とある暗部の才人工房   作:雨宮ヒトシ

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EX「猫喫茶 -ブレイクタイム-」

 扉を開けると、想像以上に広々とした店内が広がっていた。

 木製の床には所々に小さな毛布やキャットタワーが置かれ、猫達が気ままにくつろいでいたり、そこかしこを歩いていたり、客と戯れたりしているのが見える。

 

 二人の少女は、そんな空間へとそっと足を踏み入れる。

 一人は、二つ結びにした黒髪と、どこか物憂げな色を帯びた暗い双眸が印象的な、微かながら陰をまとった雰囲気の少女。

 もう一人は、長い茶髪を腰まで靡かせ、弾けるような笑顔の明るい少女である。

 

「わぁ……すごい……ねこちゃんがこんなにたくさん‼ 」

 

 弾む声とともに、茶髪の少女――ドリーは目を輝かせながら店内をきょろきょろと見回す。小さな子供のように両手を胸の前で握りしめ、まるで宝物を見つけたかのように一匹一匹の猫を指さしては大はしゃぎしていた。

 

「まあ……猫カフェだから当然っしょ」

 

 隣で跳ねるように喜ぶ彼女の姿に、黒髪の少女――警策看取もついつい口元が緩んでしまう。見た目こそ中学生にしか見えない同行者の、精神年齢の幼さがこうして露わになる瞬間は、むしろ愛らしくすらあった。

 

「ふわぁ……みてみてみーちゃん、どのコもかわいいっ」

 

 興奮が乗った弾んだ声でドリーは警策の袖をぐいぐいと引っ張る。視線はあっちへ、こっちへと落ち着かず、まるで万華鏡を覗いているかのように店内を見回していた。

 木の床を歩くと柔らかな爪音が小さく響き、猫たちの間延びした鳴き声や、客の笑い声が心地よく混じり合う。ふわりとした毛の匂いとコーヒーの香りが入り交じり、普段の喧騒から切り離された不思議な安らぎがあった。

 

(こんなに喜んでくれるなんて……やっぱり、連れてきて正解だったわね)

 

 彼女がこうして無邪気に喜ぶ姿を見られるのは、保護者のような気恥ずかしさと、友人としての愛しさが同時に胸に湧き上がる瞬間だった。

 ドリーは外の世界には疎く、まして猫カフェという日常と非日常のあわいのような空間には、なおさら縁がなかったに違いない。

 

 もっとも、実をいえば――ずっと暗部に生きていた警策にとっても、猫カフェはいささか未知の領域だった。戸惑いを悟られぬよう平然を装いつつ、内心ではドリーと大差ないくらい落ち着かない。

 

 そんな折、店員が笑顔で近づき、猫達の写真と共に名前や品種が書かれたプロフィール表を手渡してきた。厚手の紙を受け取ると、色とりどりの毛並みや澄んだ瞳が印刷されたページが目に飛び込んでくる。

 

 二人でしばらく店内を歩いていると、どこからともなく一匹の白い猫が警策の足元へ近寄ってきた。

 雪のように白く、豊かに長い体毛はふんわりと広がり、まるで小さな王侯の衣をまとっているかのようだ。顔は横に四角張り、胴と四肢は太く短く、全体的にどっしりとした体つき。その風格からすぐにペルシャ猫だとわかる。

 

 プロフィール表をめくると、そこに載っていた名前は『ブランカ』。ずいぶんド直球なネーミングだな。

 心の中でぼそりと突っ込みつつ、警策はその場にしゃがみこんだ。黒い瞳を細めて目線を合わせ、身長に手を差し出す。猫にとっていきなり触られるのはご法度――それくらいのマナーは心得ている。

 

 警戒の気配を探ったが、ブランカは逃げるどころか、鼻先をくんくんと近づけてきた。やがて抵抗を見せなかったので、指先でそっと頭に触れてみる。

 指に伝わるのは、驚くほど柔らかく、深みのある毛並みの感触だった。軽く撫でるたび、ふわりと白い毛が舞い上がり、午後の光に照らされてきらめく。

 ブランカは気持ちよさそうに目を細め、低く喉を鳴らす。振動が掌にじんわりと伝わってきて、心まで柔らかくほぐしていくようだった。

 

「……いいなぁ、みーちゃんばっかり!わたしもなでたい!」

 

 横でドリーが身を乗り出して羨ましそうな声をあげる。その表情はまるで欲しいおもちゃをねだる子供のようで、警策は苦笑しながら手を引いた。

 

「ごめごめ。はい、ドリーの番だよ」

 

 そう言いつつも、掌に残るぬくもりが惜しくて、ほんの少しだけ手を離すのが遅れてしまう。

 ドリーもしゃがみ込み、ブランカへそっと手を伸ばした――その瞬間。

 さっきまでとは打って変わり、ブランカが「フーッ!」と鋭い声を上げて威嚇した。長い毛を逆立て、丸い顔を歪めて牙を見せる。

 

