とある暗部の才人工房   作:雨宮ヒトシ

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Phase13「余波 -アフターマス-」

(PM6:00)

 

 第七学区にある病院――その緊急(E)救命室(R)前の待機スペースには、佐天涙子と弓箭猟虎の姿があった。

 

 リコが遊園地から病院まで搬送されて約三時間。

 二人とも言葉を交わすことなく、ただただ黙って時間の流れを見送っていた。

 張り詰めた空気の中、時計の針の音さえ聞こえてきそうだった。

 

 やがて、無機質な自動ドアが静かに開き、カエルのような顔をした中年医師が姿を現す。

 その瞬間、佐天は反射的に椅子から立ち上がり、弓箭も無意識にその後を追った。

 

「先生っ、どうですか!? リコの様子は――!」

 

 医師は驚いた様子も見せず、少しだけ眉を上げただけで言った。

 

「おやおや、そんなに慌てなくても大丈夫だよ? 診察は終わったばかりなんだからね?」

 

 落ち着いた様子でマスクを外すと、ふうっとひと息つく。その仕草はどこかのんびりしていて、緊張していた佐天の気持ちをほんの少しだけ緩ませた。

 

 佐天はわずかに身を乗り出して、医者の言葉を待つ。

 カエル顔の医者は軽く顎に手を添えてから、静かに口を開いた。

 

「君たちがリコって呼んでる女の子、検査の結果、彼女の体内から――ちょっと気になる物質が検出されてね? 量も相当なものだったかな?」

「……気になる物質、ですか?」

 

 思わず言葉を返すと、医者は首を傾げつつ呟いた。

 

 

 

「君たち、『体晶』って言葉、聞いたことあるかい?」

 

 

 

「……たいしょう?」

 

 佐天の脳裏に、どこかで聞いたような響きがよぎる。たしか、以前『ポルターガイスト』という事件でその言葉を耳にした記憶がある。

 

「正式には『能力体結晶』。学園都市の――いや、木原一族が関わったとされる、『禁断の研究』だよ?」

「……!」

 

 その名前に、佐天の背筋にひやりとしたものが走った。

 『木原』――その姓に思い当たる人物がいた。テレスティーナ=木原=ライフライン。かつて、自分が関わった『ポルターガイスト』事件に登場した、冷酷な女性。

 

 隣の弓箭もまた、静かに眉をひそめる。

 彼女の記憶にもある。『スクール』が杠林檎という少女を保護していた当時、木原を名乗る研究者が二人、事件の深部に関わっていたのだ。

 

「体晶は、暴走状態にある能力者の脳内から、神経伝達物質やホルモンを抽出・精製して作られたものだ。つまり、元は能力者由来の化学結晶というわけだね?」

 

 穏やかな語り口とは裏腹に、その内容は重く、禍々しい。

 医者は少し間を置き、ややトーンを落として続ける。

 

「これを摂取すると、能力は制御不能なほど活性化する。いわば、『強制的な覚醒状態』だ。……ただし、大量に体内に取り込めば、次第に毒素が蓄積していく。健康には、まあ、最悪だね?」

「そんな……じゃあ、リコは……?」

「あの子の体内にあったのは、過去に確認された『ファーストサンプル』に極めて近かったものかな?」

「ふぁーすと、さんぷる?」

 

 聞きなれない単語に、佐天は戸惑いながら首をかしげる。

 

「木原一族の一人が、『暴走能力の法則解析用誘爆実験』に際して作り出した、最初の試作品のことだ。……となると、彼女も――当時の被験者の一人だった可能性があるかもね?」

 

 佐天と弓箭は、思わず息を呑んだ。

 ややあって、弓箭が静かに尋ねる。

 

「……それで、リコさんのご容態は?」

 

 先ほどの説明では、大量摂取すれば健康に重大な影響を及ぼすと言っていた。

 

