病院の一室。
黒髪を肩のあたりで切り揃え、いつもどこか眠たげな目をした少女が、ベッドの上で上体を起こして読書をしていた。
滝壺理后。
普段と変わらず、ピンク色のジャージを身にまとっている。寝巻き兼部屋着らしく、彼女にとっては一張羅も同然だ。
ページを静かにめくる音だけが、室内の静寂を満たしていた。
そんな時だった。
――パンッ。
乾いた衝撃音が、風とともに窓から吹き込んだ。
滝壺の手が止まり、無表情のまま視線が本から天井へとゆっくりと移る。
(……銃声?)
『暗部』に身を置いていた彼女には分かる。その鋭く乾いた音は――まぎれもなく、本物の発砲音だった。
距離も、さほど遠くはない。
音の方向――この病院の屋上からではないか、と直感する。
そして、その直後だった。
キィン――
背筋を氷の刃が這うような、冷たい感覚が全身を貫く。
「……今のは……」
滝壺はゆっくりと読んでいた本を閉じ、天井から目を逸らさずに呟く。
今、彼女の能力――『
本来この能力は、『体晶』を服用しない限り発動することはない。
しかし、ごくまれに、第六感のように――本能的に、反応することがある。
たった今感じたものは、明らかに異常だった。
尋常ではない『何か』が、この場所で、解き放たれた。
まるで――膨大な力が、封印を破って目覚めたかのように。
◇
屋上のドアを開けた瞬間、鋭く冷たい風が弓箭猟虎の頬を撫でた。
目の前に広がるのは、青く高い空と都市のビル群――だが、それ以上に、眼を引く光景がそこにはあった。
屋上の中央。
長い髪に白衣を羽織り、眼鏡をかけた女性が、レディ用の小型拳銃を構えている。
その銃口の先、コンクリートの床には、少女が倒れていた。
佐天涙子。
両手両足をきつく縛られ、身動きひとつ取れぬまま、彼女は腹部から赤い液体をこぼしながら、うつ伏せに横たわっている。
その血は、まだ乾かぬまま、床に広がりつつあった。
「佐天さん!?」
叫びながら駆け寄ろうとした瞬間、白衣の女――柊木は反射的に銃口を弓箭へと向けた。
発砲音が鳴り響く。乾いた銃声。
だが、遅い。
弓箭は一歩も引かず、体を軽く捻って弾丸をかわし、そのまま一気に間合いを詰める。
二発目を撃とうとした柊木の指が引き金にかかった瞬間――
弓箭の左腕の袖口から何かが閃いた。
「ッ!?」
鋭い痛みとともに、右腕に衝撃が走る。
次の瞬間、柊木の手から銃がこぼれ落ち、ガシャンと乾いた音を立てて床に転がった。
弓箭の袖口から射出された弾丸が、柊木の右腕を正確に撃ち抜いていたのだ。
柊木はその場に崩れ落ち、両膝を床についたまま、うつむくように動かなくなる。
そんな彼女に銃口を向けたまま、弓箭は問い詰める。
「……あなたが、佐天さんを撃ったんですか!?」
問いに、返答はない。
柊木の顔を上げたその瞳――隈の浮いたその目には、もはや生気というものが一切感じられなかった。
「……撃ちたければ、撃てばいい」
か細い声で柊木は呟く。
「どうせ君は、間に合わなかった」
その言葉に、弓箭はハッと息を飲む。
同時に、視界の隅に気配を捉え、素早くそちらに目を向けた。
屋上の端。
そこに、病院着を着た一人の『少女』が、無言で立っていた。
長く艶やかな絹糸のような髪。透き通るような白い肌。
そして――どこか空虚さを湛えた金色の瞳が、こちらを静かに見つめていた。
「……リ……日花璃、さん?」
その姿に、弓箭の声が震える。
『少女』は何も答えなかった。
ただ、淡々とした瞳をまっすぐに弓箭に向け、その身に纏う空気だけが、静かに――だが確実に、常識を逸脱した『力』の存在を訴えていた。
やがて、『少女』の両肩から、何かが現れた。
それは――光。
だが、ただ眩しいだけの光ではない。静寂と冷気を湛えた、透き通るような輝きだった。
その光は、ゆっくりと形を持ち始める。
左右に広がるのは、羽ばたくでも揺らめくでもなく、ただそこに『在る』としか言いようのない、神秘的な輪郭。
――翼。
透き通る結晶のような羽根が、幾重にも重なり合いながら、少女の背から音もなく咲き出す。
その姿、さながら――
天使。
思わず、そんな言葉が脳裏をよぎった。
だが、そこにあるのは救済でも祈りでもない。
もっと深く、もっと根源的な、『異質』そのものだった。
美しい。だが、恐ろしい。
言葉では捉えきれないその存在感に、空気は震え、世界の輪郭すら、かすかに揺らいで見えた。
こくりと、弓箭は固唾を呑んだ。
「一体……何が……」
だが、答えは返ってこない。
沈黙が、ほんの一瞬だけ場を支配した。
次の瞬間――
バァァン!