「ひゃっ……!」

 

 ドリーは驚いて慌てて手を引っ込める。するとブランカは踵を返し、逃げるようにして奥へ駆け去ってしまった。 

 逃げられたショックからか、ドリーは肩を落とし、しゅんと小さく縮こまっていた。

 

「……わたし、やっぱりきらわれてるのかな」

 

 か細い声とともに、彼女の周囲で青白い火花が一瞬ぱちりと弾ける。

 それを目にした警策は、ふぅと溜息を漏らした。

 

 ドリーは発電系の能力者である。無意識のうちに微弱な電磁波を放出しており、人間には感知できなくても、猫や犬といった小動物には敏感に察知されてしまうのだ。

 警策は慰めるように、そっとドリーの頭に手を置き、優しく撫でながら告げた。

 

「大丈夫。きっとそのうち仲良くなれるから」

「ほ、ほんとうに……?」

「うん。とりあえず席につきましょう」

 

 立ち上がったドリーの手を取って、二人は空いていたソファ席に腰を下ろした。

 そこでようやく落ち着いて店内を見渡すと、やはり色とりどりの猫達が思いおもいに過ごしている。

 

 先ほどのブランカはペルシャ猫だったが、ほかにもアメリカンショートヘア、ロシアンブルー、スコティッシュフォールドメインクーン……といった個性豊かな姿が目を引いた。

 

 中央のテーブルの上では、キジトラ模様の猫が尻尾をゆっくりと巻き、毛布に顔をうずめてうとうとしている。

 一方で、キャットタワーのてっぺんからは白黒のハチワレが店内を見下ろし、王様のような風格で動かない。

 

 窓際の陽だまりでは、ラグドールがふわふわの毛を広げて丸まり、まるでぬいぐるみのように眠っていた。

 店内を包む空気は柔らかく、低い喉の音や小さな足音、時折混じる「にゃあ」という鳴き声が、心を穏やかにさせていく。

 

 ドリーは目を輝かせてそれら一匹一匹を数えるように指差し、警策はそんな彼女の横顔を眺め、自然と頬を緩めながらメニューに目を落とした。

 夢中になって猫に視線を寄せているドリーはひとまずそっとしておき、警策は店員を呼ぶ。このカフェの名物である、フォームミルクで描かれた猫のラテアートを二つ注文した。

 

 依然として猫に視線を吸い寄せられているドリーの姿は、何とも微笑ましかった。

 

(……ホント、素直で可愛いね)

 

 頬杖をつきながらその様子を見守っていたとき、不意に隣のソファ席から他の客たちの会話が耳に入った。

 

「――なあ花村、また手に傷ついてるな。この前の任務でやったのか?」

「え、ああ……いや、そういうわけじゃないんです。ちょっと不注意で……」

「へえ、最近やけに増えてるよな。また彼女んちで……」

「しっ、先輩声でかいです!」

 

(この声、どこかで……)

 

 思わず声の方へ目を向けると、そこには高校生くらいに見える私服姿の少年二人が座っていた。

 

 一人は黒ジャージ姿の黒髪の少年。

 もう一人は、男子にしてはやや長い金髪を後ろで無造作に束ね、ラフなパーカーを着た少年だった。

 

 警策はその二人に見覚えがあった。

 先日、雨束陽花里という少女にまつわる事件を追っていた際に関わっていた暗部の下っ端――その中の二人である。

 

 向こうも視線に気づいたのか、金髪少年と目が合った。

 彼はまるでこの世のものとは思えぬ光景を目にしたかのように目を見開き、口をぽっかり開けて固まる。

 

「おい、急にどうした?」

「せ、せせせせ先輩、あああああああの時の……」

 

 黒髪少年が不審そうに金髪の視線の先を追い、自分の目をゆっくりと警策に向ける。

 

「げっ」

 

 金髪ほどではないが、やはり嫌そうな目で見られた。

 まあ、無理もない。警策はあの事件で、彼らをかなり酷い目に遭わせていたのだから。

 

 二人の少年は、あの時と寸分違わぬ服装をしていた。

 ただ、一つだけ目につく違いがある。ちらりと覗いた金髪少年――花村の右手の手の甲には、細かい赤い傷跡が点々と残っていたのだ。

 切り傷やかすり傷にしては妙に丸く、まるで小さな歯形が押し付けられたかのようにも見える。

 

「ねえみーちゃん!あのネコちゃん、なんておなまえ……あれ?」

 

 ようやく振り返ったドリーは、警策の視線が一点に釘付けになっていることに気づき、不思議そうに首を傾げた。

 自然とその視線の先を追い、隣の席にいる二人の少年へと目を向ける。

 

「どうしたの、みーちゃん? もしかして、しりあい?」

「……いや、人違いだよ」

 

 警策はそっけなく答えると、未だにこちらを睨みつけてくる二人を無視するように、あえて視線を外し、ドリーの方へと顔を戻した。

 