「本来なら、患者の病状を親族以外に伝えることはできないけど――まあ、今回は特例として話そうか?」

 

 医者は一拍置き、先ほどとは打って変わった、重く沈んだ声で告げた。

 

「……正直に言う。かなり悪い」

「っ……!?」

 

 その簡潔なひと言が、二人の胸をぐさりと突き刺す。

 表情が強張るのをよそに、医者はさらに言葉を重ねた。

 

「あの子の体内に検出された『体晶』の量は――常軌を逸している。毒素は静かに、だが確実に彼女の命を蝕んでいる。このまま何の処置も施さなければ……いずれ命を落とすだろうね?」

「そんな……っ!」

 

 佐天の目が大きく見開かれ、思わず胸元を押さえた。喉奥にこみ上げるものを、どうにか堪える。

 隣で弓箭もまた、言葉を失っていた。その指先が震えている。

 

「……とはいえ」

 

 医者は、低く、しかし希望を織り交ぜた声で言った。

 

「完全に手詰まりというわけじゃないよ?」

「え……!?」

 

 二人の声が重なる。わずかに光が差し込んだような空気だった。

 医者はわずかに頷き、説明を続けた。

 

「実はつい最近、同じく『体晶』の過剰摂取によって倒れた患者を担当していてね。その治療のために、専門家をこの病院に呼んでいたんだよ?」

「専門家……?」

 

 佐天が呟いたその瞬間――まるで呼応するように、緊急(E)救命室(R)の自動ドアが音を立てて開いた。

 冷たい空気が流れ込む中、ゆっくりと姿を現したのは、一人の女性だった。

 

 白衣を羽織ったその女性は、三十代前半とおぼしき年齢。

 長い髪をラフに後ろで束ね、眼鏡越しの目には深いクマが刻まれている。

 寝不足なのか、どこか疲れた様子をまといながらも、歩みはしっかりとしていた。

 

 その姿を認めるや、医者は声をかけた。

 

「ご苦労さまだったね、柊木君。ちょうどいいタイミングだったよ?」

 

 柊木――そう呼ばれたその女性は、佐天と弓箭に軽く会釈してから、

 

「初めまして。霧ヶ丘女学院およびその付属中学に籍を置く研究者、柊木澄玲と申します。専攻は『量子生物学』および『神経薬理遺伝応答学』――といっても、わかりにくいかもしれませんが、『能力体結晶』に関する治療や解析に直接関係する分野です。今回はこちらの先生からの依頼で、しばらくこの病院に協力させていただいています」

「「よろしくお願いします」」

 

 佐天と弓箭も併せて、ぺこりと頭を下げた。

 頭を上げると、佐天はしばらくその女性をじっと見つめた。

 彼女の姿に、胸の中で何か引っかかるような感覚が湧き上がる。

 

 不思議だ。

 一度も会ったことがないはずなのに、どこかで見覚えがあるような、妙に懐かしい気がしてならない。

 

(なんだろう… この人、どこかで…)

 

 思考が頭をぐるぐると駆け巡り、佐天はその感覚に悩まされながらも、口に出すことはできなかった。

 そんな佐天の視線に気づく様子もなく、柊木は静かに続けた。

 

「先生からもお伝えしたかと思いますが、先日同じく『体晶』の過剰摂取で入院している別の患者に関して、私が治療に関与していました。幸い、その患者の症状は比較的軽度であり、治療が比較的早期に進展しました。その治療過程で得られたデータを基に――あの子の症例に適用できる治療法も見つけることができました」

「本当ですか!?」

 

 その言葉に、希望の光が差し込んだように、佐天と弓箭は期待を込めて見つめる。

 柊木は冷静に、そして少しの間を置いてから答えた。

 

「そのデータを基に、現在解毒剤の合成を行っています。数理的な解析を経て、解毒成分の抽出はおおむね成功しました。明日には、最初のサンプルが完成する予定です」

「……よかった」

 