『少女』の翼が大きく広がった直後、眩い『閃光』が、いくつも炸裂した。
◇
「……もう、限界……かしらぁ」
息を切らしながら、食蜂操祈は階段の踊り場でぐったりと崩れ落ちた。
エレベーターは何者かの妨害によって停止。やむなく階段を選んだ彼女だったが――
常盤台の女王は、極度の運動音痴である。
「んもぅ、誰がこんなに段数作ったのよぉ……。構造設計した人の趣味、疑っちゃうわよねぇ……」
太腿はすでに悲鳴を上げ、口元は乾き、軽く目も回る。
こんな事態でもスカートの乱れを気にしているあたり、さすがに美意識だけは貫いていたが――内心は限界ギリギリだ。
(……それにしてもぉ、今の銃声。嫌な予感力しか、湧かないんだけどぉ……)
鋭く響いた発砲音が、数フロア上のどこかから届いてきたのは、ほんの数分前。
鈍い音の後に続いた沈黙が、逆に不気味だ。
食蜂はゆっくりと立ち上がろうとするが、膝がぷるぷると震えてうまく踏ん張れない。
「さすがに、私に階段ダッシュは無理があるのよぉ……。ねぇ、誰かエスパーでもエレベーターでも運んでくれないかしらぁ……?」
誰にともなくぼやく声だけが、静まり返った踊り場に虚しく響いた。
すると――下の階から、軽やかな足音がパタパタと響いてきた。
(えっ、うそ? 本当に誰か来るの?)
不意の音に、食蜂は目を見開いた。足音は次第に近づき、やがて踊り場の角から一人の少女が現れた。
「いたいた! みさきちゃん、ここにいたんだね」
長い茶髪にキャスケット帽をかぶった少女は、心配そうな顔で駆け寄り、ぐったりと床に倒れている食蜂に右手を差し伸べる。
「ド、ドリー!?」
弱々しく声を漏らす食蜂に、ドリーは気にせず続けた。
「みさきちゃんがなかなかもどってこないとおもったら、いきなりパンッ!っておおきなおとがきこえてきて、いそいでかけあがってきたんだよ!」
「ありがとう……来てくれて、助かったわぁ」
食蜂はか細い声でそう言いながら、ドリーの差し出した手をしっかり握った。
「みさきちゃん、あいかわらずタイリョクなさすぎだよ。カイダンごときでたおれるなんて」
「ち、違うわよ! これは……その、休憩力を挟めばちゃんと登れるからっ‼」
食蜂は顔を赤らめ、必死に言い訳を探すように言った。
「きゅうけいりょく?」
ドリーが少し首をかしげると、食蜂は慌てて続けた。
「つまり、ちょくちょく休むことで力を回復させるってことよ! 決して運動不足とかじゃないんだからっ!」
声を張ったあとで、本人も若干恥ずかしくなったのか、視線をそらす。
ドリーはクスっと小さく笑いながらも、しっかりと食蜂の肩を支えた。
「うん、わかったよ、みさきちゃん。でも、ムリしないでね」
「……うん、ありがとう……」
優しい声に少しだけ元気を取り戻し、食蜂はゆっくりと立ち上がった。
その時だった。
バァァン!