(まさか、こんな場所でアイツらと鉢合わせするとはね。……まあ、下っ端とはいえ『暗部』の人間にだって、こういう息抜きは必要ってワケか)

 

 考えてみれば、そう不思議なことでもない。

 四六時中、血と暴力にまみれた世界に身を置いていれば、心だって摩耗する。どんなに冷酷を装っていても、結局は普通の人間――甘いコーヒーや柔らかな毛並みを求めたくなる瞬間だってあるのだろう。

 

(……もっとも、猫カフェってのは意外すぎるチョイスだけど)

 

 似つかわしくない光景に、警策は心の中で皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

 しばらくして、店員が笑顔を浮かべながら注文の品を運んできた。

 ラテアートを崩さぬよう、慎重な手つきでテーブルに置き、軽く会釈して静かに立ち去っていく。

 

 ドリーの視線は、すぐさま自分の前に置かれたカップへと吸い寄せられた。

 ふわりと盛られた泡が愛らしい猫の姿を形作っている。真っ白なミルクの輪郭は柔らかく、頬に淡い朱が差しているせいで、まるで本当に微笑んでいるかのようだ。小さな口元と黒々とした瞳が、こちらを無邪気に見上げている。

 

 一方、警策のカップにはミルクの泡で形作られた白猫が浮かんでいた。まるでコーヒーを湯船に見立て、ちょこんと顔を出しているかのようだ。耳の先にはほんのりと淡い色が差し、つぶらな瞳と小さな鼻は、どこかおそるおそるこちらを窺っているようにも見えた。

 

「「いただきます」」

 

 二人してお行儀よく手を合わせ、そろってカップを手に取った。

 けれど、口に運ぼうとしたところで、ドリーの動きがぴたりと止まる。

 

「どうしたの? コーヒーは苦手?」

 

 怪訝そうに問いかける警策に、ドリーは視線をカップへ釘付けにしたまま、真剣な顔で唸った。

 

「うーん……か、かわいすぎて……のめない……」

 

 彼女の指先はカップの縁で迷子のようにさまよい、大きな瞳には「どうしよう」と文字が浮かんでいるかのようだった。まるで本物の小さな猫を前にしたかのように、本気で悩んでいるのだ。

 その深刻そうな様子に、警策は思わず吹き出してしまう。

 

「わ、わらわないで」

「いやいや……可愛いお悩みだなって」

「だ、だって……ネコちゃん、いなくなっちゃうんだもん」

「どのみち放っておいても、そのうち崩れちゃうよ。飲まないほうがもったいない」

「うぅ……」

 

 警策は十分に鑑賞を堪能したあと、ためらうことなくカップを傾けた。

 ふわりと溶けていく泡の猫を飲み込みながら、口いっぱいに広がるやわらかな甘さに思わず目を細める。

 コーヒーのほろ苦さとスチームミルクのまろやかさが絶妙に溶け合い、舌の上をすべるたびに心まで温められるようだった。

 

「あぁ……」

 

 横から悲しげな声がもれ、視線を向ければドリーが今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめていた。

 

(……なんか、罪悪感わいてくるね)

 

「ん、すごく美味しかったよ。ほら、ドリーも冷めないうちに飲んであげな」

 

 警策に促され、ドリーは小さく唸りながらも、おそるおそるカップを口元へ運ぶ。

 泡の猫を壊さないように、慎重にそっとすするその姿は、見ているだけで微笑ましかった。

 

 しばらくして、

 

「美味しい?」

「うん、でもやっぱかわいそう……」

 

 ドリーはそっとカップを置き、空になったカップを名残惜しげに見つめた。

 そのとき、やっとカップに隠れていた口元が見えたのだが……

 

「ぷふ……」

 

 警策は思わず笑いを堪えきれず、掌で口元を押さえながら肩を震わせる。

 怪訝そうに首をかしげるドリー。

 

「な、なんでわらうの、みーちゃん?」

「ごめごめ~。なんなら自分の目で確かめてみる?」

 

 そう言うと、警策はスマートフォンでドリーを一枚撮り、撮ったばかりの画面を彼女の前に差し出した。

 映っていたのは、口元に白いミルクのおひげをつけたドリーの顔。

 

 猫を崩さないよう慎重に飲みすぎたため、ふわふわの泡が口元に残り、まるで小さなサンタのひげのように広がっていた。

 ドリーは一瞬、自分の姿を見て固まった。

 

「ふふ……あははは! へんなカオ!」

 

 慌てて手で口元を押さえるが、くすくすと笑いが止まらない。目を細めて微笑む表情は、まるで小さな子供のように無邪気で愛らしい。

 その笑顔につられてか、警策もついに堪えきれず、肩を小さく震わせながら笑い出すのだった。

 