 佐天は深く息を吐き、安堵の表情を浮かべる。弓箭もほっとしたように肩の力を抜いた。

 そこで、カエル顔の医者がふと思い出したように口を開いた。

 

「……にしても、一つ、妙なことがことがあったね?」

 

 気楽な調子でありながら、どこか引っかかるような声色だった。

 弓箭が小さく首を傾げる。

 

「と、仰いますと?」

「あの子の診査をしてたときなんだけど――『体晶』による毒素の侵食速度が、[[emphasismark: 一時的に異様なほど遅くなっていたんだよ? > ﹅]]」

「え……?」

 

 佐天と弓箭が同時に怪訝な表情を浮かべる。

 医者は淡々と続きを語った。

 

「もちろん、今はもうすっかり元通り……つまり、毒素の進行速度も元に戻っている。でも、その数時間だけは、まるで何かが『毒素の進行』を抑え込んでいたような兆候が見られたんだよ?」

 

 そこまで言って、医者は視線を上げ、二人の様子をじっと観察する。

 

「原因までは特定できなかったけど、あまり見ない症例でね。もしかしたら、彼女自身の体質か――あるいは、何か別の『因子』が働いていたのかもしれないね?」

 

 少し間を置いてから、柔らかく言葉を継いだ。

 

「とにかく、今は『体晶』の影響が完全に抜けるまで無理は禁物。しばらくは入院して、しっかり安静にしてもらうのが一番だね?」

 

 

 

(PM6:30)

 

 診察と処置が一通り終わると、リコは病院の一室に運ばれていた。

 そのベッドの隣には、佐天と弓箭が隣り合って静かに佇んでいる。

 

 リコは未だに意識を取り戻していない。ただ、穏やかな寝息を立てながら、深い眠りに沈んでいる。

 ベッドのすぐ隣にあるサイドテーブルには、ピンク色のゲコ太のぬいぐるみと、金色に輝くゴールデンゲコ太のキーホルダーがちょこんと置かれていた。

 

 沈黙がしばらく続いた後、佐天が口を開いた。

 

「――すみません、弓箭さん。今日は三人で楽しく遊ぶはずだったのに、こんなことになってしまって…」

 

 弓箭は小さく首を振る。

 

「い、いいえ、お気になさらず。わたくしのほうこそ、黙って、独断でリコさんの救出に向かってしまいましたから」

 

 その声には、どこか自責めいた響きがあった。

 

「……もしあのとき、わたくしが他の判断をしていれば。佐天さんに事情を伝えて、きちんと助けを呼んでいれば……リコさんが、こんなことには…」

 

 あの時、弓箭は確かに賭けに出た。

 誘拐犯の後を追ったこと、そして――そこで時ヶ谷凛音と出会ってしまったこと。

 

 あの場で能力を使わせなければ、リコが倒れることはなかったかもしれない。

 思えば思うほど、胸の奥を責め立てる声が止まらなかった。

 

 その沈黙を、そっと佐天の声が破る。

 

「ううん、弓箭さんのせいじゃありませんよ」

 

 その一言には、言葉以上の優しさと、どこか同じように自分を責める気持ちが滲んでいた。

 

「元はといえば、遊園地に行こうって言い出したのは、あたしですし……」

 

 リコのような子が、何者かに狙われるのは、よく考えれば当然の流れだったのかもしれない。

 なのに、自分はそんな危険を理解しきれないまま、あの子を外に――それも人目の多い遊園地なんて場所に連れていってしまった。

 いま思えば、それは軽率としか言いようのない判断だった。

 

「でも……あの時のリコ、すっごく嬉しそうだったんです」

 

 佐天はそっと目を伏せ、ベッドの上で静かに眠るリコに視線を落とす。

 ホットドッグを食べたときに目を輝かせていた姿。ゲーセンの射的ゲームで的をすべて外しながらも笑っていた顔。観覧車に乗ったときの、はしゃいだ声。

 どれもが、つい数時間前の出来事とは思えないほど、遠く感じられた。

 