爆発的な衝撃音が、階段の壁にぶつかって跳ね返るように響き渡る。
銃声とは明らかに違う、もっと大きくて重たい『破壊音』。
「今の音……っ⁉」
反射的にドリーの肩に手を伸ばし、身を寄せる。心拍が跳ね上がるのを感じた。
「ドリー、ここは危ないから、今すぐ離れて頂戴」
咄嗟に声を出した食蜂の口調は、珍しく緊張を滲ませていた。
「え、でも、みさきちゃんは?」
ドリーが戸惑ったように問い返す。
「私は自分でなんとかするかr――」
その言葉は最後まで続かなかった。
不意に、視界がふわりと浮き上がる。
「――っ!?」
次の瞬間、自分の背中と膝裏に何かが回されていることに気づいた。
……持ち上げられている。
状況を理解するまで、少しの間を要した。
けれど、すぐに現実が襲ってくる。
「ちょ、ドリー!? なにを……!?」
頬がかぁっと熱くなる。そう、自分は今――お姫様抱っこされているのだ。
しかも抱えているのは、あのドリーである。
「みさきちゃんはおくじょうにいくつもりだったでしょ? だから、わたしがはこんであげるよ」
まるで何の疑問も抱いていないかのように、ドリーはきっぱりと言った。
力強くもどこかほのぼのしたその声音に、食蜂は完全に言葉を失った。
「い、いや、あのね、これはさすがに……」
抵抗しようとするが、案外しっかりした腕力に逆らえず、ただ抱えられたまま進んでいく。
「ちょ、待って、私の立場ってものがあるのよぉ!?」
そう叫んでも、ドリーの足は止まらない。階段をぐんぐんと上がっていく。
(……なんで、こうなるのよぉ……!)
顔を真っ赤にしながら、食蜂操祈は小さく肩を落とすしかなかった。
けれど、どこかその瞳はほんの少しだけ、安心したようにも見えた。
◇
病院の屋上。
弓箭猟虎の目の前で、『少女』の翼から破壊の『閃光』が放たれようとした――その瞬間だった。
ゴォォォオッ――!!
上空から突如、凄まじい風の奔流が吹き下ろし、床に溜まった砂塵が激しく巻き上がる。
立ちこめる煙の向こうに、人影が――見えた。
まるで、二人の間に割って入るように。
(あ、れ……?)
弓箭の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
――第四位に殺されかけた、あの瞬間。
自分の眼前に現れ、身を挺して助けてくれた、あの『誰か』。
ヒュゥゥゥ……ッ。
風が収まり、舞っていた砂塵が静かに霧散していく。
その中から――ゆっくりと、何かが姿を現す。
ばさり、とベッドシーツで空気を叩くような音と共に、重力を感じさせない動きで、少女は弓箭の目の前に降り立った。
左右に二つに結わえられた、紫がかった長い黒髪。
白磁のように透き通った肌と、端正な顔立ち。
その双眸には、どこか影を落としたような闇が、かすかに宿っていた。
着崩した紺のブレザーに、風にひるがえる白いプリーツスカート。
背中から大きく広がった、コウモリのような銀の翼。
腰の後ろからは、矢印に似た尾が、ゆらりと揺れる。
その姿は、さながら――悪魔。
息を呑んだまま、弓箭は立ち尽くす。
記憶の奥に焼き付いていた影と、目の前の光景が、重なっていく。
――姿が、重なる。
「あなた、は……」
その背中を見つめながら、弓箭は、か細く声を漏らした。
「…………」
悪魔の少女は、何も答えない。ただ、静かに前方を見据えている。
その視線の先には、光の翼を広げた天使の『少女』が、静かに佇んでいた。
金色に輝く、まばゆい瞳。
闇を湛えた、暗い眼差し。
天使と悪魔。
光と影。
――両者の視線が、交差する。
「――なんとか、間に合ったようですね」
凛とした声が、風に乗って響く。
それと同時に、空中から風を纏ったもう一人の少女が、警策のすぐ隣へと軽やかに着地した。
長く艶やかな黒髪が、ふわりと風に舞う。
その身に纏っているのは、同じデザインの紺のブレザーと白いプリーツスカート。