 そんな二人の姿を、隣の席に座っていた花村樹人は、カフェオレのカップを持った手を宙に止めたまま、ただじっと見つめていた。

 向かいの席に座る黒髪の少年――海藤高成は、ブラックコーヒーを一口すすり、怪訝そうな顔で問いかける。

 

「お前、また見てるんかよ。そんなにあの女が気になるのか? せっかく彼女ができたんだから自重しろよ」

「あ、いや……なんていうか……」

 

 花村は少し戸惑いながら視線を戻す。

 

「今までずっと、『暗殺者』だの『暗部の悪魔』だのって、物騒なイメージしかなかったんですけど……あの人、あんな風に笑うんだなって」

 

 その言葉に、海藤は思わずコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて咳払いして口元を抑えた。

 

「……お前、まさか見惚れたなんて言わないよな? 彼女さんにチクるぞ」

「いやいや、そういうわけじゃないってば!」

「だったら盗み見はやめろ。今は見逃されてるようだが、向こうに気づかれたら、誤解だろうがなんだろうがまた面倒なことになるぞ」

 

 そんなの言われなくたって、と捨て鉢に声をあげると、まだ熱いカフェオレを一気に飲み干した。案の定、舌を軽く火傷して顔をしかめる花村だった。

 

「……あ」

 

 ラテアートの施されたカフェラテを飲み終えた警策の膝に、突然一匹の猫が飛び乗ってきた。

 銀と黒の縞模様がくっきりとした、丸々とした体つきの猫。アメリカンショートヘアだ。

 

 小さな肉球が膝に触れる感触に、警策は思わず軽く息を漏らす。

 プロフィール表をそっと覗くと、『ミルフィーユ♀』と書かれてあった。

 

 柔らかな毛並みを撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細め、頭を警策の手に押し付ける。

 丸い瞳でこちらを見上げる姿は、まるで「ここに座っていい?」とでも言っているかのようで、警策は思わず頬を緩めた。

 しばらく顎の下を優しい手付きで撫でていると、横から女性の声が飛んできた。

 

「あら、ミーちゃんじゃない」

 

 その呼び方に、警策は一瞬びくりと肩を揺らし、声のした方へ目を向ける。

 店員の制服を着た女性が、少し驚いた表情で、膝の上で丸くなってくつろぐミルフィーユを見つめていた。

 

「この子、あんまり人に懐かないタイプなんですけれど……珍しいですね」

 

 しかし当のミルフィーユは、店員の言葉など意に介さず、膝の上で目を細め、まるで「ここは私の縄張りよ」と言わんばかりに堂々と陣取っている。

 

「へえ、このコ、ミーちゃんっていうんだ」

 

 ドリーは興味津々と身を乗り出し、そっと手を伸ばそうとした。

 だがその瞬間、ミルフィーユの瞳がきゅっと細まり、「フーッ」と短い威嚇の声を漏らす。

 

 その露骨な反応に、ドリーの表情がしゅんと曇る。ほんの少し、今にも泣き出しそうに見えるほどだった。

 やはり、受け入れてもらえなかったことがショックなのだろう。

 

「こ、このコ、あんまり人に懐かないって言いましたよね!」

 

 気まずい空気を和らげようと、警策は慌てて店員に話を振る。

 店員は「ええ」と小さく頷き、穏やかな口調で続けた。

 

「普段は触らせようとすらしませんし、こうして膝に乗るなんて本当に珍しいんですよ。お客様、よほど安心するんでしょうね」

「……そういうものですかね」

 

 警策は膝の上で体を預けてくる温もりを感じながら、なんとなく照れくさそうに答える。

 ミルフィーユの毛並みは柔らかく、その体温はじんわりと心地よく伝わってくる。

 ――みーちゃんとミーちゃん。奇しくも同じあだ名で呼ばれる二人(匹)が並んでいるのも、なんだか不思議な縁のように思えた。

 

「ドリー、手を出して」

「え?」

「触りたいんでしょ?」

「そ、そうだけど……だって、このコ、わたしのこと――」

 

 ドリーが言葉を言い終える前に、警策は両手でミルフィーユの体をそっと抱え込み、半ば強引にドリーの目の前へ差し出した。

 突然の移動に、ミルフィーユは「にゃっ」と短く鳴き、両足をパタパタと空中でばたつかせる。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 ドリーが慌てて手を引っ込めるが、警策は軽く笑って肩をすくめる。

 

「大丈夫。こら、おとなしくしないと、もう撫でてやらないよ?」

 

 半ば冗談めかしてそう言い聞かせると、なんとミルフィーユはぴたりと動きを止め、丸い瞳でじっと警策を見上げた。

 まるで「仕方ないわね」とでも言っているような態度に、ドリーは目を丸くする。

 

「……わ、わかったの? いまのこと」

「サー、どうかな。でも賢いコなのは間違いないね」

 