「――だから、あの子に外の世界を見せてあげられたこと自体は、後悔してないんです。きっと、リコもそれを見たかったから。普通の子みたいに、普通に笑って、普通に楽しい時間を過ごしてほしかったから……」

 

 声がかすれそうになるのを、佐天はぐっと堪えた。

 

「……けど、それであんな目に遭わせちゃったなら、やっぱりあたし、バカですよね」

 

 その言葉に、弓箭はそっと首を横に振った。

 

「いえ……佐天さんがリコさんにしたことは、間違いなく『善意』ですわ。ですから……どうか、ご自分を責めないでください」

 

 静かな口調の中に、弓箭なりの精一杯の思いやりが込められていた。

 

 沈黙が、病室にゆっくりと降りる。

 窓の外では、夕暮れの茜がゆっくりと夜に溶けていこうとしていた。

 ベッドの上で眠るリコの寝息だけが、静かに、一定のリズムで響いている。

 

 佐天はふと、話題を変えるように切り出した。

 

「――それにしても、よかったんですか?」

 

 問いかけられた弓箭は、瞬きを一つ。

 

「なにが、ですか?」

「スマホのことです。壊れちゃったんですよね?」

 

 弓箭は「あっ」と小さく声を漏らし、視線を横に逸らす。

 

「そのことでしたら……問題ありませんわ。買い直せば済む話ですし、それに――」

 

 そこまで言って、ふと口ごもる。

 

「それに?」

 

 佐天が小首をかしげると、弓箭はほんのわずかに頬を赤らめながら、小さな声で言った。

 

「それに……どうせ連絡先を登録している相手なんて、ほとんどいませんから」

 

 一瞬、静寂が落ちた。

 その言葉の意味を理解した佐天は、目を見開いてから、ぽっと笑みを浮かべる。

 

「そっか……じゃあ、また新しいスマホを買ったら、真っ先にあたしの番号、登録してくださいね」

「もちろんですわ」

 

 弓箭はこくんと小さくうなずく。その声音は、どこか照れているようで、それでも少しだけ嬉しそうだった。

 

 その時だった。

 

 コン、コン。

 病室の外から、軽くノックする音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 佐天はすぐに声をかけると、ドアが静かに開いた。

 

「お邪魔します」

 

 聞き慣れた声と共に現れたのは――頭の上に花畑を蓄えた、見慣れた小柄な少女だった。

 

 その姿を目にした瞬間、佐天は目を丸くする。

 

「初春!? なんでここに!?」

 

 驚きに思わず声を上げると、初春飾利は呆れたようにため息をついてみせた。

 

「それはこっちのセリフだと思いますけどね。佐天さんこそ、誘拐事件の重要な参考人なのに、警備員(アンチスキル)の事情聴取にも顔を出さず、ここで何してるんですか?」

 

 初春の視線が、ベッドで静かに眠る少女の姿へ移る。

 

「あと……そちらのベッドで横になってる子は誰ですか?」

 

 質問の矢継ぎ早さに、佐天はしばらく視線を泳がせた。

 

「あ、えっと……この子は、親戚の子で。しばらくはうちの学生寮に居候してて、急に体調を崩しちゃって。それで、病院に連れてきたってわけで……」

 

 言いながらも、どこかぎこちない笑みを浮かべる佐天。

 そして慌てて話題を切り替えるように、隣に立つ少女へと視線を向けた。

 

「あっ、ちなみにこちらは新しい友達の弓箭さん。弓箭さん、こいつは初春っていって、風紀委員(ジャッジメント)やってます」

 

 突然の紹介に、弓箭は少し肩を強張らせつつも、丁寧に一礼する。

 

「はじめまして、弓箭猟虎と申します。佐天さんには日頃からお世話になっておりまして」

 