弓箭は、その姿に見覚えがあった。
昨日、遊園地の倉庫で戦った、あの少女。
『
警策の隣に並び立ったまま、時ヶ谷は静かに視線を前へと向けた。
その先に立つ『少女』を見つめながら、彼女はわずかに目を細める。
深紅の瞳に、驚きと、そして警戒の色がにじんでいた。
「……『あの時』と同じ。いいえ、それ以上の力を感じますわ。これは一体――」
そう呟いて、ふと背後を振り返る。
そこには、手足を縛られたまま、腹部から血を流して気を失っている佐天。
その傍らで、ただ呆然と立ち尽くす弓箭。
そして、膝をついたまま、傷ついた右腕を左手で押さえている白衣姿の女性の姿があった。
「……柊木先生」
時ヶ谷がその名を呼ぶと、女性はゆっくりと顔を上げた。
「警策……それに時ヶ谷、か」
苦しげな息を吐きながらも、柊木は淡々と応じる。
「…………」
その一瞬で、動きがあった。
時ヶ谷の姿が消える。次の瞬間、彼女は佐天の傍らに膝をついていた。
ようやく事態を把握したのか、弓箭が戸惑いの声を上げる。
「ちょ……何を――」
「お静かになさってくださいまし」
時ヶ谷は振り向かずに、静かに制した。
彼女はすぐに佐天の傷口を確認する。
「……幸い、急所は外れていますわね。これなら――」
そう呟いた、その時だった。
ひゅう、と小さな風切り音。
佐天の腹部にそっと触れた時ヶ谷の手元から、微かな風とともに小さな物体が飛び出した。
それは、血に濡れた小型の銃弾。
時ヶ谷は、風の流れを使って内部からそれを強引に引き抜いたのだった。
すると次の瞬間――
まるで映像を巻き戻すかのように、佐天の傷口がみるみる塞がっていく。
弓箭は、ただ茫然とそれを見つめていた。
「佐天、さん……?」
「『
それから、再び風がうねった。
時ヶ谷は一瞬で佐天のそばを離れ、今度は柊木のすぐ目の前に現れる。
膝をつく彼女の顔を、間近からのぞき込むようにして。
「先生、もしよければ……その傷、癒しますわ」
差し出された赤黒い血で汚れた白い手には、さきほど佐天を救った力が宿っていた。
「要らない」
その言葉は即座に、そして冷たく返ってきた。
柊木は血で赤黒く染まった右腕を左手で押さえたまま、視線すら動かさない。
「――どのみち、この街は……もうすぐ滅びる」
それは、まるで宣告だった。
その声音にこもった疲弊と諦め。
深く落ちくぼんだ瞳には、生の執着など微塵も見られなかった。
まるで、この世界そのものを見限った者の顔。
「………先生に、そんな大きな目的があったのですか」
時ヶ谷の声には、どこか掠れた哀しみが混じっていた。
柊木は、わずかに口角を歪めて笑った。
「いや、ただの復讐だよ」
その呟きは、あまりにも静かで、それでいて猛毒のように重かった。
「私の過ちと共に、この街は――消し去られる。私を、そして……『あの子』を、見殺しにしたこの街そのものが、ね」
時ヶ谷の瞳が揺れる。
何かを思い出すように、あるいは信じたくないものを否定するように。
「そんなこと……紗綾さんは望んでいるとでもお思いですの?」
その名を口にした刹那、柊木の目が大きく見開く。
「こんなことをしても、紗綾さんはもう――」
「貴様が……その名を呼ぶんじゃないわよ!?」
柊木が爆ぜるように怒鳴った。
今まで冷静だった表情が、一変する。
血走った目で、まさに『敵』を見るように、時ヶ谷を睨みつける。
それは、彼女の中でいまだ色濃く生きる、
『紗綾』という存在への執着――あるいは、後悔の炎だった。
時を同じくして、屋上の扉が再びバーンと大きな音を立てて開け放たれた。
全員の視線が、突然開け放たれた扉へと一斉に向かう。
そこに現れたのは、蜂蜜色の髪をなびかせた少女をお姫様抱っこにした、もう一人の少女だった。
長い茶髪を風になびかせながら、彼女は堂々と屋上へ足を踏み入れる。
「――ドリー、そろそろ下してもらえないかしらぁ?」
「あ、うん」