 差し出されたミルフィーユの柔らかな毛並みに、ドリーは恐る恐る手を伸ばす。指先がそっと背中に触れると、猫の体がかすかに震え、やがて小さなゴロゴロという喉の音が響き始めた。

 

「なでさせてくれた!」

 

 瞳を輝かせ感極まったように声を上げるドリーに、警策は小さく笑みを浮かべて言う。

 

「猫にも個体差はあるけど……たいていは背中を撫でられると安心するもんだよ」

 

 そんな二人のやり取りを見ていた店員は、思わず驚いたように声を漏らした。

 

「この子が、人の言うことにこんなに素直に従うなんて……本当に珍しいんですよ」

「案外、相性が良いのかもね」

 

 警策は苦笑まじりにそう答えると、ミルフィーユを再び膝の上に戻し、今度は耳の付け根をやさしく指先でくすぐるように撫でた。

 ミルフィーユは心地よさそうに目を細め、小さく「にゃあ」と一声漏らす。その仕草に、ドリーはまるで自分まで褒められたかのように頬をほころばせていた。

 

 一方その頃、隣の席で。

 

「やべっ、スマホの充電切れじゃん!」

 

 花村は眉をひそめ、真っ暗になった画面を見せながら慌てた声をあげた。

 

「すみません先輩、ちょっと充電ケーブル貸してもらえませんか?」

 

 向かいの海藤は、飲み干したブラックコーヒーのカップをテーブルに静かに置き、半眼で彼を見やる。

 

「構わんが……お前、持ってなかったっけ?」

「いやあ、この前、自分のケーブルが――ほら、例の彼女んちで……むしゃむしゃってされちゃってさ」

 

 申し訳なさそうに笑いながら、指でケーブルの形を空中に描いてみせる。

 

「……お前の私生活はツッコミどころが多すぎるな」

 

 呆れ混じりにため息をつきつつ、海藤はポケットを探り、きちんと巻いて整えられたケーブルを取り出してテーブルに置いた。

 

「サンキュー!」

 

 花村はぱっと顔を明るくしてそれを受け取ると、すぐさま席のすぐ横にある壁のコンセントへ身を伸ばし、スマホを接続する。

 充電のマークが点灯したのを確認すると、ふぅと安心したように大きくあくびをし、背もたれにだらしなく体を預けた。

 そんな彼の姿に、海藤は再び額に手を当て、呆れ半分、諦め半分で小さく息を吐いた。

 

「そういやお前、最近ずっと眠たそうだな。夜更かしでもしてんのか?」

「あ、それなんですけど……実は最近、彼女ん家で寝ることが多くてさ――」

「はぁ? てめぇ、とうとう童貞捨てたのか!?」

「ち、ちげぇ! そこまでは行ってません! ちゃんと別々で寝てますし!」

 

 花村は両手をぶんぶんと振り、顔を真っ赤にしながら必死に弁解する。

 

「……ふん、じゃあなんでそんな眠そうなんだよ」

「そ、それがですね――彼女ん家で寝ると、夜になると『キュッキュッ』って物音がするんですよ! 俺、寝つきが悪いんで、ちょっとでも音がするとすぐ目ぇ覚めちゃうんです!」

 

 両手で耳を塞ぐようなジェスチャーをしながら、花村は切実そうに訴えた。

 その時だった。

 

「あっ……!」

 

 不意に、しなやかな影が花村たちのテーブルへ飛び乗った。

 白を基調にした毛並みに、尻尾と顔まわりだけ黒く彩られている。すらりと伸びた四肢に、どこか優雅な立ち居振る舞い。澄んだ青い瞳が、まっすぐ二人を射抜くように見つめ返していた。

 

 気品、という言葉が似合う猫だった。シャム猫である。

 花村は驚き半分、興味半分でテーブルに置かれていたプロフィール表を手に取り、ぱらりとめくった。

 

「あ、この子……リンって名前みたいです」

「そうなんだ」

 

 海藤は腕を組みながら、どこか興味深げにシャム猫の顔を覗き込んだ。向こうも負けじと澄ましたように視線を返してくる。妙に堂々とした態度に、彼の胸中に一人の人物の顔が浮かんだ。

 ――誰かに、似ている。名前も、雰囲気も。

 そんな海藤の思考を見透かしたかのように、花村がにやりと笑って口を開いた。

 

「先輩、この子……時ヶ谷先輩に似てません?」

「あ……言われてみれば」

 

 海藤は思わず苦笑し、猫とかの少女の姿を交互に思い浮かべてしまう。

 しばらく互いに見つめ合ったまま、静かな睨めっこの時間が続く。

 

 リンはまるで状況をじっくり見定めているかのように、一歩一歩ゆっくりと海藤の方へ歩み寄った。

 白い毛並みに黒の差し色が映え、青い瞳は揺るぎなくこちらを見据えている。

 

 花村が小さく息を飲む中、リンはついに海藤の膝に身を乗せるように飛び込んだ。

 軽やかでありながらも優雅な着地に、海藤は思わず手で体を支えながら驚いた表情を見せる。

 