 その丁寧でお嬢様然とした口調に、初春は一瞬きょとんとしたものの、すぐに小さく会釈を返した。

 

「……はじめまして、初春飾利です」

 

 簡潔な自己紹介を終えた初春は、ふと視線を佐天へと戻し、少し躊躇うように口を開いた。

 

「初対面の相手にこんなことをお願いするのは失礼だと思うんですけど……佐天さんと、少しだけ二人きりでお話しさせてもらえませんか?」

 

 その声には、風紀委員(ジャッジメント)としての職務的な硬さと、友人としての気遣いが入り混じっていた。

 無理を通すのではなく、できる限りの配慮を添えた言い方だった。

 

「……あっ、はい。分かりました。では、少々失礼いたします」

 

 弓箭はわずかに目を見開いたが、すぐに落ち着いた声でそう返し、丁寧に一礼する。

 そのままベッドの脇を静かに離れ、気を遣うように足音を抑えながら病室の扉へと歩いていった。

 

 パタン。

 扉が閉まる音が、張り詰めたような静けさの中に微かに響いた。

 

「ふう……」

 

 扉を閉めて廊下へ出た弓箭は、小さく息をついた。張り詰めていたものが少しだけ和らぎ、肩がわずかに落ちる。

 

「よぉ」

 

 不意に、横からかけられた気さくな声。

 弓箭は驚いてそちらへ顔を向けた。

 

 リコの病室の扉のすぐ隣。

 そこには、パーカーのポケットに両手を突っ込み、気だるげに壁にもたれかかった警策看取がいた。片眉をわずかに上げ、こちらを見ている。

 

 弓箭は少し逡巡したあと、

 

「……えっと、警策さん、でしたっけ?」

「あの医者とのヤリトリは、全部聞かせてもらったわ」

 

 警策は背筋をすっと伸ばしながら、ゆっくりと弓箭の方へ向き直る。

 

「少し、二人きりで話そっか?」

 

 

 

(PM6:35)

 

「で、わざわざもったいぶってまで話したいことって何?」

 

 初春と二人きりになった病室の中――厳密にはベッドにリコが横たわっているので二人きりではないが――佐天はすぐに問いかけた。

 ふと、空気が少しだけ重く感じる。

 

「そうですね。何から話しましょうか――」

 

 初春は唇に人差し指を当て、少し考えるふりをしながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。その後、視線を佐天に向けて、ゆっくりと切り出す。

 

「――佐天さんって、本当に嘘つくの下手ですよね」

「えっ、な、なんのこと?」

 

 佐天は思わず驚き、きょとんとした表情を浮かべた。その反応に、初春の鋭い眼差しが鋭く光る。

 

「とぼけても無駄ですよ。私、全部知ってますから」

 

 初春はゆっくりと、視線をベッドで静かに眠っているリコに向ける。

 

「その子、佐天さんの親戚でもなんでもないでしょ?」

 

 その一言が佐天に強く突き刺さった。何かを言い訳しようとしたが、言葉がうまく出てこない。

 

「………いつから?」

 

 とうとう白を切るのを諦めたのか、佐天は息を呑んで尋ねた。

 初春は一度目を伏せ、ゆっくりと佐天を見返す。

 

「遊園地で、佐天さんが電話をかけてきて、いきなりあんな切られ方をしたんですからね。最初から変だと思ってたんですよ」

 

 それから、まるでその場面を思い返すかのように目を伏せ、少しの間考え込む。

 

「念のため遊園地の監視カメラをハッキ…拝借して、状況を確認しようとしたんですけど」

 

 初春はちょっと言い訳がちに言葉を続け、軽く肩をすくめた。

 

「すると、監視カメラの映像に改竄されたような怪しい痕跡が見つかりまして。で、なんとか映像を復元してみたら――」

「リコが攫われるのを見た、ってことか」

 

 佐天は、待たずして言葉を引き取る。初春の話の流れが見えたのか、すぐに理解したようだ。

 初春は小さく頷き、

 

