする。
――そして、閃光がすべてを包み込んだ。
灼熱と轟音の余韻だけが、戦場の空気を震わせていた。