「え、ちょ、ちょっと……! な、なんで俺の膝に……」

 

 リンはまるで何事もなかったかのように丸くなり、落ち着いた様子で海藤の膝の上で目を細めた。

 海藤の手が自然と背中を撫でると、小さな喉の奥からかすかなゴロゴロという音が聞こえてくる。

 その様子を横目で見ていた花村は、羨ましそうにじっと視線を送っていたことに気づく。

 

「お前、大の猫好きだろ。どうだ、触ってみるか?」

「もちろんそうしたいんですが……」

 

 花村の表情には、少し翳りが差していた。期待と不安、躊躇とわくわくが入り混じった複雑な顔だ。

 

 ――論より証拠。

 花村は小さく息を整え、ゆっくりと右手をリンに差し伸べる。

 

 その瞬間、リンは鼻をひくひくさせ、耳を後ろに倒して小さく「フーッ」と威嚇した。

 思わず手を引いた花村は、肩を落とし、しゅんとしょげた空気をまとっている。

 

「ここ最近、何故か猫に近づくと避けられるんですよ……」

 

 声には落胆と戸惑いが混じり、まるで自分自身の不思議な運命を嘆くようだった。

 

「昔はあんなに懐かれていたのに……」

 

 花村の目は少し潤んだようで、リンの冷静な視線と対照的に、その悲哀が際立っていた。

 

「……いつからだ?」

 

 海藤はしばらくリンの背中を撫で続けたあと、ふと問いかけた。その目には、軽い好奇心とともに、どこか面白がっている様子が覗く。

 花村は眉を寄せ、頭をかきながら記憶をたどる。

 

「えっと……確か、先月の終わり辺りかな……」

 

 指で髪をいじりつつ、少し恥ずかしそうに答える。

 

「おや、ちょうど彼女と知り合った頃じゃねえか」

 

 海藤は片眉を上げ、からかうような声で続ける。

 

「まさかと思うが、猫にやきもちをやかれてるわけじゃねぇだろうな」

 

 花村は一瞬絶句し、口元を押さえてあわてた表情になる。

 

「そ、そんなのあり得ないと思いますが……」

「だろうな」

 

 海藤は笑いをこらえながら小さくうなずき、リンの穏やかなゴロゴロを聞きながら、花村の肩に軽く肘をついて楽しげに眺めていた。

 

「まあ、そのうちまた懐いてくるだろ。そんなにがっかりすんな」

「だといいのですが……」

 

 花村は小さく肩を落とし、唇をかむ。少し照れくさそうに目を逸らしながらも、内心ではリンの反応が気になって仕方がない様子だった。

 海藤はそんな彼の肩を軽く叩き、微笑む。

 

「気にしすぎてもしょうがねぇ。猫にも気分ってもんがある。今日はたまたま避けられただけだ」

 

 花村は小さくうなずき、目の端で膝の上で丸くなったリンをちらりと見やる。

 落ち込んだ表情のままでも、どこか心が和む瞬間だった。

 

 直後のことだった。

 

 トレイを持った店員が、足元の小さな絨毯の端に躓いた。

 

「わっ!」

 

 思わず声を上げ、踏ん張ろうとするもバランスを崩し、手に持っていたトレイの上のカップが傾く。熱いコーヒーが、花村のパーカーに勢いよくかかった。

 

「あっつ!」

 

 花村は反射的にパーカーを脱ぎ、飛び跳ねるように一歩後ろへ下がった。熱さに眉をひそめ、顔をしかめる。

 

「申し訳ありませんっ! 大丈夫ですか?」

 

 店員は真っ赤になり、慌ててナプキンを取り出す。手が震えながらも、必死にパーカーのシミを拭こうとする。

 

「いえ、大丈夫です……」

 

 花村は驚きで言葉を詰まらせながらも、ぎこちなく笑みを返した。厚手のパーカーのおかげで火傷は免れたものの、右腕には茶色いシミがくっきりと広がっている。放っておくわけにはいかなかった。

 

「先輩、すみません……ちょっと失礼します」

 

 花村は小さく頭を下げ、店内の客たちの視線を感じつつ、お手洗いへと急ぎ足で向かった。

 

「――ふぅ、なんとか洗い落とすことができてよかった」

 

 少し湿ったパーカーを畳み、左手に抱えながらお手洗いから出てきた花村は、ほっと息をついた。シミはほぼ目立たなくなったものの、胸の奥に少し残る焦りの感覚は拭えない。

 そのとき、ふと横から声が掛かる。

 

「よっ」

 

 反射的に花村は体の力を強く張り、警戒の色を濃くした。足元から頭の先まで緊張が走る。

 声のした方向に目をやると、そこには黒髪をツインテールに結った少女が、背中を壁に預けるように立っていた。

 