彼女が地に足をつけたその瞬間、風がふわりと吹いた。
まるで、この再会を歓迎しているかのように。
食蜂操祈は、屋上に居並ぶ面々をゆっくりと見渡した。
視線に揺らぎはない。
その場にいるのは、警策、時ヶ谷、柊木、佐天、弓箭――そして……
屋上の端に静かに佇んでいる、一人の『少女』。
背には光の羽根。
無機質な無垢さと、神性を帯びた静けさを同時に纏った、その存在。
食蜂の瞳が、わずかに細まる。
その唇から、ため息のような一言が零れた。
「……なんか、思ったより大所帯だわぁ」
軽口を叩きながらも、警戒は解かない。
彼女の視線が最終的に止まったのは、やはり、あの天使の『少女』だった。
蜂蜜色の髪がそよぐ中、食蜂はぽつりと呟く。
「――あれが……『
一方、隣に立つドリーはというと――
「……あ、みーちゃんもいたんだね!?」
ぱっと花が咲いたように笑みを浮かべ、屋上の中央にいた警策へ手を振る。
だが、その視線はすぐにその背後へと滑った。
そこに佇んでいたのは、光の翼を広げた一人の『少女』――
「……って、あのこ……」
その声が、かすかに震えた。
「きのう、ユーエンチであった!」
次の瞬間、空気が鋭く張り詰めた。
まるでその声を合図にしたかのように、『少女』の翼が音もなく大きく広がる――攻撃の前触れ。
一同の視線が一斉に『少女』へ集まり、場の温度が急激に冷え込んだ。
「っ――!?」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
最初に反応したのは、警策だった。
ゴォォォォォッ!
銀の翼を大きく羽ばたかせ、竜巻のような風圧を一気に巻き起こす。
その風が『少女』を包み、そのまま空へと打ち上げた。
「看取さん!?」
背後から食蜂の声が飛ぶ。
警策は振り返らず、ただひと言。
「操祈ちゃん、ドリーは頼む。コイツは――私がなんとかする!」
言葉を置いて、警策は再び翼を羽ばたかせ、少女が吹き飛ばされた空へと飛翔した。
無論、今の一撃で『少女』を倒せるとは思っていない。
警策が竜巻を放った真の目的は、戦場を病院の屋上から空中へと移すためだ。
この場であの『閃光』が放たれれば、被害は計り知れない。
病院にはまだ大勢の人間がいる――その中にドリーも。
巻き込まれれば、それこそ元も子もない。
『少女』のもとへ飛び込む最中、警策はふと、思った。
――今、自分がしていることは、どれほど皮肉なことか。
かつて自分は、復讐のために一人の少女を利用し、この街を滅ぼそうとした。
その自分が今、まさか『この街を守る側』に回る日が来るとは。
(……ホント、ガラじゃないっつーの)
正直、この街がどうなろうと知ったこっちゃない。
けれど、その中に『あの子』がいるのなら、話は別だ。
それに、何より――
この事態の発端は、間違いなく自分にある。
『少女』が長い眠りから目覚めたのは、自分があの廃施設に潜入したのがきっかけだった。
遊園地で傍観せず、最初から弓箭たちを助けていれば、あの子が力を使うことも、副作用で倒れることもなかった。
――もし、あの時。
一つでも、違う選択をしていれば。
そう思わずにはいられない。
これは間違いなく、自分の『過ち』だ。
(……あのコを見殺しにしたこの街は、大っ嫌い。でも――)
静かに、警策は唇を嚙みしめる。
空へと舞い上がる風の中、その瞳には強い決意が宿っていた。
(あのコを救えず、間違えてばかりいる『私自身』が……もっと嫌い!)
『少女』を救うことができれば、ほんの少しだけでも――この胸に残る無念が、和らぐような気がした。
それがただの自己満足にすぎないことなど、とうに自覚している。
けれど、だから何だというのだ。
大義名分じゃなくても、人は動ける。
誰かのためにと願う心があれば、人はきっと――
破壊の閃光をまき散らす、哀れな『天使』を救うために。
かつて『悪魔』とまで呼ばれた少女は、今、真っ直ぐに立ち向かった。