「はい。今回の犯人、監視カメラの改竄だけでなく、警備システムに妨害プログラムまで仕込んでいたんです。これはただの誘拐事件には収まらないと感じて、すぐにそのプログラムを解除して、警備員(アンチスキル)に通報しました」

 

 初春は最後に少し肩を張って言う。少し誇らしげな表情に、佐天は軽く息をついた。

 

「……じゃあ、あたしがあの場で咄嗟についた嘘もバレバレってわけか」

 

 リコが警備員(アンチスキル)に連行されないように。

 あのとき佐天は、即興で自分を『被害者』に仕立てることで、無理やり彼女を庇ったのだ。

 けれど、初春が最初からすべてを見抜いていたのなら――その嘘には、もう意味などない。

 

 

 

「―――まったく、佐天さんって、私のことをそんなに融通の利かない人間だと思っていたんですか?」

 

 

 

 軽くため息をつきながらも、初春の声には少しだけ拗ねたような響きがあった。

 

「え?」

 

 不意を突かれた佐天が目を見開く。戸惑いの色がその顔に浮かんだ。

 だが、初春は気に留める様子もなく、静かに言葉を継ぐ。

 

「私、警備員(アンチスキル)に通報したとは言いましたけど……『監視カメラの映像を証拠として提出した』なんて、一言も言ってませんよ?」

「ういはる……」

 

 佐天の唇から漏れたその一言には、感謝と、安堵と、そしてほんの少しの申し訳なさが混じっていた。

 初春はその視線を静かに受け止めながら、穏やかな声で言葉を添える。

 

「佐天さんが隠し事をしたのは、きっと誰かを守るため――あるいは、何か人には言えない事情があったんでしょう? 私、人の秘密を何でも暴き立てる趣味なんて持ってませんよ」

 

 その言葉に、佐天の目がじわりと潤む。

 初春は気づいているのかいないのか、独り言のように話を続けた。

 

「でも――今いちばんの問題は、犯人たちの証言ですよね。あの人たちが佐天さんの嘘にうまく乗ってくれるとは思えませんし、もし証言が食い違ったら警備員(アンチスキル)に勘づかれる可能性も……」

 

 ふと、初春は話を切り、じっと佐天の顔を見た。

 

「ん? 佐天さん、さっきからずっと涙目でこっちを見て、ど、どうかしましt……」

「ういはるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「ちょ、いきなり抱きつかないでください!? あと、頭をナデナデしないで……っ!?」

 

 初春の頭に咲いた花が落ちそうな勢いで、佐天はぎゅうっと抱きついたまま離れようとしない。

 だが――そのとき、ふと佐天の脳裏に何かが引っかかった。

 

「……あれ? ちょっと待って」

 

 右手を初春の頭に置いたまま、佐天は首をかしげる。

 

「そういえばさ……あたし、確かにあの時、初春に電話をかけたけど――『遊園地にいる』なんて、一言も言ってないはずだよね?」

 

 その問いに、初春の体がぴくりと反応した。

 

「なのに、どうしてあたしが『遊園地にいた』って、初春は分かったの?」

「そ、それは……」

 

 ぎこちなく視線をそらす初春。

 明らかに挙動不審な様子に、佐天の目が細まる。

 

「……まさか、本当に――あたしの携帯にGPSを仕込んでたんじゃないよね?」

 

 初春は、まるでフリーズしたかのように固まった。

 それを見て、佐天の疑念は確信へと変わる。

 

「……ねぇ、初春」

 

 じわじわと圧を込めるような声が響いた。

 

「な、なんですか……って、いたっ! 髪の毛引っ張らないでくだしゃいぃぃぃ!! そこ花ごとデリケートなんですからぁぁぁ!!」

 

 初春の頭に置いた右手で、まるで花壇の雑草を引っこ抜くように、佐天は容赦なく髪をぐいっと引っ張るのだった。

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