 少女の瞳は落ち着き払った冷静な光を湛えており、どこか花村を観察しているかのようだ。軽く傾げた頭の角度や、壁にもたれかかる自然な姿勢が、無意識に威圧感と存在感を同時に放っている。

 花村は思わず息を呑む。お手洗いから戻った直後の一瞬、気を緩めた身体に不意打ちのように訪れたこの遭遇が、心臓を小さく震わせた。

 

「ななななななな何故ここに!?」

「別に驚くほどのことでもないでしょう。先ほど席の方でもう顔を合わせてるじゃない」

 

 壁から体を離し、警策は軽く首を傾げながら花村の方へ向き直る。

 花村は慌ててポケットをまさぐり、何かを取り出した。

 

 最初は拳銃でも持ち出すのかと思ったが、違った。

 掌に乗せられていたのは、いくつかの紙幣と硬貨。

 両手で警策の方へ差し出し、頭を下げる勢いで上半身を曲げる。

 

「お、お金はこれで全部ですから、どうか……見逃してくださいっ!」

 

 警策は一瞥して眉をひくつかせ、少し口元を緩めながら言う。

 

「いや、いらないよ……そんなに慌てなくても。食べたりなんかしないから」

 

 花村は慌てて手を引っ込め、体をよろけさせながら小さく後ずさる。

 

「え、えぇっ、い、いいんですか!? 助かったぁ……」

 

 その様子を見て、警策は肩を揺らしてくすくすと笑う。

 

「アナタ、相変わらずビビり屋さんね……」

「お、俺に何か用ですか?」

 

 思わず声が小さく震える花村に、警策は片眉を上げて小首をかしげる。

 

「な~に、ちょっとアドバイスしようと思って」

「アドバイス?」

 

 花村は訝しげにその言葉を反芻し、何か裏があるのではと警戒しつつも目を細める。

 

「さっきの話、聞かせてもらったわよ。最近、猫に嫌われるようになったって」

「そうなんだけど……って、全部聞いてたんですか!?」

「あいにく地獄耳でね」

 

 警策はいたずらっぽく口元を緩め、花村の顔をじっと見つめる。

 

「一つ、確認したいことがあるんだけど、ちょっといい?」

「な、なにを……?」

 

 花村が答える前に、警策はひょいと顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ仕草を始めた。

 鼻先をふわりと花村の肩や首筋に近づけ、甘い息を軽く漏らすように嗅ぐ。距離が近すぎて、花村の心臓は思わず跳ね上がり、顔が熱くなる。

 

 心なしか、柔らかくて少し香ばしい匂いが花村の鼻をくすぐる。

 つややかな黒髪は室内照明の光を受けてさらさらと輝き、白磁のような肌が首筋や鎖骨の曲線を際立たせている。

 そのうえ、胸元を大きく開いた紺ブレザーからちらりと覗く谷間に、目のやり場が完全に迷子になり、顔がさらに熱くなる。

 

「な、なにしてるんですか……!?」

 

 声が裏返り、手で赤らんだ顔をかくようにしながら後ずさる花村。膝の裏までぞわりとした感覚が走り、心臓はまるで跳ね飛ぶかのように早鐘を打つ。

 警策はそんな彼の狼狽ぶりを見て、目を細めてくすくすと笑う。

 

「うーん……やっぱり間違いないわね。ささやかではあるけど、ムスクの匂いがする」

 

 ふっと笑みを浮かべ、顔を少し離す警策。しかし、花村の鼓動はまだ早く、胸の奥がざわついている。距離を置いたとはいえ、香りの余韻が鼻先に残り、視界の端には誘惑的な影がちらつく。頭は真っ白になり、言葉を発するどころか、呼吸すらぎこちなくなってしまう。

 そのとき、花村の視線はふと彼女の右手に留まる。短く、細い白い毛のようなものが握られていたのだ。

 

「それ……!? いつの間に!?」

「アンタの袖口にこびりついていたのよ。今までパーカーを羽織っていたから見えなかったけど、脱いでもらったのと、こうして近距離でじっくり観察した結果、見つけた」

 

 警策は軽く毛を指先で弾き、いたずらっぽく微笑む。その仕草だけで、花村の心臓はさらに早鐘を打った。

 

「これで確信した」

「え、何がですか…」

「アンタが猫に嫌われるようになった理由よ」

「っ!?」

 

 花村は驚いたように両目を大きく見開いた。

 そんな彼をそっと置き、警策は冷静に続ける。

 

「――発端は、隣の席でアンタ達を見かけたとき、右手の手の甲からちらりと見えた、その傷よ」

 

 警策の視線が花村の右手に落ちる。

 針でちょんと突かれたような小さな赤い点が、いくつもはっきりと浮かんでいた。

 

「アンタは『ちょっと不注意で』って言ってたけど、それはどう見ても切り傷やかすり傷じゃない。むしろ、何かに噛まれたような跡ね」

 

 花村は思わずごくりと喉を鳴らす。言葉が出そうで出ない。

 

「そこから考えられる可能性は二つ。一つ、アンタ自身がペットを飼っている場合。二つ、アンタの知り合いにペットを飼っている人がいる場合。この傷の形状、位置、そして複数の跡……偶然でこうなることはまずありえないわ。猫が人を噛むことはほとんどないし、犬の噛み跡にしても小さすぎる。つまり、それ以外の何かに違いない」

 

 花村は息を飲み、少し体を強ばらせる。

 

「それから、黒髪のヤツ――海藤ちゃんだっけ――が言ってたことも思い出して。『へえ、最近やけに増えてるよな。また彼女んちで……』って。そのとき、アンタは慌てて彼が言葉を続けるのを制止したでしょ?これで分かったことは二つ。まず、ペットを飼っているのはアンタじゃなく、その彼女だということ。もう一つは、そのことを知られるとまずい、ということ。学生寮の多くはペット禁止だから、こっそり飼っているのは当然のことね」

 

 警策は少し口元を緩め、花村の目をしっかりと見据える。

 

「さらに、アンタが海藤ちゃんにスマホの充電ケーブルを借りるとき、『自分のが彼女んちでむしゃむしゃにされちゃって』って言ってたわね。これで、そのペットは小物を噛むのが好きだということも分かる」

 

 パズルのピースが一つずつ繋がっていくのを、肌で感じていた。

 

「あとは――そうだね、『彼女ん家で寝る時、夜になると物音がしてなかなか眠れない』。つまり、そのペットは夜行性で、夜中にこそこそ走り回る習慣がある」

 

 警策の指摘は的確で、花村は言葉を失う。

 

「最後に、アンタ、ここ最近着替えてなさそうだったから、痕跡が残ってるんじゃないかと思って確かめさせてもらったの。案の定、ムスクの匂いとこの白い毛がこびりついてた」

 

 全ての点が繋がり、頭の中で一つの像を結ぶ。ペットの存在、噛み癖、夜行性、ムスクの匂い、白い毛。

 そこから導き出される結論は――

 

「その彼女が飼っているのは、フェレットじゃない?」

 

 花村の背筋を、ぞくりと冷たい感触が走る。

 たったそれだけの手がかりで、ここまで見抜かれるとは。

 

「心配しなくていいよ。フェレットをこっそり飼ってる彼女に口留めされたでしょ? 人の秘密を言いふらすのは趣味じゃないから」

 

 その言葉を聞くと、花村の肩の力がすっと抜け、思わず大きく安堵の溜息を漏らした。背中の冷たさも、次第に温かさに変わる。心臓の高鳴りはまだ残っているものの、胸の奥の緊張は少しずつほぐれた。

 

「あれ、ちょっと待って。今、俺が猫に嫌われるようになった理由が分かったって言いましたよね? それがどう関係……」

「知らないの? 猫はフェレットの匂いが苦手なこともあるから、アンタの服に残ってる匂いに警戒してたのカモ」

「!?」

「アンタが猫に嫌われるようになったのは、彼女と知り合った頃あたりから考えると辻褄が合う」 

 

「…………」

 

しばしの沈黙が、部屋の空気を少しだけ重くした。

 

「なんだ、そういうことだったのか」

 花村は口を半開きにして、その言葉を反芻する。あまりに単純な事実を突きつけられ、思わず自嘲じみた笑みがこぼれた。

 

「ま、というわけで、フェレットとじゃれあったら、しっかり手を洗って着替えれることね」

 

 その軽やかな口調に、花村はつい肩の力が抜けてしまう。

 

「それじゃ、私はこれで」

 

 軽やかに踵を返した警策。

 だが、背を向けた途端、花村は思わず声を上げた。

 

「あのう!」

 

 呼び止める声に、警策は振り返らず、ただ立ち止まるだけ。

 

「どうしてわざわざ俺に……」

 

 考えてみれば、極めて自然な疑問だ。この少年とは別に友人でもない。ただ顔見知りに過ぎない。

 少し考えたあと、警策は静かに言葉を紡いだ。

 

「――友達は小動物に避けられやすい体質でね。あれは生まれつきで、どうしようもない。でも、アンタの場合は、ちょっとした誤解で警戒されていただけだから、何もしないで放っておくのは――ちょっと可哀そうかなって」

 

 その言葉に、花村は思わず肩の力を抜き、やや呆気にとられた表情を浮かべる。

 

「でもまあ、こういうのはやっぱガラじゃないわね。納得がいかないなら、ただの自己満足のお節介だと思って頂戴」

 

 自嘲気味に笑いながら、警策はゆっくりとその場を後にする。

 まだ呆気に取られ、言葉を出せずに立ち尽くす花村を置き去りにして。

 彼の脳裏に、ふとこんな考えがよぎったのだった。

 

 ――この人って、もしかして意外と……お人好しなんじゃないだろうか。

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